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蒼緋伝〜蒼と緋色の忘却  作者: Shing
蒼と緋色の忘却
27/50

Oblivion Episode 27 同期

黒ローブの男…かつての魔導学院の同期と対峙する緋色の少女。

あの時と変わらぬ、敵意に満ちた眼差し。

1年経った今も、当然ながら彼女が彼に害をなすことはあり得ず、今となっても身に覚えがない。


黒ローブの男「時間が経過すれば解決するかと思ったが、やはり気に入らねぇ。」

緋色の少女「私は一体、貴方に何を…?」

黒ローブの男「何もしていない、それが答えだ。本当の所、言うだけ見苦しいものだ。逆恨みも甚だしい。だが勝とうが負けようがこうして戦うのがどの道最後なら、いいさ、教えてやろう。」


臨戦態勢を僅かに解き、男の言い分を聞く。

始めに断っているが、これはただの逆恨みであると彼自身が振り返っている。

よって最初からわかっていることは、緋色の少女が彼に何かしたわけではない。

それでも知る必要がある。

何が彼をここまで焚き付けているのかを。


黒ローブの男「最初からお前は魔導学院で一番だった。総合的には足下にも及ばない。何でも良い、何でも良いから、この学び舎で一番になれるにはどうしたら良いか。出てきた答えは単純明快、純粋な強さ。格上の同期共に勝負を吹っ掛けては勝ちを手にした。だが…お前だけはどうにかなる気配がなかった。種族の壁とはこうも違うものかと。お前という存在は、俺にとってはそれだけ衝撃的だった。」

緋色の少女「…」


明かされる黒ローブの男の心の内。

技や力を磨き合う競争の世界において、人は何事にも必ず追う者と追われる者とに分かれる。

彼はただ一点、実力で頂に立ちたかった。

言われるまで気にしたことはなかったが、確かに緋色の少女は魔導学院では追う側の立場になったことはなく、彼の葛藤に十二分の理解を示すことができなかった。


黒ローブの男「せめて味方でいてくれれば、こんなくだらない劣等感も多少は和らぐかと思ったが…お前は言ったな、殺したくば、しかるべき場所で、その地で会う、その時こそ、容赦はしないと。今がその時だ!!今度こそ、お前を越える!!」

緋色の少女「…!」


血気を変えて、闇属性の魔法を中心に展開し攻撃を仕掛ける黒ローブの男。

その執念に満ちた立ち振る舞いは、例え歪んだ動機だったとしても、1年前とは比べ物にならない程に洗練されている。

怒涛の追撃に苦慮するも、まだ余裕はある。

付け入る隙を伺う。

ただ、こちらからも反撃を仕掛ける前に、どうしても伝えなければといけないことがある。

黒ローブの男の攻撃を捌き切った後、緋色の少女は改まって彼と向き合う。


緋色の少女「私も、追う立場でしたよ。故郷にいた、私を救ってくれた幼馴染の心の強さに憧れて、そんな彼を支えるべく並び立とうと。」

黒ローブの男「ああ!?」

緋色の少女「確かに私は主席だったのかもしれない。他の誰にも負けない強さを求め研鑽を重ねた結果、その肩書きに至っただけ。それでも、あの学び舎にいた多くの優秀な生徒に追い付かれやしないかと、焦燥の日々でもありました。その中にはもちろん、貴方も入っていましたよ、エクノア魔導学院一期生第七席、フォーマルハウト・ケイニスさん。」

