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「よっしよっし……。大丈夫だよね、準備できた、うん――」


 暗闇の中で衣装に身を包み、少女が笑う。

 舞台袖に現れたそれはロミオだ、でもなんだか可愛い姿、中世風コスプレしている美少女がうなずく。


「でもアレが舞台なんだ……。視聴覚室なのに、それでも結構来てますね、お客が目いっぱいだよ……。昼休みでも立ち見も埋まって」

「これでもまぁまぁですね……、ついでに校長も来てるわ、あと何よりオンモールさんからも覗いてますよね……。それがデカいですよ、手を振ったらどうでしょう、新人くん?」


 睨み眼鏡さんがオンモールを差して言うのだが、さすがに冗談だと思うのだが、しかし侮れない田舎。なんとなくLiveされてるのは間違いなさげ。

 見ているぞッ―――! 見ているのか、じゃあこの商品はどうだッ! これ本当にこの町の合言葉にしたら良いと思うよ。


「それでマルっと言った通りねぇ、今回はロミオとジュリエットだよ~♥ 実は大体古典が一番受けが良いのね、だって誰も古典なんて勉強したくないんだも~ん。別に話題目的にもならないし~って、フフ」

「は~、は~、はぁ……、確かに確かに。知ってるーって程度に言える感じが良いですもんねぇ。だからか……」


「そっ……、そういう事だわ。しかもそれだけじゃない……、一番の恐怖を得られるんですよ。義臣よしおみ 年輪ねんり――。アナタも命が縮まないよう、ま、頑張って下さぃよ……」

 その言葉に眉根を上げるが、薄ら笑いをするだけ。

 ただその時の灯火の目がおかしかったと後から気づけば……。




ブゥゥーー―――――――。




 開幕のブザー。


 そして1人舞台に立つ、輪廻のその顔はだが、確かに笑顔だった。


 次に暗闇。始まる演劇。それは……、本当に恐ろしい映像。


 だってそこにはいつの間にか男がいたんだ、それはロミオだったんだ。それは原典とも言えるもの、間違いのない本物で――。


「なぁロザライン……、ロザラインってよぉっ……。良いじゃないか、俺と踊ろっ、なんなら食事だよっ、それか宿でも良いぜぇっ! お前ならなんだって良いんだ、おごるってさぁっ――」

 ソイツは彼女に割って入ろうとし、その邪魔なただ歩く男を睨む、その睨み方が日本人のソレじゃないから明らかに違うんだ。

 男装の麗人はヅカだろうが、対極、やってるのは明らかにアッチ系のマジモノ、彼はツバを吐き出した――。


 それは真似なんかじゃないんだ、本当にツバを吐いたのだ、泡が立って汚い量を舞台へと――。


「ロミオは暴力団の一人息子ですからねぇ」

 それを踏みつけ蹴りつけ、負けない、悪びれない。オンナは行ってしまったから。そして道の真ん中を風切って歩くのは男の振る舞う男の為の演技。

 それは誇示、儀礼で。そして何より若さだ、躍動。仲間に強く見られたい男の姿だ、ツバを吐く事も一つの定形文、自分を舐めさせない為のプライド。


 なんだあの人……、あれって本当に日本人か、ハーフ? 

 なぁあれアンジェリーナ・ジョリーとかじゃ――。


「まただったわぁ……なぁマキューシオ、聞いてくれよぉっ。なんでだロザライン、なんでだよって、アァ……――、なんで俺の愛が分からない」くそォっ……。

 いない仲間と娼婦を抱くかと騒いでいるんだ、大好きな大好きな彼女が振り向いてくれないのだ。

 もっと可愛い子いるだろうぜ、ロミオ~~っ。ほらあの子、良いぜぇ、最っ高だったぁ。

「おぃオマエと穴兄弟になれってのか、ヤダね、ごめんだね――っフヒヒヒっ。でも良かったか……、だけど俺様はプライド高いのが好きなのさぁっ!」何がサマだ、めんど……っ。じゃあさロミオさ~、今夜開かれるっつうキャピレット家の舞踏会出ねぇっ? そうだぜそうそっ、良いねぇ。イタリア中の美女が来る、あのロザラインも来るらしいぜぇっ……!?


