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(2) 思慮交錯、視野狭窄

夜木斎を巡る人物達の思いは様々である。凪神楽、野々上咲、桐生冥夜、そして――。役者は段々と斯くあるべき場所へと集まっていく。僕等が出会うのは、最悪か、最善か。

「(ほらね、言ったとおりでしょう?)」

「そうね」

 騒がしい街を背に、一人立つ人間は、ここにも居た。

 彼女の名は凪神楽(なぎかぐら)。歳は夜木斎(やぎいつき)桐生冥夜(きりゅうめいや)と同じ。夜木とは中学時代に一緒だったのを経て、大学時代から彼と交流を持ち始めていた。現在は地元で働いている。

 何より夜木斎という人間を色々な側面から見つめてきた彼女が、今回の彼の大きな変化を見過ごせるはずもなかった。

『――それで、あなたはどう思うのよ?』

 時期はちょっと遡り、裏木樹が件の事件で居なくなり、夜木斎も桐生冥夜という怪しげな殺人鬼と一緒に何処かへと行ってしまった後の話である。裏木探偵事務所に残っているのは野々上咲(ののがみさき)という少女と、彼女の二人のみ。

 野々上咲という少女の見た目は十二歳程度だが、その中身は倍以上の年月を生きている。彼女が十二歳の時に受けた鮮烈なトラウマが、彼女の躰から成長という要素を奪ってしまったのである。

 その真骨頂は対象の精神を乗っ取る「精神支配(マインドハック)」。その実力は、本気を出せば数百人を一斉に昏睡状態に陥れる、鋭敏且つ強烈な能力なのである。

『わ、私?』

 一方、神楽は戸惑う。野々上という少女が普段から無口なこともあってか、その声には若干の焦りが含まれていた。

『夜木君にとっては良くない展開……だと、思ってるわよ! だって殺人鬼よ、殺人鬼! 実際に殺してるのを見たことはないけど、裏木さんが言ってたなら多分本当だと思うし』

『果たして本当にそうかしら――と、考えてもいるわけね』

 うっ、と彼女は言葉に詰まる。

 神楽からすれば、桐生冥夜の見た目は全く殺人鬼っぽくなかった。しかし、殺人鬼っぽくないとなれば何だ? と聞かれると答えに窮した。彼は一体どんな人間なんだろう? 普通っぽい? 格好いい? イケメン? そんな事じゃない。

『彼もまた、何者でもないんじゃないかしら? だから、お互いに惹かれるところがあったんでしょうね』

 何者でもない、自分。

 でも、それは昔の話であって、今の話ではない。――神楽はそう思うのだ。

『そうね。言うなれば二人は対極的、動と静みたいなもの。どっちがどっちかなんて説明はいちいちしないけど――、今二人が出会ったことによって、お互いに妥協点を見いだしたんじゃないかしら? 熱い風呂に水を入れて埋める事で丁度良い温度にするように、夜木君が桐生冥夜を見習って、生まれながらにして着けられていたプロテクターをぶち破って動き始めたんだとしたら、これは貴女からすれば喜ばしい事じゃないかしら?』

 神楽がハンガーに掛けていた自分用の上着を取ったのを横目に、野々上咲は四時間ぶりに主を失った座椅子から立ち上がる。

『喜ばしいって言われたら、それはそうよ。引きこもりが学校通い始めたみたいなものなんだから』

『だけど彼らは、井戸から出た蛙に過ぎない。幾ら練習を繰り返してきた軍隊でも、実践一回に勝る練習なんてものは一つもないんだから。さて、それをずっと見ているあなたは、これからどうするの?』

 決まってるわ、と神楽は言いつつ事務所の扉に手を掛ける。

『何が出来るか分からないけど、ひょっとしたら邪魔になるかもしれないけれど、側にいるぐらいなら全然問題ないわよね?』

『そう。決まったのなら今更引き留めないわ。だけど――』

 そう言うと野々上咲は目を見開いて、凪神楽と視線を交わした。

『私も連れて行きなさいよ』





 ――細かい作業とかは大嫌いだったので、夜木のドジは大目に見るとしよう。

 ドアを蹴って破壊するとかいう作業が、これほどまでにストレス発散になるとは思わなかったという新たな発見もあったことだし。

 ――ストレス。

 言っておきながら違和感。

 はてさて、俺はストレスを何処で溜め込んでいたのだろうか。

警報音(これ)、どうやって止めるんだよ!?」

 ひとまず俺等は当てもなく施設内を走り始めたのだが、入り口に守衛らしき奴が一人も居なかったのが気がかりだった。

「知るか、施設の電源ぶっ潰せばどうにかなるだろ」

 一応夜木に拳銃を手渡してはいるが、シロートの銃はひょっとしたら俺を殺すかも分からんから、あんまり撃たないようにとは言っておいた。

 こういう時は主人公補正とかが掛かってもいいもんだが、渡る前の石橋を撃滅しておくのは悪いことではないだろう。主人公がどっちなのかとか、そもそも主人公という枠組みはこの世界に存在するのかどうかとかは面倒だから議論しねぇけどよ。

