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そのまま痛みの感覚を忘れた2日程が過ぎた。
力が入らない。彼女らが相手を探していると……、そう思うと吐き気すらする。夏休みを明日に迎える中での放心。誰も寄り付かない程の焦燥。
汗を拭く事もしない、いや……汗は出るのかと。汗はナゼ……。
だがある時。
「なんだ……、オマエかよ。確か戸北 壮太 だったな。お前3回目なんだろう、飽きられたか」
そこには彼がいた、木島 義郎。
「あぁ、お前に頼みたい事がある、確か俳優……できるんだよな――。だったら輪廻の相手役をして欲しいんだ、台本はこれだっ」
「ふん……っ、何言いやがるよ。やる訳ねぇだろ、馬鹿かよっ……。あんな実力もねぇ女と何を……、それなのにコッチが霞むだけだぞ、しかも覚えてねえって舐めてんのかよっ、クソっ……クソ、あぁクソがぁっ……――!」投げ捨てる台本、だが壮太は拾い、歯を食いしばって……。
「だが頼む……お願いだっ、お願いなんだよ、頼むよっ! お前しかいないんだ木島ぁっ――!」
確かにまともに演技できる人間なんてそうはいない、特に高校演劇で男の部員はほぼ見ない。頼れるのはこの男しかもう……。
「あぁ~~……、オマエ、なるほど。最悪な事を聞いたんだな。椿姫、なぁ………」
その台本を払って見やる、もう要点を知っているのだろう。大人の内容そのままだった、納得し「まぁさすがに同情しなくもねぇが、それもアイツらが悪いんだしぃ? どうせ何があったって覚えてねえよ、それこそ」
本当に何があってもだわ……―
「ソレがあの女の業だろう、もう変わらねえんだろう―――?」
その言葉に壮太の足が震える。
それにしたり顔でうなずくと木島は、いや……、だが……。
「あぁでも……。そうだった、そうだった……ヒヒっ。お前、どうやら勘違いしてるらしいなぁ……」
顔を上げる、だって不思議な事を言うのだ「アイツの能力だよ……、お前が思ってるのとは違うぞ。隠したんだなぁ……アレは」
うんじゃあ、だったらよぉ……、お前に良い事教えてやるぜ
その発される言葉に壮太がおののく。
分かったか……? それに戸北 壮太、お前が乗るって言うなら考えてやるよ。それが――。
がちゃっ!
「やーーやーーっ、こんにちわ~、フフフ。映像部の皆さん、僕はねぇ道井戸 辰斗!」「エッ!?ヤダ……っ、うそぉっ!? 道井戸先輩、ですって……っ!?」「ちょっと……、まるっとこの先輩かなり有名だよねぇっ、そんな訳が、なんで――」
「えぇェっ……なんで、なんでぇ!?えっ――えっ――、戸北……君――っ?」
想定外の人間の登場にその場が凍り付く。
「あれ? うん……? 僕がお相手役に選ばれたって話だけど。女優さんが直々にご指名なんだって……。なんだか演劇ですごく必要だーとかなんとか言われっちゃってさ……フフ」
「あぁぁ……、ごめんなさい、 え、えぇそうよ、そうです。アナタなら確かに十分ですね。ただまさか」予想外だっただけですよ、はぃ……。
そう言うと灯火が息を整え髪を払い、マイチもが壮太にやったように同じく説明を……。
「あの……っ、屋形田マイチです、多分知ってらっしゃいますよね、それで……義臣 輪廻のお話も。まるっと彼女のその……専属マネージャーを……、あの……」えぇ。
「でもそれは確か、彼氏と等しいような役、だったよね? 特に恋愛がお題だと」
……――「はい、そうですね。そうなんです、カレシ役をお願いしたいんです、あの………、はい」
道井戸 辰斗。彼はその言葉にしっかりとうなずき、しっかりと先ずはありがとうと言い、そうしてすぐに真っ直ぐに輪廻だけを見つめるのだ。
その道井戸の動きはゆっくりと堂々とし、顔面偏差値は当然のように高く、背も185もあり正直に言うとマイチですら緊張しているのがうかがえる。柔らかい黒髪をなびかせ、本当の王子様のようで。
その色男の表情は真剣で……。
「ねぇ、君は確か、記憶を無くすんだよね、義臣 輪廻くん。じゃあね……、彼氏とかはいきなり無粋かなって思うなぁ……、うん。だからまずはね、特別に僕との毎日に点数をくれないかな、こういうのでさ」
ほら♥
そう言うと色とりどりのシールを取り出して、笑顔で彼女に渡す先輩。
「どうだろうか。こういうのも捨てられるのかな、残ると良いな~って思ったんだよ。まずはコッチで交際しようよ、君の本当の心をゆっくり感じたいんだ僕は」
「あぁ……あの………、でも、結構大変ですよ、この仕事。あの………――、うん。でも……本当ならありがとうございます。じゃあ」
輪廻がかなり動揺して壮太を見ているが、壮太は目を合わさない。少しばかり様相が違う相手の登場に異様な雰囲気だが――。
「あの……、私は義臣 輪廻。楽しんでくださいね――」
「分かったよ。僕は道井戸 辰斗、心から楽しめるようになろうね、2人だけでさ。ふふふ……」
じゃあねぇ……まずは輪廻。ひとまず会えただけでひゃ~く点♥ だね?
