32.決戦前夜
「よし……! 仕上げ完了っ」
工房に、ソフィアの元気な声が響いた。
作業台には、綺麗に磨き上げられた杖がずらりと並んでいる。
それらの杖は、納期はまだ先ではあるが、早めに終わらせることができた。
明日は建国祭。帝都が一年で最も賑わう日だ。
「いよいよ明日ですね……! 準備は万全です!」
「ソフィアちゃん、本当によろしいのですか?」
給仕をしていたヨランダが、呆れたようにため息をついた。
「もちろんですよヨランダさん。明日は『フクロウ亭』フル稼働です! メンテの仕事は全部片付けました、飛び込みのお客様が来ても対応できますし、限定モデルの販促ポップも書きました!」
鼻息荒く語るソフィアに、ヨランダは首を横に振った。
「ノォーッ! 違いますわ。そこじゃありません。デートでしょうがっ、で・え・と!」
ヨランダが身を乗り出す。
「明日は坊ちゃんとのデートでしょう? 店の心配をしてどうするんですか!」
「……でーと? デート、ですか?」
ソフィアはきょとんと首を傾げた。
「あの、ギルバートさんから、デートなんて誘われていませんけど」
その瞬間。
ヨランダの顔から表情が消え、次いで修羅のような形相へと変わった。
「なぁにやってるんだ、あのボンクラぁぁぁぁッ!!」
ガシャン! とトレイの上でティーカップが踊る。
「何をしてるんですかあの朴念仁は! 建国祭は明日だというのにっ。まだデートに誘ってないとはっ」
「ヨ、ヨランダさん? 落ち着いて……」
激昂するヨランダをソフィアが宥めていると、カランコロン、とドアベルが鳴った。
噂をすれば影。ギルバートがひょっこりと顔を出したのだ。
「やぁ、ソフィ」
「あ、ギルバートさん!」
「頼んでおいたメンテナンス済みの杖、受け取りに来た」
「はい、できてますよ!」
ソフィアが杖を渡すと、ギルバートは満足げに頷いた。
「助かる。……ああ、それとな、ソフィ」
「はい?」
「明日は、その……よろしくな」
「はいっ! お任せください!」
「ああ。一緒に回れるのを楽しみにしてる」
ギルバートは少し照れくさそうに笑い、手を振って去っていった。
パタン、とドアが閉まる。
「……ほへ?」
ソフィアの間抜けな声が漏れた。
その後ろで、ヨランダが鬼の形相で仁王立ちしている。
「ソフィアちゃん」
「は、はい」
「今、坊ちゃんと何って? 約束ってなんですの?」
「え、明日、一緒に建国祭回ろうって、ずいぶん前に誘われて」
ヨランダは大きく、深々とため息をついた。
「建国祭を、異性と、二人きりで、回る。……それを、世間では『デート』と言うのですっ!」
「えええええええっ!?」
ソフィアの絶叫が店内に響き渡った。
「そ、そうなんですかっ?」
「そうですわ! もう! 坊ちゃんも言葉が足りませんが、ソフィア様も鈍すぎます」
言うまでもなく、前世でも、そして今世でも、ソフィアは異性と出かけたことはなかった。デートもしたことはなかった。
だから、気の合う異性とのお出かけが、世間一般でいうところの、デートだと知らなかったのである。
なので、こないだギルバートからのデートの誘いも、「帝都を案内してくれるのかな」くらいに思っていた。
無論、ギルバートの魔力を見て、「それだけのはずなのにやけに緊張してるな」と思ったソフィアである。
「ど、どうしよう……。何の準備もしてません……」
ソフィアは顔を青くして、おろおろと自分の服を見下ろした。
いつもの作業着。髪は適当にまとめただけ。化粧っ気など皆無。
「私、こんな格好しか……デート用の服なんて持ってないです!」
「安心なさい。わたくしがいます! このヨランダ姉さんにお任せですわ!」
ヨランダは店に備え付けてある、通信用の魔道具を取り出し、素早くコードを入力した。
「……もしもし? ええ、緊急事態です。ターゲット確保。至急、応援を。……はい、フルコースで」
通話を切ると同時、バァン! と店のドアが勢いよく開いた。
「話は聞かせてもらったよッ!!」
行商人のマリアが部下を引き連れて乱入してきた。
「マ、マリアさん!?」
「アンタの一世一代の晴れ舞台だ。アタシが黙って見てるわけないだろうが!」
マリアはニヤリと笑い、ソフィアの腕を掴んだ。
「行くよ、『OTK商会』へ! アンタを世界一の美女に仕立て上げてやる!」
「え、ええええ〜〜っ!?」
◇
そこからは、怒涛の時間だった。
帝都の一等地にあるマリアの店に連行されたソフィアは、着せ替え人形のように扱われた。
「違う! その色はソフィアの肌に合わない! もっと淡いパステルブルーだ!」
