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蒼緋伝〜蒼と緋色の忘却  作者: Shing
蒼と緋色の忘却
4/50

Oblivion Episode 4 親愛

緋色の少女が蒼の公子と出会ってから2年の歳月が過ぎた。

ようやく10歳を迎え、しかし年不相応に中身が成熟されつつある2人は、街を散策するに留まらず街の発展や経済について直接触れるため、些細ながらも手伝いに励むようになった。

主導するのはもちろん蒼の公子の方、しかし緋色の少女も全く苦にもせず彼の行く先々について回っては共に学びの日々を送っていた。

そして2人の間にはもう一匹、さながら忠犬のように付き従う『元』小さきものの姿があった。


蒼の公子「行くよアイリ、今日も良い天気だ!」

緋色の少女「良い子にしててね、今日も頑張ってくるから!」


頭を撫でられてからというもの、すっかり2人に懐いている。

『アイリ』と名付けられたその狐は、彼らが活動中は邪魔にならないように距離を空けて近くで傍観しているが、戻ってくる頃合いを見計らい彼らを待つ程に、非常に賢かった。

『アイリ』と呼ばれれば反応するのはもちろん、基本的に大人しく他人に威嚇することはない上に躾の覚えも早い。

そんな『彼女』に2人は、首輪の代わりに紫のリボンを巻いてあげた。

すると、まるで知能があるかのように『彼女』は寝る時や水浴びの時以外は肌身離すことはなかった。



アリエル公の嫡男とフィーニクス家の令嬢の2人組の噂はファルタザード内で話題となり、行く先々で彼らの姿を見るようになった。

並びに2人について行く可愛らしい狐の存在も相俟って、今や彼らは街中で人気者だ。

緋色の少女の背中を見て怪訝な目を向ける者もいない。

むしろそれが今や彼女の幼くも気品があり可愛らしい容姿に惹かれる同世代の子息もいた程だが、そもそもが緋色の少女が全幅の信頼を置く相手が領主の子息である蒼の公子であるため、行き着くところまで行けと言わんばかりに誰もが敬遠する有様であった。

その日はとある雑貨屋にて、蒼の公子と緋色の少女は別の工房から仕入れた商品を運んでくる仕事を手伝っていた。


蒼の公子「おば様、頼まれた商品、全て持ってきました!」

緋色の少女「これで全部でしょうか?」

女店主「あらあらありがとう〜!!今日も助かっちゃった!」


店の女主人は小さい働き者に笑顔を向ける。

2人は特に従業員を殆ど雇っていない小さな店を手伝うことが多い。

社会勉強と称して己の身分関係なくせっせと頑張っては、こうして感謝された。

基本的に見返りは求めることはないが、店側がそれでは悪いと思い、結局は賃金の代わりに手作りのアクセサリーや、食品を扱う店ならそれらを加工したパンやタルトなどといった品を送っている。

