Oblivion Episode 49 再臨
多くの犠牲を払いながらも、双世界に跨ぐ激戦の末アリエル連合がウルノ帝国に勝利してから長い年月が過ぎた。
各地にその爪痕を残したその戦乱は後世で『ファンタジア動乱』と呼称され、現代を生きる多くの人々の関心を引き寄せていた。
動乱の末ウルノ帝国は滅亡し、旧ウルノ領としての地位を保証された。
また数百年前、グリングラス王国がノーレ帝国に攻め滅ぼされ併合されたが、その後国家間の戦争は起きず、人々は恒久な平和を享受していた。
エルズベル「【ファルタザードの戦い】…数万のウルノ帝国軍の包囲を撃退したファンタジア動乱初期の激戦であり、それまでの公国の劣勢を跳ね除けた重要なターニングポイント。決め手となったのは…」
エマ「戦前にアキテーヌ地方の領民達と駐在兵を避難させ、他の全域の駐在兵をファルタザードに集結、総力を挙げて市街戦を展開…なかなか決断できる作戦ではありません。」
ブルーノ「それをアリエル公爵の子息が指揮したというんだから、ものすっごい有望だったんだろうなぁ。最終的に消えてしまったのが惜しいよ。」
アリエル王立士官学校の資料室で、エルズベルとエマ、ブルーノの3人は、過去に起きたファンタジア動乱の記録を読み漁っていた。
王族のエルズベルにとってアリエル公爵は先祖に当たるのだが、自分と然程変わらない年で連合軍の中核を担ったというのだから、必然と尊敬の念を抱く。
エドガー「お前達、ここで何をしている?」
エマ「師範!」
そこへ偶然、士官学校の剣術師範として招かれていたエドガーが通り掛かり、熱心に資料を読み込んでいる教え子達の様子を見て、声を掛けてきた。
先んじてエマが応対し、数々の戦いを精鋭部隊を率い圧倒した伝承にも謳われる先祖について掘り下げていることを説明した。
エドガー「【ファルタザードの戦い】か…史上殆ど例を見ない、防衛戦の不利を覆し勝利を収めた激戦。この戦いで一気に名を挙げたんだったな。」
エルズベル「キルリスでも有名なんですね。」
エドガー「当然だ。【白銀の翼】の名前が知れ渡る転機となった精鋭部隊を率いていた英雄だからな。だがその躍進には、この街にも名を残すリーヴェの民がいたことも忘れてはならない。何故時を経ても2人揃って名前が不明なのかは、永遠の謎なんだがな。」
エルズベル「確かに…」
エドガーの言うように、王族の系譜にありながら【白銀の翼】を率いていた若き将と、それを公私共に支えていたリーヴェの民の名前は、不自然にも後世に伝わっていなかった。
何者かの介入がなければおかしい。
あれ程の功績を残しておきながら、誰もその名を知らないことに釈然としない。
エドガー(【白銀の翼】か…懐かしい響きだな。)
ふとエドガーは人知れず、薄っすらと不敵な笑みを浮かべた。
己が剣を持つ手が、彼の意識関係なく昂る。
まるで古の記憶が、呼び起こされるかのように。
永世の中立を堅持するエクノア王国。
長い時を経てもその体制は変わらず、魔導学院は今もなおファンタジア各国から将来有望な生徒を招き入れて研鑽する日々に励んでいる。
学院の一角にある、歴代の優秀な生徒を記録している【殿堂の間】には、毎日のように足繁なく通う気品漂う女子生徒がいた。
アイリス「はあ…いいなぁ…」
魔導学院の生徒でありながらエクノア王国第一王女でもあるアイリス。
彼女が面と向かっていたのは、創設された魔導学院の第一期生で、優秀な成績を修め主席で卒業した等身大のリーヴェの民の少女の銅像だった。
学院の初代理事長であったストレリチアが本人に許可を貰ってすぐに建立した経緯が彼女の戦歴と共に紹介されている。
アイリスは銅像の少女に並ならぬ尊敬の念と憧れを抱いていた。
エリシアナ「お姉様、またこちらにいらっしゃったんですね。」
アイリス「エリシアナ!」
四歳年下の第二王女、エリシアナがアイリスを訪ねてきた。
