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蒼緋伝〜蒼と緋色の忘却  作者: Shing
蒼と緋色の忘却
44/50

Oblivion Episode 44 光速

ユーリとアイリ、モージ、フロリマールと、【月光の修羅】、【清廉なる凶星】との戦い。

奇しくもアイリとは同郷であり、2人は一時期故郷へ連れ戻そうと画策したこともあった。

アイリは故郷にいなくてはならない信仰対象のはずが、今はその使命すらも忘れてしまっている。

2人して俊敏性に長け、何とか動きについて来れるのがユーリとアイリのみと、戦局は困難を極めた。


アイリ「っ…!!」

ユーリ「敵の動きが速すぎる…!こちらから仕掛けようなんて以ての外だ!アイリは大丈夫か?」

アイリ「!」

ユーリ(…ちゃんと言葉、理解できてるんだな。)


ユーリの問い掛けにアイリが力強く頷く。

普段は小動物の姿を取っているだけに、人型の姿で戦う機会はそう多くはなかった。

彼女が人型の形を取っているということは、言うまでもなくそれだけ対峙している敵二人が強大で、かつ負けが許されないことを物語っている。


ユーリ(って、感心している場合じゃない!戦況は不利なままなんだ!)


ユーリは今置かれている状況を瞬時に整理し、目の前の敵を分析する。

現状自分とアイリが【月光の修羅】と【清廉なる凶星】を相手取り何とか立ち回れている。

ここで忘れてはいけないのが、【清廉なる凶星】の持つ特殊能力。

彼女には分身を作り出し、敵を撹乱させる技がある。

隠密行動に長ける彼女ならではの力で、前回は蒼の公子が狙われたところを隣のアイリが辛うじてその窮地を救った。

今のところ彼女はその力を行使した様子はなく、いつその凶刃が迫るやも知れない。

何とかその力を使われる前に、【清廉なる凶星】だけは倒しておきたい。

倒す手立てを探っていたその最中、後方から馬で颯爽と駆ける一騎が打って出た。


ユーリ「フロリマールさん!?」

フロリマール「…!!」


普段は後衛に専念しているフロリマールが、前線に出た。

一人残ったモージは、彼女をバックアップの体勢を取っている。

彼と2人で、何か策を打ち出したのか。

今はフロリマールを守れと、モージの指示を暗に受け取った。


ユーリ「何をするか知らないけど…フロリマールに手出しはさせない!!」

アイリ「!!」


作戦の共有すらも取れない緊迫した状況。

普段は後衛を務めてきたフロリマールは馬上の槍の心得こそあるがまだ年若く、ましてや【月光の修羅】と【清廉なる凶星】に通じるものがあるかは正直なところ疑わしい。

かわされた上に反撃を貰うのが関の山であるとすら感じる。

フロリマールは今一度方向を変え馬を操りつつも、タイミングを見計らっている。

ただ極めて濃密な魔力を込めているオーラは放っている。

如何様に俊敏な【真七星】の2人を捉えるのか。

何も聞かされずとも、ただモージの策を信じて、ユーリとアイリは立ち回る。


モージ(フロリマール…君は…それを使ったが最後…助からない…)


同じく作戦の決行を見定めているモージ。

ユーリとアイリが奮闘している中、この作戦を持ち掛けてきたのはフロリマールであった。


モージ『本気かいフロリマール…!?』

フロリマール『これしかありません!第3の刃に虚を突かれたら、この場は総崩れです!!』


第3の刃とは、【月光の修羅】に並ぶ【清廉なる凶星】の持つ特殊能力、【ドッペルゲンガー】に他ならない。

あれが発動されれば敗北は免れないことは、モージも感じていた。

それを打破するフロリマールの秘策、そのためには、モージの協力も不可欠であると彼女は持ち掛けた。

なおこの作戦は、彼女の消滅に直結する。


モージ『っ…2人もいつまで持つかわからない。覚悟を決めるしかないとは…!』


この決断を下すには、フロリマールを死地に送り出すようであまりにも重過ぎる。

軍師としては即座に却下したいところだが、皮肉なことにこの作戦は勝率を引き上げることに一役勝っていた。

ここで敗れては、他の場所で繰り広げられている決戦に支障を来たすのもまた事実。

時間がない。


モージ『…フォローは引き受けます。消えるのが怖くなったら中断しても良い。もし失敗しても、必ずや我々が完遂させます。(そうでなければ、貴方の決死の策が浮かばれない…!)』