「髪はアップにするよ! うなじを見せて色気を出すんだ!」
「肌の手入れも忘れるんじゃないよ! 最高級のエステコースだ!」
次々と運ばれてくるドレス。
顔に塗られる美容液。
プロの美容師によるセット。
数時間後。
大きな鏡の前に、一人の少女が立っていた。
「……これ、私……?」
ソフィアは信じられない思いで鏡を見つめた。
透き通るような白磁の肌。
艶やかに整えられた緋色の髪は、ふわりとハーフアップに結われ、可憐な花の髪飾りが添えられている。
そして、淡い水色のドレス。
露出は控えめだが、身体のラインを美しく見せ、清楚でありながらどこか艶っぽさを感じさせる絶妙なデザインだ。
「なんてこったい……」
マリアが感嘆のため息を漏らした。
「分かっちゃいたが、磨けばここまでの原石だったとはねえ……」
「素晴らしいですわ、ソフィア様……!」
ヨランダがハンカチで目頭を押さえている。
「これなら坊ちゃんも、ハートずっきゅんメロメロ間違いなしですわ!」
「そ、そんな大げさな……」
ソフィアは恥ずかしさで頬を染めた。
それがまた、計算されたチークのように可愛らしさを引き立てる。
「で、でも……お祭りの間、店はどうしましょう。誰かがいないと……」
「店番なら私がやりますから!」
「えっ?」
「明日はお休みをいただいてますし、私が責任を持って『緋色の妖精』を守ります。ソフィアちゃんは、デートに集中してください!」
(ヨランダさんの魔力に、一点の曇りもない。私がギルバートさんとのデートを楽しめるように……本当にそう思ってくれているんだ)
無論好奇心もあるだろう。しかし、それ以上に、ソフィアへ向けた真剣な気持ちのほうが大きい。
ソフィアに、幸せになってほしいと、祈る魔力が。
(……前は、私なんかのためにごめんなさいって、自分を卑下していたと思う。でも、今は違う)
デリックが引き起こした事件をきっかけに、ソフィアは知ったのだ。
自分は、ヨランダからも愛されていると。
本気で、この自分の幸せを祈ってくれている。大切な、女性。
ヨランダに背中を叩かれ、ソフィアは覚悟を決めた。
「分かりました……。ありがとうございます、ヨランダさん、マリアさん」
「いいかいソフィア様。明日はしゃんとするんだよ」
「しゃんと?」
「そう。雰囲気次第じゃ……『付き合って』って言わせるくらい、攻めるんです!」
ソフィアはゆでダコのように真っ赤になり、湯気を吹いた。
◇
一方その頃。
軍の詰め所では、もう一つの作戦会議(?)が開かれていた。
「……ふぅ。明日の引き継ぎは以上だ。クラウス、後は任せる」
「ああ、任された。……で、大佐?」
副官のクラウスが、ニヤニヤしながら書類を受け取った。
「『で』とはなんだ」
「とぼけるなよ。明日はあの職人ちゃんとデートだろ? どこでプロポーズするんだい?」
「ぶっ!!」
ギルバートは飲んでいた水を盛大に吹き出した。
「ば、馬鹿か貴様! 俺たちはまだ付き合ってすらない!」
「だろうな。見てりゃ分かるよ」
クラウスは呆れたように肩をすくめた。
帝国の英雄も、恋愛に関しては新兵以下だ。
「おまえ……。からかうなよ」
「はいはい。で、どこで『付き合ってください』って言うんだ?」
「……場所なら、考えてある」
ギルバートは少し顔を赤らめ、咳払いをした。
「『DBホテル』だ」
DBホテル――正式名称『ダークノアール・ブラックシュバルツ・ホテル』。
帝国開祖であるノアカーターが泊まるために作られた、帝都一の格式を誇る超高級ホテルである。名前が長すぎるため、帝都民からは親しみを込めて(あるいは畏怖を込めて)DBと呼ばれている。
「おおっ! 帝都一の高級ホテルじゃないか! やるなぁ」
「ディナーの予約は取ってある。夜景の見える席だ」
「へぇ……。で、ちゃんと部屋も取ってるんだよな?」
「え?」
本気で、何を言ってるんだお前、という顔になるギルバート。
「え、ってなんだよ。え、って」
クラウスが胡乱な目をする。
ギルバートは真顔で首を傾げた。
「いや……祭りを楽しみ、ホテルで夕飯を食べて、紳士的に送って帰るつもりだが? 何かおかしいか?」
「…………」
クラウスは天を仰いだ。
「お前……ほんとに成人してるのか?」
「う、うるさいな! ソフィは大事な女性だ。順序というものがあるだろう!」
「順序を守りすぎて、チャンスを逃すタイプだな、お前は……」
前途多難な英雄の背中を見送りながら、クラウスは深くため息をついた。
明日の建国祭。
恋の火花が上がるのか、それとも不発に終わるのか。
すべては、二人の(主にギルバートの)頑張り次第である。




