43
会場が暗転。
重奏が鳴り響いてその大女優が一歩出た瞬間、緊張感が一気に漂った。
灯火はしっかりと眼鏡をかけ直す、マイチが息を飲む。客はまだその若い女優のお手並み拝見だが――。
「あの笑い方。声優のソレだよねぇ、普通はできないよ、太いんだよ……。まるっと熟練の力なんだ……」
肉感あって4階まで余裕で届く声、肌まで響く言葉。何度も何度も舞台に立った、力ある者が出す歴戦の姿だ。
今は宴を主宰し、色々と指図する様子だけで。雰囲気あるな~っ……、ソレは観客の誰もが思った、第一声で認めさせられてる。
目の前の高級娼婦たち、その未来から目を逸らす人形達は華やかなる宴を謳歌して。
「見えますか、あの力が、悲しんでいる、心底から見えるのよ――。あの演技には虚構があるんだ、苦しんだ人生、だけど華やかなのよ……とても華やか。高級娼婦って全てにおいてそうよね……」
アレなのよ。
言葉にできない重みと空気、24の女が見せるとは思えない表情。片手には溢れる知識と礼儀作法、会話術と、そして何より駆け引きの強さを握りしめて。
「でも彼女には何もないよね……、本当は持っていないんだよ。だってソレは……、それ、誰か男性の財布が彼女を作ってるんだもの。まるっと外に放り出されれば終わりだよ、それでも気高くある必要がある――」
彼女の人生は全てが演出でなければならない。例えどんなに苦しくとも、どんなに薄情でも、スポットライトが歪んでいても、そして……、どんなに観客が憐れんでも……。
マイチは意を決して高級娼婦の仲間、フローラとして出るんだ。
玄関前で迎えられ「あらぁ……フフフ、ようこそいらっしゃいフローラ。でも遅いじゃないですか、何より皆様方まで……」「ごめんなさいねぇヴィオレッタ、少し余興が乗ってしまってぇ」それは正に人妻か、妖艶な女体を武器にして勝ち抜いたと。迫力では負けてても不動ならやれる、ギリギリ並べるのはマイチくらいで。
「あらぁ―――。では私もさぁさぁ負けない、更なる幸せをね……。どうかココで宵のうちまで楽しみましょうか……っ」ふふふ。
そして今宵も開かれる宴。それはまるで舞台だ。品定めする男とそれに合図する女、薄氷のような快楽。酒をいくらあおっても酔ってはならない、秘密は惚れた相手でも死んでも答えない、例えそれで破滅しようと……。
ずっとずっと……終わらない舞台、ずっとずっとずっと……この夜を廻す――。
「あんなのに立ち向かうの、舞台ってたった一人だよ、誰もいない……」
あの重厚な笑顔を憎々しい目で見つめる、そして灯火も出た――。
「やぁやぁ、遅くなったねぇっ」軍服のガストン(木島)が笑う、その横で笑うのが同伴した娼婦の灯火で。3女優が揃う。
朗らかにフローラ(マイチ)が笑い「あらぁ、ガストン卿も揃ったのね。でもヴィオレッタ、アナタ……本気で大丈夫なの?」
「こうしていたいの、……フフフ、快楽に身をゆだねるわ、だってこのお薬こそが全ての幸せを迎えてくれますから」そう言って酒を一口飲むと、笑顔の男爵達。楽しもうと我先に娼館へと入っていく。
そしてそこにひょっこりと現れるのはアルフレードだ、その姿に客がうなずく。一人のひときわ雰囲気ある少年をガストンが呼び寄せ、娼婦(灯火)が笑顔で。
「あらっ、これはこれはアルフレード。この方はねぇ、あなたを大変敬愛している男だわ、彼ほどの友人は滅多とおりませんよ……っ」
「あらぁ……、アナタのような方をお招きできて光栄です、アルフレードさん」
「あっ、ありがとうございます、ヴィオレッタさん――。お招きいただきありがとうございますっ」
2人の出会い。
少し年相応の顔をしてしまうヴィオレッタ。実はこの娼婦は年下にしか恋をしない、なぜならそれが原典となった女の内実だから。
対して田舎の貴族のアルフレード。好青年で顔も美しく女優と並んでも遜色ない、高校演劇にしてはできすぎているとうなずく程。
少し緊張している様子も十分。かの好青年はガッチリと指にキスをする、それを見ながら娼婦(灯火)が帽子を取って笑う。
「ねぇ言ったでしょう、ここは快楽と友情が結びつくんだわアルフレード、それは全ての事にね、フフフ。あぁ……ヴィオレッタぁ、実はねぇ。アルフレードはあなたを愛してやまないんだわ」