フロリマール『ありがとうございます、止めないでくれて…!』


後押しを貰ったフロリマールは早速実行に移すべく、愛馬との出撃を試みる。

その手前、最後に言い忘れたことがあった彼女が、もう一つだけ付け加えた。


フロリマール『モージさん!最後になるかもしれないので、伝えておきます!私、まだ若輩者なのにこの隊に入れて、光栄の至りでした!!皆さんにありがとうと、伝えてください!!』

モージ『!それは…』


フロリマールの感謝にモージは言葉が詰まる。

何と返そうか口篭ったところ、既に彼女は馬を駆け出した後だった。


モージ『その言葉こそ自分で伝えることに意味がある!!優等生君が、最後に落第したな…!』


吐き捨てるように、やり切れない思いが溢れながらも、モージはフロリマールをサポートすべく自身も動く。

彼女の命を賭した作戦、ミスは絶対に許されない。

遠くでユーリとアイリが何かを察したように【月光の修羅】と【清廉なる凶星】を相手に立ち回る動きに変わった。

彼らはまだ知らない。

フロリマールの秘める、決死の作戦を。


フロリマール(まだよ…まだ、捉えられていない…!)


まだ狙いが定まらない。

だがチャンスは必ず訪れる。

タイミングを見計らい、フロリマールは来たるべき一瞬を待っている。


フロリマール「ごめんなさい、ステラ。貴女を巻き込んでしまって…」


ふと、祖国エクノアで両親より賜った愛馬に目遣り、これから辿る運命を慮った。

魔導学院時代より手入れを欠かさず、今日まで主を支えてくれた相棒を付き合わせていいものか、それが心残りだった。

『ステラ』と名付けられたこの個体は雌馬である。

当然言葉を理解することはないはずだが、なぜかこの時だけは脳内に語りかけてきた。


フロリマール「!…ステラ、今までありがとう。」


摩訶不思議な形で応えてくれたステラに、フロリマールは感謝の言葉を口にした。

そのやり取りが導いたのか、狙い澄ました瞬間が遂に訪れた。

ユーリとアイリが適度に敵から距離を空け、かつ【月光の修羅】と【清廉なる凶星】がフロリマールから見て直線上に並んだ。

フロリマールとステラを光が包んだ時、それを合図としたモージが仕掛ける。


モージ「殿下、アイリさん、伏せてください!!闇払いし刹那の輝き、【フラッシュ】!!」

修羅・凶星「「!?」」

ユーリ「な、何だ!?」

アイリ「!!」


モージの咄嗟の注意でユーリとアイリが咄嗟に反応する中、【月光の修羅】と【清廉なる凶星】が強烈な目眩しに遭い一時的に視界を奪われた。

光属性の下級魔法を最大出力で行使した甲斐あり、確かに彼らの動きを止めた。

フロリマールが覚悟を決めたその瞬間。


モージ「ぐっ…」

ユーリ・アイリ・フロリマール「「「!?」」」


モージの死角から、何者かの凶刃が彼に致命傷を負わせた。

忘れたわけではなかった、忍び寄る第3の刃。

モージの【フラッシュ】を真に受けたもう一人の【清廉なる凶星】がまだ身動きが取れないでいる中、その分身たる【ドッペルゲンガー】が、遂に現れた。

今動揺しては、彼の作戦が水の泡と化す。

その作戦を共有した、惨劇を目の当たりにしたフロリマールも、止まることはなかった。


フロリマール(もうここしかない…!!)


