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蒼緋伝〜蒼と緋色の忘却  作者: Shing
蒼と緋色の忘却
22/50

Oblivion Episode 22 責務

緋色の少女「っと…」


日もすっかり落ち星々が照らす中、先に蒼の公子をゆっくりと下ろし降り立つ緋色の少女。

彼女がどこに向かっているのか、蒼の公子は自ずとわかっていた。

城壁の中で最も高く聳え立つ慣れ親しんだ展望台。

再会を果たしてからも度々足を運んでいたが、今宵は一層そこから見渡せるファルタザードの街が明かりと共に活気に満ちている。


蒼の公子「何とか盛況、だな。」

緋色の少女「はい。ごめんなさい、急に連れ出すようなことをして…」

蒼の公子「全然気にしないね。俺の方こそすまない、どこぞのやんちゃの悪ふざけに突き合わせてしまって。」

緋色の少女「いいえ、とても楽しかったです!」

蒼の公子「…そっか。」


今日という日のために奔走して作り上げた舞踏祭に、急遽最後を飾る大役を飾るとは思いにもよらなかったが、結果として緋色の少女が満足気でよかった。

5年前の記憶を頼りに急造かつ彼女に合わせた踊りだったが、彼自身もまた精錬さが段違いであったことは自覚していない。


緋色の少女「安寧の時は今宵で終わり、明日から民達は気を引き締めていつか必ず訪れる戦禍に備える日々。だから今日は、またいつ目にするやも知らぬこの賑わいを、貴方とこの場所で、目に焼き付けたかったんです。」

蒼の公子「そうだな。でも、今日のような祭事は控えても、規模を縮小した息抜きがないと心身共に疲弊するからな。何をするかまだ何も考えてないけどな。」

緋色の少女「ふふ、それは楽しみです。ええ、その時は私も。」


これまで蒼の公子と共に公務に携わってきたからこその葛藤と、心の内を明かす緋色の少女に、彼は今後の展望を示す。

先程まであんなに嬉々としていた緋色の少女の表情が一時曇ったが、また彼の言葉を機に明るさを取り戻した。


緋色の少女「戦乱が明けた後も、また、こうして…」


ふと、憂いと未来への希望とが織り混ざった緋色の少女の表情が目に映った。

故郷に帰ってからという日々、常に彼女には笑顔があった。

その彼女が久々に見せた悲壮感が引き金となり、蒼の公子は過去に抱いた決意を思い返した。

彼女を守り切る。

たった一つの願い、4年前の事件を発端にその思いが彼の至上命題となっていた。


緋色の少女「…?___さん?」


緋色の少女だけでなく蒼の公子の表情にも陰りが見え、彼女はそれを見逃さなかった。

他人の、ましてや彼の変化に敏感な彼女に気付かれたのは失策だった。

こうなっては隠し事は難しい。

或いは、素直に今の心の内を明かした方が、少しは楽になれるのだろうか。


蒼の公子「___、俺達は【白銀の翼】の一員として、今後最前線に立ち国を守る立場を担う。もちろん、4年前の君の決意は知っているし、この部隊を編成する時だってリストに書き記すことを忘れるぐらいに一番に君を頭の中では組み込んでいた。でも、その時が近付くにつれ、ふと思うことがある。今夜だけは、世迷言を許してほしい…俺は君にだけは、帰りを待っていてほしかった…!」

緋色の少女「…」


蒼の公子にしては珍しく感情的になる。

もちろん、緋色の少女がその願いを受け入れるはずもないことも百も承知だ。

しかし、彼女はそれを黙って聞いてくれた。

その上自分は必要とされてないのかと怒るどころか、優しく包み込む慈愛の目で彼を見つめていた。


緋色の少女「嬉しいです、そんな風に思えてもらって。」

蒼の公子「…情けないところを見せてしまったな、忘れてくれ。」


普段表に出さないからこそ、今の自分の表情を見せたくはない。

背を向けるように向きを変えた蒼の公子であったが、その心境を慮るように緋色の少女は理解を示していた。

初めて彼の本音を聞けた気がして、胸の内が温かくなる。


緋色の少女「大丈夫ですよ。私は強いですから。」


知っている。

緋色の少女自身は自覚していないが、あの模擬戦で自分を打ち負かした程に。

裏を返せば、その彼女すらも上回るような相手が敵として現れたら…

当然負けるつもりはない上に、そもそも彼女が負ける想像すらもつかない。

しかし、勝負の世界において、絶対はない。


蒼の公子(必ず最後まで生き残る…彼女を守り抜いて。)


時を経て既に16歳となり、成熟したのは何も身体だけでない。

普段こそ口にも表情にも出さないが、内に秘められし彼女に向ける想いの正体を、わからない彼ではない。

それでも、消滅の可能性が僅かにでも頭を過ぎる故に、他人から見たら逢瀬とも捉えかねない夜更けという時間、思い出の場所、皆が見守る中2人で踊った直後…条件という条件が揃い過ぎているこの状況でも、彼は行動に移さない。

