010 『刻付』の片鱗
グレンとの稽古の約束を胸に、ミナトは宿に戻った。
全身を支配する疲労感は、心地よいものだった。
武道家として長年鍛え上げてきた身体も、この魔力と結びつくことで、まだ見ぬ高みへと到達できる予感があった。
簡単な夕食を済ませ、一息ついたミナトは、ベッドに腰を下ろした。
疲労困憊の体ではあったが、休む前にどうしても試しておきたいことがあった。
魔力抑制の指輪を外す。
とたんに訪れる吐き気や頭痛。だがミナトは堪えながら、魔力の制御に集中した。
意識を体内に流れる魔力へと集中させる。
(あの感覚……)
指輪のサポート無しに、自身で魔力を制御し、この魔力に順応できるか試す。
するとどうだろうか。徐々に吐き気や頭痛は収まりはじめた。
「できた……」
指輪による抑制された状態ではなく、解放された状態での魔力コントロールを会得した。
そして、そのまま魔力纏いの鍛錬にうつる。
拳から、そして腕から、微かな光が皮膚の下で脈打つように感じられる。
今度は無理に動かず、ただその感覚を全身へと広げていった。
魔力が神経の隅々まで行き渡り、肉体と一体になるような感覚。
昨日の講習で得たこの『魔力纏い』は、とてつもない集中力を必要とする。
まだ習得したばかりのミナトには数分纏わせるのが限界だった。
「はあ……はあ……」
だが、繰り返していくうちに、少しずつ纏える時間が長くなっているのを感じる。
「だいぶ馴染んできたな……。今日はこのくらいにして明日に備えよう」
ミナトは静かに、来るべき明日の稽古に備えた。
翌朝、言われた通り8時にギルドの訓練場に到着した。
既にグレンが腕組みをして待っている。
「昨日とオーラが違うな。……ほう、指輪を外したのか。どうやら補助なしでの魔力コントロールがうまくできたみたいだな。まあいい、始めるぞ!」
グレンはそう言うと、ミナトに数種類の基本的な訓練を命じた。
「まずは魔力纏いの状態での走り込みだ。全身に魔力を薄く纏わせ、その感覚を体に馴染ませろ」
ミナトは言われた通り、全身に微量の魔力を纏わせた。
身体がわずかに軽くなり、地面を蹴る力が強まるのを感じる。
昨夜、自分なりに特訓していたとはいえ、実際に魔力纏いの状態で動くというのは、なかなかに難しい。
それでも、最初は訓練場を一周も走れば魔力纏いが途切れてしまっていたが、繰り返していくうちに、二周、三周と続けられるようになり、体が魔力を纏った状態で動くことに慣れていくのが分かった。
「筋がいいな。魔力纏いの時間といい、その状態でそこまで動けるとはな」
次に、グレンは跳躍訓練を指示した。
「次は跳んでみろ。ただ跳ぶだけじゃない。跳躍の瞬間に、足裏に魔力を集中させろ。どれだけ高く跳べるか試してみろ」
ミナトは重心を落とし、地面を蹴り上げる瞬間に足裏に魔力を集中させた。
ズン、と全身に重いような、それでいて反発するような感覚が走り、通常の何倍もの高さまで体が宙を舞った。
バランスを崩し、背中から落ちるが、その直前、とっさに背中へ魔力を集中させた。
ドンッ!衝撃こそあったものの、体はほとんど痛くない。
「ほう……。咄嗟に魔力で防御したか」
グレンはミナトの動きをじっと観察し、時折短い指示を飛ばすだけだったが、その目は彼の急激な順応性を見抜いているようだった。
ミナトは武道家としての卓越した身体能力と、異端な魔力、そしてグレンの的確な指導により、驚くべき速さで魔力纏いの感覚を体になじませていった。
「よし!そこまで!この後は講習だ。ちゃんとうけていけよ」
そう言い笑いながらグレンは講習室へと向かった。
ミナトは一時間の稽古とは思えないほどの疲労を感じたが、同時に身体の底から充実感が湧き上がってくるのを感じていた。
午前9時になると、ギルドの講習が始まった。
この世界の魔物について、あるいは冒険に出る際に役立つ道具についてなど、基本的な知識を学ぶ。
グレンは教卓に立ち、昨日の座学の続きを淡々と説明していった。
そして再び午後の実技の時間になると、訓練場へと移動した。
グレンは他の参加者の魔法の指導に時間を割くため、ミナトの訓練はほとんど自主練のような形になった。
しかし、ミナトは構わなかった。
朝のグレンとの稽古で掴んだ感覚を忘れないうちに、ひたすら魔力纏いの精度を高めることに集中した。
拳に、足に、全身に魔力を纏わせ、素早く動く。
仮想の敵を想定し、魔力を込めた打撃を放つ。
その度に、体内の魔力がよりスムーズに流れ、肉体との一体感が増していくのを感じた。
「そこまで!今日は終いだ」
講習の時間はあっという間だった。
軽い挨拶を終え、受講生が帰ったタイミングで、ミナトはグレンのところへ駆け寄る。
グレンも待っていたと言わんばかりに待ち構えていた。
「グレンさん!この魔力纏い、昨日より格段に上達したと思います!みてください!」
ミナトはそう言い、自分自身の今纏える限界の量の魔力を体全体に纏った。
体から溢れ出る魔力は、ゆらゆらとオーラのようなものとして知覚でき、とてつもない大きさを放っていた。
「凄まじい魔力量だな……。おい、その魔力を凝縮させることはできるか?魔力の放出は止めずに、溢れている魔力を体内に引き込むイメージだ」
ミナトはグレンの指示に戸惑いつつも、魔力の放出は止めず、溢れ出した魔力を再び内側へ引き込むイメージを試した。
「はぁっ、はぁっ……」
次第に白くもやっとしていた魔力は体の周りにピタッと張り付き、透明度を増していく。
先ほどまで見えていた魔力が見えなくなった。
だが確かにそこには、凝縮された魔力があるという感覚はあった。
「それは、魔力纏いの錬度を極限まで高め、凝縮した魔力を肉体に完全に一体化させる技術、『魔力纏い・刻付』だ。体と一体になった魔力は、纏っていることすら意識させないほど自然な第二の皮膚となる。まさか、それをこうも容易くやってしまうとはな」
グレンは少し笑いつつも、鋭い眼光でミナトを観察していた。
そこにはミナトに対する期待と、師としての責任があったのだろう。
確実に、ミナトは強くなっていた。
グレンによる指導とミナト自身の潜在能力によって、とてつもない速さで成長していく。
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