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蒼緋伝〜蒼と緋色の忘却  作者: Shing
蒼と緋色の忘却
6/50

Oblivion Episode 6 篝火

構成員B「何だ…雰囲気が…!?」


男が振り返った視界の先には、先程までとは打って変わって様子が釈変した緋色の少女の姿があった。

直感が告げている。

もし今手にしている短剣を眼下の子供や狐に振りかざそうものなら、自分の命はない。

いや、或いはもう遅いか。

凄まじい威圧が、自分に向けられている。

小さな子供が向ける視線が、自身の喉元に刃を突きつけているようで、一気に死地に立たされている錯覚に襲われた。


緋色の少女「2人から…離れて!!!!」

構成員B「!?」


緋色の少女の手から瞬時に【ファイアーボール】が放たれた。

無詠唱で行使すると威力が低下するはずが、全く弾速や力が劣ることなく炸裂する。

男は間一髪で逃れたが、蒼の公子とアイリから距離が離れてしまい優位性を譲ってしまった。

未だ動けずにいる蒼の公子とアイリを背に、緋色の少女の眼光は男を逃さない。

すると彼女は、負傷した彼らに対し攻撃性のない炎を放った。


構成員B「なっ…!?」


それまで身動きすらできなかった身体が、なすがままに炎に包まれる。

一瞬身構えて熱さすらも覚えたが、すぐにその炎は何事もなかったかのように収束した。

緋色の少女に何の意図があったかは定かではない。


構成員B(この娘…一体何を…!?)


その対象を燃やさない摩訶不思議な炎の正体を考察する。

しかしいくら考えたところで答えは出てきそうにもない。

こうなっては相方を失った今この娘を諦めて退却すべきか、思考が移りつつあった。

なぜならこの少女、幼くして全く隙がなく、力があまりにも圧倒的であると勘が告げている。


緋色の少女「!逃がさない…!はあっ…!」


男が後退する素振りを見せたため、緋色の少女が退路を塞ぐ一手に打って出た。

【バーンフィールド】。

円形状の炎陣を展開し、動きを制限する火属性の魔法。

さらに緋色の少女は蒼の公子とアイリを巻き込まないように、または手出し無用と言わんばかりに燃え盛る炎の向こう側に線を引く。


蒼の公子「___、一人じゃ無茶だ!!」


一人で片をつけようとする緋色の少女に、蒼の公子が制止を試みる。

しかし彼の問い掛けに応じす素振りはない。

ただ目の前の敵を倒すことに集中し切っている。

この火属性の魔法にしろ、決して彼女の年頃のような子供が行使できるような代物ではない。


構成員B「リーヴェの民…これ程とは…!!


