Oblivion Episode 21 氷炎
迎えた恒例の舞踏祭当日。
天候も澄み渡り、雨の心配もなく滞りなく進行できそうだ。
蒼の公子は緋色の少女と、そして今は別行動をしているモージを中心に最後の見回りに身を粉にして奔走していた。
夕暮れに差し掛かる時間からが本番だ。
運営や設営に携わった他のスタッフの奮闘もあり、ファルタザード中の雰囲気が祭り一色に染まっていた。
蒼の公子「よし、最後まで付き合ってくれてありがとう、オルランド、オリヴェイラ、フォアストル!後は任せてくれ!」
オルランド「よーし、こんなものかぁ。」
オリヴェイラ「お前も、肩の力は抜けよ?息抜きは必要だ。」
フォアストル「お疲れ様、___!」
緋色の少女「レティシアも、舞踏祭を楽しんで!」
レティシア「いえ、私は___の…コホン、いえ、何でもありません。それではー!」
身分を他所に腐れ縁のような会話を交わしながら、3人を解放する蒼の公子。
緋色の少女も彼に習いレティシアを送り出すと、少し残念そうな表情を浮かべるも、軽く咳払いをしそそくさと離れていった。
最後まで運営としての責務を果たそうとする2人は、舞踏祭の進行に携わるべくメイン会場のロスフェルト邸へと赴くのだった。
ファルタザードの街では、ロスフェルト邸以外の広場でも民衆達が歌ったり踊ったり演奏したり、また露店が点在しては飲食したりと、この日は無礼講とばかりに思い思いに一日を過ごしていた。
その盛況の中心、ロスフェルト邸では既にドレスコードで身を飾る多くの招待客で賑わっていた。
運営に携わる蒼の公子や緋色の少女、他【白銀の翼】の面々も正装に身を包み、場内を見守っていた。
モージ「本日は皆様お集まりいただき、ありがとうございます。立ち篭める暗雲が取り巻く中、今宵がいずれ訪れる安寧に繋がる、希望を忘れない一日となりますよう、皆様で作り上げましょう。」
モージの開会の言葉と共に、舞踏祭の開幕を告げる音楽が鳴り響いた。
舞踏祭の進行は、メイン会場を提供するロスフェルト邸当主が取り仕切ることが通例となっている。
内容は演奏家達が予め決められた伝統的な音楽を順に奏で、変わるがわるに変化する曲に合わせられる招待客が思い思いに踊るというものだ。
招待客達はスタンダードな曲、一流の踊り手のみが舞えるハイレベルな曲を披露し合った。
レティシア「あ、この曲なら…!」
エクノアにも伝わる曲に誘われて、レティシアが縁ある誰かを誘おうとする。
遠目に捉えた蒼の公子を誘おうとするも、運営という立場と緋色の少女の存在からすぐさま思い直し案外近くにいた王族の縁戚の手を強引に引っ張り出した。
ユーリ「ちょ、レティシア様!?」
レティシア「一曲、お相手願います。心得、あるのでしょう?」
ユーリ「あ、ありますけども…!」
王族相手に物怖じしないレティシアにユーリは完全にペースを掴まれた。
相手は一歳年上、しかも2年前のエクノア王立魔導学院選抜とのバトルグラウンドで相対すらもしている。
その時は増援に来た緋色の少女に一掃されたが、妙な縁もあるものである。
流石はエクノアの名門貴族の出、レティシアは華麗に舞うも、ユーリも負けていなかった。
レティシア「なかなかお上手ですのね!」
ユーリ「それは、昔鍛えられましたからね。」
しかしこのままレティシアにリードされては格好がつかない。
彼女に巻き込まれた災難ではあるが、次第にユーリの方がペースを取り戻しつつあった。
レティシア「わっ、ちょっ…!」
ユーリ「さて、ついてこられますか…!?」
舞踏祭だというのになぜか技を競い合う奇妙な空間ができあがりつつあった。
負けじとレティシアもユーリとテンポを合わせ、気が付けば一際目立つペアと化していた。
蒼の公子「ユーリの奴、巻き込まれてるな…」
緋色の少女「あはは…」
遠目で蒼の公子と緋色の少女が苦笑する中、次は違う曲調の譜面が演奏される。
一曲だけのはずが半ば延長戦のようにレティシアとユーリが火花を散らす傍ら、悪友達が遠くから蒼の公子の姿を捉えている。
オルランド「ククク、___め、余裕でいられるのも今のうちだ。」
オリヴェイラ「いつになく悪い顔してるなお前…」
オルランド「妙に奥手なあいつが悪い。」
