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蒼緋伝〜蒼と緋色の忘却  作者: Shing
蒼と緋色の忘却
9/12

Oblivion Episode 9 尚早

緋色の少女・グラジオ「「…」」


エクノア王立魔導学院に入学してから2年目に入ってしばらくの月日が経過した。

演習場で2人の生徒が対峙している。

一人は緋色の少女と、対するは学年で彼女に次ぐ2番目の成績を誇るグラジオ・マナ・カレンデュラ。

代々エクノア王家を継ぐカレンデュラ家の嫡男で、次期国王たる彼もまた優秀な成績を誇っていた。

祖国に新たに創設された魔導学院の晴れある初代主席を、入学当初より狙っている。

槍術も心得ており、周囲からもあの緋色の少女にまともに対抗できる指折りの存在として目されているが、その彼ですら彼女には届かない。

その日は模擬戦で、緋色の少女とグラジオが順当に勝ち上がった。

意気込んだグラジオが、勝負を申し込む。


グラジオ「今度こそ、勝たせてもらうよ!」

緋色の少女「全力で、お相手をします。」


審判の合図と共に、両者共にまずは距離を詰めて接近戦で応酬する。

魔導を専門とするだけあり、武器を携え扱いこなす生徒はそうはおらず、必然的にこの学院では武芸と魔導の二刀流の生徒が上位を狙いやすいが、その点緋色の少女だけでなくこのグラジオも相当な腕前であった。

では彼女との差は一体何なのか。

答えはシンプル。


緋色の少女「焼き払え烈火、【ブレイズイレイザー】!!」

グラジオ「!?」


強大な魔力、卓越した剣術もだが、年不相応の状況判断能力と、リーヴェの民特有の特徴的な身体構造。

「あれ」の対策をしない限り少なくとも同年代は敵うはずがないのである。

例え、彼女の代名詞とも言える火属性に有利な水属性で応戦しようともだ。


グラジオ「喰らい尽くせ水蛇、【アクアサーペント】…う、うわぁ!!」


空中から放たれた火球が水蛇を蒸発させ術者を捉えた。

勝負あった。

火属性が水属性に勝る、不可能でこそないが、学年の次席がその衝撃を身の程を持って知るのだから、緋色の少女の異次元さが際立つ。

それでも相手に対する敬意は失わず、礼儀正しくグラジオに手を差し伸べる。


緋色の少女「ありがとうございました。」

グラジオ「負け、た…流石だよ。」


王族たる者、品のない行為はしない。

負けたら負けで、潔く相手を認める。

差があり過ぎるものの、グラジオにとって緋色の少女は目標であり好敵手だ。


生徒A「グラジオ殿下でも敵わない…そうだよなぁ…」

生徒B「この間のクラス対抗バトルグラウンドなんか、10-0だったって聞いたぞ?」

生徒C「ま、まさに公開処刑…そいつらのメンタルが心配になる。」

生徒D「手加減って言葉を知らないんだろうな…戦ってる時の目なんかマジだもんよ。」

レティシア「皆好き勝手ばかりに…!」


尊敬を通り越して畏怖される存在の緋色の少女。

そんな自身に対する雑音はさておき、あまりの言われようにグラジオまでもが一言言わないと気が済まないとばかりに詰め寄ろうとするも、それを緋色の少女は制した。


緋色の少女「手加減、ですか…一つ聞きますが、対峙した敵は手を抜いてくれるのでしょうか?」


グラジオに代わり自身の陰口を洩らす同級生に対し、緋色の少女は問う。

近くで見れば実力のみならずその見た目も相俟ってやはり可愛らしいが、その容姿にそぐわない物騒な発言が彼女の口から飛び出した。


緋色の少女「私はここに来る少し前…私のせいで、4人の人が目の前で消えてしまいました。助けに来てくれた私の大切な人までもが殺されそうになった時、その人を助けるために私はこの手を血に染めました。」

生徒A・B・C・D「「「「「!?」」」」」


噂は耳にしたことはあった。

全貌までは聞かされていなかったが、緋色の少女はその歳にして既に人を手にかけたことがあるのだと。

そんな経験をしたためか、戦う場においても妙な落ち着きを払っており、1年前の遭難事件でも難なく切り抜けられたのだと。

誰しもが経験しているはずもなく、それが彼女の強さの所以たるのだと、今思い知らされた。


緋色の少女「私は、誰が相手でも全力で戦います。敵は、待ってくれませんから。」


そう一言言い残し、緋色の少女は身を翻しアイリと共に去って行った。

何を偉そうにと吐き捨てるのは簡単であるが、実体験が伴っている以上説得力が違う。

訓練だからと相手が強すぎるからと気を抜いていると、命の危機に瀕するのは自分達。

この日を境に、緋色の少女を取り巻く環境が少しずつ変わっていくのであった。


レティシア「___様ー、お疲れ様ですー!!」

緋色の少女「貴方ですか…」


とはいうもののこの女子生徒だけは違った。

レティシアである。

心底面倒そうに怪訝な表情であしらうも、いつもこの調子なので半ば諦めている。

レティシアから見れば緋色の少女は命の恩人であり、ある種の忠誠を誓っているようなものだ。


レティシア「これで、学院の選抜メンバー入り間違いないですね!」

緋色の少女「何も勝ち残ったことが選抜の条件ではないですから…」


学院選抜とは、近くエクノア王立魔導学院の生徒を中心に編成される、バトルグラウンドのチーム入りのことを指している。

元々はキルリス・イリアス両部族が年に一度の交流戦として考案された、騎馬で争う伝統だったが、いつしか様々な兵種を組み合わせる形に変わり、果ては国同士の威厳を示す競技にまで発展されつつあった。