何も貰わなくても充実感に溢れ、貰ったら貰ったでそれを片手に、あの夕陽を眺めることができる城壁でお互いを労う時間がまた格別なのである。


蒼の公子「おば様、お願いしていたもの、用意できていますか?」

女店主「あれかい?お待ちくださいな!」


一方、この日の蒼の公子は少し様子が違った。

まるで緋色の少女に気付かれないように店の番を務める女店主とコンタクトを取った彼の依頼を聞き入れ、女店主は店の奥からある物を手に持ってきてくれた。


女店主「お待たせ!立派な物ができましたよ!」

蒼の公子「ありがとうございます!」

女店主「いいんですよ!」


予め「何か」を依頼していた蒼の公子は、内密にそれを受け取る。

彼が店主と何らかの密約をかわしているとはいざ知らず、先に店の前でアイリと共に待っていた緋色の少女は、彼の企みに気付かない。

昔からだが、彼は隠し事や悪戯をするにもかなり用意周到かつ他の誰にも悟らせない一面がある。

そのまま女店主から貰った焼きたてのクッキーを片手に、そのまま2人はいつもの場所へ、間にアイリを挟み肩を並べ向かうのだった。


蒼の公子「今日もお疲れ様、___!」

緋色の少女「はい、お疲れ様、です!」

蒼の公子「アイリも、ほら!」


その日も2人の邪魔をすることなく気ままに過ごしていたアイリを、蒼の公子は労う代わりに首元を撫でてあげる。

アイリにとってはこれが至福の一時なようで、されるがままであった。


緋色の少女「___さん、そういえば先程お店で何かを話していませんでしたか?」

蒼の公子「あ、ちょっと待たせてしまったな…」

緋色の少女「いえ、そんなことは…!」


目論見は隠せても行動の断片までは隠し通せるものではない。

緋色の少女も蒼の公子をよく見ているならではの観察眼である。


蒼の公子「コホン…___、今日が何の日か、知ってる?」

緋色の少女「今日、ですか…?えっと…」


蒼の公子に尋ねられ、緋色の少女は何か思い当たる節はないか深く思案してみる。

されどいくら考えても答えは見つからず、観念したように顔を伏せてしまった。

こればかりは仕方がない。

特に意識していなければ、忘れてしまうような日かもしれない。

だが、彼はしっかりと認識していた。


蒼の公子「はい、これ!」

緋色の少女「!」


蒼の公子が緋色の少女にある物を差し出した。

それは、先程彼が今日汗を流した店で女店主に事前に注文していた特注品。

緋色の少女の生まれであるフィーニクス家の紋章に、アリエルを象徴すると同時に思い出の品である林檎、そしてアイリを思わせる狐があしらわれたの家いえこの世に二つとないブローチだった。

彼自らがデザインし、それを先程の雑貨屋の伝で工房で作成して貰ったのである。


蒼の公子「今日は、僕と___があの日あの花畑で出会ってからちょうど2年が経った日さ!」

緋色の少女「…!」


今日という日が一体何なのか、彼の口から耳にした瞬間、あの日の記憶が蘇ってくる。

地上に引っ越してまだ間もない頃、侍女から広大な花畑の噂を聞き、誰にも告げずに一人飛び出し目にしたあの風景。

そこに遅れてやって来た、今や一番に信頼する蒼の公子。

彼もまたこっそりと抜け出し、彼の地に足を運んできた。

すぐに意気投合し、今となってはお互いに都合がつけば同い年ながらまるで兄と妹のように共に行動することが多くなった。

緋色の少女もまた蒼の公子に負けず劣らずにこれまでの思い出を深く刻んでいたとはいえ、流石にその節目となる日付までは覚えていない。


緋色の少女「そんな…私は何も…」

蒼の公子「うーん、まあ僕がきっと変わり者だからだよ。流石に事細かくはしないけど、この日何があった、あの日何があった…記憶していれば、いつか何かのきっかけには…あれ?」


