Oblivion Episode 48 燦爛
神々しさの漂う銀髪の戦乙女を前に、グランシャリオの表情から余裕が消える。
これ程の焦燥感に駆られたことは、過去に果たしてあっただろうか。
先程とは全く違うと言って良い威圧感すらも感じる。
間違いなく、野望を果たすために最大の障害となる存在。
炎の障壁に囲まれたこの地で、銀髪の戦乙女とグランシャリオが激しく切り結ぶ。
銀髪の戦乙女「はあああああ!!」
グランシャリオ(っ、この娘、こんな華奢な体格でどこからこんな力が…!?)
あり得なかった。
グランシャリオの操る大剣に銀髪の戦乙女が果敢に斬りかかり、力負けせず善戦するどころか彼を圧倒していた。
現に、【七星】随一の剛腕を誇った【樹海の番人】も彼女の前では押し勝てなかった。
リーヴェの民特有の力と言ってしまえばそれまでだが、驚きを隠せずにはいられない。
グランシャリオ「黒棘の草原、【イービルグラス】!」
銀髪の戦乙女「【レイジングフレア】!!」
グランシャリオ「!?」
一度銀髪の戦乙女と距離を取り、夥しい程に大地を埋め尽くす黒い棘を展開する。
すると彼女は詠唱すらも挟まず、大地より立ち上る業火が焼き尽くす。
考えられなくはなかったが、いざ目の当たりにすると先程までの彼女とは全く違うと思い知らされる。
グランシャリオ(当然のように無詠唱…しかもこれだけの規模…!)
その後も立て続けに【マッドストリーム】、【サンダーブレード】と魔法の応酬を重ねるも、それぞれ【ヴァイオレントハウル】、【スカーレットランス】に無詠唱で相殺された。
今や銀髪の戦乙女はその風貌から女神と称されても過言ではなく、圧倒的な力でグランシャリオを圧倒している。
これ程の力には必ず代償が伴う。
不死に加え傷を即座に回復する再生の力を併せ持つとなると、相応の反動が響くのではないか。
それを気にも留めていない辺り、彼女に躊躇いはない。
グランシャリオ(だが俺にも同じことはできる。果たして通用するか…)
大剣に魔力を宿し、詠唱なしでほぼ同等の擬似的な魔法を展開する高等技術。
無数の【サンダーファング】が立て続けに繰り出され、銀髪の戦乙女を四方八方から強襲する。
逃げ場はなく彼女は退避の素振りを見せなかったが、それは即ち対抗手段があるということ。
銀髪の戦乙女「はあっ…!!」
グランシャリオ「!?」
忽ち炎の剣の一振りで、迫り来る雷獣全てを薙ぎ払う。
一体や二体ではなく、十六体は展開したはずだ。
それを一瞬にして霧散させる銀髪の戦乙女の魔法剣。
いとも簡単に退ける彼女を前に、出し惜しみはしていられない。
グランシャリオ「(この手を使うことになるとはな…!)大地鳴動、太古より呼び覚まし始まりの咆哮、【地霊・エンシェントディアストロフィー】!!」
銀髪の戦乙女「!?」
地属性の最上級魔法。
グランシャリオを中心に地面に亀裂が走り、古の天変地異が如く大地が荒れ狂う。
銀髪の戦乙女は戦慄する。
対処できるかは未知数だが、脳裏に過ぎるはアイリとレティシア、ユーリの存在。
このままでは常識を逸脱する魔法に巻き込まれかねない。
急ぎその場を飛び立ち、瞬時に彼らの元へと向かう。
レティシア「_、___、私はいいから…!」
銀髪の戦乙女「心配しないで。」
アイリ「…!」
レティシアの心配を他所に、ひとまずは彼らの元に駆け付けることに間に合った。
だが今にも襲いかかってくる大地の唸りを前に、果たして守り切れるかどうか。
銀髪の戦乙女(もう何も…奪わせやしません…!!)
