第3話|奇跡の設計図
勝利は、国家の成果だ。
アレクセイはその言葉を、幼い頃から耳に染み込ませて育った。
スポーツ科学者として代表チームに帯同するとき、その言葉は命令になる。
勝て。勝てなければ、お前が悪い。敗北は個人の責任にされる。
だから彼は、感情を切り捨てることで自分を守った。
数字は裏切らない。だが数字は、組織の都合で黙らされることがある。
そこに、彼はいつも薄い恐怖を感じていた。
レークプラシッドの空は鋭く、外へ出るだけで頬が切れるようだった。リンクの外に立つと、観客の喧騒が壁になって押し寄せる。
アレクセイは、その壁の厚さが不吉だと思った。
相手は米国。大学ホッケーの若者。粗い。雑味がある。
雑味は、システムに刺さる。彼は侮らなかった。むしろ、恐れていた。
ソ連の戦術は美しい。パスの連続、隊列、交代の秩序。
だが美しさは、硬直にもなる。硬直した構造は、想定外の雑味に弱い。
試合前夜、アレクセイは「負け筋」を列挙した。
紙は薄く、鉛筆の芯が折れやすい。硬直した戦術。国家代表の心理負荷。ペナルティ管理。第3ピリオドの足。彼は具体的に書いた。
相手の運動量が落ちない場合、こちらのライン交代のルールが遅れ、終盤でスピードが逆転する。
反則を感情で処理すると、数的不利の時間が増え、守備の負担が雪だるま式に増える。
早い時間の失点は、上層部の顔色を変え、ベンチが硬くなる。
硬くなったベンチは選手の自由を奪い、奪われた自由は乱暴な力で取り返される。
その乱暴は反則になる。反則はまた数的不利を増やす。負け筋は連鎖だ。ミスの連鎖ではない。設計の脆さの露呈だ。
しかし上層部は“勝つ前提”で動く。
勝つ前提の会議は、警告を邪魔者として扱う。「そんな弱気は要らない」「相手は学生だ」アレクセイは言い返したかったが、言い返した者がどう扱われるかを知っていた。
科学者は盾にならない。勝利の盾にはなるが、敗北の盾にはならない。
だから彼は黙り、データを握りしめた。握りしめたものほど、手汗で滑るのに。
試合当日、数字が崩れた。最初は小さな綻びだった。
パスの角度がわずかに浅い。受け手の体重移動が遅れる。
遅れは接触を招き、接触は反則を呼ぶ。反則で人数が減る。
人数が減ると、隊列が乱れ、乱れはさらに反則を誘う。
失点の連鎖は、個人のミスとして片付けられたが、アレクセイには見えた。
これは、勝つ前提で組まれた構造が、負ける現実を想定していなかった結果だ。
想定外ではない。想定を拒否したのだ。
敗戦後、ロッカールームは氷より冷たかった。
歓声は壁の向こうで爆発しているのに、こちら側は無音に近い。
誰も目を合わせない。アレクセイは机に向かい、分析を書き上げた。
負け筋を、事後の証明として整える。紙に書けば、責任の所在が明確になる。
明確になれば、誰かが罰せられる。だからこの文章は表には出ない。
世間は“奇跡”を欲しがる。奇跡は、責任を消す。奇跡は、問いを終わらせる。
アレクセイは最後の行に、誰にも読まれないと知りながら、短く記した。
「奇跡ではない。構造が崩れただけだ」鉛筆の先が、紙に深く沈んだ。