経緯を話していた最中に、緋色の少女の目から涙が溢れ出た。

無意識だったようで、アイリも心配そうに見上げている。

何かまずいことをしたかもしれないと、蒼の公子も話を切り上げて気遣うことに注力した。


蒼の公子「参ったな、そんなつもりは…!」

緋色の少女「ち、違います!!」


策略には長けても人の心を読むのには疎い蒼の公子の慌てふためく様を、緋色の少女は強く否定した。

彼には伝わってほしい。

複雑な想いが絶えず湧き出るものの、一番を占めるのは嬉し涙であるのだと。


緋色の少女「嬉しかったんです、とても…!でも、それなのに、私はこんな大切な日を忘れていた上に何も用意できていなくて…」


つまり、一方的にお祝いしてくれるだけでそれに対し自分は何もできない、それが愚かで悲しい。

蒼の公子から貰ったブローチは大事そうに手にしている様子から、心底複雑な感情が入り混じっているのだろう。

緋色の少女の想いに触れた蒼の公子は、他でもない彼女のため、今の心の内を消化できる策に打って出た。


蒼の公子「…いや、今の言葉が聞けて十分だね!」

緋色の少女「…え?」

蒼の公子「よし!___、ついて来て!」

緋色の少女「!」


蒼の公子は緋色の少女の手を引き、城壁から階下へと降りていった。

その策を思い付くのに、特に時間を要することはなかった。

形としての贈り物は済ませた。

なら次は、物ではなく記憶に直接作用する物。

城壁を降りて向かった先は、2人にとって始まりの場所。

蒼の公子が駆け抜ける方角は、もちろん緋色の少女にも心当たりがある。

アイリもまた2人に連れられ何度も足を運んでいる。

季節ごとに違った表情を見せる、あの場所へ。

逸る気持ちを隠せず、彼は街道を駆け抜ける。

先程までいた城壁からは然程遠くはない場所にある思い出の地…様々ないろとりどいろ花が咲き誇るあの場所に、夕暮れが差し迫る中彼は緋色の少女とアイリを連れ急いだのである。

そういえばここはいつも訪れるのは帰りが遅くなる都合上昼間ばかりで、緋色の少女を連れて夕暮れの時間には来たことがない気がする。

この時間帯なら、また違う風景が広がっているはずだ。


蒼の公子「あの時と同じ景色…季節が同じなら当然か!」


一足先に到着した蒼の公子は、親しんだ丘を見据え感嘆している。

遅れて緋色の少女とアイリがしっかりと着いて来てくれた。

蒼の公子と肩を並べた緋色の少女は、あの日とは違った顔を見せるこの丘の風景に目を向ける。

夕暮れの指す光に花々が呼応し、昼間とは一風違った幻想的な風景を生み出している。

同時にあの時見た景色を思い起こし、同じ日同じ場所に立っていることに、何か運命的なものを感じずにはいられなかった。


蒼の公子「今日はたった一つ、どうしても伝えたいことがあった!」


隣で蒼の公子はそう声を高らかに言った。

2年が経過したが、あの時と変わらない快活な声に、緋色の少女は身構える。

夕陽を背景にした蒼の公子は、やがて訪れるであろう彼の治世が輝かしいものになると告げているようであった。


蒼の公子「ご両親の意向だったかもしれない。君は家族だから、一緒に来ただけかもしれない。けど、僕にとっては関係ない。」


蒼の公子の言う通り、緋色の少女が2年前この地に現れたのはフィーニクス家の思惑に過ぎず、彼女は一人娘としてやってきただけだ。

しかし彼はそこに一期一会には収まらない何かを見出し、これまでにいろいろな交流を図った。

2年の月日が経過したが、緋色の少女は何一つ不満を言わずついて来てくれた。

そんな彼女に、たった一つの伝えたいこと。


蒼の公子「地上に来てくれて、アリエルを選んでくれてありがとう!!これからも、よろしく!!」


今は2人きりの花畑に響く感謝の言葉、もしかしたら誰か領民がいても憚らずにその声で伝えてくれただろうか。

いや、彼ならきっと恥ずかしさなんて他所に堂々と言葉にしただろう。

その裏表のない性格に自身は惹かれたのだ。

蒼の公子の心の内は、どんなものを秘めているのだろうか。

自身と同じ気持ちなのだろうか、それともあくまで同志として見てくれているのだろうか。

今はそれを確認する勇気がない。

だが、どちらでもいいと思う自分もいた。

彼の心情がどうであれ、自分を必要としてくれている以上、これからも彼のそばにいることができる。

今日という日が何なのか、緋色の少女は答えを導けず、また何も用意できず嬉しさと悲しみが混じり合う複雑な心の内に見舞われる。

そこで蒼の公子は彼女を連れ、この場所に連れ出しある種の感謝の意を示してくれた。

貰ったばかりのフィーニクス家の紋章と林檎、アイリが刻まれたブローチを身につける。

これは、何も用意できなかった代わりにこの先も彼を支えるという決意の証。


緋色の少女「…はい!」


夕陽に照らされるその表情からは既に悲しみが消え、何かを意に決した緋色の少女の姿。

傍でアイリがまるで見届け人のように寄り添っている。

この日を境に2人の絆はより強固なものとなり、いつからか領内でも語り草となっていく。

それは、アリエルを揺るがす事件が発生する2年前、そして運命の刻を迎える、10年前の出来事であった。

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