43.緋色の鬼軍曹
「――では、善は急げです。今すぐ始めましょう」
リサとの「契約」が成立した直後。
ソフィアはパチンと手を合わせ、にこりと微笑んだ。
その笑顔は天使のように慈悲深いが、瞳の奥には、一切の妥協を許さない職人の炎が静かに燃えていた。
「えっ、今から? もう夜よ?」
「職人に昼夜は関係ありません。鉄は熱いうちに打て、とお祖父様も言っていました」
ソフィアは作業机から、一つの魔道具を取り出した。
それは、小さな魔石が埋め込まれた留め具だった。一見すると単純な構造に見える。
「まずは基礎訓練です。これを百個、完璧に複写してください」
「なーんだ、そんなこと? 量産なら任せてよ」
リサは安堵したように胸を撫で下ろした。
彼女のスキル『量産』を使えば、形状をコピーするだけなら造作もない。
リサは魔力を練り上げ、さっそくスキルを発動させた。
カッ、と手元が光り輝く。
光が収まると、そこにはオリジナルと瓜二つの留め具が握られていた。
「ほら、できたわよ」
リサは得意げにそれを差し出した。
だが、ソフィアはそれを受け取ると、冷ややかに一瞥しただけで即答した。
「全然駄目です」
「え? なにが……見た目は完璧じゃない」
「魔力を流して見てください」
ソフィアは両手に魔道具を持った。
右手にはオリジナルの留め具。左手にはリサが作った複製品。
同時に魔力を流し込む。
――輝きが、違った。
オリジナルは、魔石が内部から透き通るような美しい光を放っている。
対してリサの複製品は、光が鈍く、所々で明滅していた。
「あ……」
「魔力伝導率が三割も落ちています。魔石の固定も甘く、これでは三回使っただけで壊れます。……ゴミです」
「うぐっ……」
ソフィアの容赦ないダメ出しに、リサは言葉を詰まらせた。
「形だけ真似ても意味がありません」
ソフィアの静かな声が、リサに突き刺さる。
「内部の魔力回路、密度のムラ、素材の呼吸。それら全てを『理解』して、原子レベルで同一のものを再構築してください。外見だけ真似たものは、職人の仕事ではありません」
「は……はぁ!?」
リサは素っ頓狂な声を上げた。
「無茶言わないでよ! 中身なんて見えないわよ! あたしは魔力視なんて持ってないのよ!?」
「見えなくても、感じればいいのです。魔力の流れに意識を同調させれば、構造なんて手に取るように分かります」
ソフィアは、それが「当たり前」であるかのように首を傾げた。
「お祖父様は、朝食のパンを齧りながらでもやっていましたよ」
「あんたの爺さんは化け物か!!」
「できます。やるんです。できないと……ご飯抜きです」
ソフィアの声に、冗談の色は一切なかった。
「ひっ……」
「さあ、集中して。対象と自分との境界を消すのです」
そこから、地獄が始まった。
◇
「違います。魔力密度が均一ではありません」
「うぐぅ……」
「やり直しです。重心が〇・一ミリずれています」
「も、もう無理……」
「まだです。お祖父様なら、ここまで三秒で終わらせていました」
夜が明け、日が昇り、また夜が来た。
フクロウ亭のリビングは、失敗作の山で埋め尽くされていた。
リサの意識は朦朧とし、指先は震え、目の下には濃いクマができている。
だが、ソフィアは止まらない。
彼女はずっとリサの横に座り、淡々と、しかし的確に指示を出し続けていた。決して声を荒らげることはない。ただひたすらに、高い基準を突きつけ続ける。
(……鬼だ。こいつ、天使の顔をした鬼軍曹だ……!)
