Oblivion Episode 30 反撃
【ファルタザードの戦い】から3日後。
激戦の末勝利した興奮が冷めないながら、少なからず被害が及んだ王都の復旧が進む中で、アリエル連合側の中核を担う面々が軍議を開き、情報を共有する場を設けていた。
白銀の翼からは蒼の公子と緋色の少女、そしてオルランドとオリヴェイラ、シャール、ジラールが出席した。
その他アリエル公やフィーニクス家当主ベンヌ卿、連合側の各国の指揮官達、そしてシングも一同に集い、意見をかわしていた。
オリヴェイラ「我々は此度の戦いに勝利しました。ですが…」
オルランド「【虚空の探求者】っつったっけか?あの野郎、まだ本気を出していない。」
ジラール「加えて新たに現れた3人組…【七星】の名を冠するだけあり、侮れない。」
蒼の公子「俺達の方も、剣術の祖の異名を持つ【鳳翼の剣】という剣士を逃した。」
シャール「剣術の祖…元は我がキルリス族の出身ですね。あの男が帝国に…」
全ての剣術に通ずるとされる達人が【七星】に名を連ねている。
その事実は、この先の戦いに彼らに重くのしかかる。
リーヴェの民がファルタザードの中心街を守護し、アリエル公国軍、キルリス・イリアス両部族、グリングラス王国軍がウルノ帝国の大軍勢を相手に渡り合った中で、彼らの中枢とも言える【七星】と激戦を繰り広げたのは白銀の翼である。
またその【七星】を誰一人とて倒せていないのも事実であり、再び必ずや立ち塞がるのは明白であった。
蒼の公子「ここで一度整理しよう。現状面々が割れている【七星】のその能力についてだ。」
蒼の公子が取りまとめ、指揮官達を集める。
【七星】との直接対決がなかった他の部隊も、いつ交戦するかもわからない。
自分達が見た、体感したものを惜しまず提示する。
蒼の公子「まず俺と___、アイリが対峙した【鳳翼の剣】を名乗る剣士。火属性の力を纏わせて戦うスタイルだったけど、はっきり言って剣術一点においておそらく右に出る者はいません。好戦的な性格ですが、戦う相手にも礼節を重んじる、まさしく武人気質でした。」
オルランド「俺が戦ったのは【虚空の探求者】とかいう胡散臭い肩書きを並べていた男だったな。主に火属性と地属性の魔法を扱うが、接近戦も自由自在、付け入る隙を与えない奴だった。」
オリヴェイラ「ただ気になることがある。確かに火属性と地属性を主体とした戦い方だったが、その二つとは似て非なる力も振るっていた。一番わかりやすいのは最初だ。俺達を分断した際に使った、あの飛来する巨岩…火属性並びに地属性の両方の力を感じた。」
シャール「両方と言えば、殿下の氷の力も水と風の性質を併せ持っているとか…」
蒼の公子「両方…」
シャールが、【虚空の探求者】の力は蒼の公子のそれと同系統のものではないかと指摘する。
蒼の公子の氷の力も全貌が解明されているわけではないが、彼や【鳳翼の剣】だけでなく、【虚空の探求者】の力も未知数だ。
特に蒼の公子と緋色の少女は直接対峙したわけでもなく、情報としては貴重なものだ。
オルランド達も、白銀の翼が誇る双璧をして苦戦を強いられた最強の剣士の存在に畏敬の念を抱く。
オルランド「他には後から駆け付けた、【鳳翼の剣】と【虚空の探求者】より格が落ちる3人組…」
蒼の公子「けどまごう事なき【七星】。同格と見るべきです。」
オリヴェイラ「【烈風の神槍】、【樹海の番人】、そして一番厄介なのが…」
緋色の少女「【時の魔女】…」
対峙した時間は長くはないが、その異様な力は【七星】の中でも随一と言える。
オルランドとシングの追討を、【時の魔女】が魔法一つで仲間を別の地点へと飛ばしてみせた。
確認しうる限りあの魔法が一番の脅威で、戦略次第では味方陣営への急襲も可能なだけあり、対策が急がれる。
厄介なのは、彼女はそれ以外の手の内を見せてはいない。
オルランド「あの力は…何だ?」
シング「さあな。だが、大剣豪、火と地を駆使する魔術師に匹敵して警戒すべきと言える。」
