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蒼緋伝〜蒼と緋色の忘却  作者: Shing
蒼と緋色の忘却
7/24

Oblivion Episode 7 別離

フィーニクス家令嬢誘拐事件から3日後。

監禁場所を特定したアイリと蒼の公子、そして当事者である緋色の少女の活躍により最悪の事態を避けられる結果となった。

しかし、先に目覚めたアイリと違い思ったより重傷を負った蒼の公子は今日まで目覚めず、緋色の少女はアイリと共に毎日お見舞いに訪れる日々を送っていた。

しかし彼に重傷を負わせた発端が自分にあると、重圧感に押し潰されてしまった。

無事だったとはいえ愛娘の塞ぎ込む日々は、彼女の両親も見ていて辛いものがあった。

彼女の個室を訪れたフィーニクス公ベンヌ卿は、机に伏していた娘の頭をそっと撫で、ある提案を持ち掛ける。


ベンヌ「リーヴェに、帰るか?」

緋色の少女「!?」


それは、蒼の公子と出逢う前の状態に戻る宣告とも受け取れた。

既に彼と共にある日々が日常になっていた緋色の少女にとって、今生の別れとすらもなりかねない。

当然そんな未来は望まない。

しかし、今回のようにいずれ王として民を導く彼の足手纏いになりやしないかと不安になる。

結果彼は自身を助けるために、重傷を負ってしまった。

そんな結末こそが、彼女の最も避けるべき事態である。


緋色の少女「っ…!」


だが、そう簡単に割り切れるものではなかった。

蒼の公子のいない日常は考えられない。

どうすればいいのかわからない。

答えを出しあぐねている娘の心情を察して、ベンヌ卿はむしろこちらが本命ともう一つの提案を持ち出す。


ベンヌ「【魔導の国 エクノア】で、優秀な魔導士の育成を掲げた魔導学院が設立、開校したそうだ。全寮制で、同じ学舎の子供達と過ごすことになる。私もお前の入学を一時期考えたが、お前にはあの子がついていた。だがエクノアに旅立つということは、ある意味その繋がりを切り離すことになりかねない。そう簡単に卒業まで帰っても来られないだろう。私はお前のあの子との繋がりを重視しこの話を保留にした。」

緋色の少女「…」


娘の将来に対し真摯に向き合うその姿を、緋色の少女は煩わしく思わなかった。

そしてどうして父が今この話を切り出してきたのか、わかる気がする。

今回の事件は、何が引き起こしたものであり、何が事態を悪化させたのか。


ベンヌ「だが、我々はいわば御伽噺に登場する伝承上の存在。その珍しさ故に、今回お前が攫われた。場に居合わせたアリエル兵や市民もお前を助けるために数名命を散らした。あの事件後考えたよ、我々がここにいることでアリエルの民にまた危害が及ぶのではないかと。」


しかし、現状この家はそうした引越しの準備、リーヴェへの帰還の動きは見られない。

少なくともベンヌ卿に、リーヴェへ戻る意思はない。

父の意図は、別にあった。


ベンヌ「あの子は、お前にとっても、私にとっても、一生の恩人だな。必ずや恩を返さねば。だが___、もしお前がこの先あの少年と共にこの国を築き上げるのなら、今のお前ではまだまだだ。力については流石は我が娘、既にお前は大人顔負けの強さを有する。その力を伸ばす意味もあるのだが、共に在りたい人の隣に並び立てる器量を養う意味でもきっと有意義な時間になる。無論、エクノアは遠い地…おそらく、彼とは当面会えなくなるだろう。」

