114 メリアの戦い
――セイラが激闘を繰り広げている頃、メリアもまた、Aランク昇格試験の討伐対象『ミノタウロス』と対峙していた。
牛の頭部に、丸太のような太さの手足。二足歩行でありながら体長は三メートルを超え、その全身は鋼のような筋肉の鎧で覆われている。
単純な腕力と突進力においては、Aランク魔物の中でも最上位に位置する危険な魔物だ。
だが、メリアにとってこの状況は、慣れ親しんだ狩場に過ぎない。
彼女の得意とする風魔法による索敵は、相手に気づかれることなく、その位置を完全に特定していた。
「距離、風向き、障害物……すべて問題なし」
メリアは木々の隙間から、徘徊する巨体を視界に捉えると、静かに息を吐き、愛用の長弓を構えた。
指先に全神経を集中させ、矢に濃密な風の魔力を螺旋状に巻き付けていく。
「風弓バーストショット!」
キィィーン!
弦音が高らかに鳴ると同時、放たれた矢は弧を描くことの無い弾丸と化し、一直線にミノタウロスへと迫る。
死角からの狙撃。
だが、ミノタウロスの野生の勘は鋭かった。
殺気を含んだ風切り音に反応し、とっさに腕を交差させ、頭部をガードする防御体勢をとったのだ。
避ける余裕はない。ならば、その強靭な肉体で受け止める。
矢一本程度、筋肉の鎧で弾き返せるという絶対的な自信。
だが、それはメリアの計算通りだった。
ドスッ!!
矢はガードしたミノタウロスの左腕に深々と食い込んだ。
その直後、矢尻に圧縮されていた暴風が解放される。
ブオォォォーン!!
「グォォッ!?」
破裂音と共に、肉が弾け飛ぶ。
単なる刺突ではない。内部で風が爆発し、ミノタウロスの左腕をごっそりと抉り取ったのだ。
致命傷ではないが、片腕の機能を奪うには十分すぎる一撃。
ミノタウロスは激痛と怒りに咆哮を上げ、血走った目で矢の飛来した方向を睨みつけた。
距離はある。だが、ミノタウロスには逃げるという選択肢は無かった。
怒りのせいで衝動が抑えきれなかったのだ。
ドンドンドンドンドン!!
大地が揺れる。
ミノタウロスが前傾姿勢をとると、まるで暴走する戦車のように猛烈な勢いで突進を開始した。
巨体が通るたび、細い木々はへし折れ、地面が踏み砕かれていく。
「かなりの距離があったはずなのに、もうこんな近くに!?」
メリアは冷静さを保ちつつも、その異常な加速力に舌を巻く。
追撃の矢を放つが、警戒状態に入ったミノタウロスは首を振って急所を逸らし、あるいは強引な突進速度で矢の軌道を置き去りにしていく。
「当たらない……。けどこれなら……!」
メリアは瞬時に思考を切り替え、魔法のイメージを構築し直す。
貫通力と弾速のみを極限まで高めた一点集中の矢。
「風弓――ピアスショット!」
音速を優に越える一撃。
ミノタウロスが視認するよりも速く、それは着弾した。
シュンッ!
音もなく、ミノタウロスの肩や太腿に風穴が開く。
貫通して後方の木に突き刺さるほどの威力。
だが、ミノタウロスは止まらない。アドレナリンが痛覚を麻痺させているのか、血を流しながらも速度を緩めず、メリアの目と鼻の先まで迫りくる。
「っ……!」
目前に迫る暴力の塊。
普通の弓使いなら、ここで死を覚悟するだろう。
だが、メリアは弓使いであると同時に、短剣使いでもある。
メリアは弓を背に回すと同時に、腰の短剣を逆手で引き抜いた。
遠距離で弱らせ、近距離で仕留める。
それがメリアの必勝パターンであり、彼女がソロで生き抜いてきた理由だ。
「グオォォォッ!!」
ミノタウロスの丸太のような拳が振り下ろされる。
メリアは風のように身を翻し、紙一重でそれを回避する。
風圧で髪が乱れるが、その瞳は冷徹に獲物の弱点を見据えていた。
すれ違いざま、短剣で横腹を切り裂く。
「硬い……! これじゃまともに斬れない!」
短剣の刃が通った感触は浅い。表皮が硬すぎて、致命傷には至らない。
ミノタウロスは無尽蔵のスタミナで暴れまわり、メリアを圧殺しようと暴風のような連撃を繰り出す。
だが、メリアに焦りはない。
彼女の目は、先ほど自身が放った『ピアスショット』の痕跡――ミノタウロスの足に空いた、小さな穴に釘付けになっていた。
「外側が硬いなら……中から壊せばいい」
メリアは呼吸を整え、突進のタイミングを計る。
ミノタウロスが大地を踏みしめ、メリアに向かって踏み込んだ瞬間。
メリアは退くのではなく、恐れずに懐へと飛び込んだ。
「ここです!」
針の穴を通すような精密動作。
メリアの短剣が、ミノタウロスの足の傷口、そのわずかな隙間にねじ込まれる。
ズチュッ!
生々しい音と共に、刃が傷口の奥深くまで侵入した。
これだけではダメージは浅い。だが、仕込みは終わった。
「エアロバースト!!」
メリアが短剣から手を離し、バックステップで距離を取ると同時。
短剣に込められていた圧縮空気が、筋肉の内部で解放された。
ドォォォォン!!
「ゴ……ア……ッ!?」
体内で起きた爆発は、逃げ場を失い、ミノタウロスの足を内側から破裂させた。
骨と肉が砕け散り、巨体を支える支柱が失われる。
片手片足を失ったミノタウロスは、バランスを崩し、盛大に地面へと倒れ込んだ。
もはや立ち上がることすら叶わない。
勝負あった。
「とどめです」
メリアは再び弓を手に取り、冷たい瞳で見下ろす。
至近距離からのピアスショット。
狙うは眉間、一点のみ。
ズドンッ!
放たれた矢は脳を貫通し、ミノタウロスの巨体は一度だけ大きく痙攣すると、完全に動かなくなった。
「ふぅ……。タフな相手でしたね」
メリアは短く息を吐くと、乱れた髪を直し、手際よく魔石の回収を始めた。
Aランク魔物であろうと、彼女の前では、ただの獲物に過ぎなかったのだ。




