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第5話 伯爵家の悩み事

 別荘の庭で、健太は呆然と立ち尽くしていた。目の前には、リリアン家の当主、アルフレッド・リリアン伯爵。

「父上! この方は健太様ですわ! 私を魔物から救ってくださり、そしてこの別荘を、ご覧の通り美しく蘇らせてくださったのです! この洗浄剤も、健太様がお作りになったのですわ!」

 フィオナは、健太の能力を誇るように、伯爵に説明する。だが、その言葉は伯爵の耳にはほとんど届いていないようだった。彼の視線は、健太に縫い付けられている。


「……健太殿と申したな。貴殿は、一体何者だ? そして、この『奇跡の洗浄剤』とやらを、いかにして生み出した?」

 アルフレッド伯爵の声には、尋問のような厳しさが含まれていた。その背後には、重装備の騎士たちが控えており、いつでも健太を取り押さえられるような物々しい雰囲気を醸し出している。

 健太は内心で冷や汗をかいた。「ただのクソゲーの生活スキルです」などと言えるはずがない。

「ええと……私は佐藤健太と申します。この洗浄剤は、その、昔から趣味で色々作っておりまして、その応用といいますか……」

 健太は言葉を選びながら、曖昧に答える。


 伯爵は健太の言葉に眉をひそめた。

「……ほう、趣味で、か。ならば、その『趣味』で、この別荘を一晩にして修復し、この庭をたった一日で咲き誇らせたと申すか? フィオナの報告は、決して誇張ではないようだな」

 伯爵は、別荘全体を見回し、そして美しく整備された庭園に目を向けた。その表情には、先ほどの困惑に加えて、明確な驚嘆の色が浮かんでいた。健太が『完璧清掃』や『奇跡の園芸』を使ったことはフィオナから聞かされていたのだろうが、実際に目の当たりにして、その信じがたい成果に打ちのめされているようだった。


「健太殿。貴殿の『趣味』、そしてその『奇跡の洗浄剤』の件、ぜひ我がリリアン家の本邸にて、詳しくお聞かせ願いたい。つきましては、我が本邸へ、数日滞在してはいただけないだろうか?」

 アルフレッド伯爵は、真剣な眼差しで健太に頭を下げた。貴族が一般人に頭を下げるなど、異例中の異例だろう。それは、健太の持つ「地味なチート」が、彼にとってどれほど大きな価値を持つかを示していた。

「本邸にですか?」

 健太は予想外の展開に戸惑った。貴族の本邸など、面倒事に巻き込まれそうで、できれば避けたい場所だった。


 だが、フィオナは目を輝かせ、ライアも珍しく伯爵の提案に賛同するかのように頷いている。

「健太様! ぜひ! 本邸の図書館には珍しい本がたくさんありますし、騎士団の訓練場も見学できますわ! そして、美味しいお菓子も!」

 フィオナが純粋な笑顔で誘ってくる。

「それに、健太様がいらっしゃれば、きっと本邸の皆も喜ぶはずですわ! わたくしの新しい洗浄剤を試してみたいと、皆、騒いでおりますから!」

 フィオナは無邪気に健太の作った石鹸が本邸で話題になっていることを付け加えた。ライアも「本邸ならば、健太殿の能力を存分に発揮できる場所もあろう」と、言葉少なに後押しする。


 結局、二人の熱意と、伯爵の有無を言わせぬ圧力に負け、健太はリリアン家の本邸へと向かうことになった。フィオナの別荘での修行は、健太という予想外の存在との出会いによって、彼女にとって何よりも価値のある経験となり、この日をもって一旦の区切りを迎えた。


 翌日。リリアン家の豪華な馬車に揺られ、健太は王都近郊にあるリリアン本邸へと到着した。その広大な敷地には、別荘とは比較にならないほどの壮麗な屋敷がそびえ立ち、多数の使用人が忙しなく行き交っていた。

「健太様、ようこそリリアン本邸へ。私が執事のギルベルトと申します」

 老齢ながら背筋の伸びた執事が、深々と頭を下げて健太を迎えた。既にフィオナから健太の料理や別荘の修復に使った『魔法』について聞いていたのだろう。その眼差しには、健太に対する好奇心と、かすかな期待の色が混じっている。



 伯爵は、健太を応接室に通すと、早速本題に入った。

「健太殿。早速ではあるが、貴殿には、我がリリアン家のために、力を貸していただきたいことがある」

 健太は緊張して固唾を飲んだ。もしかして、あの石鹸の製造を強制されるのか? それとも、怪しい研究に協力させられるのか?

「……と申しましても、貴殿のような高位の魔法使いに、このようなことをお願いするのは甚だ恐縮なのだが……」

 伯爵は言葉を選びながら続けた。

「実は、この本邸の庭園は、長年、原因不明の枯れに悩まされており、美しさが失われつつあるのだ。そして、地下貯蔵庫には、頑固なカビが繁殖し、いくら清掃しても根絶できない。これでは、リリアン家の名に傷がつくばかりか、貯蔵品の品質にも影響が出てしまう……!」

 伯爵は頭を抱えるように言った。その顔には、高貴な身分からは想像もできないほどの、切実な苦悩が刻まれていた。

 健太は、その言葉に思わず目を瞬かせた。

(庭園の枯れと、地下貯蔵庫のカビ?……それって、まさか……)

 健太の脳裏には、『奇跡の園芸』と『完璧清掃』スキルが鮮やかに蘇っていた。別荘でやったばかりの作業と、全く同じ内容だった。


 健太は、目の前の貴族が抱える「難問」が、自分にとってはELSで散々やってきた日常的な「作業」に過ぎないことに、どこか滑稽な感情を抱いた。早くこの面倒事を片付けて、平穏な生活に戻りたい一心だった。

「……もし、それが私の『趣味』で解決できるのであれば、お力になれるかもしれません」

 健太は、内心の呆れを隠しつつ、引きつった笑みを浮かべて答えた。


 伯爵は、健太の言葉を聞くと、驚きに目を見開いた。

「な……なんと! 貴殿のその『趣味』が、このような難問までも解決できるというのか!?」

 伯爵は健太の手を取り、深々と頭を下げた。その姿は、先ほどの威厳などどこへやら、一介の困った老紳士に過ぎない。

「頼む! 健太殿! リリアン家を救ってくれ! 貴殿の力なくしては、我が家の未来は危うい!」

 伯爵の必死な懇願に、「そんな大げさな」と思いながらも健太は完全に押し流されることとなった。

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