緋色の少女「…」


父は娘と同じ目線に立ち、魔導学院へ通う利点とそこに待ち受ける未来を包み隠さず説明した。

彼の方針とは、己の道は己の手で選ばせる。

どちらの道を強要するわけでもなく、優しさと厳しさが混ざり合ったものだった。


ベンヌ「既にその学舎は開校している。だが途中編入は認められている。どうするかは、お前次第だ。」


その言葉を残し、父は部屋を後にした。

考えるべき点は一つ。

自分は将来、蒼の公子とどういう関係でありたいのか。

もしその魔導学院に編入するなら、既に開校したばかりとはいえ無論早いに越したことはない。

答えを出すのには、あまりにも短すぎた。

それでも、己の意思を父に伝えるべく、緋色の少女は結論を出さねばならなかった。



それから数日後のことである。

それまで意識を失っていたはずの蒼の公子がようやく目覚める。

誘拐団から受けた傷もそうだが、まだ身体が本調子とはいかない。

それでも、先に回復し蒼の公子が目覚めるまでずっと側を離れなかったアイリが、何かを訴えようと彼の注意を引いている。

アイリの視線の先には、1通の置き手紙が置いてあった。


蒼の公子「嫌な予感がする…!」


蒼の公子が目覚めたのには、そういった第六感が働いたのかもしれない。

ベッド上に臥した状態でも、毎日同じ誰かがそこにいた。

その誰かがいない代わりにしたためられたその手紙には、震えるような字で、しかし間違いなく、緋色の少女の手で書かれた文章が記されていたのだった。

その手紙を最後まで目を通した後、気が付けば蒼の公子は病み上がりの身体を推してアイリと共に屋敷を飛び出していた。

駆け出しながら、彼は手紙に書かれていた内容を脳内で反復する。


緋色の少女『___さん、最後に貴方にお別れを告げられない中旅立ってしまうこと、とても残念です。


どうか、一日も早い回復を祈っています。


私は、エクノアの魔導学院に入学します。


決して、今回のことで大好きなアリエルの地が嫌いになったわけではありません。


でも、どうしても責任を感じずにはいられない。


助けに来てくれた貴方を、傷付けてしまう結末にもなってしまった。


私は、それがどれがどうしても許せない。


弱い私が、受け入れられない。


だから、エクノアで4年間、そんな私と決別すべく励んできます。


もう二度と、アリエルの皆さんや、そして貴方が傷付かないように。


そして、これは私の願望…


4年後、もし卒業できたら…


…』


その先に記された願望には何が何でも今、ここで答えなければならない。

勘が告げている。

今緋色の少女のいる屋敷に向かえば、まだ間に合う。

遠く離れた場所へ、旅立つ前に。

ついさっきまで病床に伏せていたとは思えない快速を飛ばし、最短ルートを駆けていく。

そしてあと一つの曲がり角を曲がった先に、彼女はきっとそこにいる。

想定した通り荷造りした荷物を馬車に乗せ、両親に見送られ間もなくアリエルの地を後にしようとしていたその姿を視界に捉え、満身創痍の身体に残された力を振り絞って緋色の少女の名を呼ぶ。


蒼の公子「___!!!!」

緋色の少女「!?」

ベンヌ「あの怪我で…!」


懐かしい声がした。

あの日花畑で知り合って以来、兄のように慕い、色々なことを経験させてくれた幼馴染の少年の声。

もう当面は意識がある状態では会えないだろうと半ば諦めていた蒼の公子の姿が、そこにあった。

手紙を読んだのだろう。

彼の顔は、病床明けというのもあるだろうが、苦々しく引きつっていた。


蒼の公子「それが、君の決断なのか…」

緋色の少女「…」


蒼の公子の問いに緋色の少女は小さく頷いた。

一方的で唐突な別れに納得がいかなかった。

不思議であった。

蒼の公子の知る緋色の少女は、彼にとっての彼女とは、盟友であり親友、幼馴染、そして対等な存在でこそあるが、どこへ行くにも必ずついてくる妹のような存在だ。

そんな彼女が、1枚の手紙を皮切りに、今旅立とうとしている。


蒼の公子「君の未来を、僕が決めるなんて図々しいことは言わない。でも、僕があの時油断しなければ、君は誰かを手にかけることもなかった、これからもアリエルにいてくれるのではと、思ってしまう。」

緋色の少女「___さん、それは違います。あれはきっかけだった…なんて言ったら、おば様や亡くなられた兵士さんに失礼ですね。ですが、自分を磨くためには、違う環境に身を置く必要があったんだと思います。きっとこれからもこの国で過ごしていけば、楽しくて、そして充実した日々を送ることもできたでしょう。でも、それでは私はいつまで経っても貴方の優しさに甘えたまま。私は、何かとても大切な部分で成長なく過ごしていたことでしょう。」