「オィあれ、でもシマ争う奴らの主宰じゃねえかよ、アホかよっ。お父上になんていうんだっ、へへへ♥」

 なに~?ビビってんのかロミオぉ、このくらい良いだろ馬鹿っ……へへへっ♥


「マジかよ……知らねえぞぉ。仮面があるっつっても俺知らねっ……、バレたらお前のせいって言っとくからぁ」

おらぁっ! そう叫ぶと全力で石を投げ、そのカラスにぶち当てたのが予想できるリアクション、そのあくどい童子の顔の輪廻。汚い言葉の羅列。


 呆れた――。

 なんか思ったより汚い……――。


 誰かが思わずつぶやいた、酒を飲んでハイウェイをかっ飛ばすアメリカの馬鹿そのものだ。そこにケンカを吹っ掛けるキャピレット家の狂犬が、敵性暴力団、キャピレット家のティボルトとの衝突。


 この事で父親にひどくしかられるのだが。


 しかしこのまま一人の女の為にシマを巡って殺し合ってるヤクザのパーティーに行くという。そしてジュリエットは……。


「私のジュリエットです、まぁ……、良いでしょう。ヤクザですがマリーアントワネットだわ」

 彼女はまだ見ぬ婚約者とやっと対面するのだが、それにはあまり興味がない。結婚という儀礼はまるで紙一枚よりも軽く、そしておままごとより遠い他人事。

 人形遊びが好きで。


「でもねぇ、まるっとこのお話はたったの5日間の話なのね……。だけどジュリエットはその5日で初潮を迎え、そして自ら結婚を申し入れるまでに至るんだよねぇ……」


 それは潜り込んだ夜会、一目見ただけで――。


「君ッ………………、、  君ッッ――キミの名は……………――」

 輪廻が必死にかきわけた、見つめた先、その女の子が目を逸らした、観客だ。

 それは歓声なんかじゃない、美しい男が目の前にいるのに、それは、それこそがロミオの姿。


 付き合っても絶対にろくでもない世界だ、ヤツは暴力団の息子だ。

 でもその男にアゴを上げられれば? 彼氏いるかって睨まれれば? ワンナイトで良いだろうと下に見られ、でも可愛いって――。


「それでもね、瞳孔が開きますよ。運命です。5日で燃え尽きるの、命が燃えるその瞳――」

 真剣に見つめ合って、そのジュリエットだけは目を逸らさない、視線の先の観客の顔がドンドン赤く変わっていっても。

 人が恋に落ちる。その眼はひたすら運命を見つけた目で、嫉妬すら――。


「でもソレを分かった女優の瞳は力強いでしょう。そして言葉遣いが変わるんです。こんにちわ、あなた様は誰――って?」

 婚約者と決められた男にも全く興味を見せず、ただただ受け身だった彼女が初めて男性を自ら招く。


 マスカーレード、踊る2人。


「あぁ……、美しい。美しいよジュリエットっ。心が高鳴るよ、今ならなんでも誓えるんだ、そう……神の前でも永遠でさえっ! 僕は君と永遠を誓おうっ」

「えぇ……っ、本当に……っ!? でも私もうすぐ結婚するの、だけどコレは……っ、こんな―――――」フフフフ♥


 幸せそうな青年の顔、それには純情が見える、会場がトロけるほどの美男子が踊り狂う。

 だが男が邪魔をするのだ、それはまたティボルトだ。その仮面の下の小僧を敵対ヤクザだと当てて見せた。お開きになる舞踏、罵声に恫喝、それでも忘れられはしない――。


「それでコレですよ。おぉロミオ………、あなたはどうしてロミオなの――!?」

 響く美しい女の声、まだ幼い言葉、でも初めての衝動。



 そのツボミは男の名など口にした事はなかった。今まで男などは彼女の世界にはいなかったのだ、一度として――。

 それは心底震える、一人だけの演者でも入れる、映画の撮影現場に入り込む感覚。セットも機材も安物だけれど、それは正に映画。

「それをロミオが聞いて受け止める顔、さすがですよ……。義臣 年輪。愛を浴びている顔なのよ、このカットだけだって使える仕上がりだわ。そうして結婚をするんですよね……」


 このすぐ後にロミオは神父の所に行く……。

 幸せだった。息を切らした。

「あの顔……、信じるんだよね~ロミオは、本当の革命を、愛の革命だよ。キャピレットとモンターニュ……、まるっと2人、自分達の愛で変える、歴史が変わる――」


 お互いが一粒種だ、一度として惹かれなかった血。抗争を続けた両者、だがいずれは必ず覆ると。

 神父も祈った、二人に賭けたから。だが……、それは一つの哀しみで崩れ落ちるのだ。


 オィお前はぁ……、ロミオだな、あのくそモンターニュ家のよぉっ!? よくもウチの舞踏会をメチャクチャにしてくれたんだ――!