今最大の懸念は、動きを止められた個体とモージを襲った個体、どちらが「本物」なのか。

本体を仕留めれば分身も消滅する、その認識でいた。

だがここで起動すれば、少なくとも3体のうち2体を仕留め切れる。

後のことは、任せた。

ユーリとアイリなら、きっと倒せる。


フロリマール「(モージさんの作ってくれた好機、無駄にはしない!!)行くよ、ステラ…光速の一騎駆け…!!」


手筈は整った。

後戻りはできない。

仲間達や祖国にいる親兄弟達を思い返しながら、一族の切り札たる究極の技に打って出た。

その前後、ようやく視界が晴れ状況を確認する【月光の修羅】。

視線にいる少女騎士から危険を察知する。

本能的に回避を試みたが、フロリマールの槍が一瞬にして詰め寄った。


修羅「!?」


かわせなかった。

かわせるはずがなかった。

光の速さで突撃したフロリマールの槍は、【月光の修羅】と、【清廉なる凶星】を蹴散らした。

【清廉なる凶星】は消滅が早かった。

即ち、分身。

【月光の修羅】は遥か遠くへ飛ばされ、その衝撃でその身体は光と共に崩れ去っていった。


修羅「俺の…速さを…超えてくるとは…」


散り際に正気に戻った【月明かりの修羅】は、己の速さに揺るぎない自信を抱きつつも、比較にもならない段違いの光速を目の当たりにし、悔しさと共に賞賛の言葉を口にした。

その相手は、光の速さに身体が耐え切れるはずもなく、彼方で愛馬のステラと共に消え去った後だった。


凶星「…!!」


モージを戦闘不能に追い込んだ本体の【清廉なる凶星】だが、空間を突っ切る時に生じる衝撃波に対処しきれないでいた。

その時に、相方が人の為せる技ではない一騎駆けで倒されたことを知り体勢を立て直そうとするが、倒れたモージと既に消えたフロリマールのことを悲しむ間もなく詰めていたユーリとアイリに反応できなかった。


