112 敗北からの学び
「そこまで! 勝者、ベルグリフ!」
クラウスの宣言が、静まり返った訓練場に朗々と響き渡った。
クレイグとシスカは、まさかの結末に言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしている。
接近戦において無類の強さを誇るミナトが、一瞬の隙を突かれて敗北した。その事実は、ベルグリフという男が団長の名に相応しい怪物であり、魔法という概念が無限の可能性を秘めていることを如実に物語っていた。
意識が暗転してから、数秒。
ミナトの意識が戻る。
「……ぐっ、ぅ……!」
後頭部に、焼けるような痛みが走る。
ミナトは霞む視界の中で地面に手を突き、強引に体を起こした。
「お、もう目を覚ましたか。タフなやつだ。だが、今回は俺の勝ちだな」
頭上から、ニヤリと不敵に笑うベルグリフの声が降ってくる。
「……はぁ、はぁ。完敗、ですね」
ミナトはふらつく意識を覚ますように頬をバチンと叩くと、乱れた呼吸を整え、ベルグリフに向き直る。
「まさか手放した剣を、磁力で引き戻すなんて……完全に盲点でした。あのタイミングでの後頭部への一撃、見事としか言いようがありません」
「がはは! あれは狙ってやったというよりも、咄嗟の判断が功を奏したにすぎんよ。それより、素手でこの俺にここまでのダメージを与えるとは大したもんだ。流石はグレンの弟子ってとこか」
ベルグリフは豪快に笑っているが、その体には無数の打撃痕が刻まれていた。普通の人間なら骨が砕け、内臓が破裂していてもおかしくない連打だ。
それを骨の一本も折らずに耐え抜き、平然と笑っていられる頑強さ。
そして、一瞬の機転で勝利をもぎ取る老獪さ。
王国騎士団長。その肩書きは、決して伊達ではなかった。
「普通ならとっくに伸びてる威力の打撃を打ち込んだはずなんですけどね……」
ミナトは呆れたように苦笑した。
「俺は鍛え方が違うからな。簡単には倒れんぞ!」
「……次は、負けませんよ。魔法が使えずとも、魔法の特性を理解することで戦況を覆せると、身を持って理解できました。とても勉強になりました。ありがとうございました!」
ミナトは悔しさを噛み殺し、素直に頭を下げた。
そこへ、クラウス、シスカ、クレイグの三人と、ふわふわと浮いているリリィが駆け寄ってくる。
リリィは心配そうにミナトの肩にぺたりと張り付いた。
「心配かけてごめんなリリィ。もう大丈夫だ」
ミナトはリリィの頭をよしよしと撫で、安心させるように頬を擦り付ける。
「お疲れミナト。最後は負けてしまったけれど、近接戦闘であの団長を圧倒するなんて……見ていて鳥肌が立ったわ。流石ね」
「お疲れさまですミナトさん。武器や防具を脱ぎ捨てても戦えるのはミナトさんだからこそですよね!」
シスカとクレイグは、興奮冷めやらぬ様子で労いの言葉を掛けた。
一方、クラウスは目を見開き、ミナトをじっくりと眺め、信じられないものを見るような顔をしていた。
「まさか団長にあそこまで食らい付くとは……。というより素手で、あの鉄壁の団長に傷を負わせるなんて……。それに加え、初見で磁力のトリックを見破る戦闘頭脳……」
ぶつぶつと一人で呟き、戦慄していたクラウスだったが、ハッと我に返り、いつもの人好きのする笑顔を貼り付けた。
「おっと失礼。どうも考え込んでしまうと周りが見えなくなってしまうのですよね。ミナトさん、あなたは本当に強い! ……でも、うちの団長も大したものでしょう?」
「ええ、本当に。騎士団長の名は伊達じゃありませんね。……でも次は必ず勝ちます! あ、それとクラウスさんとも是非手合わせを!」
「……正直、今の戦闘を見ていたらお腹いっぱいといいますか。ミナトさんに勝てるビジョンが、これっぽっちも思い浮かびませんよ」
ミナトの屈託のない笑顔に、クラウスは顔を引きつらせて苦笑するしかなかった。
それが謙遜ではなく、明確な実力差を悟った上での本音なのだろう。
その後、またの機会にと挨拶を交わし、一行は城を後にした。
時刻はすでに夕刻を過ぎ、空は茜色から群青色へと染まり始めていた。
予定にはなかった騎士団での手合わせで、ミナトとシスカは疲労困憊のようだ。
「今日はもう疲れたし、解散にしましょうか」
「ああ、そうだな。体は疲れたけど、凄く充実したし勉強にもなったよ。宿に戻って、今日の経験を整理しておきたい」
「時間も時間ですしね。今日はお疲れさまでした!」
三人は充実感と共に挨拶を交わすと、それぞれ帰路に就くのであった。
――同時刻。
ミナトたちが戦いを終え、安らぎを得ていたその頃。
遠く離れた場所では、二人の少女が命を懸けた試練の只中にいた。
「アクアシールド!」
轟音と共に、巨大な炎の渦が巻き起こる。
「風弓バーストショット!」
超遠距離からの弓矢の一撃。
セイラとメリアの、Aランク昇格試験。
セイラは灼熱の息を吐く『ファイアドレイク』と。
メリアは剛力を誇る巨獣『ミノタウロス』と。
それぞれの場所で、ミナトたちに負けじと、過酷な戦闘を繰り広げていた。