強すぎる責任感が、まるで呪いのように彼を形取るのだった。


緋色の少女(わかっていますよ、貴方は優しい人だってことを。)


反面緋色の少女は対照的だ。

彼女は最初から蒼の公子には好意的で、彼に対する想いは基本的に隠さない。

しかし、彼女のそれは4年前で止まっている。

確かに彼女は彼を異性としても心から慕っているが、そこから先には決して自分から関係から一歩踏み出そうとしない。

聞こえ方によっては告白とも捉えかねない先程の彼の心の内も、あくまで彼の中の大切な人の一人にすぎないとすら捉えてしまっている。

彼には彼の人生がある。

彼が生涯の伴侶としたい女性と結ばれるべきであり、そんな彼を自分は守り抜くだけ。

緋色の少女は自身を一番だと微塵にも思っていない。

もちろん婚約に対する憧れはある。

彼とのひと時はかけがえのない時間であり、最も幸福を感じる瞬間だ。

だが、彼女にはその想いすらも懐にしまう程の、ある秘密があった。


緋色の少女(だめですね…今それを考えては…)


今蒼の公子に顔を見られてはまずかった。

いずれ訪れるであろう未来に表情が曇るも、彼が背を向けていることが幸いした。

自分の生まれた家に思い入れと誇りはある。

同時に己に待ち受ける宿命が頭を過ぎる。

その瞬間を迎えるのが怖くて、今だけはこの繋がりを少しでも大切にしようとしているのだ。

いつかはその秘密を必ず打ち明ける日がやってくるのかもしれない。

その時彼は、今と変わらずに接してくれるだろうか。

不安に駆られる中、彼が再度口を開いた。


蒼の公子「___、聞いてほしいことがある。」

緋色の少女「?」


何かを決意した眼差しだった。

ただならぬ空気に、緋色の少女も緊張感を走らせる。

蒼の公子の放つ、一言一句に、耳を傾ける。


蒼の公子「いつになるかはわからない。それでも全てが、戦乱の世が終わった暁に、伝えたいことがある。もしかしたらそれはきっと今話した方が良いんだとも思う。でも、俺にとってそれは今ではない。待たせてしまう形になってしまうのかもしれない。だから、その時が来るまで、必ず…」


その先の言葉は出てこなかった。

言ってしまったら、反動として返ってくるのではないか。

導く者が語彙に詰まってしまうとは、つくづく情けない。

蒼の公子がこうなるのはあくまで緋色の少女が相手の時だけ。

それでいて、彼が一体何を今伝えたかったのかを理解した彼女は、彼が葛藤する意すらも汲みそこから先は言ってはいけないと諭すかのように人差し指で自らの口の前に立てるジェスチャーをして見せた。


緋色の少女「私が、貴方のお願いを無碍にするはずがありません。今話したくないのであれば、私は無理に問いただしません。約束します。貴方にとって大事なことを明かしてくれるその時まで、私も…」


緋色の少女もその先を敢えて発さなかった。

その言葉自体を口にすることは何も羞恥心をもたらすものではない。

蒼の公子が言葉にしないなら自分もしない。

その一方で、しっかりと伝わっている。

彼女の寄せる信頼感が、そのまま彼に対する返答であった。


緋色の少女(貴方は、私が絶対に守ります。だから、貴方は祖国を守り抜き、全てが終わり、肩の荷が降りた後で、続きを聞かせてください。)


ただただその時が来るのを心待ちにしていると微笑む。

ところで蒼の公子が先送りにする程の話とは一体何だろうか。

確かに戦乱さえ終結すれば、必然と負担は軽くなる。

年齢も年齢なだけに、きっと縁談なる話が既に舞い込んできているのではないか。

4年もこの地を離れていたのだ、懇意にしている女性がいてもおかしくはない。

相手が誰でも、祝福できる心構えはいつだって持っている。

そう考えると少し寂しい気もするが、他の誰でもない彼のため。

勝手に憶測を立てて随分と飛躍してしまったが、我に返り寂しさを紛らすかのように快活に振る舞った。


緋色の少女「___さん、笑ってください!今日は、皆さんの活気が聞こえてくるこの場所で、夜を明かしましょう!」

蒼の公子「!…じゃ、身体が冷え切らないよう2人分の羽織る用の毛布と、あとティーセットを調達してくるとするか!」


今宵は街が彩る温かさを城壁から他愛のないことを語らいながら眺める、そんな一夜にしよう。

二人の足であれば半刻もかからない。

緋色の少女が差し伸べた手を手にとっては握り返し、準備に取り掛かる。

己が役割を確認し、2人は一旦別れる。

夜を照らす月は、ファルタザードを、街の人々を、2人を、ただ見守っている。
















果たして彼らはこの夜、最大の過ちを犯してしまったのだろうか。

彼らは、今の関係から一歩先に進める選択肢を選ばなかった。

もしこの時、蒼の公子が、緋色の少女が、どちらかだけでも、自らのお互いを想う気持ちを打ち明けていたら、あの日の結末に僅かな変化でももたらしていたのだろうか。

その答えを、誰も知る由もなかった。

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