ぺたっと♥
「キミがたくさんの笑顔で魅せていたって、その記憶だけは残したいよ。こちらこそお願いだ美しい女優さん、僕はね……、この笑顔の数で全ての君を落とす自信あるから――」
そのキザなのにどこか素直でフラットな言葉に、頬を赤らめる輪廻、明らかにマズイ顔をするのだ。それでも手を握ってフレンドリーに見つめるのをヤメない強さを持ち、その手慣れた仕草にさすがの灯火でも壮太に首を振る。
対策してます―――。
「じゃあね、これからよろしく~」
ばたん……っ。そして2分後にまたバタンとっ!
「は~いっ、じゃあ善は急げだよ~~♥ もちろんこんな可愛い子達だもん、今すぐにでもお近づきに~、はい、はい、はぁ~い」
人数分のジュースを買ってきたのだ。しっかりと渡す時に自己紹介まで改めてする。名前はもちろんだが生年月日や血液型、その時に相手も聞くんだ、上手い事盛り上げて。
そうして皮切りに色々と輪廻だけじゃない、灯火とマイチに話をしだす、女性陣に簡単に対話に入っていく。
色々仕事の話だとかプライベートを丁寧に慎重に、時に大胆に聞いて……。
「はぁ……はァ……ハァ……、本当にこれで……。いや……うん――。アイツはでも本当に……」ごくり――。
何も持たない壮太は一人、出るしかない――。
でもその言葉が離れないんだ、あの彼女は恐らく今回は……。
そして夏休み入った、登校。結構な距離を通学しないといけない高校、それに対しての苛立ちは消えない。だがそれでも……。
「はい、おはよ~~。今日も頑張ろうか灯火、マイチ、そして輪廻ぇ~?」
「あっ、マルっと先輩じゃないですか~っ、いらっしゃ~いっ。ゆっくり見てって下さいね~~っ♥」
「あら……フフ、少し遅いですよ。一応要点は書いておきましたので、よろしくお願いします先輩……っ」
あっという間に掌握された。本当に色が変わるとはこういう事。
あのあとたった3時間ほど話してただけのハズだ。でも挨拶だけでも明らかに雰囲気が変わっている女優陣。だがそれ以上なのだ、道井戸先輩は見ていてもスゴイ、壮太でも震えたのが……。
「僕はねぇ、色々な提案するから、ごめんねぇ~フフ」
そう言うと驚く事に、マイチと灯火なんかの演技にも堂々と割って入るのだ、驚いた「あぁ、あれ……? でもです、もしかしてセリフ、もう覚えてるんですか道井戸先輩? まだ一日目ですよねぇ、嘘……なんで……」
「まぁ、君達の必要とした事位はきちんと守るよ、何言ってるんだい?フフ。ただでもこの僕の才能はちょっとな……って。だから女優さんはスゴイと思ったよ、君らにはお願いが多いかもしれない、良いかな? ごめんね」
あと僕は辰斗ね、輪廻。
「あぁ……――。ふふ、そうよ、確かにコチラの申し出ですものね。そうです、でも当然ですよ、えぇえぇっ♥」
灯火ですらも微笑む姿。正直道井戸先輩は突っ立ってるだけだ、しかしセリフは本当に完全に覚えているのだ。
それを踏まえて、むしろ残りの女優は努力をして必死に……。