リサの中で、何かが切れそうになった。
思考が焼き切れ、雑念が消えていく。
「できない」「無理だ」という感情すら摩耗し、残ったのはソフィアの言葉だけ。
(でも……ソフィアは、デリック達と違って、役立たずって罵ってこないのよね)
ふと、リサは思い出した。
量産スキルは、確かに凄い力だ。物体を大量生産できる夢のようなスキル。
しかし、オリジナルと比べると質が落ちるという致命的な欠点があった。
そのせいで、商人や周りからは「劣化コピー品しか作れないクズ」と罵られてきた。
使えないと分かった途端、彼らはリサを捨てた。
誰も彼女を導いてくれようとはしなかった。使えるか、使えないか。その物差しでしか、彼女を測ってくれなかったのだ。
(ソフィアは、違う。あたしがいくら失敗しても、丁寧に、やり方を教えてくれる)
役立たずと切り捨てず、しゃがみ込んで自分に手を差し伸べ、正解へと一緒に導いてくれる。
「さ、何を休んでいるんですか。体を動かしてないのだから、休みなんて必要ないでしょう?」
「…………」
(まあ……ちょっと、スパルタ……というか、ワーカホリックが過ぎるんだけど)
「手を休めない」
「は、はいぃい……」
◇
どれくらいの時間が経過しただろう。
リサはもう、限界を超えていた。
(……もう、どうにでもなれぇぇ!!)
リサは半ばヤケクソで、目の前の留め具に意識を没入させた。
見ようとするな。感じろ。
構造を。流れを。その「在り方」を。
ドクン、と心臓が跳ねた。
脳裏に、留め具の設計図が鮮明に浮かび上がる。
「――ッ!!」
カッ!
リサの手から、眩い光が溢れた。
スキル『量産』が発動する。だが、それは今までのような薄っぺらなコピーではない。
光が収まった後、そこにはオリジナルと寸分違わぬ、美しい光沢を放つ留め具が鎮座していた。
「……できた」
「はい。合格です」
ソフィアが、ふわりと微笑んだ。
「おめでとうございます、リサさん。それが『本物』の量産です」
「本物の……量産……」
「作る物の構造、成り立ち、歴史……等。ただ物を作る(アウトプットする)だけでなく、作る物の背景、確固たるイメージを固めてスキルを使うことで、質の高いものを量産できるのです」
ソフィアは、まるで講義をするように淀みなく続けた。
「スキルの力とは、思いの力。そこにどれくらいの強い思いを乗せるか。それが、スキルの効果に直結します。……って、リサさん?」
返事がない。
ソフィアが顔を覗き込むと、リサは白目を剥いて、泥のように崩れ落ちていた。
限界突破の代償は大きかったようだ。
◇
チュン、チュン……。
小鳥のさえずりが聞こえる。
リビングには、朝日が差し込んでいた。
「う……うぅ……」
リサが目を覚ますと、そこは魔道具のパーツの山だった。
その中心で、ソフィアもまた、椅子に座ったままコクリコクリと船を漕いでいる。
「……あれ? ギルバートさんは?」
ふと我に返ったソフィアが、寝ぼけ眼で周囲を見渡した。
ギルバートの姿がない。
代わりに、台所から死んだ魚のような目をしたヨランダが現れた。
「……坊ちゃんなら、とっくに仕事に行きましたわよ」
「え?」
「今日は平日ですもの。……あんたたちがここに篭ってから、『三日』が経ちました」
「えっ」
ソフィアとリサの声が重なった。
三日。
つまり、三徹(三日連続徹夜)である。
「うそ……あたし、三日間もぶっ続けで……?」
「後夜祭なんてとっくに終わって、世間は通常運転ですわ」
ヨランダは深い溜息をついた。
この三日間、食事を運んだり、倒れそうになる二人を介抱したりと、彼女もまた限界だったのだ。
「……ソフィアちゃん」
「は、はい」
「ちょっとそこに正座おし」
「え? え? なんで……?」
ヨランダの低い声に、ソフィアはおずおずと正座した。
「一般人に! ヴィル様の基準を! 押し付けるんじゃありません!! 死人が出るところでしたわよ!!」
「す、すみません……お祖父様なら普通だと……」
「あんたの家系が異常なんです!!」
早朝のフクロウ亭に、ヨランダのお説教が響き渡る。
その横で、リサは「生きててよかった……」と涙を流しながら、二度寝の海へと沈んでいった。