今回はエクノア王立魔導学院一期生として、近隣諸国のどこかへ遠征に繰り出すための選抜メンバーを編成する模擬戦が行われていたのだが、当然というべきか緋色の少女が頂点に立ち、次点でグラジオ、そしてレティシアも好成績を残しメンバー入りが確実視されている。

ベンチ入りを含め30人、緋色の少女達2年生が中心となるが数名1年生も組み込まれるであろう。

エクノア王国の特色上、メンバーの大半が魔導職に偏るのが難点だが、その弱点を補える、武芸に秀でる緋色の少女とグラジオは貴重である。 


緋色の少女「相手がどこであろうと、全力で挑むだけです。」

レティシア「そう?風の噂で耳にしたんだけど、相手はアリエル公国選抜みたいですよ?」

緋色の少女「!?」


緋色の少女は大きく動揺する。

思った通り、普段は冷静沈着な彼女だが、幼馴染の話になると取り乱す様子が見て取れる。

ある意味わかりやすいと言えばわかりやすい。

そしてこの手の試合には年齢制限が設けられる。

もしかしたら…もしかすると…


レティシア「手紙の子、出てくるかな?」

緋色の少女「〜〜〜っ!!」


いけない。

意図してキャラを作っていたわけではないが、いざ蒼の公子の話に及ぶと動揺が止まらない。

ここは一度、冷静に。

一先ず話を整理する。

レティシアの言う通り、あの彼の実力なら選抜入りは容易い。

問題は彼はアリエル領を治める領主の嫡子であり、彼のような身分が編成されるかどうか。

と思ったら、こちらも歴とした王族であるグラジオはメンバー入りがほぼ内定している。

思わぬ展開に、緋色の少女は恥ずかしさと困惑が混在する。

彼と一戦を交える、あり得なくはない。


レティシア「___様?」

緋色の少女「違う…まだ、今じゃない…」

レティシア「?」


もちろん蒼の公子と再会することが他の何事にも変え難い目標。

しかし、それは定められた刻にこそ果たされるべき夢。



同じ頃、アリエル公国。

2年前と比べ逞しくなった蒼の公子が、現在在籍している士官学校の同期であるオルランド、オリヴェイラ、フォアストルに呼び止められた。


オルランド「___、聞いたか?エクノア王立魔導学院のバトルグラウンド選抜チームが俺達を相手に遠征試合をするんだとか。」

蒼の公子「何だって…?」


オルランドの情報は、蒼の公子にとっては寝耳に水だった。

エクノア王立魔導学院と言えば、約2年前幼馴染が旅立った地。

時折手紙のやり取りをするが、彼女の実力ならその腕を買われメンバー入りすることは想像するに難くない。

予想だにしなかった展開だが、蒼の公子はすぐに冷静になりオルランドに尋ねた。


蒼の公子「それはいつの話だ?」

オリヴェイラ「【水妃の節】の末だったか?そんなに遠くはないはずだ。」

蒼の公子「なるほど。」


蒼の公子はオリヴェイラからの情報を元に脳内で今後の予定を整理する。

すると彼はある意味安堵にも似たため息を漏らした。

彼もまた緋色の少女に再会することは非常に楽しみにしていた。

しかし遠征試合が組まれている週は、既に公爵家の者として予定が立て込んでいた。


蒼の公子「その週は、グリングラス王国へ外遊の予定があるな。」

オリヴェイラ「そいつは残念だったな。一目会っておきたかっただろうに。」

蒼の公子「案外そうでもないんだ。まだ時期ではないというか。」

フォアストル「またまた強がりを。素直になるのも大事ですよ?」

蒼の公子「全く、どの目線なんだか。」


3人との掛け合いに苦笑いを浮かべながらも他愛ない会話で談笑する蒼の公子。

士官学校に入学以来の学友で、領主の嫡男だろうと忖度しない彼らとはよく行動を共にしている。


蒼の公子「チームはもう決まっているのか?」

オリヴェイラ「だいたいな。ついさっき、選抜入り内定の通達があったばかりだ。」

オルランド「俺達3人な。いいだろ〜?」

蒼の公子「はいはい、健闘を祈っておくよ。」

オルランド「あーあと、お前の従兄弟のユーリも選ばれてたな。」

蒼の公子「へえ、やるね彼も。」


ユーリはアリエル公の親戚であり、蒼の公子達の学年より一つ下の従兄弟にあたる。

士官学校でも度々顔を合わせお互いに研鑽することもあるが、その彼が選抜入りするのも納得だ。

だが、蒼の公子の関心はもう一つあった。

オルランド、オリヴェイラ、フォアストル、そしてユーリ。

士官学校有数の実力を誇る彼らだが、それでも蒼の公子はどちらに優位性があるか冷静だった。


