第11話 お妃さまからプレゼント(毒)が来たんだけど<二>
艶めいたことはしていないのだが、凜華は皇帝のお手つきとなり、侍妾の扱いになってしまった。妃ではないが、公式の愛人のようなものである。
李元ら側近は、皇帝と凜華がどうにもなってないことをなんとなく察しているが、女を呼んでおいて致せなかったとあれば主の名誉に関わるし、いらぬ憶測を呼ぶ。
うっかり口外すれば命がないため、秘密が漏れることはないだろう。
皇帝のお妾さんとなっては、お端下仕事はさせられない。
凜華は洗濯の仕事を免除され、薬師としての仕事に専従できることになった。
とはいえ、薬を作るのは時間も手間もかかる。薬草の煮出しも蒸留も、火と鍋から目が離せない。
凜華は、寿寿を助手として雇うことにした。
寿寿は病弱というほどではないが、体力はあまりなく、身体が丈夫とも言いがたい。
咳は収まったが、洗濯場の重労働は厳しそうだった。
普段はこまごまとした家事や雑用をお願いし、合間に薬作りも手伝ってもらうことにした。
下女たちは、寿寿の幸運も羨んだ。
「すごいね。一晩お相手しただけで、洗濯女から気楽なお妾生活! 今度は侍女まで持っちゃってま~」
「こうなると知ってりゃねぇ、もっと取り入っておくんだった……」
と周囲はかまびすしいが、当の凛華はそんな喧騒はどこ吹く風。今日も今日とて、下女の制服の裾を大胆に捲り上げ、薬草の採取に精を出していた。
車道の脇に群生している葉の丸い草に目を留めると、しゃがみ込んだ。
「あれ、これは『車前草』じゃない」
薬草を入れる篭を持ってついてきた寿寿も、後ろから覗き込む。
「これは車前草っていうの?」
「うん、オオバコの一種。利尿作用、咳止め、それに消炎作用があるわ。やっぱり薬草取りは明るい昼間にやらないとね。夜だと暗いからどうしても見落としちゃう」
説明しながら手を伸ばし、夢中になって引き抜き始めた。
車前草をあらかた採り尽くすと、湿地帯の方へ足を運ぶ。
そこでは白い花をつけたオカゼリを見つけ、思わず歓声をあげた。
「……見て、この立派な『蛇床子』。現代じゃ中国産の安物しか手に入らなかったのに、ここのは完全に野生種。オーガニック。すごい!」
子供のようにはしゃぐ凜華を見て、寿寿は笑った。
「その中国っていうのが、凜華さんの故郷なの?」
「違うけど、そこから生薬の多くを輸入しているのよ。私の国にある、和蛇床子はまた違うものだから。蛇床子は外用なら皮膚疾患に効くよ。内服すれば、滋養強壮や精力減退の治療に使える」
「精力減退……まさか陛下に使う気じゃ?」
寿寿は「噂の媚薬とはこれのことなのか?」とドキドキしてしまった。
蛇床子を採りながら、辺りをきょろきょろと見回す。
「湿気が溜まってて『半夏』も自生してる。あっちの茂みには『紫蘇』。は~なんでもあるなあ」
凜華の手はひっきりなしに動いた。
手早く摘みつつも、脳内では高度な生薬のデータベースがフル回転している。
「ふふふ、この草を乾燥させて、あっちと掛け合わせて配合すれば……」
と、よだれを垂らしかねない勢いで妄想に耽り、恍惚とした表情になった。
洗滌局にいたならば「陛下の枕席に侍った栄誉に浴するあまり、ついに頭がイカれた娘」として同情を誘っただろう。
「按ずるに」と、凛華はかつて読んだ古文書のような語り口で独白した。
――この世界、まだまだわからないことは多いけど、医学が原始的な割に素材のスペックは高い。製薬会社の研究所にいた頃は、合成化合物に頼りきりだったけど、ここなら天然由来の成分だけで「奇跡の薬」が作れるかも。
……不老長寿? 上等。難病治療? 望むところ。
後宮に閉じ込められても、考え方によっては、国費で衣食住を保証された上で、最高の素材に囲まれて研究に没頭できるってことじゃない。悪くないわ。
凛華は口元に、不敵な笑みを浮かべる。
彼女が追い求めるものは常に「薬の生成」であり、「未知の薬効成分」だった。もはや恋人と言ってもいい。
寿寿も見様見真似で摘みながら、話しかけてくる。
「凜華さんは誰に医術を教えてもらったの?」
「そりゃ先生に。薬学の学校へ行ったの。大学。行かないと資格が取れないから」
「……学校に、大学」
まず教育機関自体が存在しないため、寿寿は不思議そうに首を傾げた。てっきり家業であるか、薬師に弟子入りして学んだものと考えていた。
正直、凜華の話は半分もわからない。だが、自分は学がないし世間知らずだ。わからなくて当然とも思う。
「わからないけど、異国の話は聞いていて楽しいわ」
「勉強して受験して薬学部に入ったの。六年かかるんだけど、飛び級して四年で卒業した」
「すごい。だから若いのに薬師になれたのね。その後は?」
「製薬会社で働いてた」
「製薬会社?」
「従業員だけで数万人いる大きな薬屋。新しい薬を作ったり、患者に試したり、売ったりしているところ」
寿寿は、ふうと切なげに息を吐いた。
「そんな立派なお店に勤めていたのに、人買いにさらわれて後宮に入ってしまったのね。ひどい話……」
「でも、ここも思ったより悪くはないわ。今もこうして貴重な薬草採り放題だしね。私の故郷じゃ、キロ単位でいくらになるんだろう。とんでもない値段になるわよ」
「そうね。仕事もあるし食べるのにも困らない。凜華さんは皇帝陛下の想い者だし、未来は明るい……かも」
寿寿は自身に言い聞かせるように言った。
もう後宮からは出られない。皇帝一人に仕える以上、異性との出会いもなく結婚も叶わない。毎日毎日、単純労働に明け暮れて、朽ち果てていくのみだった。
そのことが悲しくて泣き暮らしていたけれど、世の中には色んな人間がいるものだ。
逆境を逆境とも思わず、いつも明るく前向きな凜華。
彼女を見ていると元気が出てくる。
そもそも女の薬師なんて、滅多に会えるものじゃない。
この出会いこそがすでに奇跡。
どうなるかわからないが、渡りに船、薬師の助手としてついていこうと決心した。