黒ローブの男「!?」


緋色の少女の指摘に、動揺を隠せない。

これまで、黒ローブの男…フォーマルハウトは、今この場でも彼女の前では顔のほとんどを覆い、正体を悟られないように隠していた。

にも関わらず、在学中もほぼ接点がなかったはずが、彼女は己の正体を間髪を入れずに看破してきた。

正体を隠すだけ無駄であると悟り、それまで身につけていた外套を徐ろに投げ出した。


フォーマルハウト「…なぜわかった?」

緋色の少女「言ったはずです。優秀な生徒に負けないと、密かに私も周りに一目置いていましたから。」

フォーマルハウト「馬鹿な…多種多様の使い手が集う他の士官学校ならいざ知らず、ほぼ魔導一色の学校だぞ?数多いる生徒の中でも、赤の他人の特徴なぞ掴めるはずが…」

緋色の少女「でも間違えなかった。だって貴方は、成績優秀者に送られる表彰に必ず名前を連らねていましたから。」

フォーマルハウト「…!!」


その言葉を聞いた瞬間、フォーマルハウトは己の身体が身震いする感覚を覚えた。

今までの己が抱いていた緋色の少女の全体像がまやかしだったと、認めざるを得ないような風格。

最初から自分の正体を見抜いていた。

最初から、己をライバルの一人として見ていたのだ。


緋色の少女「もう、行きますね?みんなが待ってますから。」

フォーマルハウト「馬鹿を言うな。今まで格下の奴らなんか眼中にないと思っていた奴と、ようやく対等な立場で戦えるこの上ない機会…」


かつての同級生と戦うのは気が乗らず、仲間の危機のためその場を立ち去ろうとする緋色の少女を、フォーマルハウトの魔法が立ち塞ぐ。

彼女は自分のことをただの有象無象ではなく、一人の好敵手として捉えていた。

意識してもらえなければ、名前すらも覚えてもらえない。

目標とすべき人物に認識されるとは、ここまで昂るものなのか。


フォーマルハウト「私怨なんか、持ち出すんじゃなかった。今の俺は帝国の将。討ち取らせてもらう…!」

緋色の少女「…!」


先程までとは、空気が一変した。

相変わらず敵意を向けてはいるが、彼の言うようにそこには私情はなく、正々堂々と立ち向かうフォーマルハウトの姿があった。

ここまで真剣に相対されるとなると、軍人として失礼な気すらもした。

もはや相手はかつての同級生ではなく、ウルノ帝国の将。


緋色の少女(みんな、ごめんなさい。少し、遅れます…!)


緋色の少女も、覚悟を決めた。

フォーマルハウトの言うように、自身を亡き者にしたいのならば、しかるべき場所で戦う…

己が提示したその約定を果たすべく、彼女は蒼の公子達との合流が遅れることを気に留めながらも、今は目の前の宿敵との決闘に集中した。


フォーマルハウト「写し身の強襲、【ファントムレイド】!!」

緋色の少女「灼熱の猛火、【ブレイズバースト】!!」


火属性と闇属性の魔法の応酬。

最初から全力なのか、緋色の少女の圧倒的な魔力を前にしてもフォーマルハウトは相殺に持ち込んだ。

剣をも駆使する緋色の少女に対し、彼は純粋な魔道士。

彼女に接近でもされたら、瞬く間に不利になる。

緋色の少女は迷っていた。

フォーマルハウトにとってのその不利を彼女も認識しているからこそ、容赦なく畳み掛けるか…

否、彼が全力で向かってくるなら、その全力に応えるべき。

遠距離戦から近距離戦へと切り替えた。


フォーマルハウト「昏き黒曜の血槍、【ブラッディランス】!!」


当然フォーマルハウトも己が不利な状況に置かれていることを知っている。

緋色の少女と可能な限りの距離を置くべく応戦する。

その魂胆を見透かしているかのように、緋色の少女は縦横無尽に剣を片手に接近してくる。

その手前、無詠唱の【トリプルファイア】を繰り出すが、これは一掃されてしまった。

だが緋色の少女は既に、剣が届く程の射程圏にまで迫っていた。


フォーマルハウト「拍動刈り取る黒き鎌、【デスサイズ】!!」


もう後がない。

魔法ながらにして投擲しても思うがままに操れる黒き鎌を顕現させて、緋色の少女に応戦する。

リーチが長い分、隙が大きい。


フォーマルハウト「これで終わりだ!!」

緋色の少女「…」


フォーマルハウトの鎌が届くのか、先に緋色の少女の剣が彼を捉えるのか…

学生時代にまで遡る因縁に終止符を打つ決着の瞬間。

二人が交叉した直後、片方の影が倒れるのだった。


フォーマルハウト「…」

緋色の少女「…ごめんなさい。」


緋色の少女が、自分が斬り伏せた同級生だった男に小さく呟いた。

それはもちろん哀れみの意もあるのだろうが、お互い全力で戦えたことに満足しかなかったフォーマルハウトからは、既に憑いていたものが消えたかのようだった。


フォーマルハウト「なぜ謝る…?俺とお前は敵同士、仮に同級生だったとしても、お前が謝る筋合いなどないはずだ…」

緋色の少女「そうですね。ですが、どこかで分かり合えたのではと、ふと思ってしまうのです。帝国の方だったとしても、元を辿れば同じ学び舎で過ごした、向上心に満ちた仲間だったはずですから。」


