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50.夜明けの継承式


 ファフニールは、抱き合う二人を見下ろし、意地悪く笑った。


「さて。愛の告白も結構だが、現実は変わらんぞ」


 彼女は指を立て、改めて突きつける。


「職人としての頂点か、凡人としての幸せか。……選べ、ソフィア・クラフト」


 その言葉は重い。

 転生して魔力を得れば、祖父が目指した『神器』への道が開ける。だが、その代償は数百年という時間と、愛する人々との永遠の別れだ。

 逆に、このまま人間として生きれば、神器を作ることは永久に叶わない。


 ソフィアが、震える唇を開こうとした。

 その瞬間。


「待ってくれ」


 ギルバートが、ソフィアの肩を強く掴んだ。

 彼はなりふり構わず、ソフィアの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「彼女が答える前に、俺に言わせてくれ」

「ギルバートさん……」

「行くな」


 ギルバートは、叫ぶように言った。

 今まで理性を重んじ、彼女のキャリアを尊重してきた男が、初めて感情を剥き出しにした。


「お願いだ……ソフィ。ファフニールと共に行かないでくれ。俺のそばにいてくれ」

「…………ッ」


 力強い言葉。

 優しい感情。

 それらが、ギルバートから立ち昇る魔力こころと共に、ソフィアの中へ流れ込んでくる。


 魔力が見えるソフィアの目。

 その目を信じ……ギルバートは、ありったけの気持ちを、言葉に込めたのだ。


(原初の魔法……か)


 少し離れた場所から、ファフニールは冷静にギルバートを観察していた。


(古来、魔法には詠唱……言葉が必要だった。言葉には『他者を動かす』魔力が込められている。その言葉の魔力に動かされた精霊が、術者のために力を振るった。それが魔法の起源だ。……あの男の言葉には、強い……魔力が載っている。よっぽどの使い手なのだろう、あの小僧)


 魔力に気持ちを載せる力が強いからこそ、ギルバートは高位の魔法使いとなれたのだ。

 それはつまり、彼の言葉には、それだけ強い力が込められているということ。


(一方で、ソフィア・クラフトは虚無の魔目を持つ)


 虚無の魔眼、すなわち魔力ゼロの目は、誰よりも魔力を見通すことができる。

 だから、分かるのだ。

 ギルバートの強い思いが。

 伝わる、伝わってしまう。百パーセント……余すことなく、疑いようのない、真っ白な思いとして。


 ソフィアを愛している。

 だから、どこにも行かないでくれ。

 と。


 余計な思考が入り込む余地のない、純度百パーセントの思いが……ソフィアに伝わり、彼女の心を動かす。


(言葉に強い気持ちを載せられる男。魔力を誰よりも感じ取れる女。……結ばれるのは、必然か。……いや、運命、か)


