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蒼緋伝〜蒼と緋色の忘却  作者: Shing
蒼と緋色の忘却
40/43

Oblivion Episode 40 玉座

エクノア魔導学院開校から1ヶ月後に、その存在が幻とすらも伝えられてきた【天空の国 リーヴェ】から、編入生が入ってきた。

噂通りにその身体は他の人間とは異なる造りをしており、初めて見た時はその神秘に感動すらも覚えた。

4年間の在籍中に接点は多くはなかったが、時折模擬戦で手合わせをしたり、機会を見計らっては本人に直接教えを請うたりと、その強さに触れようと積極的に関わりを持とうとしたものだ。

バトルグラウンド遠征の時は長らくチームメートの間柄でもあった。

最終学年で祖国が戦端を開くと聞かされた時は、アリエル公国に籍を置くそのリーヴェの民とはいずれ敵対関係になるのかと肩を落としたが、最後にお互い全力を尽くす勝負ができたことに、ある種の達成感すらも覚えていた。


レグルス「は…はは…」

緋色の少女「…」


アークトゥルス城へと続く橋の上で繰り広げられた攻防。

その中心となった緋色の少女とレグルスの戦いは決着を迎え、蒼の公子達も近衛兵の全員の無力化に成功していた。

彼らが生き残った近衛兵達を捕虜の扱いで武装解除を進める傍ら、緋色の少女はレティシアと共にレグルスの最期を見届けようとしていた。


レグルス「流石だね…紛い物の力を借りて、どうにかなる相手ではなかった…」

レティシア「道理で背筋が凍るわけね…貴方の言う通り、私では歯が立たなかった。」

緋色の少女「ですが、代償が大き過ぎます…」


緋色の少女は看破していた。

大きな力を呼び起こした反動は大きく、勝敗関わらずレグルスがここで朽ちることは明白であった。

その異様な力を躊躇なく引き出せる彼の覚悟は、一概に否定できるものではなかった。


レグルス「城門前の守護を任された時、認められた嬉しさが勝ったよ。その場で強力な力を頂いた。それに頼った瞬間、この身は朽ちるけどな…」


レグルスは己が運命を受け入れていた。

そこからは祖国への想いと使命感が見え隠れするが、どちらにせよ彼らしいと感じる。

本当であれば紛い物の力に頼らず己が実力だけで緋色の少女に挑みたかったのだろうが、帝国の行く末を決める決戦とあらばその願望は彼にとって二の次であったのかもしれない。

そんな実直な彼を、緋色の少女は苦手とは一度も思ったことはなかった。


緋色の少女「私は、貴方を目標にしていました。貴方のような人と打ち解ける人になれれば、私も堂々と人前に立てるのにと。」

レグルス「そりゃあ嬉しいねぇ…」


石畳に横たわるレグルスは、その身に消滅が迫っていると悟りながらも、笑ってみせた。

緋色の少女に認められる。

ファルタザードで戦ったフォーマルハウトも似たようなことを言っていたが、自身という存在はそれ程までに影響力が高かったのかと、なかなか信じられないものだった。


レグルス「俺から一つ助言。君は君のままでも良い気がするね。無理して人と接するわけでもなく、君の仕える人物を献身的に支える、そんな役割も重要だと思う。現に君は学院では十分に、魅力的だったんだ。」

緋色の少女「!」

レティシア「貴方、女たらしの趣味あったっけ?」

レグルス「さあ…覚えがないな。」


レグルスの指摘に、緋色の少女ははっとする。

自分の立ち位置に今まで悩んだことは少なからずあったが、彼の金言はこの先の心構えの一助となると確信が持てる。

そんなどこか余裕すらも感じるレグルスだったが、その刻は近かった。


レグルス「でも君の願いは、多分届かない。俺の屍を乗り越えた先にある尋常じゃない実態を、俺は知っている。でも俺個人は、叶って欲しいと思っている。同級生として、応援したいんだ。だから…頑張れよ!」