彼女もアイリス同様に銅像の少女を敬愛しているため、アイリスの姿が見えない場合は大体ここにいると把握している。
エリシアナ「また護衛もつけないで…スノーデンとウルフが探していましたよ。」
アイリス「その言葉そっくりそのまま返すわね…わざわざ私の日課に付き合わせるのも悪いでしょ?」
エリシアナ「う…まあ、先人を敬うのは悪いことではありませんけどね。お姉様のそれはもう仰る通り日課ですし。」
アイリス「エリシアナも大好きだもんね!もうすぐ1年生、貴方も毎日足を運ぶことになりますよ!」
エリシアナ「だ、だから抱き付くのはやめてください…」
姉妹仲は大変良いのだが、アイリスの天真爛漫ぶりには毎回困惑している。
ただ、銅像の少女を敬愛しているのは確かにその通りで、入学してしまえばきっと自分も毎日を足を運んでしまいそうで、姉妹だけあってあまり人のことは言えないと観念するのだった。
エクノア王都メディナ郊外にある、外界から遮断されたような雰囲気を醸し出す密室。
明かりを最小限に、その空間でただ一人、研究に没頭する者がいた。
ルヒター「やはりか…銅像のリーヴェの民の血統は…」
【殿堂の間】に佇む銅像の少女に執着するルヒターと呼ばれるその研究者は、ある一つの結論を導き出す。
その表情は結果の内容が意外とすらも感じる複雑なもので、長きに渡る研究の末に出た答えを前に、暫し考察するのだった。
異界の門の先の向こう側。
かつてファンタジア動乱の最大にして最後の激戦、【ヴァルハラの戦い】は、唯一世界の垣根を越えた場所で繰り広げられた。
この戦いで長きに渡る動乱が終結したのだが、連合側も【白銀の翼】がほぼ壊滅する損失を被り、いかに死闘だったかを物語っている。
現在は【神野群島】として、その激戦が行われた地は【神野中央区】に古戦場として痕跡を残している。
その神野中央区よりも北の島、神野北区のとある郊外で、三人の若者が満身創痍の状態で身体を休めていた。
ネーヴ「行ってしまったな…」
アルター「だがとどめを刺さないあたり、相変わらず甘い。」
ヴェガ「…」
アルター、ネーヴ、ヴェガの三人は、かつての仲間との激闘の末自分達の元を去っていった方角をただ見つめていた。
道は分たれたが、彼の信念を照らし合わせるとこうなることは心のどこかでわかっていた。
ヴェガ「これじゃ私達、結局過去の呪縛に囚われたままじゃない…」
ネーヴ「それは奴も同じ。それでも、抗うことを選択した。」
アルター「逃れられないと知りつつも、行き着く先は同じでも、過酷な道だ。俺達にはできなかった。大した奴だ…」
過去も相まって、お互いの信念を理解し合える間柄だったその男。
暫くは共闘したものの、最悪の形で転機を迎えてしまった。
こうして決別の時を迎えたわけだが、その傍ら独り立ちしていった彼を羨むのだった。
アルター達から少し離れた場所。
彼らとの激戦を制したある一人の男が、満身創痍で岩蔭に気配を潜めていた。
音無「はあ…はあ…ぐっ…」
力なく壁にもたれかかり、天を見上げる音無新颶。
酷く疲弊しており、もはや立ち上がることもままならない。
真夜中の激闘を繰り広げ勝利を収めた後で、旧知の間柄の知り合いの導きで島内にある病院へ足を引き摺りながら向かっていたのだ。
それは治療を受けるためではなく、目的は別にある。
まもなく夜が明けようとしている中、彼は朝日に照らされた空を見上げ、ふと遥か昔の激戦を思い返していた。
音無(全く…あの二人に引導を渡されたはずなんだがな…)
謎の現界を果たしてから既に幾許かの月日が経過していたが、今なおこの世界に舞い戻った理由がわかっていない。
意味を見出せず、まるで死に場所を求め彷徨っている感覚だった…ある少女に邂逅するまでは。
既に病院は、目前だった。
だが辿り着くよりも先に、一人の少女が施設を飛び出し、誰かを捜しているかのように周囲を見回している。
