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44.リサの汚名返上



 三日三晩の地獄の特訓から一夜明けた朝、フクロウ亭には穏やかな日常が戻っていた。


 現在、リサはソフィアのもとで居候をしている。

 店の奥のリビングスペースでは、ヨランダの作った朝食を囲む三人の姿があった。

 そんな平和な時間を破ったのは、豪快なドアの音だった。


「ソフィアちゃーん! 大変だよ、ちょっと見ておくれ!」


 転がり込んできたのは、恰幅の良い中年女性。

 OTK商会の前総帥にして、ソフィアのよき理解者、マリアである。

 その後ろには、大きな木箱を抱えた若い男――商会の新人が、青ざめた顔で震えていた。


 ソフィアは店の方へと向かい、目を丸くした。

 彼女の『魔力ゼロの眼』は、マリアの後ろに控えている年若い彼の、魔力の異常に気づいたからだ。

 彼は、何かに激しく怯え、魔力が乱れている。

 そして、いつも豪快なマリアも、珍しく焦燥感を露わにしていた。


「なにかあったんですね」

「ああ。これだよ! 北方の騎士団に納品する予定の『魔導懐炉まどうかいろ』さ!」


 マリアは新人から木箱をひったくると、テーブルにドカッと置いた。

 中には、握り拳大の金属製のケースがぎっしりと詰まっている。


「こいつが『格安で大量に仕入れました!』って持ってきたんだけどね。あたいの勘が『ヤバい』って警鐘を鳴らしてるんだ。出荷を止めて持ってきたんだけど、どこが悪いのかハッキリしなくてねぇ」


 新人の男は、おどおどと口を開いた。


「そ、そんな……。ちゃんと動作確認はしましたよ。温かいし、問題ないはずです」

「拝見します」


 ソフィアは懐炉を一つ手に取る。

 魔力の流れ、そして魔道具の構造を読み解く『眼』が、内部の回路を走る。

 数秒後。ソフィアは眉をひそめ、静かにそれを置いた。


「……マリアさんの勘は正しいです。これは欠陥品です」

「やっぱりかい!」

「えっ!?」


 新人が悲鳴を上げる。


「内部の熱伝導回路が、極端に省略されています。最初は温かいですが、一時間もすれば熱暴走して爆発しますね。こんなものを雪山で使ったら、騎士さんたちが火傷では済みません」

「な、なんてことだ……! 騙された……!」


 新人はガックリと膝をついた。

 マリアも頭を抱える。


「参ったねぇ。こいつは明日、北の砦へ出荷する分なんだよ。数は五百個。今から正規の在庫をかき集めても間に合わないよ」


 ベテラン商人マリアがついていながらの、大ポカ。だが仕方がない面もあった。マリアは現役を引退し、今は顧問として関わっている立場だ。

 加えて、時期も悪かった。つい先日まで建国祭があり、その対応で商会はてんやわんやしていたのだ。忙殺された結果、上司のチェック機能が甘くなってしまったのだろう。


 OTK商会の信用に関わる大ピンチだ。

 だが、ソフィアは冷静だった。


(これくらいの不具合なら、すぐに直せます)


 ソフィアは祖父である天才職人ヴィルから、魔道具を修復する技術も叩き込まれている。

 彼女の手にかかれば、構造の修正など造作もない。

 問題は、時間だ。明日までに五百個、その全ての不具合を確認し、修正するとなると……。


(時間が足りない、かもしれません。仮に時間いっぱいかかって仕上げても、マリアさんたちはその後、配送の手配もしなければなりませんし)


 とにかく、時間がない。それが最大の壁だった。

 今までのソフィアなら、一人で問題を抱え込み、突っ走って、無茶をしていたことだろう。


 でも、ギルバートにより、自分の価値を認められた今は違う。ソフィアは自分を信じられるようになった。

 それは自分の腕だけの問題ではない。

 自分が獲得した知識、経験、そして……職人としての目と、勘。


(今なら、できます)


