40.皇室一家の秘密会議
時は、後夜祭の午後。
騒ぎもひと段落ついた、帝城の最奥。
選ばれた皇族のみが入室を許される『白薔薇のサロン』には、極上の紅茶の香りが漂っていた。
豪奢なソファに腰掛けているのは、四名の男女。
この帝国の頂点に立つ、あるいはかつて立っていた者たちだ。
「お祖父様、お祖母様! あたしの言った通りでしょう? ソフィアは最高なんです!」
身を乗り出して熱弁を振るっているのは、第二皇女メルティアである。
彼女は頬を紅潮させ、まるで自分の手柄のように胸を張った。
「あたしが一番に見つけたのです。あの方は、魔法が使えないのに、魔法使いよりも凄いことができるのです!」
その言葉に、向かいに座る老婦人――前皇妃ノルティアが、穏やかに微笑んだ。
「ええ、本当に。驚いたわ」
ノルティアは、手元にある杖を愛おしそうに撫でた。
昨日、朝食のビュッフェでソフィアに修理してもらった杖だ。
「あの子は、私の杖を瞬く間に直してしまったわ。魔術の詠唱も、道具による解体もしない。ただ触れて、優しく撫でただけで……次の瞬間には、杖が新品同様になっていたのよ」
「うむ」
重厚な声が響いた。
口を開いたのは、白髭を蓄えた厳格な老紳士――前皇帝アンティアスである。
その鋭い眼光は、老いてなお衰えることを知らない。
「あの技術は、ただの修理ではない。『物質の時間を巻き戻した』かのような手際であった。分解もせず、外部からの干渉だけで内部構造を完全に書き換えるなど、我の知る限り、歴史上でも三人しかおらん」
アンティアスは指を折りながら、その名を挙げた。
「一人は、『伝説の職人ヴィル・クラフト』」
「もう一人は、『杖の魔女マダム・グラン』」
「だが、ヴィルは既にこの世になく、マダムも高齢で引退している。つまり――」
前皇帝は断言した。
「現存する職人の中で、あの娘は実質的に『帝国第一位』の腕を持っておる」
「……やはり、そうなりますか」
話を聞いていた皇太子ラインハルトが、深く頷いた。
彼自身、今回の盗難事件でソフィアの『眼』の凄さを痛感している。
あれは、一朝一夕で身につくものではない。天性の才能と、血の滲むような修練の結晶だ。
「腕だけではありませんわ」
ノルティアがティーカップを置き、ふわりと微笑んだ。
「あの子、私たちが何者か知らずに助けてくれたのよ? ただの困っている老人として接し、見返りも求めず、国宝級の技術を無償で提供してくれたわ」
普通なら、相手が貴族や皇族だと分かった途端に媚びへつらう者が多い。
だが、ソフィアにはそれがなかった。
ただ純粋に、困っている人を助けたいという善意だけがあった。
「うむ。欲がなく、清らかな魂を持っておる。……惜しい。実に惜しい」
アンティアスは腕を組み、唸った。
「ぜひとも皇族の一員として迎え入れ、城に留まってほしいものだが……」
その視線が、ラインハルトに向けられる。
「……祖父上。私は、優秀な帝国軍人から、恋人を奪うようなことはしません」
ギルバートは、帝国にとっての重要人物であり、ラインハルトの部下である。ぞんざいにはできない。
「あーあ! あたしが男なら、すぐにでもソフィアに求婚しましたのに!」
メルティアが悔しそうにクッションを抱きしめた。
となれば、候補は絞られる。
「……やはり、あやつしかおらぬか」
「ええ。『氷の貴公子』ギルバート・フォン・ヴォルグ。……あのガンダールヴに認められた、帝国最強の魔導師ですわね」
ノルティアが楽しげに言った。
家柄、実力、共に申し分ない。
ソフィアの隣に立つに相応しい男だ。
「で、メルティよ。二人の仲はどこまで進んでおるのだ? もう婚約くらいはしておるのだろうな?」
「いえ……それが……」
彼女は気まずそうに視線を逸らした。
「まだ、交際すら……」
バンッ!!
アンティアスがテーブルを叩いた。
「何をやっておるのだ、あのヴォルグの小僧は!!」
前皇帝の雷が落ちた。
サロンの窓ガラスがビリビリと震える。
「あんな逸材、放置しておけば他国の密偵や、強欲な貴族どもに狙われるに決まっておろう! さっさと囲い込まんか! ヌルい、ヌルすぎるわ!」
「ごもっともです……」
「我が若い頃なら、あんな愛らしい娘、その日のうちに拐って離宮に閉じ込めておったわ!」
「あら? 貴方、私にもそうしましたわね?」
ノルティアは扇で口元を隠し、鈴が鳴るような声で――けれど、背筋が凍るような威圧感を放ちながら言った。
その優雅な笑顔の奥にある『圧』に、ラインハルトとメルティアはヒッと息を呑み、震え上がった。
「……ごほん」
妻の鋭いツッコミに、前皇帝は咳払いをして誤魔化した。
「と、とにかくじゃ。ギルバートが動くまでの間、皇室が守ってやるしかない」
アンティアスは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、サインをした。
そこに押されたのは、皇帝のみが使用を許される『至高の印』だ。
「ソフィア・クラフトを、特例で『皇室御用達』の職人に認定する」
それは、皇室が公式に「この職人は我々の庇護下にある」と宣言する最強の盾だ。
これを持っていれば、おいそれと手出しできる者はいない。
「ラインハルトよ、この認定証をギルバートに届けさせろ。そして伝えよ。『次はお前が守れ』とな」
「承知いたしました」
「それならソフィア、いつでもお城に来れますわね!」
メルティアが無邪気に喜ぶ中、大人たちは「やれやれ」といった顔で苦笑し合った。
すべては、鈍感な二人のためのお節介である。
◇
「……くしゅんっ!」
その頃。
後夜祭を満喫中のソフィアは可愛らしいくしゃみをした。
「どうした? 風邪か? 祭りの疲れが出たのかもしれないな」
隣を歩くギルバートが、心配そうに自分の上着をかけてくれる。
その温かさに、ソフィアは頬を緩めた。
「いえ、大丈夫です。……なんだか、噂されているような気がして」
「気のせいだろう。君を悪く言う人間など、この国にはいないさ」
ギルバートは優しく微笑んだ。
まさか今この瞬間、国のトップたちによって外堀を埋められ、自分への圧力がかけられているとは夢にも思わずに。