蒼の公子「けど…___には、果たしてどこまで通じるかな。」

オルランド「何を〜!?俺達が負ける!?」

オリヴェイラ「そんなに強いのか…」

蒼の公子「対峙したらわかる。」

オリヴェイラ「お前にそう言わしめるとは、腕が鳴るな?」


蒼の公子が勝負は緋色の少女に分があると予想したことで、フォアストルが憤慨している。

ここ数年目覚ましく発展する自国の軍の屈強さはもちろん信じて疑わない。

その次世代を担う編成される選抜メンバーも、十分に戦えるであろう。

だが、あの緋色の少女の前には果たして意味を為すかどうか。

その片鱗を目の当たりにした蒼の公子だからこそ分析できる。


オルランド「伝言があるなら、伝えておくぞ?」

蒼の公子「その必要はない。今の俺達には、手紙だけで十分だ。」


蒼の公子が存外ドライな様子に、オリヴェイラは不思議がる。

2年もの月日が、2人の繋がりを揺らがせるのか。

だがそれは違う。


蒼の公子「もう2年経つのか…」


緋色の少女「会いたいです…」


蒼の公子「だけど…」


緋色の少女「でも…」


蒼の公子・緋色の少女「「今会うのは、約束が違う。」」


2人は、再会の時期を明確に定めていたのだ。

今再び出会うのは、時期尚早。

その時が来るのは、16の歳を迎えた頃。

その時が来るまで、再び相見えることはない。

これまでにも在学中は長期休暇が設けられ、祖国に帰る生徒もいたが、緋色の少女はアリエル公国とは地理的に離れている点を抜きにしても、戻ることなくアイリと共に日々励んだ。

思いがけぬ帰還に浮き足立ちかけるも、心に誓った決意までは揺らぐことはない。

蒼の公子の欠場は耳に届く由もないが、旅立って既に2年の月日が経過した後の第二の故郷に、緋色の少女は思いを馳せるのであった。

・エクノア魔導学院

緋色の少女…ヴァーミリオン Lv18

レティシア…魔導士 Lv13

グラジオ…槍闘士 Lv14


・アリエル公国

アリエル公爵家嫡男…カエルラ Lv18

オルランド…剣士 Lv14

オリヴェイラ…アクスナイト Lv13

フォアストル…アーチャー Lv12



【登場人物】


・グラジオ・マナ・カレンデュラ

エクノア王国第一王子。次期国王としての素質は申し分なく、新設された王立魔導学院に入学、同期の緋色の少女と共に研鑽する日々を送る。

王族としての誇りは高く、入学した王立魔導学院は当然主席として名を連ねるべきと考えるも、程なくして途中編入した緋色の少女にはあと一歩という辛酸を味わうことになってしまう。しかし、種族の違いはあるかもしれないがそれは単に自分の実力不足であると認めることから、懐の広さを併せ持つ。魔法一本ではなく、槍の使い手としても高い実力を誇る。



【専門用語】


・バトルグラウンド

2つの陣営に分かれ、フィールドを戦場に見立て敵を退けつつ専用の旗をゴールに差すことで得点を競う競技。各地で人気を博している。

元は草原部族であるキルリス族とイリアス族が、年に一度の交流戦として考案した騎馬同士の戦いに端を発する。地域や規模で多少の差異はあるが、大まかなルールは、


①各チーム最大30人まで出場でき、うち18人がフィールドプレイヤーとしてスタメンに名を連ね、残り12人が控えとして待機する。

②森や平原、荒野、時には街を舞台に2つに分かれ、各地に点在する旗を奪い合い、敵陣のゴールに突き差すと得点となる。

③旗の争奪戦の傍ら相手選手への攻撃は可能で、脱落した選手の数だけ控えメンバーから即座に補充が可能。

④試合時間は前後半各30分の計60分で、得点が多い方が勝ち。


の4点である。模擬戦としての側面が強い反面、過去には大なり小なりの怪我が絶えなかったが、魔導大国であるエクノアが主にバトルグラウンド用に、


・ハートエムブレム:装備することで、攻撃が物理的に相手や物を傷付けなくなる腕輪

・レスキューエムブレム:装備することで、自らの体力が数値化され、0になると強制的にフィールドから退場させられる腕輪


の2つの魔導具を開発したことで全国に普及し、現在では地域や国同士の試合が度々開催されている。 国によってチームの編成に特色が現れやすく、草原部族は騎馬系や弓の使い手が、エクノアでは魔導系が、飛竜やペガサスが生息する地域では飛行系の選手が主体となる傾向にある。

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