 そこで、ファフニールは敗北を悟っていた。

 一方で、ギルバートは言葉を紡ぎ続ける。


「俺のせいで、君のキャリアを潰してしまうかもしれない。君が目指す『神器』への道を、俺という存在が閉ざしてしまうことになるかもしれない」


 それは、彼がずっと恐れていた事実だ。

 だが、彼はもう逃げない。


「それでも、俺は……君を誰にも渡したくない」


 ギルバートは、ソフィアの小さな手を、両手で包み込んだ。


「君が後悔なんてしないくらい、俺が一生かけて愛し抜く。君が失うものの何倍も、何十倍も、俺が幸せを与えてみせる」


 その瞳に、迷いはなかった。


「だから……俺に、君の人生をくれ」


 ソフィアの目から、大粒の涙が溢れ出した。

 ずっと聞きたかった言葉。

 職人としての栄光なんかより、ずっとずっと欲しかった、たった一人の言葉。


「……はい」


 ソフィアは何度も頷き、ギルバートの手を握り返した。


「……はいっ」


 二人の間に、確かな絆が結ばれた瞬間だった。


     ◇


 ファフニールがつまらなそうに鼻を鳴らした。実に、面白くなさそうだった。

 言うなれば、拗ねているのだ。

 お気に入りのおもちゃを獲られて。

 だからこそ、嫌味な言葉が出たのである。


「神器を諦めるか。愛に溺れたか、小娘」

「いいえ」


 ソフィアは涙を拭い、キッとファフニールを見据えた。

 その瞳には、先ほどまでの迷いは微塵もなかった。


「お断りします。私は、転生なんてしません」

「神器を作れぬままで良いと?」

「神器も、諦めません」


 ソフィアは断言した。


「種族を変えて、便利な魔力を手に入れて……それで神器を作って、私が『勝った』と言えますか? そんなの、ただの『逃げ』です」


 彼女は胸を張った。


「私は『ヴィル・クラフトの孫』です。お祖父様は、どんな困難も知恵と技術で乗り越えてきました」


 彼女を突き動かすのは、祖父が示し、引き起こした奇跡……だけではない。

 彼女を後ろから支え、共に歩んでくれる……彼の存在。

 それが、今までのソフィアにはなかった勇気をくれた。


「魔力がないなら、代わりの理論を作ればいい。今の私のままで、自分の力で神器を作ってみせます!」

「……ふん。貴様は、『二兎を追う者は一兎をも得ず』という諺を知らぬのか?」


 厳しい言葉を、尚もファフニールは二人に投げかける。


「新しい理論? 魔力ゼロで神器を作る? そんなの夢物語だ。口ではどうとでも言える。貴様は今際の際、きっと後悔するぞ。あの時二つを追おうとしたことを。片方を、捨てなかったことを」


 ファフニールの脅しに、しかし……ソフィアは隣に立つギルバートの腕を、ぎゅっと抱きしめた。


「私は欲張りなんです。職人としての夢も、大好きな人との幸せも……両方掴み取ってみせます!」


 静寂が、場を支配した。

 神域の竜に対し、矮小な人間が「全部よこせ」と言い放ったのだ。


 数秒の沈黙の後。

 ファフニールの肩が震えた。


「くっ、くくく……」


 堪えきれない笑いが、喉の奥から漏れ出す。


「アーハッハッハッハ!!」


 ファフニールは腹を抱えて哄笑した。

 それは愉悦と歓喜に満ちた、心底楽しそうな笑い声だった。


「傑作ぞ! 愛も夢も両方取るだと? 強欲な娘だ!」


 ひとしきり笑った後、彼女はニヤリと口角を吊り上げた。


「合格だ。ソフィア・クラフト。余はお前を『八代目・八宝斎』として認めよう」

「え……?」

「ご、合格? 転生は?」


 ギルバートが呆気にとられて尋ねる。

 ファフニールは、さも当然のように言い放った。


「嘘に決まっておろうが」

「は……?」

「転生などという都合のいい魔法、あるわけがない。あれは『安易な力に頼らず、困難な道を選べるか』という試験だ」


 ファフニールの目が、冷酷な光を帯びた。


「もしお前が、安易な力(転生)を選んでいたら……『見込みなし』として、その場で食い殺すつもりだった」


 ソフィアの背筋が凍った。

 この竜は、本気だったのだ。

 職人としての矜持を捨てた者を、彼女は決して許さない。


「あ、あんた何者なんだ……?」


 ギルバートが呻くように問う。

 ただの六大陸魔導協会会長ではない。八宝斎の試練を課す、この存在は一体。


 ファフニールは懐から、古びた黄金のキセルを取り出した。

 その柄には、見覚えのある紋章――『八宝斎』の刻印が刻まれていた。


「余こそが、かつて人間界で暇潰しに職人をしていた……『五代目・八宝斎』だ」


 ソフィアは息を呑んだ。

 彼女こそが、ソフィアの曾祖父(六代目)に技を教えた師匠であり、八宝斎の始祖に近い存在だったのだ。


「……五代目」

「うむ。安心しろ、八代目。お前なら、魔力なしで神器に至る『新しい道』を切り拓けるだろう」


 ファフニールはソフィアに歩み寄ると、その右手の甲にトン、と指を当てた。


「知識の刻印(八宝斎の証)を授けてやる。受け取れ」


 ソフィアの右手の甲に、日輪の紋章が浮かび上がる。

 それは……祖父の右手にあったものと同じ輝き。


 紋章が光り輝く。その温かな光が、ソフィアの中に流れ込んでくる。

 それは、歴代の職人たちが積み上げてきた膨大な知識と、技術の結晶だった。


 やがて右手の紋章が消える。

 だが、その熱は残っている。その右手に、頭の中に、確かに八宝斎が七代かけて培ってきた知識と技術の全てが、受け継がれた。


 ……無論、彼女に魔力が宿ったわけではない。

 でも……それ以上に価値のあるものを、彼女は手に入れたのだ。


「……ありがとうございます」


 ソフィアが深く頭を下げると、ファフニールは満足げに頷いた。


「ではな。結婚式には呼べよ? ご祝儀に『山』の一つでもくれてやろう」


 彼女が指を鳴らすと、結界がガラスのように砕け散った。

 元の帝都の夜景が戻ってくる。

 東の空が白み始めていた。もうすぐ、日が昇る。


 ファフニールは竜の翼を広げ、夜空へと舞い上がった。

 豪快な笑い声を残し、彼女は星の彼方へと消えていった。

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初代八宝斎てどんな人?気になる~ 人間界で暇つぶしに八宝斎やってた四代目はどんな人だったんだろう?気になる~
大団円かな。次で
1~4代目、どんなやつだ。
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