 ふっ、と向こう側から人間の感覚。

「夜木。前から二人来るぞ」

 そう言うと夜木は拳銃を構えず、両手を開いて走り出した。

「『腕力』――」

 言うが早いか、夜木は前から現れた男二人の肩を掴み、そのまま頭ごと壁に強く叩きつけた。彼らが抵抗することなく倒れ込む中、夜木は腕を放さずに呪文のように何事かを述べる。

「――そして、『僕達を目撃したという認識』」

 ヒュウ、と俺は賞賛代わりの口笛を吹く。

 夜木斎の能力は、この時既に『零』などという生やさしいものではなくなっていた。

 虚無。

 零はそもそも存在するかどうかを議論されない無なのに対し、虚無は存在を認められた、前衛的な無なのだろう。それを反映してか、夜木は最初に出会った頃より何というか、活き活きしていた。

「行こう。このまま、行けるところまで」

 しかし、少なくともここ数週間の付き合いの俺からすれば。

 悪い気は全くしない。

「……? 何か言ったか?」

「いや、別に」

 結局、二階も三階もオフィスっぽい風景が広がっていて、刑務所っぽさは皆無だった。それにさっきの二人以降、誰も居ないことが返って不安を煽った。

 三階のエレベーターホールに誰も居ないことを確認している折、夜木が急に突拍子もないことを言い出した。

「エレベーターを使うって手もあるかな」

「お前、敵さんの中心に特攻して玉砕する覚悟でもあんの?」

 無いけど、と夜木は撤回はしたものの、その視線はエレベーター上部の階数番号の所に釘付けになっていた。何だ何が始まるんだと思っていた矢先、質問が飛んできた。

「なぁ。ここって何階建てだっけ?」

 確か、二十五階建てじゃなかったか。三十はなかったはずだ。

「……って事は、少なくともこのエレベーターは最上階までは直結してないワケだ」

 高層建築によくある、エレベーターが途中までしか無いというタイプのそれであろう。

「本当にこれに乗って上まで行く気かよ。相手の思うつぼだぞ」

「ウツボじゃねぇよ……。登り疲れたところを襲われちまったら、結局一緒じゃないか」

 思うつぼがウツボの種類なのかどうかという議論はさておき。

 ここでは俺の事についても慮って頂こうか。

「ここでお互いに水掛け論しても仕方ない。折衷案を出そうじゃないか」

「折衷案?」

 俺はエレベーターホールの壁に掛かっている階層図を見ていた。

「三人寄れば文殊の知恵、って言うじゃねぇか」

 準重要科刑者用の部屋は、十一階。ここに行けば、ひょっとしたらアイツに会えるかもしれない。アイツが居れば、少なくともこの闇討ちに一陣の光が差し込む可能性だってあり得る。

 ――気がつけば、俺たちはその十一階に降り立っていた。

 手段はともかく。目の前十数畳の部屋に広がるのは、刑務官らしき男等十数人。そいつらが三者三様の手つきで拳銃を構えてやがる。というか、刑務官って拳銃所持できたっけ?

