第7話 「奇跡の職人」王都の噂に
リリアン本邸での日々は、健太にとって予想以上に忙しない。
庭園と地下貯蔵庫の「解決」を皮切りに、伯爵からは次々と「屋敷の困り事」が舞い込んできた。健太は『完璧清掃』や『生活品錬』を駆使し、伯爵家に代々伝わるという古びた豪華な燭台の傾きを直し、メイドたちが毎日苦労していた重い鉄製のバケツを軽量で丈夫な木製に改良したりした。
ある日の午後、健太が書斎で、古くなった羊皮紙を補修し、新しい高品質なインクを錬成していると、フィオナがひょこっと顔を出した。
「健太様、わたくし、新しい書物が読みたいのですが、本邸の蔵書はどれも難しくて……」
フィオナが申し訳なさそうに言う。
この世界の書物って、古語で書かれてたり、専門用語が多かったりするからな。読みやすい娯楽の書物が少ないのかもしれない、と思い出す。
「じゃあ、ちょっと待っててください」
健太は『情報管理』スキルを使って、さらさらとペンを進めていく。絵と文字で構成された、起承転結のある物語、いわゆる「漫画」を作り出した。
フィオナはページをぺらぺらと捲って「漫画」に目を通すと、すぐにその本を抱きしめた。
「まあ! 健太様! こんな素晴らしい本、初めてですわ! 絵も、物語も、なんて魅力的なんでしょう!」
フィオナに渡した「漫画」のストーリーは、健太が元の世界で読んでいた漫画(未完結)を参考にしてしまったため、物語の虜になって碧眼の瞳を輝かせたフィオナからの「続きはまだですか!?」の再三の催促に頭を悩ませることになるのだった。
健太の「趣味」は、リリアン家内部で瞬く間に広まっていった。
屋敷の廊下を健太がを歩いていると、すれ違うメイドたちが皆、一様に健太をちらちらと盗み見ては、興奮した顔で小声で囁き合う。
「ご覧になった? 健太様が新しく作った、あのフワフワの布地……」
「ええ、もうあれ無しでは眠れませんわ! 健太様は本当に神様かも!」
皆の視線が突き刺さり、健太は思わず歩く速度を速めた。まるで珍獣でも見るような視線に、内心で冷や汗をかいた。
その一部始終を見ていたライアは、静かに腕を組み、遠くの窓に目を向け、小さく呟いた。
「健太殿の『趣味』が、どこまで世間を騒がせることやら」
健太がリリアン本邸で次々と「奇跡」を起こしているという噂は、家の中だけに留まらなかった。リリアン家に出入りする商人や、他家からの使いの者たちが、健太の噂を王都へと持ち帰ったのだ。
王都の貴族たちは、リリアン家が突如として「奇跡の職人」を囲い込んだという噂に色めき立った。
最初は半信半疑だった貴族たちも、徐々にその噂を無視できなくなっていた。屋敷の老朽化に悩む者や、珍しい品を求める貴族たちがリリアン家への接触を試み始めた。
アルフレッド伯爵の元には、連日、他の貴族からの招待状や、健太への面会を求める書状が山のように届く。伯爵は、書状の山を前にして、頭を抱えていた。
「困ったな……健太殿は我がリリアン家の名声を高めるばかりか、未来永劫の繁栄をもたらす能力の持ち主だ。むやみに他家の者と接触させてはならんが、あまりに拒否すれば、反って不審がられ争いの元となる」
伯爵の視線の先には、庭で植物の世話をしている健太の姿があった。
(まさか、この男が、これほどまでに王都の貴族社会を騒がせることになろうとは……)
健太は、何も知らずに庭の片隅で、この世界の土壌でも育つ、甘くて美味しい野菜を試験的に栽培していた。「よし、このブロッコリーも順調だな。これでまた、美味しい料理が作れるぞ」