「ティボルトですよ、でもどんなにあおられて押されて、そしてツバを吐かれても。その眼は敵対じゃないんですよ、今まででは――」

「なぁ……やめようぜぇ、お前はきっと勘違いをしているんだ、俺達は敵になんてならない、ならないんだよ……っ。なぁ……っ、はァ……はァ……ナァって!」お前らもヤメろ――!


 信じられない程の変わり様、愛の魔法を肌で感じて客が見入る。

 その、いずれ叔父となり家族となる男への振る舞い。仲間を必死に止めているロミオ。

 だがティボルトは薄気味悪い何かを感じるのだろう、罵倒が上がる、速度が上がる、そして剣を抜いた――。


 それでも非暴力だった、だがそれが貫いたのは……、大親友だった男の胸。


「ハァ……ハァ……ハァ……っ!? マキューシオ、なんて事だよ……マキューシオぉおおっ!?」年輪のロミオは何度も何度も何度も、その血が溢れ出てるハズの胸を抑えるのだ、吸った、抱きしめた。だが、親友が殺された――。

 死にゆく親友は自分を罵倒するのだ、奴らはマフィアだ、俺らもそうだろっ、何故抜かなかったんだっ!?


 お前の臆病のせいだ、オマエのセイだお前が…オマエが――っ。


「すまない……、すまないよ……。こんなはずじゃなかったんだ、俺は本当に……っ、本当にぃぃぃぃい―――――――」

 涙を流すロミオ、歯が砕けるような音が響く。さっきの幸せとは真逆だ、怒りに満ち溢れた顔をするのだ。今までにない怒りっ……!


 そしてすぐにティボルトへと斬りかかるっ!一心不乱に剣を叩きつけ……!


どス!「あぁ……、あぁぁあぁァ―――――――――――!?」

 声を上げたのは、ロミオだった。

 その肉の感触を知った瞬間には、血まみれの剣を握ったまま、彼はすぐに我に返るのだ。

「見てよ見てよぉ……、まるっとアレが後悔だよ。殺人するときっとああなるのぉ」「フゥ……、フゥ……、フゥ……」生々しすぎるよ輪廻――。


 カットされないからこそ見える生々しさ、形相が、手の震えの種類が、その脂汗が。回りの人々を辿る視線は、助けを求め……。


 喧騒が流れるBGMは思った以上に大きいが、だが、それに対しても年輪の顔と表情だけで作る世界は……それは何より勝って魅せている。

 今、彼にあるのは苦しみ、絶望、そして嫌な予感――。



「お願いだ……っ、殺すつもりはなかったんですっ、本当なんだっ。信じてくれよっ、信じてェっ! 私はアナタ達と敵対するつもりはないっ、こ、心から融和を望んでいる、本当だ―――ッッ!」

 年輪の体が何度も何度も揺れる、それは天国行きのチケットを必死にねだって握りしめる顔で。あまりにプライドも無く惨めで必死な様子に、観客が驚く、感情の荒波、たった15分、されど15分で――。


「では殺人の罪でっ、このロミオをこの町から追放する事にするっ! もし帰った場合は死の罰を与えようーーぅっ!」

 そして町を追放となるのだ。

 追放当日、最後の夜で、そして初夜を迎える若き2人。


 これからの苦難を共にするべく。そのとき年輪が服を破くように脱ぎ捨て、ジュリエットに迫ると同時に初めて女の子から歓声が上がるっ!

