110 武術の天才
クラウスの開始の合図と共にミナトは飛速を発動する。
刻付により強化された身体能力に加え、足からでる魔力のブーストにより加速度的なスピードを生み出し、一瞬にして間合いを詰める。
だが、ミナトは間合いに入ることが出来ない。
(なんだこの違和感は……?前に進めない……?)
距離を詰めれば詰める程、剣を持つ腕と、胸当てをした胴体が鉛のように重くなる。
そして、完全に前に進めなくなったミナトを見て、ベルグリフが一歩前進する。
するとミナトの体は、巨大なバネに弾かれたかのように、強烈な反発力によって後方へと弾き飛ばされた。
「どうした?攻めてこないのか?」
ベルグリフは高みの見物でもするかのように顔をニヤリと笑わせる。
「よく言うな。あんたが魔法で何かしてるんだろう?」
吹き飛ばされたミナトは空中で体勢を立て直すと、そのまま飛速で空を蹴り、今度は上空から攻め立てる。
飛速の推進力と重力落下によるエネルギーで、先程の見えない何かを打ち破ろうと試みる。
(これならどうだ!)
剣先を突き立て弾丸のようにベルグリフに迫る。
先程よりもかなり深く食い込んだ。だが、剣先がベルグリフに届く寸前、グググッという金属が軋むような不快な抵抗が生まれ、またも跳ね返されてしまう。
(くっ……!これでもだめなのか。一体なんだこの魔法は?)
ミナトは思考を巡らせるべく一度距離を取るが、そこはベルグリフの絶対的な間合いの範疇であった。
その巨漢が重量級の剣に魔力を込め、大きく横に薙ぎ払う。
ブォンッ!
暴風のような風切り音が鳴る大振りだが、無論剣先は遥か遠くにあり、物理的に届くはずはない。
だが、違った。
剣が振るわれると、目には見えないが、圧縮された空気の刃が地面を抉りながら迫ってくるのを肌で感じた。
風属性のエンチャントを施したベルグリフの剣による、真空の斬撃だ。
本来武器にエンチャントを施したところで属性の補助を受けるだけなので、魔法を発動しなければこれ程の威力になるなど考えられない。
だがベルグリフは魔法を発動したような素振りは無かった。おそらく彼の怪力と技量であの大剣を操り、魔法をも凌駕する衝撃波を発生させているのだろう。
「近づけない上に、遠距離攻撃かよ!」
ミナトは顔をしかめながらも、持ち前の反射速度と機動力で紙一重で回避するが、状況は最悪だ。
魔法の使えないミナトは近づかねば攻撃手段が無いのに、その接近自体が封じられている。
(風による押し返し……?いや、それなら体が風圧を感じるはずだ。どちらかと言うとからだ全体というよりは部分的に押し返されている気がする)
ミナトは迫り来るベルグリフの攻撃を避けながらも必死に思考を巡らせる。
――離れたところでシスカとクレイグとクラウスはその戦闘を見ていた。
「彼、動きがいいですね。地上での反応速度といい、空をも蹴ることができるとは……。さすがはシスカさんのリーダーですね。ただ……初見で団長のトリックに気付くのは難しいと思います。仮にそれに気付いたところで、武器を捨てなければいけないので勝つのは難しいかと」
クラウスはミナトの動きを観察し称賛するが、その目には冷徹な分析の色が浮かんでいた。
「ええ、私なんかよりずっと強いわ。ただそのトリックとやらが遠目に見てる私も分からないのだけれど……」
シスカは目を凝らしベルグリフの動きを観察するが、未だにミナトが近づくことすら出来ていない状況を理解できない。
するとクラウスは愉快そうに笑った。
「あはははは!もし、みて分かってしまったらすごいですよ!あれは目に見えませんからね。種明かしをしておくと、団長は風と雷と地の三属性を使います。風は見ての通り攻撃に使っていますが、常に雷と地の魔法を周囲に展開しているのですよ」
「雷と地……?」
シスカは困惑の表情を浮かべるが、クレイグは違った。
ハッと息を呑み、戦場のミナトと団長を交互に見比べる。
「……まさか磁力ですか!?」
「お見事!まさにその通りです」
クラウスはパチパチと拍手をしクレイグの推理を称賛し、言葉を続ける。
「つまり、磁力に反応してしまう金属や鉱物を含むものを装備しながらの戦闘は無謀と言うことです。かといって武器と防具を捨て、あの団長に挑むのも無謀ですがね」
「なら遠距離からの魔法しか対抗策がないということですか……?」
クレイグの絶望的な問いに、クラウスはニヤリと笑い、それも否定する。
「あの風属性による剣圧は、魔法の詠唱よりも速く突風を巻き起こします。なのでさらに遠距離……団長が視認できない程の距離からの攻撃か、あるいは単純に、何も持たずに体術のみで団長を圧倒するか。そのどちらかしか、団長に勝つ方法はないのです」
団長の強さを自分のことのように、誇らしげに語るクラウス。
だが、その言葉を聞いたシスカとクレイグは、絶望するどころか、顔を見合わせて不敵な笑みを浮かべた。
「つまり、もしミナトさんが磁力に気付ければ……」
「ええ、そうね。勝てるわね」
その言葉にクラウスはきょとんと目が点になる。
「え、えっと……勝てる……ですか?ミナトさんは魔法が使えずに、武器まで封じられるんですよ?大格差も一目瞭然ですが……何か策があるのですか?」
二人は、戦場を駆ける背中を見つめ、確信を込めて声を揃えた。
「「彼は体術の天才だ」」