少なくとも、2人は出自関係なく切磋琢磨できた場所に同じ時間を共有していた。

フォーマルハウトは緋色の少女を恨めしく思いはしたが、彼女の技や動きを見て己がモチベーションや糧にしたことは一度や二度ではない。


フォーマルハウト「俺はお前が羨ましかっただけだったのかもしれない…俺の遥か先を行くお前の背中を追いかけて、結局その差は、縮まりもしなかったがな…当然か、お前にも追い続ける目標があったんだからな…」

緋色の少女「…」


一度頂点に立つと、人は満足しきって目標を見失いその後停滞することがある。

しかし中には、一集団のトップに慢心することなく更なる高みを目指す者だっている。

ただ緋色の少女がそういう人種であっただけのこと。

同期一番の秀才を前にして、リーヴェの民だからと言い訳もせず腐らず励んできた自分に、フォーマルハウトは初めて誇りを持てた。


フォーマルハウト「行けよ…想い人のところへ行くんだろう?俺以外の奴に、負けんじゃねぇぞ…?」

緋色の少女「…はい。フォーマルハウトさん、次会う時があったら、今度は戦場ではなく…」

フォーマルハウト「次、ね…あったらな…」


少し笑みを溢しただろうか。

最後は穏やかに緋色の少女を見送り、彼女は走り去った。

彼女は次また会える機会があったらと去り際に残したが、その時点からそれは叶わない絵物語であることはお互いに既知である。

フォーマルハウトの身体は、既に消滅の時を迎えていたのだ。


フォーマルハウト「負けて消えるなんて、呆気ない、つまらねぇ終わり方、だったな…だが…」


魔導学院卒業から早一年。

入学まで遡っても5年にも満たず、強大な好敵手を相手にしたばかりにあまりにも幕切れが早すぎた。

それでも彼は、やり切った表情を浮かべ最後に一言、締め括った。


フォーマルハウト「悔いは、ないや…」


エクノア魔導学院から巣立った、前途有望な卒業生達。

その中で優秀な成績を修めた生徒の一人に数えられた第七席、フォーマルハウト・ケイニス。

彼の道は、ここファルタザードにて、幕を閉じた。



フォーマルハウトとの戦いに勝利し、蒼の公子の元へと急ぐ緋色の少女。

相手が誰であろうと非情に徹することに努めながらも、彼女は自分の衣服を見遣りながら、独り手向けの言葉を呟いていた。


緋色の少女「ちゃんと、届いてましたよ……」


フォーマルハウトが最後に繰り出した闇属性の大技、【デスサイズ】が、緋色の少女の裾を切り裂いていた。

身体には何らダメージを被っていないが、彼は確かに目標とした人物に爪痕を残していたのだった。

今の彼女の心の内は、穏やかではなかった。

この手で、同級生を手にかけた。

これまでにも開戦を機に多くのウルノ帝国兵を倒してきたが、彼らと同じく等しい命であるにも関わらず、その事実は重くのしかかる。

今更かもしれない。

12歳の身で、既にこの手を汚したではないか。

蒼の公子を守り抜く誓いはあの時から変わらない。

例え、立ち塞がる敵がかつての同期だったとしても。

葛藤を振り切り、緋色の少女は聳え立つあの岩の巨塔の頂上を目指す。



蒼の公子・鳳翼「「せぇぇぇい!!」」


巨塔の頂で繰り広げられる、蒼の公子と【鳳翼の剣】の戦い。

激しい剣戟が繰り広げられ、お互いに肩で息をするまでに凌ぎ合っていた。

未だ致命的な一撃は貰ってはいないが、ほんの僅かな差で、【鳳翼の剣】が圧しているか。


蒼の公子「侮っていたわけではないけど…【七星】一人でもここまでとはな…!」

鳳翼「俺も久しぶりの感覚を覚えたぞ…!生と死の境界線…これぞまさしく命のやり取り!」


決して狂気染みた人柄ではないのだろうが、好敵手を前にして昂ぶる気質の剣士のようだ。

【鳳翼の剣】もまた無傷とはいかないが、その表情から見せる余裕から察するに、追い詰められたとは微塵にも思っていない。


鳳翼「終わらせるにはまだ惜しい…!さあ、行くぞ!」

蒼の公子「…!」


闇雲に立ち合っては虚を突かれる。

この男、剣術一点のみにおいては蒼の公子より上だ。

その力量差を埋め合わせるべく、魔法とを組み合わせて、何とか五分に近い形まで持ち込んでいる。

だがこの戦い方をしていては長くは持たない。

【鳳翼の剣】も魔法は使うが、最小限に抑えており純粋な剣技で攻めてくる。


蒼の公子(負けられない…!ファルタザードの攻防はこの先の戦いを左右する分水嶺!ここで、倒す!)


