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ワーホリ後宮薬師は変人皇帝に溺愛されたくない   作者: kiyoaki


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第12話 お妃さまからプレゼント(毒)が来たんだけど<三>

 凜華と寿寿は、これ以上は持てないくらいの大量の薬草をかかえて住居房へ戻った。

 部屋の前では、休憩中らしき下女たちが円陣を組むようにしてやいのやいのと騒いでいる。

 帰って来た二人に気づくと、

「あっ、大変だよ! あんたに贈り物が来たよ!」

 と大声で叫び、手招きした。

「贈り物?」

 凜華が怪訝そうな顔で近づく。

 下女の一人が赤い絹でくるまれ、金の組紐がかけられた包みを差し出した。

「今しがたやってきた女官? かなんかが、あんたの部屋の前に置いていったんだよ」

「女官……? 何も聞いてないけど?」

「あの人だよ」

 下女は、包みを置いていったというたおやかな影を指差した。

 去りゆく女は、頭からすっぽり布をかぶって顔を隠している。足早に歩き、凜華たちの視界から消えようとしていた。

「誰だろう?」

 呟く凜華に、寿寿が気を利かせた。

「凜華さん、私が聞いてみる。ここに連れて戻ってくるから」

 薬草の入った篭を置くと、寿寿は裳袴(すかーと)をたくし上げて走っていった。


 下女たちが急かすので、凜華は包みを開いた。

 蓋つきの青磁の小壺が出てきた。

 凜華は蓋を開けた。淡黄色のクリームのようなものが入っている。

 下女たちもどれどれと覗き込む。そのうちの一人が、壺に顔を近づけて匂いを嗅いだ。そして叫んだ。

「この香り。もしかして滑雪膏(かつせつこう)じゃないかい?」

「滑雪膏?」

 叫んだのは、(けい)という老女だった。

 彼女は洗滌局に四十年以上勤めるベテランで、皆からは桂女さん、桂ばあさんと呼ばれている。

 桂は、かつては女官で、先帝の妃の一人に仕えていた。

 桂の主人は頻繁に召し出しを受け、(みかど)の寵姫として人々の衆目と羨望を集めた。桂もその恩恵に預かり、筆頭侍女として華やいだ生活を送っていた。

 しかし、浮沈が激しいのが後宮というところ。

 桂の主人が事故で怪我をし、顔に傷が残ってしまうと先帝はあっさりと彼女を見限った。長楽殿に呼ばれることもなくなり、住んでいた殿舎も新たな寵姫に譲らなくてはならなくなった。

