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ワーホリ後宮薬師は変人皇帝に溺愛されたくない   作者: kiyoaki


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第5話 スポンサーは欲しいけど枕営業はごめんだわ<上>

 さて、後宮という場所は、煎じ詰めれば「皇帝という唯一の雄鶏(おんどり)」を頂点とした、巨大かつ極めて閉鎖的な養鶏場のようなものである。

 ここでの序列は、どれほど美しい羽根を持っているかではなく、いかにして(あるじ)の寵愛という名の餌を効率よくせしめるかにかかっている。

 だが、その養鶏場の片隅、石鹸の泡と湿気が立ち込める洗滌局周辺において、全く異なる価値基準で動く雌鶏が一羽……。


 凜華は同僚の少女の診察をしていた。

 後宮に売り飛ばされた際、同じ馬車に乗っており、咳をしていた少女である。同じ洗滌局に配属されたが、彼女は相変わらず咳をしていた。

 凜華が名を尋ねたところ、名前はないという。

 人買いに拉致されるまで暮らしていた故郷の村では、生まれた順に「一」とか「二」とか呼ばれていたらしい。

 数字も家畜や野菜を数えられればいいという程度で、読み書きもできなかった。


 凜華は少女を「寿寿(じゅじゅ)」という名前で呼ぶことにした。

「縁起がいい、おめでたいという意味の二回重ねよ」と説明すると寿寿は大層喜んだ。

 きちんとした名前は、大きな町まで行って、学識の高い大人(たいじん)にお金を払ってつけてもらうものだった。後宮に入れられて打ちひしがれていたが、まさか名前を貰えるなんて。

 他の下女たちも、寿寿の話を聞き「だいぶアレな娘だけど、薬師ってのは本当かもね。学があるんだねえ……」と感心している。


 凜華は寿寿の顎を掴み、口腔内を観察した。

 寿寿はゲホゲホと盛大にむせた。

「はいはい、動かないで。舌を見せて。ああ、やっぱりね。咽頭の粘膜が炎症を起こしてるわ。後宮の埃と……ストレスもあるかな。毎日働いてりゃ、なかなかよくならないわよね」

「凜華さん……苦しい……」

「わかってる。今、効くやつを作ってあげるから。と言ってもねえ……」

 凜華はふうとため息をついた。

 手元にあるのはその辺に生えている「桔梗(ききょう)」の根と、調理場からくすねてきた「甘草(かんぞう)」の削り節くらいだった。

「あるものでなんとかするしかないか」

 凜華は、ひび割れた土鍋でそれらを手際よく煎じ始めた。

 漢方でいうところの『桔梗湯(ききょうとう)』である。

 桔梗に含まれるサポニンが気道分泌を促し、甘草が抗炎症作用を発揮する。

 現代日本なら、ドラッグストアで買える代物だが、この世界ではおそらく貴重な薬だ。


「飲みなさい。ゆっくり、喉に当てるように。……本当はね、ここに石膏(せっこう)を加えて『桔梗石膏』にしたいし、ネブライザー(吸入器)で直接粘膜に届けたいところなんだけど。あーあ、まともな遠心分離機もないなんて、石器時代で製薬しろって言われてるようなものだわ」

「……ねぶらいざあ? よくわからないけど、凜華さんの故郷は医学の発達したところなのね」

「発達しているというか、こっちが元祖というか。おそらくこの世界でも薬の原材料は全部採れるはずだし、製薬方法も同じはずなんだよね。そうでないと漢方薬学は発展しなかったし、私が学ぶこともなかったもの」

「……」

 寿寿は狐につままれたような顔をし、喉を鳴らしながら薬を飲んだ。飲み終わると言った。

「でもすごいわ。私とそんなに歳が変わらなそうなのに……薬師だなんて」

「寿寿はいくつなの?」

「たぶん、十三か十四くらい」

「……」

 蒲生凜華、前世は享年・二十七歳。

 転生した娘の個人的な記憶はなく、人買いに拉致された事情もわからないが、肉体年齢はだいぶ若がえったようである。


 凜華は苦笑しながら言った。

「漢方用の器具や素材が調達できれば、もっといい薬が作れるんだけどね」

 自分の目の前にあるのは煤けた土鍋と、簡易式の蒸留器と噴霧器、そして雑草。

 志は高くとも、資本キャピタルがなくては研究も創薬も続かない。とにかくお金だ。一にお金、二にスポンサー、三四はなくて五にパトロン。

 製薬を続けるためには、自分に出資してくれるスポンサーを見つけないといけない。

 凜華は悩ましげに首を振り、現代日本のベンチャー企業が直面する「資金調達の壁」について想いを馳せた。


 一方、清心殿。

 昨夜、凜華に吹きつけられた「凜華式・速攻スリープ薬油」と無理矢理なツボ押しの効果により、二十一年の人生で最高の目覚めを経験した皇帝・景雲は、全能感に満ち溢れていた。

 昨夜は何かうやむやに終わってしまったが、今夜こそは凜華に皇帝の恩寵を施してやらねばなるまい。


 彼は、磨き上げられた鏡のような床を見つめながら、傍らに控える側近の宦官に言った。

李元(りげん)。今宵は後宮に泊まる」

 後宮に泊まるということは、寝所に侍る女を呼べということである。

 李元は、ははっと拱手した。

「どなたをお召しになりますか。どのお妃さま方も陛下の光臨を一日千秋の想いでお待ちしております」

「洗滌局にいる変な女、凜華だ。あれを呼べ」

 えっと、李元は困惑した。

「……凜華殿? 確か彼女は洗濯場の下女……」

「それだ」

「いえ、あの、さすがに無位無官の下女をお召しになるのはどうかと。夜伽させるにしても、まずはなんらかの位階を与えて身支度させる猶予をいただきませんと。何ごとも順序というものがございます……」

「順序など知るか。あの女は私を眠らせた。そして今夜も眠らせる義務がある。ならば同衾した方が早い。いいから輿(こし)を出せ。私の召し出しとして、丁重かつ速やかに連れてこい」


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