それだけではない。

生まれであるフィーニクス家は、リーヴェの民随一の火属性を最も得意とする家系。

緋色の少女の実力は、既に子供とて無類の強さを誇っていたのである。


構成員B「だが閉じ込めたつもりだろうが…術者を仕留めればどうなる?」


それでもこの状況下で、男は臆することなくできうることを試す。

確かに魔道では凄まじい。

ならば接近戦に持ち込むべきだ。

突っ込んできた男を、緋色の少女は立ち込める炎を味方に迎え撃つ。

護身用の剣を引き、距離を取っては小さな身体で次々と火属性の力を振るう。


構成員B「所詮は子供、息があがっているぞ!!」

緋色の少女「くっ…!」


自身も炎に包まれて身を削られているとはいえ、いくら才能や素質に恵まれていようとも経験や体格差は埋められない。

いつその刃を受けても不思議ではない。


構成員B「惜しかったな!」

緋色の少女「っ!!」


剣ではなく蹴りで緋色の少女の体勢を崩す。

その瞬間が最も迫った、その時だった。


構成員B「ぐあっ!?」

緋色の少女「!?」


どこからともなく【ファイアーボール】が男に撃ち込まれた。

意識を緋色の少女ただ一人に向けていた男は回避できず直撃してしまう。


構成員B「チィッ、どこから…っ!?」


撃たれた方向へ視線を向ける。

その正体を目にした時、目を疑った。


蒼の公子「はぁっ…はぁっ…」


揺らめく炎の向こうで、蒼の公子が魔法を撃った残滓が残っていた。

それを彼が注意を引くための攻撃であると判断するのは容易い。

だが、男は元より、蒼の公子すらもある事実に気付いていない。

彼に、火属性の素養はない。


構成員B「邪魔が入ったが…これで…っ!?」


蒼の公子のことは気にも止めず、改めて緋色の少女を確実に仕留めるために剣を持ち直した、またしてもその時である。

今度は背後から【ファイアーボール】が撃ち込まれ、回避することができなかった。

彼ではない。

目を疑った。

先程は姿をくらませていたあの狐が、火属性を纏い満身創痍ながらもこちらを威嚇している。

この狐の仕業か。

気のせいか、蒼の公子のそれよりも練度が高い。

俄かに信じがたいことが起きたが、この狐はその身にして人並みに火属性の魔法を撃ってきたのだ。

依然業火が立ち込める中、外側には満身創痍ながら蒼の公子と狐が、内側は緋色の少女が機を狙っている。

焦りの色が、濃くなっていく気がした。


構成員B「さっきまでそんな素振りなんてなかったはず…一体何を…!?」

緋色の少女「…」


男の問いに、取り合うつもりはない。

それは本当だが、実は緋色の少女もその真意を図りかねているどころか自覚がない。

相方を仕留めたのはおそらく蒼の公子であり、なおかつこの一帯には世にも珍しい氷属性の残滓があった。

対して火属性は一切痕跡がなかった。

公爵の子息が仮に氷の力の他に火属性を操る才能溢れる力量がある可能性もなきしにもあらずだが、やはり考えづらい。

何かあるとしたら、先程火属性を操る緋色の少女が狐と蒼の公子に何かを施したあの瞬間…


緋色の少女「もう、大丈夫…後は、私が…」


まず間違いなく何らかに関与したであろう緋色の少女が、これ以上蒼の公子とアイリに無理をさせないためにも、再び火が灯る。

すると、緋色の少女が男の周囲にさらに火属性の魔法陣を配置し、動きを封じる。

下手に動こうものならどうなるか、想像に難くはない。

どの道、男の命運は決まったも同然となった。

残すは緋色の少女の指一つで決まる。

これを、看過できない者が一人いた。


蒼の公子「やめるんだ___、その先へ足を踏み入れてはダメだ!!」

緋色の少女「…」


先程とは違い、幾分か冷静になりこの時の蒼の公子の声は緋色の少女の耳に届いていた。

これまで4年間一緒にいたのだ、普段の会話から断片的にも日々武芸にも励んでいたことは知っていた。

それはあくまで元リーヴェ貴族として恥じない護身術であるという認識だった。

その実は違った。

想像以上に圧倒的だった。

唯一実戦経験だけが乏しかった点を除けば、既に彼女は12歳にして並の兵士なら一掃できる。

だが、蒼の公子にそんな腹積りはなかった。

いずれ自身が治める国の元で戦いとは無縁の日々を送って欲しかった。

自分は良い。

いつの日か国が生まれ変わり自身が担い手となる王という存在は、前線に立ってこそ民を導く存在であることを、蒼の公子は既に知っている。

少なくとも人々を率いる立場にない緋色の少女は違う。

今ここで超えてはならない一線を越えてしまうと、もう後には戻れない。


緋色の少女「ありがとうございます、___さん。でも…」


それでも、緋色の少女は歩みを止めない。

蒼の公子に代わり、男の断罪のため彼から二度と視線を外さない。

いくら多才で天才肌と呼ばれようと、緋色の少女は蒼の公子なしには極めて脆弱な人間であった。

彼がついてくれたから未知の体験にも臆せず踏み出すことができた。

屋敷でも一歩ずつ武芸に励む中、それが彼がいないところで誘拐された折行き着いた結果がこれである。

身体が硬直し何もできなかった。

助けを呼び求めることもできなかった。

懇意にしてくれた女店主を失い、駆け付けてきてくれた蒼の公子を未来永劫失いかけた。

もし、どこかで彼がいなくても己を奮い立たせることができていれば、結果は変わっていたのかもしれない。

もう、守られるだけの自分は嫌だ。


緋色の少女「爆ぜろ赫火…」


右手を標的に合わせる。

次の一手で、男は魔法陣から次々に炸裂する爆発の餌食となり死滅する。

蒼の公子は民を導く礎のためその手を血に染めた。

彼一人に業を負わせるわけにはいかない。

例え、導く者と導かれる者の差異があったとしても。

例え、街を駆け巡り二人で笑い合ったあの日々に戻れなくなるとしても。

この命、彼に捧げると決めたのだから。


緋色の少女「(おば様、ごめんなさい…)【イグニション】!!!!」

構成員B「(こんな子供を相手に、こんな所が、俺の死に場所となるか…!)ぐあああああっ!!!!」


下級魔法に過ぎずとも、無数に展開されれば命はない。

緋色の少女は死に別れた女店主に哀悼の意を示しながら、男に引導を渡した。

凄まじい爆発と共に森小屋をも崩落する中、間髪入れずに緋色の少女はその華奢な見た目にそぐわない力で蒼の公子とアイリを外に連れ出し、事なきを得る。

いつか通りがかっては慣れ親しんだ森小屋が焼け落ちる様を、3人は固唾を呑んで見守った。

途中、緊張の糸が切れたのか、緋色の少女は蒼の公子の肩に身を預けた。

見ると、彼女の眼からは大粒の涙が溢れ出ていた。

その小さな身体を抱き寄せ慰める蒼の公子。

この日、蒼の公子と緋色の少女は齢12歳にして一人ずつ人間を手にかけたのであった。

【専門用語】


・無詠唱

魔法を行使する際に必要な詠唱を破棄して即座に発動させる戦術。即効性や奇襲に向く反面、効果や威力は半減するデメリットを持つ。

減少量は大きく、最大でも50%の力しか引き出せなくなるため闇雲に行使できる代物ではない。特筆すべきは断続性にあり、いかに連発し敵を牽制、或いは味方を強化できるかに焦点が当てられる。魔法を専門に扱う魔道士にとっては必須の技術とされる。

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