蒼の公子「…」


決してアリエルに留まることが悪いのではなく、環境を変えなければ成長はないと痛感した緋色の少女。

何がそこまでして彼女を駆り立てるのか。

それは、蒼の公子の手にする彼女の書いた手紙の最後に、密接に繋がっていた。


蒼の公子「『4年後、もし卒業できたら、この場所に』、か…」

緋色の少女「!」


手紙に書いてあったままの文言を呟き、蒼の公子は一呼吸置く。

手紙の最後には、『4年後、もし卒業できたら、この場所に帰ってきても良いですか。』とあった。

その問い掛けで締め括られており、その返事は貰わぬまま旅立つところであった。

決まっている。


蒼の公子「必ず戻ってきて!!僕には君が必要だ!!!!」

緋色の少女「っ…!!」


切実な願いが、木霊する。

緋色の少女にとって蒼の公子が全幅の信頼を置ける大切な人であるのと同様に、蒼の公子にとっても緋色の少女はいつの間にかいなくてはならない存在となっていたのだ。

悔しかった。

緋色の少女は否定したが、己の力の無さが、彼女にとっての苦渋の決断を強いたことが。

しかし、彼女の進む道を、阻むつもりはない。

きっと悩みに悩んだ末の、決断であるから。


蒼の公子「君の帰ってくる場所は、ここにある。いつまでだって待つ。いっぱい学んで、強くなって、4年後に、必ず…約束だ!」


疑う余地はなかったはずだが、それでも不安だった。

今、帰るべき場所はここだと力強い言葉を聞き、緋色の少女は出発前に最後の抱擁を試みる。


蒼の公子(痛っ…)

緋色の少女「ご、ごめんなさい!起きたばかりなのに…!」

蒼の公子「いいさ…最後ぐらい、泣いたらいいよ。」


胸の中で啜り泣く緋色の少女を優しく抱き留めた蒼の公子は、完治していない傷を他所に彼女が落ち着くまで気丈に宥める。

振り返ってみれば、よく行動を共にした割にはこんな抱擁が過去に一度もあったかどうか。

これで少しでも気が鎮れば、いくらだって借してやれる。

やがて名残惜しそうに蒼の公子から離れた緋色の少女は、最後にその姿を目に焼き付けるように少しの間見つめる。

あまり長居しては、エクノアまで数日はかかる今日の馬車の目的地に辿り着くことに支障が出かねない。

別れの時だ。


緋色の少女「そろそろ、行かなければ…」

蒼の公子「次会う時は、お互いにこの国を担えるような人になる。君が異国の地で経験を積む間、僕も必ず…」

緋色の少女「はい。___さん、私がいいと言うまで、少しだけ目を瞑ってもらっても?」

蒼の公子「?」


言われるがままに目を閉じた蒼の公子。

それを確認してから、緋色の少女が近付いてくる音がする。

まず、両手を掴まれた。

その手に、何か小さな小包を託された。

未だ合図はない。

緋色の少女の言葉に従い、そのまま閉眼を続けた、その時だった。


蒼の公子「!?」

緋色の少女「いいですよ。」


何かが頬に触れた。

合図と共に目を開けると、かなり接近した距離で緋色の少女の顔がそこにあった。

そのまま気恥ずかしそうに後退りし、その場を離れていく。


緋色の少女「では…行ってきます。」


後ろ髪を引かれる思いながら、強引に振り解くように馬車に乗り込む緋色の少女。

既にお別れを済ませ。その一部始終を見届けていた両親にも最後に一言告げ、御者へ出立を促した。

それと共に御者も鞭を振るい、馬車の速度が上がっていく。

もう振り返らない。

我ながら少し大胆だったか。

その分、先程よりかはいくらか気が軽くなった気がする。

もう思い残すことはない、その一心で、緋色の少女は慣れ親しんだ地に別れを告げるのだった。


蒼の公子「…」


徐々にその姿が小さくなっていく馬車を見つめながら、今しがた何をされたか振り返る蒼の公子。

あの行為が何を意味するのかわからない彼ではない。

そして、緋色の少女に託された小包の封を開けると、そこにあったのは、かつて蒼の公子が出会ってから2年の月日が経った日に彼女に贈った、フィーニクス家の紋章がアリエルの紋章に置き換わった殆どお揃いのブローチ。