緋色の少女「レグルスさん…ありがとうございます。貴方が同期で良かったです。貴方と共に学舎で過ごした4年間、最後の戦い、私、忘れませんから…!」

レグルス「ふ…!」


流石にもう言い残すことはないと締め括ったレグルスは、緋色の少女に忠告と激励の言葉を遺し、消滅していった。

霧散していく光の粒子を、緋色の少女はただただ眺めている。

同級生を手にかけたのはこれで二度目だ。

何も思わないはずがないと、レティシアは彼女を気遣う。


レティシア「最後まで、憎めない人でしたね…」

緋色の少女「…はい。」


ポツリと、緋色の少女は返した。

散り際に残した言葉が気にかかる。

自分達はこの先で相対する敵には敵わない。

レグルスが祖国のためといえど虚栄を張るような人物ではないとは既にわかっている。

だからこそ一層の不安が脳裏に過ぎる。

あの城門、扉の先で、一体何が待ち受けているのだろうか。


蒼の公子「終わったみたいだね…」

緋色の少女「…」


帝国軍の捕縛が一通り済んだ蒼の公子もまた、緋色の少女を気遣う。

彼は同じ学舎で競い合った相手と、戦場で相見えたことはない。

彼女の心労を、十二分には理解しきれないかもしれない。

それでも、その存在が今の彼女にとっていかに心を落ち着かせるのに非常に意味を持つことは明白であった。


オルランド「ここにいたんだな、___。東区制圧完了したぞ…って、もう制圧したのかよ!?」

シャール「同じく西区制圧完了です。とはいえ、皆速いですね。」

蒼の公子「これで合流できましたね。」


中央区の制圧に遅れて、各隊市街戦を乗り越えてきた味方が合流した。

犠牲は数知れず、全くの無傷とはいかなかっただろうが、作戦を遂行できていることは僥倖であった。

残すは皇帝の居城、アークトゥルス城のみとなる。

集まってくれた全軍を進軍させることももちろん手であるが、ある懸念が拭えきれないでいた。


蒼の公子「オルランド、シャールさん、【七星】は?」

オルランド「いや、いなかったぜ?道中の敵も歯応えはあったが…」

シャール「こちらも同じく。全てが作戦通りとはいかなかったが、帝都に配備される力を持つだけあった。敵の一部には、過剰な力を引き出し過ぎた反動で消滅した者もいたようだ。」

緋色の少女「…!」


緋色の少女はシャールの報告に強く反応する。

今し方戦ったレグルスと同様の加護を受けた者がおり、その尽くが力の反動で消滅したという。

敵も必死で連合軍の進撃を止めるべく手段を選ばずに止めにかかっている。

未だ姿を見せない【七星】の存在を念頭に置いた上で、アークトゥルス城の門を前に蒼の公子は今手が打てる最善の策を全体に共有する。


蒼の公子「軍の大半をカーラネミの平定に充てる。アークトゥルス城に入城するのは白銀の翼を中心とした少数精鋭で行く。モージ、そのように手配してくれ。」

モージ「承知しました。」


蒼の公子の指示を受けたモージは即座に行動に移し、選抜隊は敵の本拠に乗り込む準備を進める。

束の間の休息だが、この戦いが終われば戦争が終結する。

4年越しの平和が、手が届くところまで目前に迫っている。

共に戦ってきた仲間達の目に、迷いはなかった。


蒼の公子「皆、あと一息だ。アークトゥルス城を制圧し、この戦いに終止符を打つ!!」


蒼の公子の号令が、力強く響き渡る。

再び帝都カーラネミの平定に勤しむ者は合図と共に市街へと戻り、アークトゥルス城に入城する者は身を引き締める思いで彼に続く。


蒼の公子「これより、アークトゥルス城に入る!各隊散開し、敵と遭遇した者は相手の力量関わらず後退。【七星】が待ち受けている可能性がある!味方の増援を待ち、十二分の備えを得て制圧せよ!!」


蒼の公子を筆頭に、雪崩れ込むように城内に突入する。

最初の交戦はエントランスかと身構えていたが、親衛隊諸共不在でそのまま作戦通りに展開する。

帝国で最も広大な城だけあり、その哨戒には時間を要した。

同時に、あまりにも不自然な光景に全部隊惑わされていた。


蒼の公子「【七星】どころか、誰もいない…!?」

緋色の少女「人の気配を感じません…」

ジラール「確かにナモは【七星】の反応を感じ取れないとは言ったが…」

オルランド「どうなってんだ?ここは帝国の本陣だろ?もぬけの殻じゃねぇか…」

オリヴェイラ「人一人いない城なんて、不気味以外の何でもないな…」


数々の思惑が行き交う。

各人訝しがるも得るものはなく、交戦の報告すらもないまま索敵は進む。

遂には蒼の公子率いる白銀の翼は目的とした場所に到達するまであと扉一つを残すのみとなっていた。


蒼の公子(この扉の先が、玉座…!!)