フォアストル「次期公爵様に物怖じしないオルランドも大概だと思いますよ…」
オルランドの悪巧みに呆れ顔なオリヴェイラとフォアストルだが、止めようとする気は起きない。
むしろ彼らなりに蒼の公子を思っての行動であるからだ。
そのためには、進行役であるモージをまずけしかける必要があった。
思いの外彼が賛同し、後は彼の采配でサプライズの幕が上がるのを待つだけ。
オリヴェイラ「___だけでなく___様も巻き込むのだから…やれやれ。」
その上ターゲットが蒼の公子だけでなく恐れ多くもフィーニクス家の令嬢にもあるわけだが、果たしてどう出るか。
今更考えても仕方ないと、オリヴェイラは諦めている。
シャール「噂には聞いていたが、これがファルタザードの舞踏祭…!」
ジラール「まあまあ場違いな気もするが…ナモ、お前は好きにしていいんだぞ?」
ナモ「無理無理無理…レティシアさん見ていると恐縮するよ…あんな風に踊れたらなぁ…」
元【白い翼】の面々も会場を訪れていたが、オルランド達とは違い蒼の公子に見出されるまで社交界には縁のない世界に身を置いていたため、あくまで観客に徹し飲み物を手に彼らなりに楽しんでいる。
変わるがわるに演目が代わり、気が付けば最後の演目が華やかに会場を彩っていた。
公式の演者達を送り出してきた蒼の公子と緋色の少女も、名残惜しく見守っている。
ユーリとレティシア、そしてオルランドやオリヴェイラも各々ペアを組み、盛大なフィナーレを披露した。
蒼の公子「お見事!」
緋色の少女「素敵な踊りでした!」
最終演目だけあり、腕利きの踊り手が自信を持って舞った会場には、盛大な拍手が送られていた。
同時にこれを以て、当面見納めとなり明日からの日常が転換するのだと思うと惜しむ心が込み上げる。
招待客の拍手が心情を映し出すかのような風潮に変わる中で、モージが閉会の挨拶を読み上げる、その時であった。
モージ「来場の皆様へ、惜しまれつつも夢の時間が過ぎ去ろうとしています。これを以て、今年の舞踏祭を閉幕…その前に、特別ゲストによる真のフィナーレを飾っていただきましょう!!アリエル公爵家次期当主___様、フィーニクス家ご令嬢___様、前へお越しください。」
蒼の公子「なっ…!?」
緋色の少女「!?」
突然のコールに2人は驚きを隠せないでいる。
来場の客はというと、ここに来て国民全員の知る幼少期からの敬愛なる2人による演舞を目の当たりにできるサプライズに、彼ら以上に驚きと感激の歓声が湧き上がった。
当然2人は何も聞かされていない。
何の練習もしていなければ、最後に踊ったのはそれこそ緋色の少女が留学するより前、5年の月日が経過している。
蒼の公子「やってくれましたねモージさん…いや、この手口はオルランド達か?」
その予感は的中し、遠くでオルランドがしてやったりと得意げにしている。
焦りの表情は滅多に見せない蒼の公子もこればかりは頭を抱えた。
ここで用意された舞台を断ろうにももはやその空気ではない。
今か今かと2人の登場を待ち侘びている。
すると、襟の裾を優しく掴み舞台に立とうと緊張の面立ちで向き合う緋色の少女がそこにはいた。
どうやら彼よりも先に、覚悟は決まっていたようだ。
いや、違う。
この感じ、これまで彼女はあくまで運営として立ち振る舞っていたが、内心踊りたかったのだろう。
蒼の公子「…やるか!」
緋色の少女「!はい…!」
緋色の少女の意を汲み、蒼の公子は心機一転、彼女の手を引き勢いよく飛び出す。
幼い頃より知る国民が敬愛して止まない2人の登場に、一斉に会場が湧き上がる。
彼らの期待に応えるべく、硬く繋いだ手と反対の手を振る。
この先は何も段取りをつけていない。
何を踊るのかも決まっていない。
だが、このサプライズをお膳立てしたオルランドもそこまで鬼ではなかった。
彼も5年前に有力諸侯の嫡子としてこの会場に招かれた時、数いる一流の踊り手の隅で、同い年ぐらいの小さなペアが傍目気にせず踊っていたのが今でも記憶に残っている。
その時に奏でられていた同じ演目を、オルランドは予めモージを通して演奏家達に伝えていたのだ。
身体が覚えているのなら、彼らなら…彼なりの信頼がそこにはあった。
オルランド(さあ、舞台は整えた。あとはお前次第だぜ?)