銀髪の戦乙女がレティシア達含め取り囲むように展開したのは地属性に有利な風属性の魔法。
火属性を最も得意とする彼女にとって、風属性の最上級魔法を操るには至れなかったが、この状況下で行使できる最善策に打って出る。
今の彼女は詠唱を要さずに魔法を行使できるが、精度を上げるべく綿密に展開していく。
グランシャリオ「…フン、だいぶ荒れ果てたな。」
【大地の覇王】の異名に違わず、グランシャリオは絶大な力で大地に多大なる爪痕を残した。
彼にとってこの大地は、【天空の国 リーヴェ】への足掛かりでしかなく、この異世界の地の保全には関心がなかった。
主に地上に災禍を齎す【地霊・エンシェントディアストロフィー】は、空中を移動できる銀髪の戦乙女には本来影響は少ない。
だが飛べる彼女とは対照的に、戦意を喪失していたエクノアの魔女と豊穣の巫女、そして意識のないアリエルの王族は地上にいた。
彼女なら見捨てるはずがないと見越しての策略。
地上に降り立てば彼女とてただでは済まないはずだ。
グランシャリオ「ここまで手こずらされるとはな…」
【白い翼】、公国の精鋭、そして比翼の蒼緋。
彼らは、死に物狂いで挑んできた。
その全てが死力を尽くした果てに消滅し、これで己の覇道を妨げる者はいなくなった。
今は静寂が辺りを包んでいる…はずだった。
グランシャリオ(いや…まだ、生きている…!?)
炎の障壁が未だ立ち昇る。
つまりそれは、銀髪の戦乙女の顕在を意味する。
さらに視線の先に、風を切る音と共に一際目立つ密度の濃い風の結界を捉える。
誰が操っているのか語るに及ばない。
彼女が、アイリ、レティシア、ユーリを大地の狂乱から守った。
自身の最大にして最強の地属性の魔法を耐え切ったのだ。
そして、それだけに留まらない。
銀髪の戦乙女「燦然たる、原始の煌めき…全てを焼き尽くす…赫き紅焔…」
グランシャリオ「馬鹿な…」
【地霊・エンシェントディアストロフィー】を凌ぐには相応の力が必要なはず。
銀髪の戦乙女はそれを風の障壁でやり過ごしたのみならず、火属性最強の魔法を立て続けに繰り出そうとしている。
その魔力は底なしか、或いは限界を超えた力か。
何もかもを上回ってくる彼女を前に、グランシャリオは呆然とする他なかった。
グランシャリオ(公爵家の者を始末すれば、容易いと思ったんだがな…)
思いがけず、蒼の公子が緋色の少女を守るべく盾となりその身を散らした。
結果的に彼女の戦意を削ぐという意味では功を成したが、それが引き金となり、グランシャリオの想像を超えた強さを引き出させた。
既に、彼の手に負える相手ではないと心のどこかで察していた。
銀髪の戦乙女「【炎帝…プロミネンス…ソルフレア】…!!」
無数の炎の柱が、烈火の如く立ち昇り、銀髪の戦乙女の意のままに操られ、グランシャリオ目掛けて急襲する。
グランシャリオには既に反撃の余力は残されておらず、迫り来る炎を見つめる他なかった。
グランシャリオ(折れぬ心、立ち向かう勇気、見事な生き様よ…)
お互いに死力を尽くした。
きっとあの少女も消滅を免れない。
最後に人の底力を見せつけられたようで、賞賛の言葉すらも口から出かかった。
グランシャリオ「我が覇道、ここまでか…」
着弾と共に凄まじい炸裂音が轟く。
まだ見ぬ世界への足掛かりを得ようと、双世界に跨ぐ戦乱を引き起こしたウルノ帝国皇帝グランシャリオの野望は、ここに潰えた。
やがて戦いの終焉を告げる静寂が訪れた時、銀髪の戦乙女は糸が切れたように倒れてしまった。
レティシア「___!!」
アイリ「母…さん!!」
レティシアとアイリが即座に駆け寄ってくる。
戦いには勝利した、それは間違いない。
だが、無限にも思えた魔力と死の淵からの再生能力の代償は大きく、その身が朽ちていくが如く既に予兆が現れていた。
緋色の少女「終わり…ましたね…」
レティシア「終わったよ…___様が、勝ったんですよ…!」