やがて壁を支えに辛うじて立つのもやっとの音無の姿を捉えると、その少女…神野葵は、込み上げてくる感情を抑えきれず駆け寄ってきた。
葵「新…颶…!!」
音無「なっ…!?」
抱き付いてくるなり人目憚らず泣き喚く葵。
成功したのか。
一方でその過程で一連の出来事に纏わる彼女の記憶を封印する手筈はどうなったのか。
彼女の後から付き人の織原楓が姿を現したところで、音無は全てを察した。
要は、彼女は何も覚えていないのだが、何故か音無に感謝の意を伝えずにはいられなかったということか。
少し酷な気がしなくもないが、これで良かったと安堵する。
音無(俺じゃなく、あんた達二人だったら良かったんだけどな…)
ふと、音無は過去の戦いで消滅したとされる、ある二人に思いを馳せていた。
その願望は幻想に過ぎなかったが、代わりに偶然出会ったのは、雰囲気こそ全く違うがかつての主君と瓜二つの顔をした少女。
初めて対峙した瞬間から、与えられた生の使い道は決まった。
織原「終わったんだな。」
音無「いや…これからだ。」
まだ邂逅して間もない織原と音無。
しかし、織原の使命が自分と共通するものと知るや、二人は結束した。
時を越えて過去に果たせなかった約束を果たすため、音無は再びその命を燃やす決意を新たにする。
同じ頃。
神野南区。
一日の始まりを告げる朝陽が差す中、一人の少女がベッドで目覚める。
赤羽「…」
赤い瞳に、銀色の髪をした特徴的な外見。
しかしその表情は、どこか暗い。
銀の髪の少女…赤羽華音、16歳。
朝の支度を済ませるべく、淡々と寝室を後にする。
誰も寄せ付けないような、冷たい雰囲気を身に纏いながら。
【登場人物】
・エルズベル & エマ & ブルーノ
アリエル王立士官学校に所属する3人組。お互いに結束の強い親友同士で、よく行動を共にしている。
エルズベル・ファン・アリエルはアリエル王国第一王子。アリエルが王国として歩み出した暁に即位したユーリの子孫に当たる。「エル」の愛称で親しまれる。王族としての責任感は強く、エリート街道を進みつつも仲間に対する思い遣りは忘れず、周囲からは将来を期待されている。
エマ・コンラッドはアリエル王国の名門コンラッド家の一人娘。気品と優しさを併せ持つ成熟した女性。士官学校に入学して以来切磋琢磨しているエルズベルと交際しており、かつ婚約者の間柄である。
ブルーノ・レイノルズはエルズベルの親友。パートナーとして彼を支えるエマとも必然的に関わりが多くなり、2人からの信頼も厚い。座学は苦手。
・エドガー
アリエル王立士官学校に客員剣士して招かれている、剣術の達人。エルズベル達に剣術や兵法を教えている。
キルリス草原出身とのこと。元々流浪人で、アリエル王国に留まっていたところを士官学校にスカウトされ、引き受けている。剣士としての実力は本物で、エルズベル達生徒からの信頼は高い。
・アイリス & エリシアナ
エクノア王国の第一、第二王女。アイリスは王立魔導学院に通い、エリシアナは来年の入学を見据える。性格は対照的だが、姉妹仲は非常に良好。グラジオの子孫。
アイリス・マナ・カレンデュラはエクノア王国次期女王として将来を期待される気品溢れる少女。その重圧を逆境にめげることなく励む日々を送る…のだが、どこか抜けており、行く先々で面倒事を巻き起こすトラブルメーカー。それも引っくるめて、民達から愛される存在。
エリシアナ・マナ・カレンデュラはアイリスの四歳年下の妹で、まだ幼さこそ残るがしっかり者。快活な姉とは違い落ち着きがあり、よく姉を宥めている。いずれは姉を支えられるような人になりたいと思っている。
・ルヒター・ファウスト
エクノア王国の元研究員。長い年月をかけてある研究テーマに取り組み、一つの仮説を導き出す。
