003 勇者と冒険者
待つ時間は、永遠にも感じられた。部屋に置かれた見慣れない書物を手に取ってみるが、内容は頭に入ってこない。ただ漠然と、ミナトの体内に渦巻くなにかの存在だけが、常に奥で重く主張し続けていた。
隣ではコウキが落ち着かない様子で部屋の中を歩き回っている。どれくらいの時間が過ぎただろうか。扉がノックされ、先ほどの衛兵が二人を呼びに来た。
「国王陛下がお待ちです。こちらへ」
再び、長い廊下を歩く。今度は先ほど召喚された広間とは違い、より豪華で厳かな雰囲気が漂う場所へと案内された。
辿り着いたのは、天井が高く、壁一面に絢爛な装飾が施された、威厳に満ちた大広間だった。正面には、金色の装飾が施された巨大な玉座があり、そこに国王が深く腰かけている。その両脇には、ローブ姿の魔術師たちが控えていた。
「よく来たな、勇者たちよ」
国王の声が、広間に響き渡る。その声には、先ほどの困惑は影を潜め、威厳が戻っていた。ミナトとコウキは、玉座から少し離れた場所に立つよう促される。
「改めて自己紹介しよう。私はこのアイリス王国の国王、バルドゥス=フォン=アイリスだ。そして、そなたらは我々が神託に従い、この世界を救うために召喚した『勇者』である」
国王の言葉に、コウキがゴクリと息を呑むのが分かった。ミナトは冷静に耳を傾ける。
「我が世界、アルストリアは、魔法によって栄える世界だ。人々は生まれながらにして魔力を持ち、その多寡によって地位が定まる。しかし、700年前、我々は『魔王』によって滅亡の危機に瀕した。奴は数多の国を滅ぼし、人口の半分を食らい尽くしたのだ」
国王の声に、広間に緊張が走る。
「だが、その時、一人の勇者が現れ、魔王を封印した。我々はそれ以来、安栄の日々を送ってきた。だが神託は告げた。3年後に魔王の封印が解かれ、再び世界が危機に瀕すると。同時に、かの異世界より『選ばれし者』が召喚されると」
国王は一度言葉を切り、ミナトとコウキを交互に見つめた。
「本来ならば、召喚されるのはただ一人のはずだった。だが、神は二人を選ばれたようだ。……特にそなた、コウキと名乗ったか。そなたからは、強大な魔力の波動を感じる。間違いなく、神託に記されし勇者の資質を持つ者であろう」
国王の視線がコウキに注がれ、コウキは身を固くした。そして、その視線がミナトに移る。
「だが、そなた、ミナトと名乗ったか。そなたの体には、コウキに匹敵する、いや、それを上回るほどの膨大な魔力が宿っている。それにもかかわらず、なぜか魔法の波動を感じない。これは一体……」
そこでミナトはこの気持ちの悪い正体が魔力であるのだとしった。だが同時に同じ魔力なのになぜコウキと感じる魔力が違うのかと疑問に思った。
魔術師の一人が、前に進み出る。
「陛下。我々も、彼の体内に満ちる魔力の規模には驚いております。しかし、コウキ様と比べるとどこか異質といいますか、周囲の魔力と反発をおこしているようにみえます。我々の知る限り、このような事例は過去にございません。おそらく、異世界からの召喚の際に、何らかの特異な影響を受けたものかと……」
魔術師の言葉に、ミナトは再び胃の奥からこみ上げる吐き気を感じた。やはり、この体内の魔力はこの世界の者の魔力とは何か違いがあるらしい。
「ともあれ、状況は理解できたであろう。そなたら二人には、このアルストリアを魔王の脅威から守るため、その力を貸してもらいたい。特にコウキ、そなたにはただ一人の勇者となってもらいたい。本来一人であるところに、予言とは違う二人の勇者となれば、国民も不安におもうこともあろう。よってコウキは勇者として、ミナトには冒険者として実力を高めてもらい、今後の魔王討伐の準備を進めてもらうことになる。」
国王の言葉は、彼らの今後の運命を決定づけるものだった。ミナトは、自分がこの世界でどう生きるべきか、そしてコウキとは別の道を進むことになるかもしれない、という予感に静かに向き合っていた。