消滅の時を迎えるまで残された時間は少ない中、レティシアは健気に緋色の少女を労わる。
アイリも親のように慕った彼女の避けられない消滅の運命を思い、手を握っている。
戦いに勝った達成感、アイリとレティシアの無事への安堵感、大切な人を失った喪失感、これから消えていく恐怖感、全てが表情に合わさっているようだった。
緋色の少女「___さんは…どう思ってくれるでしょうか…あの人に助けられて…結局命を無駄にしてしまって…あの人の分まで、公国を守る2人の目標を、もう、果たせない…」
その赤い眼から、一筋の涙が溢れていた。
蒼の公子が何のために命を賭してまで緋色の少女を守り抜いたのか。
それは無論、彼女には生きていて欲しかったに他ならず、彼女自身も彼の願いを汲み取っていた。
しかし彼女は打倒グランシャリオ無くして平和は訪れないと奮起し、命懸けでその責を全うした。
蒼の公子が生きていたら何と言われるか、消滅を前に酷く気にしていた。
レティシア「大丈夫ですよ…!___様、一生懸命頑張ったじゃないですか…!十分過ぎるぐらいに…!誰も責める人なんて…___様だって、きっと…!」
緋色の少女「そう、でしょうか…彼を守れなかった私を…想いを受け継がなかった私を…許してくれるかな…」
レティシアの励ましに、僅かながら笑みを浮かべる緋色の少女。
もう蒼の公子はこの世界には存在せず確認のしようがないが、もし自分の行動を労ってくれるのならば、これ以上の喜びはない。
そんな叶わない幻想を抱きつつも、消滅は目前にまで迫ってきていた。
緋色の少女「叶うならば…あの人の元へ…また…一緒、に…」
レティシア「うぅ…うわあああああ!!」
アイリ「母…さん…っ…」
最後に願いを口にした末、緋色の少女の身体は20歳という短い生涯を終え儚く霧散していった。
その手には、かつて蒼の公子に貰ったフィーニクス家の紋章と林檎、アイリが刻まれたブローチが握られており、消滅の際に手元からこぼれ落ちる。
助からないとは知りつつも、最期は絶望せずに送り出せたことにレティシアは安堵感を抱く。
それでも、学院時代に端を発し、以来親友だった彼女を失ったことに、我慢していた悲壮感が一気に増幅し、ブローチを手に取り人目憚らずアイリと共に大泣きするのだった。
↓
無機質な空間から一人、一連の激戦を千里眼を通して観察していた。
その両眼には涙を浮かべ最後まで片時離さず戦況を見つめていた。
神々しさを帯びたその女性は、最後の最後に緋色の少女に力を授けたリーヴェの民張本人。
全てを見届けた後で、九つの輝きを放つ光に何かを施し、目の前で浮遊する別の二つの輝きを見据える。
??「この繋がり…必ずや、幾星霜の果ての世で…!巻き込んでしまって、ごめんなさい…っ!」
嘆く言葉を願いに、女性はどこからともなく色が対照的な二つの聖櫃に一つずつ、その輝きを涙ながら閉じ込めた。
この時代に生まれてこなければ、きっと民達から祝福される、愛される存在になっていたはずなのに。
懺悔の気持ちを胸に、彼女は一人、静かに術式を展開していた。
↓
4年もの間続いた戦乱。
比翼の蒼緋を始め多くの犠牲を払いながらも、その後意識を取り戻し扉を通じ帰還した後に事の顛末を聞かされたユーリの口から、戦争の終結が宣言された。
グリングラス、キルリス、イリアスを中心にその詳報は瞬く間に拡散しては民は歓喜に湧いたが、アリエルは静まり返ったとされる。
幼い頃より領民の希望だった蒼の公子と緋色の少女は、もういない。
エクノアもまた、王立魔導学院初代主席が壮絶なる最期を迎えたと知るや、戦乱を終息に導いた功績と共に喪に服したという。
僅か20歳の年月しか生きられなかった比翼の蒼緋が紡いだ物語は、伝承として、時には御伽噺として、人々に語り継がれていく。
・白銀の翼
緋色の少女…熾天使 Lv50+++
・天を目指す者
【大地の覇王】グランシャリオ…オーバーロード Lv65