オルランドなりの後押しは、果たしてどんな光景を見せてくれるのか。
何も知らされていなかったはずが、観衆を前にして一切の動揺を見せない辺り、既に風格が違う。
それはそれで悔しいが、それよりも期待感の方が大きかった。
奏者の弦が、最後の演目を奏で出す。
緋色の少女(この曲は…)
蒼の公子(あの時の…)
それは、2人にとっても思い出の演目。
図らずも緋色の少女の留学前に催された最後の舞踏祭で、2人が唯一この曲のために練習したあの日々が蘇る。
一度身に付けた踊りは、そう簡単に忘れたりはしない。
むしろあの時よりも心身共に成長した踊りから醸し出される魅力が、会場内の人々の視線を集める。
オルランド(やっぱお似合いだよ…)
仕掛け人のオルランドですら、目を奪われる華麗さだった。
すると曲調がピークを迎えたのを機に、彼らの演舞は幻想的な空間を生み出した。
紅く透き通った雪の結晶が、2人に降り注ぎ始めたのだ。
不思議と冷たさは感じずむしろ温かみを感じるその情景は、他の誰かが作り出した演出でも何でもない。
レティシア(綺麗…)
相反する2つの属性が紡ぐその光景に、レティシアだけでなく演奏家達も思わず弦を弾く手を止めかねない程だった。
この日のために2人が練習を重ねてきたわけではないとはきっと誰も信じない。
気が付けば蒼の公子も緋色の少女のペースに遅れないようにステップを果敢に踏み周囲の目を余所に応える。
次のフェーズで締めに入る。
後世に語り継がれる伝説の時間が、盛大にフィナーレを飾った。
最大の歓声が湧き上がる。
モージ、オルランド、レティシア、ユーリ、シャール…その場にいた全員という全員が拍手を送った。
やり切ったという表情の蒼の公子と、特別な空間で踊れたことに感無量な緋色の少女。
しかしながら、観客の拍手に応える傍らここに来て急に照れ臭くなり、今すぐにでもこの場を立ち去りたい衝動に駆られる。
何とか緋色の少女を連れ一目散に突破できる箇所はないが見渡すも、完全に塞がれている。
掴んだ手を離していない緋色の少女も、そもそもが人前に立つことに慣れておらずようやく我に返り緊張の余り固まってしまっている。
だがこの日はそこで終わる彼女ではなかった。
緋色の少女「___さん…私の手を、しっかり掴んでくださいね?」
蒼の公子「え…?」
蒼の公子が緋色の少女の真意を問うが否や、彼の手をグッと掴み助走をつけて天へと舞い上がった。
礼装姿にも関わらず大胆な彼女の行動に、周囲は目を丸くする。
蒼の公子「なっ、ちょっと、___…!?」
緋色の少女「ふふふっ、あははは!!」
戸惑う蒼の公子とは対照的に、緊張を吹き飛ばした緋色の少女はご満悦だ。
そのまま会場を後にし、高さが高さだけにもう緋色の少女の手を離すわけにもいかなくなった。
地上を見下ろした蒼の公子は、後始末を他の運営役員に託さざるを得ない。
蒼の公子「すまないモージ、みんな、後は任せた!!」
公爵家の嫡男がリーヴェの民に連れ去られたという不思議な光景に出会し、モージや会場にいた群衆は呆気に取られる。
同時に何というかどこか微笑ましい。
アリエル公国に来てまだ日が浅い元【白い翼】の面々からも、2人の仲の慎ましさが窺えた。
ナモ「み、見えなくなってしまいました…」
チャルデット「何というか、___様は___様にゾッコンだよな。」
ダノワ「結構なことではないか、俺達の雇い主だ、不仲より全然良い。」
テュルバー「幼馴染というが、むしろ喧嘩したことがないんだろう。」
感動が冷めやまない会場を後にして飛び去った2人は果たしてどこに行ったのか。
意外にも身近な仲間よりも、彼らを古くから知る民衆の方がよく知っている。
ほとんど人の往来はなく、この舞踏祭の夜は尚更のこと、2人にとっての思い出深い場所。
誰も追おうとする者はおらず、興奮止まぬ中民衆は舞踏祭の余韻に酔いしれるのだった。




