表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/8

08.杖作りは誰がために


 窓の外の冬空とは裏腹に、テーブルの上には温かな時間が流れていた。


 運ばれてきたのは、焼きたてのパンの香ばしい匂いと、とろりとした卵料理。

 湯気の立つ料理を前に、ヨランダは幸せそうにフォークを構えた。


「ん~っ! 美味しい! さすが高級店、お味も一流ですわ!」

「…………」


 ソフィアもカトラリーを手に取り、一口食べる。

 バターの濃厚な香りが口いっぱいに広がり、冷えた体が芯から温まっていくようだ。

 そう、温かさは感じる。ただ、味はしなかった。

 それは……。


「何か気になることでも?」

「えっ?」


 じっとヨランダがこちらを窺ってきた。


「ど、どうして……わかるんですか?」

「年の功ってやつですわ」

「そ、そうなんですか……」

「で? 何がそんなに気になるのです? さっきから、ちらちらとドアを見てますけども」


 ソフィアは迷った。

 楽しく朝ご飯を食べているのに、それを邪魔するのはどうなんだろう。不愉快にさせちゃわないかな。

 でも、やっぱり気になる。

 ソフィアが俯いていると、にこっとヨランダが笑った。


「ソフィアちゃん。いいのです」

「いい……?」

「ソフィアちゃんは、遠慮しなくて良いのです。このお姉さんは貴女の従業員であり、お世話係であり、お姉ちゃんですから」

「ヨランダさん……」


 ソフィアの魔力ゼロの目は、ヨランダを流れる魔力を見ていた。

 これは、もう染みついた習慣だった。

 彼女の魔力は、いつも明るく、楽しそうに流れている。

 それでいて、刺々しさはまるでない。

 大きく幅広い川の流れのように、穏やかなココロをしていた。


(この人になら言ってもいいかも……。それに……遠慮するなって言ってくれたし)


「あの、実はさっき、魔導ストーブを直したんです。そのとき……気づいたことがあって」

「気づいたこと?」

「……もしかしたら、他の部屋のストーブも、ザフール製なんじゃあないかって」

「なるほど……。部屋はいくつもあるし。ありえなくはないですわね」


 ガタッとヨランダが立ち上がる。


「ソフィアちゃんは、そのままで。アタシがマスターと話してきますわ」

「い、いいんですか?」

「もちろん。交渉なんて面倒ごとはアタシに任せて。ソフィアちゃんは、自分のするべきことに集中してくださいっ」


 なんて頼もしいのだろう。

 程なくして、ヨランダと先ほどのマスターが、青ざめた顔で個室に駆け込んできた。


「ビンゴだよ、ソフィアちゃん。他の部屋でもザフールのストーブを使ってるって」

「……やはり」


 同じ『ザフール商会』から同時期に納入された製品なら、同じ欠陥を抱えている可能性が高い。

 この店は、いつ爆発してもおかしくない地雷原のようなものだ。


病気けっかんを抱えている道具を知ってしまった以上、見過ごせないわ)