アイリと林檎もしっかりと刻まれており、あの日を思い出させる。

結果的にこんな形で渡すことになったが、ある日緋色の少女が何かを思い立ち、以前貰ったブローチに似た代物を、あの雑貨店で注文していたのだ。

緋色の少女を失って初めて気付いたこの喪失感。

別れ際の彼女のあの行動を皮切りに、今後4年間は離れ離れとなる。

再び己の不甲斐なさを悔やむも、同時に蒼の公子にある決意が芽生える。

あの黄昏の日に交わした約束を必ずや果たしてみせる。

彼女に負けないくらいに、自分も研鑽を積まなければ。

その環境はこの生まれ育ったこの地で整っている。

だが緋色の少女の方はどうか。

見知らぬ地に足を踏み入れて寂しい思いをしないか。

そんな心配が頭を過った蒼の公子は、彼女の見送りまで一部始終を寂しそうに見届けていたアイリを抱き上げ、語りかけた。


蒼の公子「アイリ、お願いがあるんだ。頼めるかい?」


たったそれだけの短い言葉で、それでも蒼の公子の真意を理解したアイリは、少し名残り惜しむような素振りを見せるも、主人の頼みとあらばと颯爽と馬車を追いかけていく。

あの狐が2人にとってどういう存在かを知る緋色の少女の両親は彼の行動に驚くと同時に、感謝の意を伝えた。


夫人「___様、ありがとうございます…!」

ベンヌ「本当に、よろしかったので?」

蒼の公子「知らない土地に一人で過ごすことは、きっと寂しいはずです。僕の願いは、___が彼の地でも孤独を感じず、やがては同じ学舎の子達とも仲良く過ごせること。アイリがいなくても、僕には民達がいる。これは、帰ってきた___に誇れるような街の礎を作るための、僕なりの決意。まだ至らぬところも多々あると思いますが、フィーニクス公ベンヌ卿、このアリエルに留まってくれたことに僕からも感謝を、そして、ご指導の程、よろしくお願いします。」


一国の嫡子が謝意と共に頭を下げる。

いかにベンヌ卿が故郷で尊厳を抱かれようとも、この地ではいわば居候に過ぎない。

にも関わらず、娘が懇意にしていたこの蒼の公子は身分関係なく真剣に教えを請うた。

ベンヌ卿もそれに応えないはずがなく、快く応じてくれた。


ベンヌ「お顔を上げてください、___殿下。武芸や学問その他、既に学ばれている身かと存じます。我が邸宅に来ていただければ、リーヴェから持参した書物、自由にご覧になられましょう。微力ながら、私もお力添えいたしましょう。貴殿は他でもない、我が娘の命の恩人。これまで、娘を連れ出し色々な景色を見せていただき、ありがとうございます。」


ベンヌ卿の温かい言葉に、それまで張り詰めていた緊張の糸が切れかけて蒼の公子の頬に一筋の涙が流れ出る。

出会ってからの4年間、様々なことに挑戦したり領内を巡ったり絆を育んできたが、あの女の子はもういない。

これからの向こう4年間、一日たりとも無駄にしてはならない。

緋色の少女に誇れる自分に、なるために。



同じ頃、ようやく馬車に遅れて乗り込む形で窓から1匹の狐が侵入し緋色の少女の膝の上に乗る。

軽快な身のこなしで難なく入り込むことができ、一先ず主人の言いつけを守れたことに安堵しているようにすらも見える。


緋色の少女「!?アイリ…!?」


誰が差し向けたのかは言うまでもない。

最後の最後まで触れた蒼の公子のその心遣いに、緋色の少女もまた愛するその狐を抱きしめ啜り泣くのだった。


緋色の少女「心配かけて、ばかりです…!」


瞳だけに止まらない赤く腫れた両眼を、拭うものの、涙は止まらない。

緋色の少女もまた誓う。

蒼の公子に誇れるような自分になって、帰ってくることを。

アリエルの地がもう水平線の向こう側へと小さくなった。

2人の繋がりは別離し、またいつか訪れる再会への序章となるのだった。

【登場人物】


・ベンヌ卿

フィーニクス家現当主、緋色の少女の父。【天空の国 リーヴェ】の四大貴族の一角として君臨するも、身分を返上し一族と少数の手勢を連れ地上へ降臨する。

リーヴェの民ながら地上の情勢にも明るく、常に各国の動向を把握していた。その中でウルノ帝国の動きを察知し、表向きは地上に移住する名目で移り住むも、その真意は身内にもごく一部にしか知らせていない。

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