第6話 健太、本邸を『改造』する
リリアン伯爵の切実な懇願を受け、健太は本邸の庭園と地下貯蔵庫の「難問」に取り組むことになった。内心では「またいつもの作業か」と呆れつつも、早く片付けるにこしたことはない。
「健太殿、こちらが長年悩まされている庭園です。ご覧の通り、何をしてもすぐに枯れてしまい、本来の美しさを取り戻せません」
執事のギルベルトが案内したのは、広大な敷地の一角にある庭園だった。確かに、手入れはされているものの、どこか生気がなく、草木の色もくすんでいる。
健太は早速、『奇跡の園芸』スキルを発動。地面に手をかざし、土壌の活性化から始める。目には見えない光の粒子が土の中へと染み込み、枯れかけていた植物が瞬く間に生き生きとした緑を取り戻していく。
(この世界の土壌、栄養が偏ってるから枯れるんだよな。水やりや栄養管理を徹底すればいいだけの話だが……)
ギルベルトは、その光景を食い入るように見つめ、目を見開いた。
「これが健太様の『趣味』と……?」
次に健太は、地下貯蔵庫へと向かった。ひんやりとした空気が漂う奥には、びっしりとカビが生え、独特の嫌な匂いがこもっている。
「こちらは、いくら清掃しても、すぐにカビが再発してしまいまして。貯蔵している食料品にも影響が出ております。伯爵家でも地下の清掃を徹底するのはなかなか難しく……」
ギルベルトの言葉に、健太は内心でため息をついた。
(湿度が高くて換気も悪い上に、隅々まで掃除が行き届かないから、カビが常に発生してるんだな。ELSでも放置すると本当に厄介なんだよな)
健太は『完璧清掃』スキルでカビの生えた壁や棚に手をかざすと、黒ずんだカビがまるで時間逆行でもしたかのように消え去り、壁面は真新しい状態に戻る。貯蔵庫全体を覆っていた陰鬱な空気が一掃され、清々しい空気が満ちていく。
ギルベルトは、そのあまりの速さと完璧さに、ただただ唖然としていた。
「ま、まさか……こんな、こんなことが……」
彼の口から漏れたのは、もはや言葉にならない感嘆のため息だった。
数日後、本邸の庭園はかつてないほどに豊かな緑に輝き、地下貯蔵庫は清潔で清々しい空間へと変貌を遂げていた。アルフレッド伯爵は、その信じがたい光景に、まさに「唸る」しかなかった。
「健太殿……貴殿は、もはや我がリリアン家の、いや、この国の至宝だ! この恩は、決して忘れぬぞ!」
伯爵は健太の手を取り、深々と頭を下げた。
(俺がやってるのは、ゲーム内の生活スキルでこの世界の魔法ってやつとは、根本的に違うはずなんだが……まあ、説明しても無駄か)
健太の作業は、本邸の使用人たちの間でも瞬く間に噂となった。「リリアン家に、全てを美しくする魔法使いが来た!」と。
特にメイドたちは、健太の清掃スキルがもたらす恩恵を肌で感じていた。これまで何時間もかけていた清掃が、健太が一度通るだけでピカピカになるのだ。
「健太様! これまでどれだけ苦労したことか……本当にありがとうございます!」
「こんなに綺麗になるなんて、まるで夢のようですわ! 健太様の手、魔法みたいです!」
メイドたちは健太の周りに集まり、口々に感謝の言葉を述べた。中には、キラキラした瞳で健太を見上げ、その手をそっと触ろうとするメイドまで現れた。
「え、あ、いや、そんな……」
健太は突然のチヤホヤに、顔を赤くして後ずさりした。
そんな健太とメイドたちの様子を、フィオナは遠くから複雑な表情で見つめていた。
(健太様が、メイドさんたちに囲まれて……)
普段は天真爛漫なフィオナの顔に、うっすらと不満の色が浮かぶ。健太が皆に褒められているのは喜ばしいことだが、まるで自分だけの宝物を取られたような、ちくりとした寂しさを感じていた。
健太がメイドに手を取られそうになった瞬間、フィオナはたまらず健太の腕に抱きついた。
「健太様! わたくし、お庭の新しいお花を見せて差し上げたいですわ!」
無邪気を装いながらも、健太をメイドたちから引き離すフィオナ。
「え、あ、ああ、そうだな、フィオナ様」
健太はフィオナの行動に、内心で「助かった」と安堵するが、フィオナの瞳に宿った独占欲には気づかない。
その一部始終を見ていたライアは、小さくため息をつき、そして唇の端をわずかに吊り上げていた。
(健太様か……まったく、面倒なことになりそうだな。フィオナ様も、健太殿も)