113 セイラの戦い
――セイラはAランク昇格試験の討伐対象、『ファイアドレイク』と対峙していた。
四足歩行で、頭から尻尾の先までで四メートルはある。赤黒い鱗は溶岩のように脈打ち、吐き出される呼気だけで周囲の下草が焦げていく。
セイラは風下から音を立てずに背後へ回り込み、魔法の射程に捉えようと試みる。
だが、甘かった。
ファイアドレイクは視覚ではなく、熱源と匂いで獲物を探知していたのだ。
グルルルッ……!
ファイアドレイクが突如として首を180度回転させ、セイラを睨みつける。
獲物を見つけた喜びか、大きく開かれた口の奥で、紅蓮の炎が渦を巻いた。
「ッ……! 気付かれた!?」
セイラが驚愕に目を見開くのと同時に、ファイアドレイクの口から火炎放射のような激しい炎が吐き出された。
熱波が衝撃となって肌を叩く。並の魔術師なら、この熱だけで戦意を喪失していただろう。
だが、今のセイラは違う。
「アクアシールド!!」
セイラの叫びと共に、彼女を包み込むように魔力を帯びた分厚い水のドームが生成される。
直後、業火がドームを飲み込んだ。
ジュワアアアッ!!
凄まじい音が鳴り響き、大量の水蒸気が爆発的に広がる。
炎の熱量は圧倒的だ。水は次々と蒸発していく。だが、蒸発した端から、セイラの膨大な魔力が新たな水を生成し、鉄壁の守りを維持し続ける。
ファイアドレイクの炎では、この循環する水の壁を突破することは叶わない。
ファイアドレイクも攻めあぐねたのか、炎を止め、様子を伺うように口を閉じた。
辺り一面が濃密な蒸気に包まれ、視界が悪い。
だが、セイラはその一瞬の隙を見逃さなかった。
「視界が悪くても、場所は分かります! アクアショット!」
蒸気の晴れ間から、水塊の弾丸が打ち出される。
風魔法で加速された質量弾だ。
ボンッ!
魔法は見事にファイアドレイクの胴体に直撃した。
以前、ストーンゴーレムを一撃で粉砕したほどの威力。しかし、ファイアドレイクの丸みを帯びた強靭な鱗に弾かれ、水飛沫となって四散してしまった。
表皮を軽く削る程度のダメージしか与えられていない。
「硬い……!威力が足りない……いえ、魔法の形が悪い?」
セイラは冷静に分析する。
相手は曲面の鱗を持つ生物。球体の打撃では威力が分散してしまう。
「なら、先端を尖らせて……貫通力を重視したイメージ……!」
セイラは杖を構え直し、魔力を練り上げる。
丸い弾丸ではない。回転する鋭利な水の槍。
「アクアジャベリン!!」
先程とは形状の違う、高圧縮された水の槍が生成され、空気を切り裂いて射出された。
その切っ先は水でありながらとても鋭く、込められた魔力により鉄をも思わせる程の硬度が与えられている。
ファイアドレイクも本能的な危機を感じ取ったのか、迎撃のために再び咆哮と共に炎を吐き出す。
灼熱の炎と、極細の水の槍が正面から衝突する。
本来なら水は蒸発して消えるはずだ。
だが、セイラの作り出した水槍は、表面が蒸発しながらも、その芯にある魔力の塊が炎の波を突き破った。
炎の中を強引に突破し、サイズこそ人差し指程度まで摩耗したが、その威力は衰えていない。
ドスッ!
鈍いようで鋭い音が鳴り響く。
水の槍は吸い込まれるようにファイアドレイクの胴体へと突き刺さり、体内で弾け飛んだ。
ギャアアアッ!
ファイアドレイクが悲鳴を上げ、のたうち回る。
栓が外れたかのように、穿たれた胴体の穴から鮮血が噴き出した。
致命傷ではないが、炎を貫通してダメージを与えられたという事実は、セイラの心に確固たる余裕を生んだ。
「刺さった!なら、あとは数で押しきらせてもらいます!」
セイラは杖を振るい、次々とアクアジャベリンを生成する。
一発、二発、三発。
ファイアドレイクは炎での迎撃を諦め、巨体を揺らして回避しようとするが、風魔法で弾道を補正された水槍を避けるのは容易ではない。
そして、避けきれなかった一撃が――先程の炎による摩耗を受けていない、拳大の完全な状態の水槍が、ファイアドレイクの胴体を深々と貫通した。
ズドンッ!!
肉を抉り、背中まで突き抜ける衝撃。
ファイアドレイクの動きがピタリと止まり、地面に倒れ伏した。
即死ではないが、内臓を破壊されたのだろう。口から泡を吹き、もはや虫の息だ。
「え……?」
セイラは杖を下ろし、呆然と目の前の光景を見つめた。
最初の一撃は炎で相殺されたとはいえ、そこまでのダメージは見込めていなかった。
なんせAランクの魔物相手だ。何十発と撃ち合いになる覚悟をしていた。
それが、まともに当たった実質一撃で、瀕死に追い込んでしまった。
「と、とりあえず、とどめです! アクアジャベリン!」
セイラは慌てて追撃を放ち、ファイアドレイクの息の根を止めたが、心臓の動悸が収まらない。
(私の魔法、こんなに威力が上がってるの……?)
どうやらセイラは、自身の想定を遥かに越える速度で成長しているようだ。
それは単に制御が上達しただけではない。
魔力纏いの練度、及び刻付の発動が体に馴染んできた証拠だ。
本来、魔術師にとっての魔力纏いとは、身体能力の強化のために使うものではない。
自身の周囲に高密度の魔力を纏うことで、魔力との親和性を高め、通常時よりも強力な魔法を放ったり、発動速度を早めたりするために使われる。
あくまでも身体強化はその副産物だ。
そしてそれが今、セイラの体で完全に機能し始めていた。
つまりはまだ発展途上。
意図しない自身の魔法の威力に戸惑ってしまうのも、無理はなかった。
「私の魔法……。確実に強くなってる!」
セイラは自分の手のひらと杖を交互に見つめ、確かな手応えに頬を緩めた。
それは恐怖ではなく、仲間たちの背中を追える喜び。
「とりあえず試験は終わりですね。皆を待たせてるだろうし、魔石を回収してギルドに帰らなくちゃ!」
セイラは手早くファイアドレイクの魔石を回収すると、ギルドへの帰路に就くのであった。