ジラール「年はナモと変わらないように見えたぞ?信じられん…」
ベテランとも呼べる歴戦の強者から、まだジラールの妹と変わらない年の子供まで幅広い年齢層で【七星】の名を冠していることから、一層の異様さを放っている。
付け加えると、【烈風の神槍】と【樹海の番人】はその実力すら見せていない。
結局のところ、ファルタザードの戦いに勝利は収めたが、敵の中核のうち力の片鱗を見せたのは【鳳翼の剣】と【虚空の探求者】、【時の魔女】の3人だけである。
この先、彼らは真の実力を引っ提げて立ちはだかるのだ。
それに忘れてはいけないことがある。
シング「あと、2人いる。」
蒼の公子「そうか、今名前が上がったのが5人。【七星】の名の通りなら、あと2人。」
緋色の少女「他の皆さんのように、肩書きなるものがあるのでしょうか?」
ジラール「あると見るべきかと。一種のコードネームのようなものですね。」
まだ姿を見せていない、その座にいるであろう2人の存在。
3日前の戦いには、参加していなかった。
誰か、彼らについて何か知っていることはないか蒼の公子が周囲に問い掛けるが、ただ一人返した。
シング「【月明かりの修羅】、【無垢なる凶星】…」
蒼の公子「何だって?」
耳慣れぬフレーズがシングの口から出た。
出まかせではないことは、誰もが瞬時に理解した。
蒼の公子「シング、会ったことがあるのか?」
シング「顔馴染みだ。昔のな。」
蒼の公子「!?」
同郷、つまり、その2人もシング同様に異邦から来たということ。
衝撃的だが、他でもない彼当人が隠さず冷静に打ち明けたことから、周りから事実として受け止められる。
シング「同胞が他所で侵略に加担しているとあらば、我が主や故郷の名折れ。これまでに一度遭遇したことがあるが、あの様子、既にウルノ帝国の支配下にあるようだ。この手でケリをつける、そのために来た。」
緋色の少女「…」
シングは同胞を手にかけることをとっくに覚悟していた。
境遇は違えど、仲間だった者を相手にすることに躊躇いがない彼に、緋色の少女は自身と重ねた。
同級生だったフォーマルハウトとは違いそこまで接点はなかった様子だが、何も思わない人間はこの世にはいない。
戦う者としての心構えはシングの方が遥かに上を行くと、緋色の少女は彼を倣った。
ベンヌ「ではシング殿、残る2人の特徴や戦い方をこの場にいる全員に共有を。」
シング「はい。まずは【月明かりの修羅】、その後に【無垢なる凶星】について。」
アリエル公「今までは民や兵の犠牲を極力ゼロに抑える作戦でウルノ帝国の侵略を許してきた。山場となった王都の決戦で敵を撃退した今、これからは失った領土を取り戻す戦い。そして、いずれは戦争を終わらせる戦いへと移ることになる。主軸は引き続き白銀の翼が担う。他の地での攻防も予想されるが、その場合は連合が対応する。特に最前線にいる者程、帰還が難しくなるとは思うが…」
蒼の公子「わかっています。これは、長きに渡る戦いの序章に過ぎない。味方の損害を抑えるためなら、誰かがやらねばならないなら…」
蒼の公子の意志は頑なに強かったが、斯くして「任せてほしい」と言葉にすることはしなかった。
自分の身だけを危険に晒すわけではないからだ。
緋色の少女はもちろんのこと、他の団員達の命も預かっている身。
この後白銀の翼の展望を彼らに明かして、命惜しさに去る者を止めるつもりはない。
同じ統率する身としての立場を同じくするその場にいた者は、彼の心情を理解した。
その後、シングが【月明かりの修羅】と【無垢なる凶星】の戦い方の特徴について講義した後で、軍議はお開きとなった。
出立前夜。
いつもの城壁から、決戦の傷跡が未だ残るファルタザードを眺めていた蒼の公子の元に、遅れて緋色の少女がやってきた。
開戦以来思い出のこの場所を訪れるのは、およそ久しぶりのことであった。
明日になれば故郷を離れ、次に帰還するのがいつになるのかもわからない遠征になる。
