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 幕が降りると同時に走り出してしまう彼を見送る。


 何より頑張った輪廻を感じたかった、汗を流して疲れたその笑みに触れたい、誰よりも近くで祝福したい。

 きっと納得してるだろう、こんな演技をしたんだもの。

 その笑顔の彼の顔には衣装の袖での一撃が――!


「エッ……触らないでっ……きゃあ!?」

 バシっ!

 どたっ!?とと……。

「輪……廻……――?」


「あぁあの………っ、、ごめんなさいっ。悪いですけどもう近寄らないで、頼みます――。頼みますよっ……!」

「えっ、あ、輪廻……っ!?  な、なんでだ、輪廻待って……」待ってよ輪廻ぇぇ!

 必死に呼ぶその言葉にも輪廻は逃げていくだけ。

 痛み、痛み、すると冷たい空気をまとって隣には……。


「ま、そういう事だわ……。あの子舞台ごとに恋人を変えるの、飽き性の極みなのよ、そうじゃないとモチベーションが保てない……フフフ。ただ君は持っていかれましたか~」


だがもう届かないからね


もうアナタも飽きられたんですよ


「名作になれて良かったですねぇ……? コレは大女優と恋ができた、それだけで良いんじゃないんです?」

 そんな冷たい良い草だが、でも手慣れた感触。

 違和感。違和感が募る。


「まさか……、あれはおかしい、おかしいんだよ、まるで記憶が……無い――? 絶対おかしいんだ、記憶自体がないんじゃって位……っ」

 いくら大女優でもあれ程あからサマは無いだろう、もう少しきちんと定形をなぞるはずだ。

 だが明らかにおかしかった姿、垣間見えた瞳の奥にある感情に、腑に落ちる言葉は一つだけ。


「あ~ー……………―、ふふ。そこに気づくとはお目が高い。うん、そう、、そういう事です。本当はあの子……役が始まった瞬間から終わった頃までの記憶が吹き飛ぶのよ」

「でもまるっとソレに気づいたのは、そこそこいるんだよね……。だけどもこれは絶対に変わらないルールだったよ、現にアナタも吹き飛んだ――」


 その言葉に非常に戸惑う。突き刺すような真っ直ぐな瞳、あの輪廻の姿。

 まぁ同じ答えになるんですよね、ただこの短時間に気づいたのは珍しいですね~~。って、それでも彼は気が気じゃなくて……。


「俺との記憶はじゃあ……、どこまで残って……。あのデートも……、駅での事とか、まさか名前までとかは――」

「うんうん、だから張り紙にあったよねぇ? まるっと大女優のマネージャーになれる、って」

 そして腕を広げて見せるマイチ、その先には舞台がある。



 そこは今まで幻想に包まれ、誰かに作られて演じられた儚い人生に熱狂して、感動し、そして今はもう観客が消えて全てがなくなった世界が――。



「ある意味ホントにね……、まるっと言葉通りだよ。アレは女優さんなの………。本当の意味でずっとずっと演技なの」

 ソレは舞台の上ならばなんにでもなれる。何せたった今、彼女を見ていたここでその女優はその彼の事を記憶から消してみせたのだ――。


 それは、ただの舞台装置だったという事。

 なんの感傷もないのか、着替えて足早に出ていく大女優のその顔に……。


「待って……、でも待って輪廻……っ。俺はでも忘れてないよ、あんなに楽しかったじゃないかっ、ねぇ少しでも話をしようよっ! なぁ、もう一度だけ話そうっっ!」

「もうヤメて……」

「ねぇ、どうしてだ――!? じゃあ俺はいったい誰と話たって言うんだ、あんな笑顔を向けてくれてたんだぞ!? もう一度話せばきっとそれが……っ、はぁ……はぁ……そうだよ、絶対楽しい記憶なんだっ、分かるって……っ、なぁ」

だから待ってよ……輪廻ぇッッ!