かつてはエクノア王国で名を馳せた探究者であったが、倫理にも劣る禁忌に手を出し処断されるところを逃亡する。王国の追跡を眩ましつつ人目のつかない、王都メディナに程近い場所で研究に勤しみ、ある謎を解き明かすべく奔走している。
・アルター & ネーヴ & ヴェガ
謎の3人組。ネーヴとヴェガは兄妹で、アルターとは幼馴染の間柄。
過去の経歴は不明。直前に音無と何らかの抗争の末敗れ決別、去り行く彼を追うこともしなかった。先の未来に関心を持たず半ば自棄に陥っているが、3人の関係性は良く、強い絆で結ばれている。
・音無 新颶
本編の裏主人公。淡々と任務をこなし、必要とあらば暗殺にも躊躇いのない冷徹な青年。
卓越した二本の短剣の使い手。過去の経歴は不明で、神野北区を彷徨っていたところ、後に盟友となる織原とその主人である葵の支援もあり、己の進むべき道を見出す。何故か極端に持久力がなく、長期戦は不可能。
・織原 楓 & 神野 葵
神野魔法科高等学院神野北分校に所属する2人。幼馴染でもあるのだがこの時代には珍しい主従関係にもある組み合わせでもある。
織原は音無と共に本編の裏主人公を務める。幼い頃より葵を守護するべく従者としての教育を受け、以来彼女の付き人として常日頃から付き添うのだが、彼女の天真爛漫さに翻弄される日々を送っている。
ある日音無と邂逅することで、彼女を守る盟友として奔走することになる。
葵は本編の裏ヒロインを務める。神野群島初代女王神野雫の正統なる末裔で、織原と共に神野北分校で学院生活を送る。導く者の血統としての気品こそ感じさせるも、その実態は無垢で明快、よく従者の織原をヒヤヒヤさせている。
音無に興味を示し、仲良くなりたいと思っている。
【専門用語】
・神野群島
現代にてとある5つからなる群島。世間からは知る人のみぞ知る秘境とされ、その存在は公にされていない。自治領としての権限を与えられており、学生街としての側面が強い。
今作では主に異なる世界が舞台となるため作中ではほとんど触れられていないが、まだ「神野」の名前を冠していない遥か昔の時代を生きた登場人物のうち、アイリ、シング、【月明かりの修羅】、【無垢なる凶星】がこの群島にルーツを持つ描写がある。
古より神の祝福を受けた地とされ、各地に点在する異界の門の先に広がる蒼の公子達の世界と世界観を共有する。
現代においては東西南北には神野魔法科高等学院の分校が、中央は学院及び群島を統治する中枢が存在している。特に中央区はこの群島を語る上で欠かせない二度の激戦が繰り広げられた古戦場が残っており、研究者達の関心を今なお引き寄せている。
【神野群島略史】
・古の時代、扉を隔てた先の世界より現れた【天空の国 リーヴェ】の民がこの地に祝福を与え、中央の島は聖地として信奉される。
・時を経て東西南北の豪族が中央の島の支配権を巡り、長きに渡る抗争が勃発する。
・アクエリア暦995年、北の豪族の娘としてシズクが誕生。
・アクエリア暦1003年、シズク、一人の少年と出逢い、彼を付き人として引き入れる。同じ頃、豊穣の狐巫女が失踪する。
・アクエリア暦1008年、北の豪族の当主が病死し、急遽シズクが僅か13歳の若さで後を継ぐ。前当主の急死により一時的に東西南北の豪族の力関係が崩れ、抗争が激化。
・アクエリア暦1009年、シズク主導で北の豪族が各地で反撃。徐々に戦局は優勢に。彼女の傍には、懐刀として同じ年頃の少年の暗躍があったとされる。
・アクエリア暦1010年、中央の島にて繰り広げられた【黄昏の戦い】の末、シズク、東西と南の豪族を平定し中央区の支配権を奪還。群島の初代統率者として名を馳せる。
・アクエリア暦1011年、シズク、戦で荒れ果てた群島を再生すべく、豊穣の狐巫女の捜索の任を少年に託す。同時期、東の豪族の民2人が失踪する。やがて少年は蒼の公子・緋色の少女と、東の豪族の2人はウルノ帝国皇帝と邂逅する。