緋色の少女「いよいよ明日、ですね。」
蒼の公子「ああ。眠れないか?」
緋色の少女「そういうわけでは。ここに来れば、貴方がいるような気がして。」
蒼の公子「ふ…この景色を、目に焼き付けておきたくてね。」
先日の決戦のせいで夜の喧騒に陰りがあるが、それでも大きな被害を被るには至らず十分に原型を留めているファルタザードの街。
次に帰還した頃には、もっと復興が進んでいることだろう。
また2人でこの場所から眺める風景を見たいという思いは、蒼の公子も同じだ。
蒼の公子「敢えて君には聞かなかったが、軍議の後隊員一人一人に尋ねたんだ、連合と白銀の翼のこれからの動きと、同行の是非を。驚くことに、誰一人とて離脱の意思はなかった。」
緋色の少女「それだけこの戦いを終わらせたい想いが強いのでしょう。それも、貴方の元で。」
蒼の公子「これからは【七星】がより前面に出てくるんだ、危険性はこれまで以上だというのに。より責任を感じるね。」
確かに全員が戦列を離れない意思を見せたのは緋色の少女が指摘することもあるのだろうが、殊更誰一人欠けさせやしないと、団を率いる者としては重荷にもなりかねない。
ましてや、この先は戦いが激しくなる。
身体だけでなく、精神面の消耗も予想される。
緋色の少女「もし…ですが、辛い時があったら、私を頼ってください。少しでも肩代わりができるように。」
蒼の公子「…俺としては、君に背負わせたくはないのが本音だけど、そうだな…もしもが来たら、お願いするよ。」
緋色の少女「ふふ…約束ですよ?」
蒼の公子「ああ。」
放っておけば、人に頼ろうとはしない蒼の公子に予め釘を刺す緋色の少女。
約束は絶対に違えない彼と契りを交わし、これで彼が一人苦境に立たされることはないと安堵する。
彼が離脱の意思を彼女にだけ尋ねなかったのは、それだけお互いが比翼連理である他ならぬ証だ。
固く結んだその手はその後暫く離れることなく、見納めとなるファルタザードでの一夜を過ごすのだった。
【ファルタザードの戦い】から約3週間後、【闇王の節】、アキテーヌ地方の要所、運河の街、【アミアン】。
ウルノ帝国から領土を奪還する戦いが始まって以降、最も際立った戦いが始まろうとしていた。
その地には、決戦後の軍議で名前が上がった【月明かりの修羅】と【無垢なる凶星】の両名が、姿を現した。
蒼の公子「なるほどね、こんなにも早くご対面というわけだ。」
凶星「初めまして、アリエル公国次期領主さん!いつの間にやら私達の名前が割れてるみたいだけど…」
修羅「相手に不足はなし!楽しませてもらうぜ?」
白銀の翼及びシング率いる異邦の衆、対するは【七星】の2人率いるウルノ帝国軍。
【アミアンの戦い】の幕が、切って落とされる。
・白銀の翼
緋色の少女…戦乙女 Lv40+
蒼の公子…ノーブルロード Lv40+
シング…密偵 Lv39
・七星
【月明かりの修羅】…?? Lv40
【無垢なる凶星】…?? Lv40
【登場人物】
・シング
二本の短剣を操る二刀流の浮浪者。遠い場所から来たとされ、ある目的のために各地を渡り歩く。
冷淡で素っ気ないが、根は仲間思いな性格。その実力は蒼の公子や緋色の少女に匹敵し、若くして歴戦の猛者の風格を漂わせる。 【七星】の【月明かりの修羅】と【無垢なる凶星】とは同郷である。アイリに対しても何かを知っているような素振りを見せるなど、その経歴は謎が多い。
【専門用語】
・七星
ウルノ帝国皇帝が直属の臣下として皇帝即位時に選抜した、7人からなる精鋭の総称。
出自は身分はおろかウルノ帝国に限らず、キルリス族の剣聖であったり異なる世界から来たという若者を登用したりと多様性が見て取れる。表面上はお互いに対等も、比較的平均年齢が低い中で年長の【鳳翼の剣】と【虚空の探求者】を筆頭とした指揮系統が形成されていたり、やはり上記の2人の戦闘能力が突出していることから少なからず序列が存在する。




