002 二人の勇者
ミナトの体内の異変と吐き気にもがきながらも、彼の目は眼前の光景を捉えていた。すると初老の男が口を開いた。
「……勇者よ、よくぞ参られた」
国王と思しきその男の言葉に続き、ローブ姿の者たちが次々と頭を垂れる。しかし、彼らの間に、微かな困惑のざわめきが広がるのをミナトは感じ取った。
「これは……いったい?」
国王が、信じられないものを見るかのように、コウキの隣に立つミナトに目を向けた。その表情には、期待に満ちていたはずの喜色が薄れ、訝しげな色が浮かんでいる。
「神託に記されしは、ただ一人の勇者。かの世界より『選ばれし者』がこの地に降臨すると…。だがこれは...」
ローブの男の一人が、戸惑いを隠せない声でつぶやいた。国王の視線がミナトとコウキの間を忙しなく行き来する。神聖な儀式によって招かれたはずの勇者が、なぜか二人いる。
国王は重々しく口を開いた。
「なぜ二人いるのだ?」
その問いは、明らかにミナトに向けられたものだった。コウキが慌てて口を開こうとするのを、ミナトは片手で制する。
「それはこっちが聞きたいことだ。ここはどこなんだ。勇者とはなんだ」
ミナトは、湧き上がる吐き気を抑え込みながら、努めて冷静に答えた。彼の言葉は、この世界の言語に変換されて伝わっているようだった。
「確かにそうだな...。すまない、疑問におもうことがたくさんあろう。とりあえずは二人とも勇者として出迎えるとする。部屋を案内させる、そこでしばらくまたれよ」
想定外の「イレギュラー」が混じり込んだ事実に、彼らは明らかに困惑している。
特に、ミナトから放たれる、オーラのようなものは彼らの認識する魔力とは異質な、理解不能なものだった。
一方コウキの放っているオーラは、ミナトでも分かるくらい光輝き、勇者と呼ばれることに遜色のない気配をかんじとれた。
異世界から現れた二人の若者、片方は「選ばれし勇者」として、そしてもう片方は、未知なる「異物」として、この世界の王族と魔術師たちの前に立っていた。
国王の言葉通り、二人は衛兵に促され、広間から続く長い廊下を進んだ。豪華な絨毯が敷かれ、壁には見事な装飾が施されている。王城の中なのだろうが、どこか現実離れした空間に、ミナトもコウキもただ黙って従うしかなかった。
やがて、たどり着いたのは、広々とした一室だった。調度品はどれも見たこともない上質な木材で作られ、窓からは見慣れない植物が生い茂る庭園が見える。ここが異世界であることを改めて突きつけられた気分だった。
衛兵が去り、扉が閉まると、途端に張り詰めていた空気が緩んだ。
「な、なんなんだよこれ……!」
コウキが呆然とした表情で呟いた。普段の冷静な彼からは想像できないほど取り乱している。無理もない。少し前まで当たり前だった日常が、一瞬にして消え去ったのだから。
ミナトはまだ胃のむかつきと微かなめまいを感じていたが、武術で培った精神力でそれを押し殺した。まずは状況を整理しなければならない。
「落ち着け、コウキ。まずは現状を把握しよう」
ミナトは部屋の中を一通り見回し、それからコウキに向き直った。
「さっきの国王の言葉からすると、俺たちは『勇者召喚』ってやつでここに連れてこられたんだろう。おそらくだが、コウキが本来の目的で、俺はイレギュラーな存在として召喚されたのだと思う」
コウキは俯き、自分の手のひらを見つめていた。その手からは、確かに温かな光が微かに放たれているのが見て取れる。
「俺、身体中に力が漲ってるのが分かるんだ。なんだか、今までと全然違う。これはなんだ……?」
コウキが不安げに尋ねる。ミナト自身も体内に感じるなにかの存在には気づいているが、なんなのか説明がつかない。
「わからない。俺も何か力が体にあるのは感じるが、意識しすぎると吐き気がする」
ミナトは正直に現状を伝えた。コウキは驚いたように顔を上げた。
「俺はむしろ心地いいというか、力がみなぎってくるというか……」
「お互いの体の状況はちがうみたいだな。とりあえず、この部屋にあるもので何か情報がないか見てみよう」
二人は部屋の中を調べ始めた。机の上には、見慣れない文字のはずだが、なぜか意味を理解できる書物や、奇妙な形をした道具が置かれている。窓から見える景色も、全く知らないものばかりだ。
「ここがどんな場所で、何がどうなっているのか、何もかもが分からないな」
コウキが壁にかけられた地図のようなものを指差した。そこには、複雑な地形と、いくつもの国の名前のようなものが書かれている。
「言葉や文字は通じるみたいだが、それ以外の情報は皆無だ。ひとまず国王からの呼び出しをまつしかないか...」
ミナトとコウキは、困惑しながらも目の前の状況と向き合おうとしていた。