一際目立つ大きい扉の向こう側こそが謁見の間、つまり、皇帝がいる空間である。

流石にここが不在というわけにはいくまい。

肩透かしを食らったような気分だが、士気は全く衰えていない。

帝国軍が不在ながらなおも暗雲立ち込める気配のする向こう側へ、蒼の公子が率先した開錠する。


蒼の公子「…!?」


内装は全体的に暗く、しかし一際華やかに星々が輝くような装飾が施され、見る者を落ち着かせるような効果がありそうな謁見の間。

だがそこにも、皇帝どころか衛兵すらもおらず、あるのは空虚に鎮座する皇帝不在の玉座のみであった。


テュルバー「ここもか…」


テュルバーが代弁する形で、蒼の公子達はここまで目にしてきた光景を何一つ理解できないでいた。

だが誰しもが玉座に座しているだろう皇帝の在否 にばかり関心がいき反応が遅れたところ、フロリマールが声を上げる。


フロリマール「皆さん、玉座の後ろです!!何か、眩く渦巻くものが…」


玉座の後方。

そこには蒼の公子達も見覚えのある紋様の刻まれている、流転の街【オラクル】と同一の異界の門が鎮座していた。

ただ門が開いているのを見るのは初めての光景で、不気味に渦が蒼の公子達を誘うように妖しい輝きを放っている。

触れたら渦の先の空間へ吸い込まれそうな禍々しさが、拍車をかけていた。


ダノワ「こんなところにも異界の門が…」

ナモ「あそこから、強い反応を感じます。」

チャルデット「【七星】か?」

ナモ「わかりません。あまりにも混沌として、その数を数えるのもままならない…」


門の向こう側は、伝承に謳われる異空間が広がっている。

それが敵の引き金によるものの場合、戻って来れる保障があるとは限らない。

蒼の公子は、難しい決断を迫られていた。


オリヴェイラ「___、わかっているとは思うが、罠だ。」

蒼の公子「ああ。だけど、ナモの言葉が真実の場合、この渦の先の脅威を倒さねば、この戦争は終わらないのも事実だ。」

シャール「敵の本拠で、何事も起きないはずがありません。今はっきりしているのは、敵はアークトゥルス城ではなくこの先に広がっているであろう空間で決着をつけるということです。」


仲間の言葉一つ一つが重くのしかかる。

もちろん彼らが無碍に士気を下げようとしているわけでもないことは重々にわかっている。

全てが現実なのである。

この渦の先に果たしてどんな運命が待ち受けているのか。

全員で乗り込みこの戦いに幕を引き、無事帰れるのか。

今一度皆の覚悟を窺い、己の命を優先し引く者は去る権利を与えても良いのではないか。

幾ばくの時間が経過しただろうかわからない極限の思考を巡らす中、始めに口を開いたのはオルランドであった。


オルランド「___、まさかお前一人単身乗り込もうなんてことは考えてないよな?」

蒼の公子「…」


オルランドの問いに、蒼の公子は肯定も否定もしなかった。

その表情から、今まさに彼は葛藤していた。

ここまでついてきて戦ってくれた仲間に対する信頼は揺るがない。

だからこそ、全員を生きて返すことに執着していることはオルランドも糾弾するところではない。

ましてやこの先の戦いは、蒼の公子単独でどうにかできる相手でないこともわかりきっている。

そんな苦しい事情が彼や仲間達にも伝わっているからこそ、蒼の公子に伝えたいことがある。


オルランド「今や公国の双璧に名を連ねるお前がどうしても優柔不断になることがある。それは、強大な敵との戦いの時だ。だけどな、俺は戦う。白銀の翼旗揚げの時から、最後までダチと共にあると、俺は決めていた。」