「向こうもやっぱりここに来ると踏んでやがったな」

 俺も流れで銃を構えだした時、ただ一人納得のいかない顔をしている男が居た。

「なぁ。さっきから違和感なんだが、質問して良いか?」

「手短に頼む」

「僕達は一応奇襲を掛けたつもりなんだけど、どうしてこうも相手さんの用意が良いのかな?」

「そりゃまあ、不可能な状況を覆す方が燃えるからな……」

「教えたのか」

 えっ。

 いきなり冷たい言葉が飛んできたような気が。

「こっちが聞いてんだよ、答えろ桐生冥夜」

 冷や汗は出なかったが、そういう怖い顔は初めてお目に掛かる。

「教えたのかどうかと聞かれれば……まぁ、事前に告知したかも分かりませんけど」

 その方が燃えるし、とは言えなかった。二番煎じは火に油にしかならない。油ではないが。

「そうかよ。やっぱりゴミだな、お前」

 さっきから夜木にすっげぇ蔑んだ目で見られてるんだけど、周りは周りで笑いもせずにこっちを殺そうとしてるし、一体何なんだよ、この状況。

「ひとまずこいつ等をかたしてから話し合おう、な?」

 俺が話題逸らしの為にそう言うと、夜木はその刺すような視線をようやく向こうに向けてくれた。

「かたすのは構わないけど、出来る限り殺さないでくれ」

 夜木斎も、不慣れな手つきで拳銃を構える。それを見、俺はもう一度聞く。

「殺そうとしてる奴も殺しちゃダメなのかよ?」

 すると彼は笑いもせずに、視線も合わせずに呟いた。

「そいつらは殺していい」





『零と違って無は存在するものだ。だけど、認識されない。アイツが人殺しをしても一切目撃証言が出なかったのはその為だ』

 かつて裏木樹は、桐生冥夜について端的にそう語った。

『つまりな。アイツは無視されて生きている事をあの齢で察して生きている事になるんだ。それがどんなに辛いか分かるか、三代目?』

 三代目、とは取りも直さず僕の事で、その時は未だに裏木という男が僕に事務所を次がせようと躍起になっている事について辟易するばかりであったのだが、実際は違った。

 裏木樹は、確実に桐生冥夜を救おうとしていた。

 彼一つの命では償いきれない程の罪を背負った、いわば業とも言える存在と化していた彼に、勇猛果敢にも手を差し伸べたのだから。

 普通の人間ならば罪を犯した青少年に対する『更正』なんて言葉は後付けで、本当に望んでいる人間なんて一握りだ。人を殺したんだからてめぇが責任とって死ね、という言葉を角が立たぬようにひたすら柔らかく角を削り取った結果の言葉が、当たり障りのないような言葉に成り下がっているだけで。

 言葉では足りなかったから、裏木は行動で示した。こうして彼自身がお縄に掛かる事となった原因の事件も、本来ならば当たり障りのない事件としてもみ消されていたはずなのだ、数人の人間を犠牲として払いながら。

 彼は僕等の前で何だかんだでふざけた探偵を演じながらも、人間としては一つも欠けていなかったのだ。それを今更褒めようとしても、裏木は真顔で拒否するだろうが。

 だから僕も同じように、動き出した。前へ進もうと思った結果、零は零でなくなり、虚無となった。

 それはすなわち、他者を引き込む零。簡単に言えば、触れた相手から『何か』を奪い去る。

 視力、筋力、疲労に留まらず、認識や記憶、現在地など、色々なものを一定時間消去できる。物理的なものは無理だが。血とか臓器とかを取り出すようなグロテスクな展開になっても困るし。

 銃は一応冥夜から貸して貰ってはいるが、あくまでこれは脅し用という事にしておこう。

「――足りねぇ、全然足りねぇ。一歩間違ってたら血祭りだぞ」

 拳銃を所持した十数人の相手に一歩も引かずに的確に全員を気絶させるなどというスーパープレイを見せてくれた桐生冥夜にとってみれば、無用の長物にしかならない気がするのでね。

「お、どうした夜木? 一人ぐらい殺しても怒られないぞ?」

 どうやら本当に機嫌が良いらしい。人を殴らないと不安定になるとか、どんなメンタル構造なのか気にはなるが。

「……僕は血を見ると気絶するタイプだから」

「鉄の匂いは、確かに長時間嗅ぐと精神的になぁ」

 そこじゃねぇよ。といいたい心を抑えて、僕等は一つ奥の部屋に進む。

 刑事ドラマとかでよく見る鉄格子とはちょっと違い、電子ロックっぽい鍵がついていた。最近の牢屋は進化しているのか、と感心しきりの僕を余所に桐生冥夜は更に奥へと走り出した。

「居るんだろ、霧上辰巳(きりがみたつみ)!」

 僕の知らない名前を叫びながら、そこかしこの牢に近づいては離れを繰り返す。中に居る奴らから刺すような強烈な視線を浴びながらの行動は、なかなか精神をすり減らす作業ではあったが、最後の一つ――最奥の牢だけ、檻が二重になっていた。

 それを待っていたと言わんばかりのタイミングで、聞き慣れない、しかしこの状況を全く知らないかのような明るい声が聞こえてきた。

「よぉ。なんかさっきから喧しいと思ったら、何だか懐かしい顔がやって来たじゃねーの」

 そこには、目を閉じた長髪の男が胡座をかいて座っていた。悪人とは言い難い、整った顔立ち。最近のインテリヤクザはこんな感じなんだろうかと思ってしまうほどのその容姿。そいつの顔を見、桐生は嬉しそうな顔をする。

「まぁ、離れてな。多少面倒だが――修理代は取られねぇだろ」

 その一言に嫌な予感こそしたものの、頭が一つ増えるのは決して悪いことではないとも思っていたので、如何とも反論しがたい複雑な気分であった。

「思うんだが、どうしてお前みたいな危険人物が、こんな所に入れられてるんだよ?」

 その桐生の疑問の意図は、すぐに明らかとなった。金属を擦り合わせたときの耳障りなあの音が二度響き渡ったかと思えば、今度は目の前の鉄の檻が、支えを失ったかのように崩れ落ちていくではないか。

「それは、俺のお行儀の良さ故さ。こんな力ぁ、見せなければ誰も信じようとしないしな」

 藍色の囚人服に身を包んだその男は、この時を待っていたと言わんばかりにキラキラと目を輝かせながら、高らかに宣言した。

「さぁて。――どいつから殺解(バラ)してやろうか?」

 瞬時に悟った。

 こいつは、最悪だ。

二話目でぶっ壊れチートキャラを出しちゃう辺り、私の破綻っぷりが垣間見えます。意図したものかどうかは、まぁ後々にご期待と言う事で。

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