「そうだよね――。もうまるっと男か女か一瞬分からないよね。でも美しいんだ……っ、リンちゃんはとってもとっても……」


 激しい言葉、息遣い。女優とは思えない程にリアルな声。そして女を置いて遠ざかるその炎で焼かれた眼は男ですらグッと来るから。

 それを追いかけようとするジュリエットの影。



「そしてジュリエットが賭けにでるのよ、自分は毒をあおって死んだフリをしますと……、墓から逃げてロミオに会いに行く――」


 苦心の末に毒をあおって偽装の死を画策するジュリエット。

 事前にロミオに伝えるのだが、しかし、届かなかった――。

 そしてロミオはその仮死状態のジュリエットに近づく、漏らしそうな顔で彼は。噂を聞きつけ来てしまっていた。


 暴力団の息子が漏らしそうなのだ……。


「ジュリエッt……、ジュリエッ……どうしてだ……、ジュリエット……ジュリエット――!!?」

 震える膝、彼はすぐに走りだす、それは止まらない、若気の至り、暴力に訴えるどうしようもない衝動っ……!

 だが再度帰ったら誰かがいる、それは分かる、年輪が妙に何かを押しのけているから。そして次の瞬間で誰かを殺した。


 それは分かる、分かるがそれは……――。


「ひっっ―――!?」観客が絶句した。その眼にすくんだ。


「そこにいたはずの、ジュリエットの元々の婚約者を殺す。でも正直何を殺したのかさえ分かってないはずなのよ、その眼に何も映してないんですよ」

 邪魔な何かを黙らせたのだ。

 彼はその、貧乏な薬屋を脅して手に入れた、禁断の薬に手をかける。あの毒を売ってしまった薬屋は最悪死罪だ――。


「ジュリエット……ジュリエット……」


 子供のように泣き叫びながら、彼は死を迎える。


 暗転――――――――。


 毒で苦しみのたうち

 ゆっくりと暗転だ―――――――――――。


 えっえっエっ――なんかおかしくない、大丈夫なの……っこの人ォ――。


 あまりの苦しみ方に観客が悲鳴。泡を吹いて白目を剥くロミオ。


 するともう一度天井に、その届かない位置に真っっ白な光。


 だが再度暗闇は墜ちてくる、それはきっと、ジュリエットが後を追う闇で


―――――。


―――――――――。



 そして長い長い悲劇の闇が終わった後、死体となったロミオはまるで、何かに抱かれているよう倒れているのだ。


 優しい笑み。


 そしてすっくと……、ロミオは立ち上がり、口を拭いて綺麗な会釈をする。

 幕が降りる時が来た。


「……――」

 会釈したまま動かないロミオ、いや義臣 年輪。

 そのまま光が落ちてきて静まった時にやっと、涙のような後悔が始まるんだ。

「あぁ………、あの子にもっとタッパがあればな……――。なんて事だ――なんで――」「この子にもう少しだけ……、もう少しだけチャンスが必要だろう……っ。本格的に留学を――」


 だがその言葉は一瞬で吹き飛ぶ、だって拍手が始まったから。


 顔を上げたその娘は、可愛くて美しくて、ヤンジャンのピンナップを永久保存したくなる少女がいる。それは両の手で可愛く元気に手を振っているんだ。

 もう彼女は天が与えたこの姿で充分だ、あんな白人女の真似事なんてする必要はまっっっっったくない。そう震撼してしまう――。

演技を知ったんだ。それだけだと知らされ――。


「ハァ……ハァ……ハァ………!? あれが……、彼女。あれが義臣 年輪、演技する輪廻っ……。確かに……女優だったよ……、しかも大女優なんだよっ、間違いのない大女優の彼女で……――っ!」


 圧巻だった、誰もが立ち上がれない、全てが拍手を送る。

 高校でこんな気合の入った喝さいがあったろうか、いいや、決してない。


 鬼気迫るのは観客の顔、プロってすごいと……、その義臣 年輪は圧倒的だと、誰も勝てやしない、他を制圧する情熱だ。それは真似できない強さを俺も肌で――。


「すごいよ……スゴイっ。これは才能の塊なんだ、義臣 年輪はスゴイんだっ……! 彼女に2度も恋を……ハァ……ハァ……ハァ……――!?」


「あ~ー……やっぱり持ってかれたの」


ごめんね……――。


 幕が降りると同時に走り出してしまう彼を見送る。彼を見送る。

ちなみにですがこちらシェイクスピアと、それと後のバレェの脚本となるものを混合してます。

シェイクスピアは暴力団の息子の癖にピュアで優しいとかいう、少し訳わからない描写が入ってますので。まぁ後出しの方が整ってはいるでしょう。

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