「買い直す時間はありません。ですが……私がこの不良品を改良し、それを『量産』すれば間に合います」


 そう言って、ソフィアは視線を部屋の隅に向けた。

 そこには、お茶を運んできたリサがいた。


「り、量産!? まさか、その女にやらせる気ですか!?」


 新人はリサを見るなり、顔を歪めて叫んだ。


「彼女はデリックの元婚約者で、『劣化コピーのリサ』として有名ですよ! 安かろう悪かろうの代名詞だ! そんな奴に任せたら、商会の名に泥を塗ることになる!」


 マリアも渋い顔をする。


「……ソフィアちゃん。あたしも彼女の噂は聞いてるよ。技術がないってね」

「…………」


 リサは反論できず、トレイを強く握りしめ、唇を噛んだ。

 その悪評は事実だったからだ。かつての自分は、魂のこもっていない粗悪品ばかりを作っていた。


 だが、ソフィアは断言した。


「噂は過去のものです。今の彼女は、私が認めた『職人』です」


 ソフィアは真っ直ぐにマリアを見据えた。これほど自信を持って、物を言えたことはなかった。それができるようになったのは、やはりギルバートのおかげである。


「私の目が信じられませんか?」

「……分かったよ。ソフィアちゃんがそこまで言うなら、一蓮托生だ」


 マリアは腹を括った。


 ソフィアはすぐに作業に取り掛かった。

 不良品の懐炉を分解し、無駄な回路を削ぎ落とし、安全装置を組み込む。

 その手際は魔法のようだった。数分もしないうちに、中身が別物へと生まれ変わった『特製・魔導懐炉』が完成する。


「はい、リサさん。構造イメージは?」


 渡された懐炉を受け取り、リサは目を閉じた。

 三日三晩の地獄を経て、彼女の感覚は研ぎ澄まされている。


 リサが魔道具に魔力を流す。他者の魔力が回路を巡る様は、魔力ゼロのソフィアにしか見えない。

 しかし、自身の魔力を流すとなると話は別だ。


 自分の体の中を巡る血液のように、リサには魔力の流れを感じとれた。

 それでも、ソフィアの指導がなければ掴めなかった感覚であり、技術だ。ソフィアがいなかったら、一生辿り着けなかった領域を、リサは今、踏みしめている。


「……完璧に見えるわ。熱の逃し方、魔力の循環……全部」


 リサは深く息を吸い、目を見開いた。


「やるわよ」


 新人が「本当に大丈夫なのか……」と疑いの目を向ける前で、リサがスキルを発動する。


 カッ!!


 部屋が黄金の光に包まれた。

 それは、ただの複写ではない。物質の在り方そのものを定義し直す、創造の光。

 リサの量産スキルが放つ魔力の光が収まった次の瞬間。

 テーブルの上には、ソフィアのマスターモデルと寸分違わぬ輝きを放つ懐炉の山が出来上がっていた。


「なっ……!?」


 マリアが一つ手に取る。つぶさに、それを観察する。

 長年商人として活躍し、多くの本物、贋作を見抜いてきたからこそ、分かる。


「……こいつは驚いた。オリジナルと全く同じ品質だよ。魔力のロスが一切ない。これなら、一晩中使っても安全だわ……」

「し、信じられない……傷一つ、ズレ一つない……」


 新人も震える手で検品し、絶句した。

 それは紛れもなく、国宝級の逸品だった。


「はっはっは! いい腕だねぇ!」


 マリアはニカっと笑い、リサの背中をバンと叩いた。


「これなら正規の値段……いや、色をつけて買い取らせてもらうよ! 疑って悪かったね!」

「……申し訳ありませんでした! 噂を鵜呑みにして、貴女の実力を見誤っていました!」


 新人も深々と頭を下げた。

 今まで「便利屋」扱いしかされなかった彼女が、初めて「職人」として認められた瞬間だった。


「……別に。あたしは、仕事をしただけよ」


 リサはぶっきらぼうに答えたが、その耳は赤かった。

 彼女はそっとソフィアを見る。

 (……ありがとう、ソフィア。あんたのおかげよ)

 ソフィアも、嬉しそうに微笑み返した。


     ◇


 嵐が去り、マリアたちは大急ぎで商品を運び出していった。

 リビングには、心地よい疲労感が漂っている。


「ふぅ……。なんとかなったわね」


 リサが椅子に座り込み、安堵の息を吐いた。

 だが、ソフィアの目はまだ輝いていた。


「素晴らしかったです、リサさん! この調子なら、次は大型魔道具にいけますね!」

「は?」

「以前から構想していた『魔導冷蔵庫』の量産訓練です! 構造は懐炉の百倍複雑ですが、リサさんなら大丈夫です!」

「ちょ、ちょっと待って! あたし今日働いたわよね!? 休憩は!?」

「鉄は熱いうちに打て、です!」

「休ませてええええええ!!」


 平和なフクロウ亭に、リサの悲鳴がこだました。


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― 新着の感想 ―
スパルタだな~
リサ…強くなるんだ! ソフィアを止められるくらいにNE☆
自分ができるからお前もやれ ってパワハラ上司の典型では?
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