「案内してください。私がすべて診ます」

「ありがとうございます。ですが、道具が……」

「厨房に、炙り料理用の魔導バーナーや、ペンチのような工具はありませんか? それがあれば応急処置はできます」

「あります! すぐにお持ちします!」


     ◇


 そこからのソフィアの動きは、迅速だった。

 他の個室を次々と回り、ストーブのカバーを開け、手際よく診断していく。

 幸い、他のストーブはまだ爆発寸前まではいっていなかった。


 ソフィア達がいた部屋のストーブだけが、たまたま劣化が激しかっただけだったようだ。


 ソフィアは借りた工具とバーナーを使い、魔力ゼロの手で直接回路に触れ、危険なバイパスを遮断し、安全なルートへと繋ぎ直していく。


 また、安全装置がついていなかったので、回路をいじって即席で作る。

 動作に異常を感じ取ったら、強制的に動きがシャットダウンする仕組みを、この短時間、さらに専門の道具も機材もなくやってのけたのだ。


 ヨランダとマスターは一般人であるがゆえに、彼女のやってることが、どれほどの高等技術かはわからなかった。

 しかし、彼女がストーブに手を加えることで、さっきまで調子の悪かった魔道具が息を吹き返す。

 その様はまるで魔法のようであり、思わず感嘆の息を漏らしてしまう。


「はい、これで大丈夫。魔石の交換は必要ですが、とりあえず爆発はしません」


 店員たちがどよめいた。

 その様子を後ろで見ていたヨランダが、ふと真顔で口を開いた。


「ねえ、ソフィアちゃん」

「はい?」

「ぶっちゃけ、その『神の手』があれば、魔道具の修理屋として大金持ちになれるんじゃなくて?」


 ヨランダの問いは、至極もっともだった。

 世の中には、壊れた魔道具に困っている人が溢れている。

 これだけの腕があれば、引く手あまただろう。


「修理の方が需要もあるし、簡単でお金になるでしょ? それに……修理ができるってことは、魔道具も作れるんじゃあない?」

「それは……そうですが」


 ヨランダの指摘した通りだ。

 何せ、ソフィアはあの天才職人、ヴィル・クラフトの孫。

 祖父から魔道具を扱う基本技術は叩き込まれている。


「なんで、あえて難しい『杖』にこだわるの?」

「…………」


 ソフィアは作業の手を止め、少し考え込んだ。

 脳裏に浮かぶのは、今は亡き祖父、ヴィルの言葉だ。


『ソフィア。お前は魔力がない。だが、だからこそ……最高の杖職人になれる』


 前世、病院のベッドで何もできず、ただ管に繋がれて他人に迷惑をかけるだけだった自分。

 転生後も「魔力ゼロ」で、誰からも必要とされず絶望していた自分。

 そこに、祖父の言葉が流れて、形をくれた。

 それが出発点だった。

 でも、今はそれだけじゃない。


「……魔道具は、完結しているからです」

「完結?」

「はい。魔導ストーブやコンロは、スイッチ一つで誰でも同じ結果を出します。それだけで完成された、立派な道具です」


 ソフィアは、修理を終えたストーブの天板を優しく撫でた。


「でも、杖は違います。杖は、ひとりでは完成しません。他の魔道具と違って、自発的に効果を現すわけじゃないんです」


 持ち主が杖を手に取り、魔力を通わせて、初めて光を放つ。


「杖は人、その組み合わせ。それが……素敵だなって思ったんです。誰かがいてはじめて、意味を成す。まるで……」


 ソフィアは自分の手を見つめた。

 魔力を持たない、空っぽの手。


「まるで、私みたいで」


 誰かの魔力がなければ、魔法を使えない杖。

 誰かの助けがなければ、生きていけない自分。

 似たもの同士に、ソフィアはシンパシーを感じるのだ。


「……ふぅん」


 ヨランダが眼鏡の奥の瞳を細め、優しく微笑んだ。


「なるほどねぇ。ソフィアちゃんは、職人でありながら、寂しがり屋の詩人さんってわけだ」

「えっ、な、なんですそれ……?」

「さて! お仕事完了ですわね!」


(スルーされた……? 寂しがりなのかな、私)


 ヨランダがパンと手を叩くと、マスターが駆け寄ってきた。

 ちょうど、全てのストーブの修理が終わったところだった。

 ソフィアの作業の意味はわからずとも、終わったという空気を察したのだろう。


(なんて察しのいい人……。私のこと、ちゃんと見ててくれたんだ)


 マスターは涙ぐみながら、ソフィアの手を握りしめる。


「本当に、なんと御礼を申し上げればよいか……! この御恩は一生忘れません!」

「いえ、そんな。当然のことをしたまでです」

「つきましては、これは少ないですが修理代として……」


 マスターが差し出したのは、金貨の入った袋だった。

 ソフィアは慌てて首を横に振る。


「い、いりません! 食事もご馳走になりましたし、困った時はお互い様ですから!」

「はーい、だめー」


 横からヨランダの手が伸びてきて、ソフィアの口を塞いだ。


「ソフィアちゃん。プロの仕事には、適正な対価が発生するの。あなたがタダ働きしたら、他の修理屋さんの相場が崩れて迷惑がかかるのよ?」


「そ、それは……」

「それに、これからの工房運営にはお金がかかるでしょ? もらえるものはキッチリもらう! これ、鉄則」


 ヨランダはビシッと人差し指を立てると、マスターに向き直った。


「というわけでマスター。ちゃんとかかった費用と技術料、後ほど請求書を送りますわ」

「もちろんです! 言い値で払わせてください!」


 マスターはむしろ、請求されることを喜んでいるようだった。

 タダより高いものはないと言うし、きちんとしたビジネスとして処理された方が、店としても安心なのだろう。


「……わかりました。では、正規の料金で」

「はい! ありがとうございます!」


 ソフィアがおずおずと承諾すると、店員たちは安堵の表情で頭を下げた。


     ◇


 店を出ると、冷たい冬の風が頬を撫でた。

 だが、ソフィアの心は温かかった。

 懐には(後で届く予定の)初めての修理代と、美味しい朝食の記憶。

 そして隣には、頼もしい相棒がいる。


「ヨランダさんがいてくれて、よかったです。私ひとりじゃ、きっとお金を受け取れませんでした」

「お安い御用ですわ。可愛い職人ちゃんのマネジメントも、アタシの仕事ですからね」


 ヨランダはニカッと笑い、ソフィアの背中をバンと叩いた。


「さあ、帰りましょう」

「……はいっ」


 ソフィアは力強く頷いた。

 自分の手を見る。

 空っぽの手だが、今はもう、何も持っていないとは思わなかった。

 田舎を出て、都会に来て……新しい、それでいて素敵な人との繋がりを得たのだから。

【作者からお願いがあります】


少しでも、

「面白い!」

「続きが気になる!」

「更新がんばれ、応援してる!」


と思っていただけましたら、

広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】をタップして、

【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!


皆様の応援が、作品を書く最高の原動力になります!


なにとぞ、ご協力お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
というか、軍部の人が調査を始めたら、あっという間に偽装問題が表に出て、商会は一気に追い込まれるんじゃないかな? という事は、デリックのやっている事が、公の場に出て、糾弾されるんじゃないかな?
あのバカ元婚約者、テロでも起こす気かってぐらいの物を世に出しすぎだ…… どうにかしなきゃ、迷惑をこっちに被っての破滅に巻き込まれち舞うな
短編がとても面白くて、連載になったと知り一気に読みました! ワクワクが止まりません。これからソフィアちゃんの世界が大きく変わっていくのを涎を垂らしながら見守ります(´﹃`)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