オリヴェイラ「それで例え散ろうが、礎にさえなられば本望だ。やられるつもりはないけどな。」

フォアストル「そりゃあ怖いですけどね。でも、こんな僕でもここまで生き残れた。何とかなるんじゃないかって思ったりします。」


学友3人が、今の率直な思いを打ち明ける。

思えば長い付き合いだが、遠慮のないやり取りが緊張感を解く良い塩梅だった。


シャール「我々元【白い翼】も、思いは一緒です。6人から始まったこの旅は、この戦いで勝利を収めることでのみ終着点を迎える。」

テュルバー「ついにそれが目前に迫ってきている。最後までやり切りますよ。」

ナモ「わ、私も、最後はお力になりたく…!」

ジラール「本当は兄としてはここで待ってもらいたいものだが…言って聞いた試しがない。」

チャルデット「今更仲間外れはな。俺達は6人で【白い翼】。」

ダノワ「だな。6人揃って状況を打開してきた場面もある。」


元【白い翼】の面々も、決意は固い。

最年少のナモですらも、自分にできることは何かを模索した上で同行の意を示している。

唯一兄のジラールだけが苦い表情を隠しきれていなかったが、最終的には彼女の意思を尊重している。


レティシア「私は___様についていくだけ。私には、見たい景色があリますから。」

サロモン「やらなきゃいけないことがあるという点では、俺も同じです。」

ライノルト「アリエルと祖国エクノアを跨いで、また魔導研究に没頭したいですしね。」

フロリマール「私もまだまだ浅学の身…教わりたいことが、たくさんあります!」


エクノア王国にルーツを持つ魔導士組も、自分の目標を叶えるためにもこの決戦は避けては通れないと意気込む。

彼らの国は中立と言えど、本来であれば少なくとも当面の間は当事国とはならなかったはずだ。

ウルノ帝国の覇権に異を唱え白銀の翼に所属した彼らの活躍なしでは、この場所に立ってはいない。


ユーリ「___義兄さんは、この戦いに勝利してからが本番です。まだ何も始まってもいない。その時代を迎えるためにも、必ず勝ちましょう。」

蒼の公子「…その通りだな。」


従弟のユーリからも、激励と決意が入り混じった意思が示された。

この戦争の間、彼は特に力をつけてきた。

公族という身分に驕らず研鑽に励み、遂には白銀の翼でも指折りの実力を身に付けるに至った。

図らずも仲間達の決意は伝わった。

頼もしかった。

こんなにも仲間達に恵まれている。

そこには命惜しさはないわけではなく、今この場に立っている身としての責務だと皆気持ちは同じだった。

最後まで生き残り平和な世界を築き上げる、その願いが一層強くなる。

その上でまだ一人、蒼の公子に己の意思を伝えられていない者がいる。


緋色の少女「私は、貴方から離れません。例えどんな命令を下されようとも、私は一緒に戦うと、決めていますから。」


蒼の公子は緋色の少女の思いに対し少し間を置きながらも、力強く頷いた。

わかってはいた。

誰一人戦線離脱することなく共に行くと打ち明けてくれる中、彼女だけはここに留まって欲しかったと願わずにはいられなかった。

身勝手だとは知りつつも、そんな願いは彼女の前では無意味に等しいとやり切れなさを痛感しつつも、彼女の意思を尊重せざるを得なかった。


蒼の公子「君は置いていく…なんて口にでもしたら、またひっかけられそうだね。」


あと一人…いや一匹、また狐の姿に戻っているアイリの元へ膝を下ろし、目線を揃える。

アイリは何かを訴えるような視線で、蒼の公子を見つめている。

仲間達の命は等しく平等だが、緋色の少女とこのアイリはもはや家族にも等しい存在。

彼女と安寧の世を過ごしたいと乞い願ったのは、他ならぬ自分ではないか。

どうしてもついて行くというのならば、命を懸けてでも守る。

ただ一人、静かにそう決意を固めた。

そして、全員で敵の待つ門のその先へ進む決心を。


蒼の公子「行こう、皆。最後の戦いだ。」


蒼の公子の最後の号令が下される。

この渦を潜ってしまえば、後戻りできないかもしれない。

そんな不安など一切感じさせず、彼を筆頭に一人、また一人と境界を越えていった。

引き続きアークトゥルス城の制圧の任を託された他の部隊は、それを見守り彼らの勝利を願ってやまない。

全員で帰ってくる。

心を一つに、白銀の翼は玉座の裏側、混沌の渦の先、決戦の場へと向かう。

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