 凋落した妃ほど哀れなものもない。都落ちよろしく北の古びた殿舎に移り、ほどなくして病を得て亡くなった。

 下僕の運命は、主人と一蓮托生。桂も主人の死後、洗滌局へ送られ、洗濯女となったのだった。


「桂女さん、これは何?」

 凜華の問いに、桂は興奮気味に言った。

「下女のあんたにはわからないだろうけどね。これはお妃さま方が使うお化粧品だよ」

「化粧品……。なるほど」

「ああ、見たのは何十年ぶりだろう。あの頃はご主人さまも使ってらして、お上のお渡りを心待ちにされて……懐かしいねぇ」

 若かりし頃のときめいた日々を思い出したのか、桂の目は潤んだ。

白粉(おしろい)じゃなくて、湯上がりや洗顔の後に塗るんだよ。これを使うと雪のように白くなめらかな玉肌(ぎょくき)になる。一つで家が買えるくらいの高価な品物だよ」

「最高級の美白クリーム、てとこね。誰が贈ってきたんだろう?」

 凜華の独り言に、桂は呆れたように言った。

「そりゃあ皇帝陛下だろう。こんな高価な物をくださる人が、他に誰がいるんだい」

「貰う理由がないんだけど」

 そもそも夜伽はしてないし、遅れて支払われた診察代とも思えない。

 下女たちは「またまたあ~」と言い、どっと沸いた。

「侍妾になったのに何言ってんだか。昨夜のご褒美だよ。これを使って、肌に磨きをかけろってことだよ」

「朕のためにもちもちの餅肌になれ、か。愛されてんだねぇ」

 と忍び笑いを漏らしつつも、担当の宦官の呼ぶ声が聞こえると、慌てて仕事へ戻っていった。


 凜華は滑雪膏とされる小壺を持って自室に入った。

 土鍋に水を汲むと、調合台代わりにしている卓の上に置く。

 桂の説明は嘘ではなかろうが、真実であると断言もできない。

 平和な現代日本においても、人為的な事故や異物混入事件、通り魔事件、無差別テロ事件が起きる。

 凜華はどこの誰が贈って来たかわからないものを、そのまま肌に塗るほど、温室育ちの世間知らずではなかった。

 何より研究者として、まずは「観察」と「分析」だ。

 この世界――後宮の自然を見るに、おそらく現代世界と大体同じものがあると推察される――に存在する植物、鉱物、化合物を知って今後に生かしたい。


 凛華は蓋を開けて、クンクンと鼻を鳴らした。

 クリームを慎重に嗅ぐ。

 彼女の嗅覚は、現代のガスクロマトグラフィー(成分分析装置)には遠く及ばないが、鋭い方である。

「……ベースは豚の脂と蜜蝋(みつろう)? 香料は沈香……沈丁花(じんちょうげ)かな? これは化粧品として問題なし。あ、でも」

 凜華は壺を鼻に当てて何度も嗅いだ。

 よくよく注意しないとわからないが、沈香とは違うかすかな刺激臭がある。

「これは……腐卵臭?」


 凜華はクリームを指ですくうと、口の中に入れてみた。

 味は非常に辛く、発火するような熱を感じた。凜華は口に水を含むと、全部吐き出した。

 次に、クリームを手の甲に薄く伸ばす。

 すぐにピリピリとした痛みを感じた。凜華は手を土鍋に突っ込み、丁寧に洗った。

「この味と熱……もしかして巴豆(はず)?」

 巴豆。それは、主に下剤として用いられる漢方薬の原料だが、強い毒性を持つ。皮膚に塗ると、激しい炎症と水疱を引き起こす。

 現代日本では劇薬指定で一般流通はしておらず、臨床でも使われていない。巴豆に含まれる成分、ホルボールエステルには強い発がん作用がある。がん研究など、大学や特定の医療機関・研究施設で用いられるくらいである。

 凜華は冷静に分析する。

「巴豆の抽出液を入れた? だったらわかりやすいわね。それだけじゃない。かすかな腐卵臭。これは……」

 巴豆の入った美容クリームなんて、悪意の産物でしかない。

 ただ、まだ確信が持てない部分がある。


 寿寿が戻ってきた。

 滑雪膏を置いていった女を追いかけたのだが、女の足は速く距離は開くばかり。

 広大な後宮を歩くうちに見失ってしまい、すっかり迷ってしまった。

 通りがかった宦官に道を聞いて、なんとか戻ってきたという。

「見失ってしまってごめんなさい。どうも先春殿という御殿の近くまで行ってしまったみたい。うっかり敷地内に入らなくてよかったわ。お仕置きされちゃう」

 寿寿も他の下女と同じく、高価な器に入った滑雪膏に興味を示した。田舎の村娘なので、化粧品など見たことも触ったこともなかった。

 何気なく手を伸ばしかけたのを凜華は制した。

「触っちゃだめ。それに触ると肌が爛れるわよ」

「えっ……だってこれ、お化粧品なんでしょ」

「ベースはね。でも巴豆が混入されている。なかなか巧妙な仕様の毒物ね」

「毒って……そんな」

 寿寿の顔は青ざめた。

 元々、臆病かつ悲観的な性格なので、毒という単語だけで身が縮む思いがする。

「ひどい。凜華さんを寵愛しておいて、毒を下賜するなんて。陛下はひどすぎる。あんまりだわ」

「いや、贈ってきたのは陛下じゃないと思うよ」

 景雲は扱いの難しそうな男だが、薬師兼侍妾に気まぐれに毒を与えるほど残虐かつ歪んだ性格とは思えなかった。

 もしそうであるなら、昨夜の時点で自分は処刑されているはずだ。夜伽を断るのは皇帝への反逆罪、大罪なのだから。

 彼が誤解されるのはどうかと思い、そこはきっぱりと否定した。


「誤解しないで欲しいんだけど、巴豆は扱いが難しいだけで特効薬にもなるの。圧搾して毒性を弱めた巴豆霜(はとうそう)にすれば瀉下薬(しゃげやく)が作れるし、杏仁(きょうにん)と合わせると走馬湯(そうまとう)という催吐薬(さいとやく)になる。このクリームはもう使えないけど、私も巴豆は欲しいわ。ここでは貴重なものよ」

「薬なのね。そのまま食べたり、肌に塗ったりしてはだめなのね」

「便秘の治療、むくみの解消とか色んなことに使える。何ごとも使い方次第よ」

 凜華が言いきると、寿寿はホッとした表情を浮かべた。

「陛下じゃないなら、毒の軟膏なんて誰が贈ってきたの?」

「少なくとも、この辺りにいる下女や宦官ではないでしょ。家一軒が買える代物らしいから」

 もし薬の知識がなければ、そのまま顔に塗ってしまい、皮膚が爛れる大惨事になったかもしれない。通りすがりに硫酸を浴びせられるようなものだ。

 そう思うとゾッとしないこともない。



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