「あら……冗談なのでしょう?お上手ね……」「いえいえ、アナタはご不調のようよ、不定期でここを閉めてしまうじゃない。だけどねぇ……、彼はその閉まった門にまで足しげく通ったの、ホントによ」「もぉヤメて下さいな……、それでもあの人にとってそれは遊びだわ、それとも――」流れるような会話、だがその眼は色っぽくずっと――。
その流し目からの笑顔を向けるヴィオレッタにアルフレードは痺れる。何せ良い女だ、高校生なら震えてしかるべきの色香。その潤んだ瞳も髪も唇も、全てが大人な雰囲気で――。
「えっ、えぇ、本当ですレディ――」これが……義臣 年輪――。その魅惑の瞳に突き動かされた少年、その応えを待つアルフレードにはだが――。
「あら……、お若い子爵様に感謝を申し上げますわ。でもねぇ、男爵ぅ……? アナタにもも~少し、アルフレード様みたいな誠実さをもって事を運んで欲しいのですわよぉ~?」移り気に、誰もいない虚空を見やる高級娼婦。すると天から響く声。
なっ、何を言うのかね。まだ私と出会って数週間だろうキミ。
「あらぁ……、ふふっ。あの青年はまだ数分ですわよ」「沈黙は美なり、でしたね、男爵……フフフ」フローラ(マイチ)も虚空に話しかけ続けるが、完璧に人がいると思えるその演技。もう一人の女優も負けずに演技で生み出す。
「あらあら男爵、そうでしょうかねぇ? わたくしだってあの青年が、アルフレードが気に入りましたのよ……うふふ♥」
娼婦がそう言うと怒った男爵を見送った、その姿が見事に一致する女優3人。するとガストン(木島)がアルフレードへと笑い……。
「どうしたんだ、もう口を開けないのか親友……フフフ」「ではじゃあガストン様、ご婦人の方に頼めばと、今度はアナタが心を揺さぶる番だわ、ほら♥」酒の入った大びんを渡せば澄ました笑顔で、かつ陽気に。
「ありがとう……。ではでは~……、今宵の宴では私がヘーベーの女神となりましょ~」
「あぁ……、ありがとうございますレディ。あの………では。――私が望むのはアナタに永遠の美しさとっ、そして私の為だけの青春の神である事をっ……」
その時のヴィオレッタの目は切なげ。既に彼女は知っている――「あぁ……――。さぁさぁ……フフ、では宴の準備ができましたよ。今宵はきっと楽しい夜になるの、いつまでもいつまでもこの宴に身を任せましょう~~フフフ♥」
扉が開いた、その時。だがしかし、ヴィオレッタ以外は違う方向を突如……。
「待たせたね……っ!」
「やぁやぁ……っ、聞いてましたよ、でもまさかお会いできるなんて」
そう―――。立ち居振る舞いで全てが変わるんだ。アンタならいける――っ!
踏み出した人生初の大舞台……。
そこには分不相応な、まぶしい程に輝く女優がいる、そして近づくんだ――近づく。
ソレは素人だろうニンゲン、それが中央に来るが、驚きもしない大女優、だが違和感だけは感じてる。
「こんな豪勢な衣装、ナニ――?」舞台バランスが崩れる、そう憮然とし、少し静観といった気配を出す大女優に、ガストンは笑って……。
「これはこれは、我らが最大の友達っ、この国で勇名轟く男爵殿じゃないかよっ。まさかアナタのようなご高名な方に出会えるなんてだ――っ!」
そう言って壮太に向けて帽子をとったのだ、訝しがる大女優。誰だ……、誰なの。
だが劇は進む、ヴィオレッタが規定通りのドアへと促して――。
「ねぇどこに行くんだいっ……――、僕の名前を口にせずに行って良いのか」
「あら、フフ――。えぇ……それでじゃあ、アナタの名前は?」ついでどころじゃない、突然の出過ぎた新人に付き合ってやる目。
「ラダメス・ドゥフォール伯爵。その名はよくご存じだろうヴィオレッタ」その野心の目――。
「アら……――」
心底不快そうな目をする女優だが、それでも眉を動かさないのだ。
その役名は記憶にある、切り開くために渡した、それは冒涜の――。
「この音楽はまさか―――」「そう、この物語の強みはね、音楽の認知度が遥かに高い事よっ……!」
始まったのは、別の一幕、名もなき俳優の為の――。