凶星「!?」

ユーリ「(モージさん、フロリマールさん…!)これで終わりだ!!」

アイリ「っ…!!」


ユーリの剣とアイリの短剣が、【清廉なる凶星】を捉えた。

2人だけでは届かなかった刃が、モージとフロリマールの命を賭した作戦で戦いに終焉を齎した。

2人の連携に敗れ去った【清廉なる凶星】はその場で膝を付く。

その表情は、どこか晴れたものだった。


凶星「やっと…終わった…」


小さく呟き、身体を支え切れず倒れ込むと同時に、【無垢なる凶星】もまた消滅していった。

彼女の最期に関心はなかったユーリとアイリは、やはり致命傷だったモージの元に駆け寄る。

こちらも長くはなかった。


モージ「上手く…いったようだな…」

ユーリ「モージさん、やりましたよ!!貴公と、フロリマールさんのおかげです…!」

モージ「称賛の言葉を向けられるべきは…彼女の方さ…私は、その背中を押すことに、最後まで渋った。光の彼方へと消える代償に物怖じしなかった、彼女の勇気だ…」


モージは途切れ途切れながら、作戦を実行するに至った経緯を簡潔に語った。

尤も、彼の言う労いの言葉をかけるべきもう一人の功労者は既に旅立ってしまった。

【真七星】攻略の足掛かりを得るにあたり、誰の犠牲も生まずに成し得ることは、不可能であった。


モージ「殿下…___様に言伝を。私はここまでですが、この戦いに勝てば舞踏祭はまた再開できる。あの夜の絢爛を、今度は貴方達の手で、と…」

ユーリ「はい…!ですからモージさん、後はゆっくり、お休みください…!」


ユーリが力強く頷いたことでモージは安堵し、そして力尽き彼もまた消えていった。

2人の仲間を失い喪失感に苛まれるユーリとアイリ。

他所で繰り広げられている戦況はどうなっているのか。

まだ戦えると救援に向かいたい一心だが、その場でしばらくアイリと共に立ち尽くす他なかった。



真っ白な空間。

【無垢なる凶星】が当てもなく彷徨っていたところ、一足早くこの虚無感に満ちた場所を訪れていた【月明かりの修羅】が彼女を出迎えた。

先程の生気を感じない雰囲気が嘘のように、さながら昔馴染みとの他愛のない会話が交わされた。


修羅『何だ、お前も負けたのかよ?』

凶星『勝たせてあげたのです。分身も消えたし、相方もいないし、もういいやって。』

修羅『よく言うぜ。自我なんてなかったくせに。お互い様だが。』

凶星『敵一人倒すどころか形上相討ちにしか持ち込めなかった人には言われたくありません。』

修羅『んなっ!?その特攻にお前の分身も巻き添え喰らったんだろうがよ!?』


お互いに主張を譲らない2人は、しばしの間その場で睨めっこする。

扉の向こう側の世界に渡ってからというもの、常に行動を共にし息の合った連携を見せていたが、元はというと口喧嘩が絶えない仲である。

しかしここは、何もない世界。

故郷に例えるならば、すぐそこに三途の川があってもおかしくはない。

そんな場所に来てまで口喧嘩とは、何か滑稽すらも感じる。


修羅『いや、でも確かにこれは…』

凶星『どうでもいい、ですか?』

修羅『癪な話だが、その方がしっくりくる。』


やれやれと【月明かりの修羅】は口論を切り上げ、背筋を伸ばしながら辺りを見回している。

この先どうなるかは見当もつかないが、長居できる場所でもないことは直感が告げている。

思えば世界の枠を越えてきて、長かった。


修羅『俺達の旅の終着点、呆気なかったな。』

凶星『まあ…最初は豊穣の巫女を連れ戻すはずが、いつの間にか目的も変わってましたし。』

修羅『何というか…悪かったな、付き合わせたみたいで。』

凶星『別に、知らない世界で当てがなかったからついてきただけです。』


素っ気なく返す【無垢なる凶星】。

これまで行動を共にしたのも成り行きだと主張する。

その様は本音を隠し建前を前面に出しているようで、【月明かりの修羅】にとっては慣れたものだった。


修羅『…たまに思うんだが、素直じゃないよな。二重人格なのはまあ体質だとはわかるが、結局どっちが本当のお前なんだ?』


【ドッペルゲンガー】が具現化している間は、性格が陽と陰とで全く対照的に分かれる。

今は陰の状態だが、あちらの方も本体から別たれた【無垢なる凶星】であることに変わりはない。

思えば今まで気にしたこともなかったことが、今になって疑問という形で表面化する。

【無垢なる凶星】は少し間を置いて、彼の問いに答えた。


凶星『どちらも私です。陽気だろうと今のような陰鬱だろうと、私の持ちうる一面に過ぎません。』

修羅『…そうか。』


疑問ではあったのだが、不思議と予想もできた【無垢なる凶星】の返しに淡々と呟いた。

長い付き合いである。

どちらも彼女であると、わかっていたはずである。

ただ本人から直接明かされたことで、納得感も増すというものだ。


修羅『さて…何かさっきから意識が遠退く感じがするんだよな。そうなったらここで本当にお別れかもな。』

凶星『私もです。ですが、次に目を覚ましたら何だかんだでまた一緒かも…』

修羅『素直に一緒が良いと言えば?』

凶星『冗談じゃありません。』


【月明かりの修羅】の返しに素っ気なく返す【無垢なる凶星】だったが、その表情はどこか満更でもなかった。

やがて身体が空間に溶けていくような感覚に襲われた。

全てを察した2人は、去り際に最後に一言残した。


修羅『じゃあな。』

凶星『はい…兄さん。』


形を留められなくなった2人の身体は、静かに消えていった。

最後に昔の呼び方を口にした【無垢なる凶星】も、最期だけは惜しみなかった。

2つの世界に跨る波乱に満ちた人生だったが、相方と過ごした時間は悪いものではなかったと振り返るのだった。

・白銀の翼

アイリ…上忍 Lv40+

ユーリ…勇者 Lv40+

モージ…ビショップ Lv43+

フロリマール…ホーリーナイト Lv40+


・真七星

【月光の修羅】…夜叉 Lv54

【清廉なる凶星】…トリックスター Lv54

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