「もうヤメてちょうだいよ、もうあの子を傷つけないでって言ってるのよッ!」


――。


――――――――。


「気持ち悪いんです……、きっと。自分が何してたかも分からないの、それを楽しそうに語ってくるのがね……。そんな表情した覚えはないの、そんな約束した気もないの、そして何も残ってないって――」

 それは誰しもが、彼女を諦められなかった。全員が取り返そうとした、当然だろう。だってあんなに可愛いんだ、幸せそうだったのだ……。

 でも彼女のソレはもうない、存在しない、あの日見たこの世ならざる無垢な笑顔はもう、文字通り――。


「記憶喪失とは違うのよ……。もっと業が深いんです。コレは幾ら呼び戻そうとしてももう既に無い空間なのよ、空っぽなの。あの子にはもういないんだ戸北 壮太――」


分かって……――。


 その言葉を聞いて、業という言葉に初めてうなずいた、確かに人の最も深い何かだと思った。聞けばそれは、失うのは人間関係だけらしい、勉強とか他の領域とか、あと肉体的な事が失われる事はないと――。


「そんな……でもなんで……。はぁ……はぁ……おかしいだろ、もしかして病気なのか。もしかしてアレだ……、役に入り過ぎてとか、よくあるこの感じのやつで――」

「あぁ……、えぇ、メソッド演技って話でしょ……? まぁ……、、、雑に、自分と同化させるというか。記憶にある喜怒哀楽の全てを役に当てはめていき、自らの傷をえぐってみせ、無理やりソレを同化する」

 これで自殺するのは結構いるらしい。何故なら自分の傷から構成するのだ、親近感が別レベルになる。

 この血の赤こそが他人を作り出す手段になって、そして……入ってきたカレになって、更に記憶をも同一のはずの彼岸になる。もっと近づけたい、もっと……、あぁ、いや? もう―――。


 慣れた表情で、まぁ……、後で面倒にならないよう、答えてあげますよ。そう言って2人座った。


「でもただねぇ……、まるっとアッチのはそういうんじゃないんだよねぇ。リンちゃんはもう空っぽを作り上げて、それから詰めるんだよ……その感情を、その作品を。だって、ねぇ……―? ほとんどってオリジナルじゃない?作り物の幻想じゃない?」


 そもそも勘違いをしている、そんな人物はいないのだ。


 だから人間から始めさせない、自分を明け渡し、少しだけ空間を作って、その設定のような物に生活をさせる。それは受肉式とも言える奇行。

 当然だが、その魂は演じる為だと分かっているので……。


「そのまま教育するように日数を進ませれば、勝手に人格が形成されます。アレは造られた物語の為に巣を作り、肉を与え人物を育てるのよ……。自分に無を寄生させて純粋なキャラクターを生み出す、そんな怪物よ」

 息を吹き込んでなどいない、そもそもオリジナルは自分だった――。

 作者すらも行えないような処理を施すのだ、自分の五感を与えて幾つものラーニングを繰り返す。そして脚本家や原作者が夢見た幻想を育て上げて見事に肉を付けてあげる。

 正に寄生させていると言って良い、それが彼女の演技の本質。


「そして……―、そうか、それの為の教材が必要だった。はぁ……はぁ……その為の俺だ……、勉強のための素材、そうか……そうかよ……――」


 全てが脱力していく。


 多分、恐らくだが、色んな感情を得る必要があるのだろう、特に恋愛の機微なんかはナマの方が良いのだ。そんな気がした、そして……――。

「本当にいなくなったんだ、あの名前のない何かは……――。それであんな顔。いらないんだ。感情はどこへ……、あの………っ、あの」少し……考えるから――。


 憔悴した戸北 壮太、彼を止める者はいなかった。

 ただただ疑問を内側に投げかけるしかない、あの子は誰だろう、蜃気楼だったのか。

 確かにいたんだよ、けど、だけど……。アレを見たのは自分しかいない、それは……。


「なぁ……戸北よ。どうだった? ヤバかったろう、あの子……、義臣 輪廻はさ」

外で待っていた男子生徒、1人。

 ただ誰かは思い出せない、でも恐らくは知っていて……。

「もう天才とかの次元じゃなかったはずだぜ、何せ演技の為の記憶喪失だろう。もうなんか、どうすれば良いのか分かんねえよなぁって……」分かるぜ、お前のその顔。


「あぁ……うん、いや……。でも本当にあの子は忘れて……。 なぁ、一体今まで何人が、どれくらいが本当で、あんなに……、義臣 輪廻は少しも本当にさぁ―――っ」「そう……、それな。でも今は1人で考えた方が良いんだ……。それで俺が言えるのはただ一つだわ、それだけ伝えに来た。あのな……」


カノジョ本体の彼氏になれた奴は今までで一人もいない――

彼女自身がそう言ってる


それだけな。


 その言葉に肩を落とす。

 だが真実だというのだけは分かったから。


 力なく、ひたすらに歩くだけの壮太は――。

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