この場所で押し留めなければ、味方に被害が及ぶ。

己を鼓舞し、【鳳翼の剣】と相対した、その瞬間。

フォーマルハウトとの戦いを制し、一刻も早く蒼の公子の援護へと向かった緋色の少女が、彼の背後から駆け上ってきたのだ。

敵に目もくれず、本当は蒼の公子の無事を確かめるべく駆け寄りたい。

その想いを押し殺し、彼を苦しめる敵を倒すことに専念し【鳳翼の剣】に立ち向かう。

一瞬誰がこの聳え立つ闘技場に現れたのかと頭が追い付かなかった。

それが緋色の少女だと知るや、相手がただ者ではないと警告を発しようとするが、それよりも先に【鳳翼の剣】が動く。


鳳翼「来たな、リーヴェの民にして比翼の片割れ!だが、見誤ったな!!」

緋色の少女「!?」


ここにきて【鳳翼の剣】がまだ蒼の公子相手に見せていなかった、彼の編み出した奥義。

居合から放たれた数多の火属性の衝撃波が、鋭く繰り出される。

爆風と共に巻き起こった【鳳翼の剣】の攻撃に、緋色の少女は迎撃する間もなく登ってきた巨塔から叩き落とされかねない程の風圧を受け、弾き返された。


緋色の少女「きゃあああ!!」

蒼の公子「___!!!!間に合え…っ!!」


あの凄まじさの前では、空中でも受け身が取りきれない。

【鳳翼の剣】との戦いを一旦放棄し、緋色の少女の救出に駆け出す。

無論その隙を【鳳翼の剣】は見逃すはずがないだろう。

それでも、考えるよりも先に足が動いていた。


蒼の公子「無事か、___!!」

緋色の少女「っ…ええ…!」


間一髪のところで蒼の公子が緋色の少女を抱き止める。

何とか衝撃波は捌き切るも爆風に煽られたダメージが響き顔を引き攣ってはいたが、何とか大事には至っていない様子だ。

だがそれも束の間。

一対一へのこだわりはないが、【七星】の一人として自軍の勝利に貪欲な【鳳翼の剣】の凶刃が、すぐそこに迫っていた。


鳳翼「その気遣い、戦場では命取りになるぞ!!」

蒼の公子・緋色の少女「「!!」」


剣術、魔法、そして速さと、全てにおいて高水準を誇る【鳳翼の剣】を前に、蒼の公子も、駆けつけたばかりの緋色の少女も圧倒されている。

まだ体勢が整っておらず、しかしまだ万全ではない緋色の少女を連れ出さないわけにもいかない。

今この場で迎え撃つ他なく、【鳳翼の剣】の動きを見極めんとした、その時だった。


鳳翼「何っ…!?」


蒼の公子の剣が【鳳翼の剣】とせめぎ合うよりも先に、何かがその身を焦がしながらその剣を受け止めた。

蒼の公子が持つそれよりも、遥かに短い短剣で。

【鳳翼の剣】が押し返すのは容易だっただろうが、あまりにも小さいその影に、思わず目を疑った。

その短剣で応戦したのは人ではなく、緋色の少女と同様に岩の巨塔を駆け上がってきた1匹の狐。


蒼の公子「アイリ!!!!」

鳳翼「何奴…!?」


その小柄な体格で【鳳翼の剣】を追い返したアイリは、背後の二人を見遣る。

小動物故に表情なるものは窺い知れなかったが、どこか穏やかであった。

するとその身が、一瞬にして辺りを眩く照らす。

蒼の公子、緋色の少女、【鳳翼の剣】が思わず視界を覆い、何が起きているのかと様子を探る。

そこにいたのは、狐だった身から様変わりした、狐耳と一本の尾を生やした一人の乙女が、神秘的な雰囲気を纏い対峙していたのだった。

・白銀の翼

緋色の少女…戦乙女 Lv38+

蒼の公子…ノーブルロード Lv38+

アイリ…上忍 Lv30+


・ウルノ帝国軍

フォーマルハウト…ソーサラー Lv33


・七星

【鳳翼の剣】…ソードマスター Lv42



【登場人物】


・フォーマルハウト・ケイニス

レグルスと共にエクノア王立魔導学院に一期生として入学した、ウルノ帝国出身の生徒。一匹狼体質で、あまり他の生徒とは関わりを持たない。

少し粗雑な性格だが、実力は確かなものを持つ。向上心も高く、独力で高みを目指そうとする辺り同郷のレグルスとは対照的。

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