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蒼緋伝〜蒼と緋色の忘却  作者: Shing
蒼と緋色の忘却
14/50

Oblivion Episode 14 再会

【水妃の節】のある朝。

緋色の少女はその日、4年間住んだ寮を、個室を後にした。

荷物は最低限にまとめ、学院側からの希望もあり一部の私物は置いていくことにした。

使い込んだ教材等は先に両親の元に送った。

帰還する手前、慣れ親しんだ学院を焼き付けるべく、アイリと共に各地点を回った。

教室、講堂、図書館、校庭…特段何か強い思い入れがあるわけではないが、今日という日を迎えるために必要な過程であったことを考えると、蔑ろにはしがたい。

それぞれの場所には意味があり、実りのある日々だったと、感謝を込めて触れて回る。

その道中、演習場で、緋色の少女は見知った人物を目撃する。

レグルスだ。


レグルス「よお、主席殿。」

緋色の少女「ごきげんよう。今日でお別れですね。」


思えば、入学当初は誰とも関わりを持とうともしなかった。

その緋色の少女が今となっては気さくに話しかけてくるレグルスとも人並みには打ち解けている。

しかし、次に彼が発した言葉は、それまでとは打って変わって重苦しいものに変わった。


レグルス「すまなかった。同胞が無礼を働いたらしいな。」

緋色の少女「あ…」


あまりにもレグルスが普通に話しかけるため忘れるところであった。

彼が言及したのは、先日の何者かによる自身への襲撃。

その人物はウルノ帝国の者であることはわかっていたが、レグルスもまた世界を揺るがすかもしれない国の出身なのである。


緋色の少女「そうでした…貴方は…」

レグルス「わからねぇぞ?お互い出くわさないまま終わるかもしれないし、先にやられるかもしれないし、そもそもうちが戦端を開かないかもしれないし。」

緋色の少女「随分と楽観的なんですね?」

レグルス「旅立ちの日くらい、笑って発とう。無論、俺達の命運が戦場で決する未来だってあるかもしれないが、その時はその時だ。少なくとも今日までは、俺達は学友、だろ?」

緋色の少女「…ふふ。」


レグルスのあまりの能天気さに、緋色の少女も思わず吹き出してしまった。

その直向きさは、彼女にとっても好ましく思うところがあり、クラスを取りまとめる器を持つ頼もしい存在であった。

レティシア程交流はなかったが、彼の言うように、最後は彼の歩む道に祝福を送りたい。


緋色の少女「レグルスさん。貴方という存在も、この4年間をより実りのある日々を送る上で欠かせない人でした。ありがとうございます。」

レグルス「礼を言うのはこちらもだぜ?難解な魔法を親身になって皆に教えてくれた。感謝しかないね。」


裏表のないレグルスの返しに、緋色の少女はあまりレティシア以外には見せなかった笑顔を浮かべた。

別れ際に握手を交わし、演習場を去る。

例えこの先道を違えようとも、この学舎で切磋琢磨した日々は、決して幻想ではなかったと、心に刻んで。



馬車の発着所へ向かうとすると、自身と同じように祖国へ帰還しようと卒業生達でごった返していた。

その中で、緋色の少女のクラスメートだった者達が彼女の姿を捉えるなり駆け寄ってくる。


生徒A「___、アリエルに帰るのかい?色々とありがとう、おかげでこんな僕でも卒業できた!」

生徒B「いつか遊びに行くね!」

生徒C「何かあったら、力になるよ!」

緋色の少女「はい、皆さんもお元気で…」

生徒D「アイリちゃんも!」


思い思いに、惜しまれながら別れの挨拶を交わしてくる。

必ず傍らにいた使い魔のようなかつマスコット的な存在だったアイリの存在も忘れない。

他にも緋色の少女を見送るために、彼女を尊敬する後輩の姿も何人かおり、卒業生達に紛れ込んでいる。

中には彼女を慕う余りこんな意思表示をする者までもいた。


女子生徒「___様、私も来年アリエルに仕えたいです!」

緋色の少女「!」


これには緋色の少女も少なからず驚いた。

アリエル公国は、最近になって軍事力に注力するようになりながらも、今はまだ決してノーレ帝国やウルノ帝国と肩を並べるような大国ではなかった。

それでも祖国ではなく、発展目まぐるしいアリエルに仕えたい。

まさかそんな言葉を他国の生徒から聞けるようになるとは、ある意味感慨深いものがある。


緋色の少女「歓迎しますよ。貴方もあと一年、頑張って!」

女子生徒「!はい!」


快く、激励の言葉と共に応じる緋色の少女に、一学年後輩の生徒は目を輝かせる。

後に彼女、フロリマールはアリエル王国軍の中核を担う若くして才ある逸材として招かれることとなる。


グラジオ「行くのか、___。」

緋色の少女「はい。グラジオ殿下、貴方とも長い縁になりましたね。」

グラジオ「もう少し続くものと思っていたが、我が国からの勧誘になびかずあくまで故郷に戻る…君は何一つぶれなかった。」


グラジオも緋色の少女を見送るべく姿を現した。

圧巻の逸材を引き止められず悔し紛れに吐き捨てるように漏らすも、内なる賞賛も込めて気品は失わなかった。


グラジオ「結局、君に幾度も挑んでは一度も勝てなかったのが心残りだが…私含め皆の模倣となった。多大なる感謝を。我が国は中立国、その掟を破り片方に肩入れすることは叶わないが…君の活躍を、遠い地から祈るよ。友人として。」

緋色の少女「ありがとうございます。貴方の治世が良きあらんことを…」


立場上、これから先共闘することはないかもしれないが、私人としてならエクノアに来訪し交友を温めることができる。

どれだけ敗北を喫しても彼は次席で卒業した紛うことなき秀才。

かつて切磋琢磨した間柄として、その記憶は脳内に刻まれる。


レティシア「___様ぁぁぁ!!」

緋色の少女「ああ、レティシア…」


そして彼女のことも忘れてはいけない。

レティシア。

この学院でできたかけがえのない友。

なりふり構わず抱きついてきた彼女を、この日ばかりは雑にあしらうことなく受け入れるのだった。


レティシア「家のことが済んでから、私もファルタザードへ行くね!絶対待っててね!!」

緋色の少女「はい。待っていますから。(私の、たった一人の親友…)」


こうしてエクノア魔導学院を主席で卒業した緋色の少女はアイリと共に巣立っていった。

その人柄や活躍はやがて伝説として後世まで語り継がれ、数百年先の時代でも「初代主席にして歴代最強」と評される。

ストレリチアの計らいで原寸大の銅像も建立されたのはもう少し後の話。

皆に見送られ、アリエル公国行きの馬車に乗り込んだ緋色の少女は、成長の場として欠かせなかったエクノア王国を後にした。

別に彼女ならば、この大地を馬車の速度で駆けるよりも遥かに早く着いてしまうであろう。

だが、今は第二の故郷へ帰還する行程すらも引っくるめて物思いに耽りたい。

学院へ入学するきっかけとなったあの誘拐事件、蒼の公子との別れ、4年にも及ぶ学び、仲間達…


緋色の少女(終わりました…ですが、これからです…!)


長いようで短かったこの月日、この経験をこの先、「彼」のために役立てる未来が広がっている。

念願の「彼」との再会も確かに待ち遠しいが、会えなかった4年の月日を思えばたかが数日、どうってことはないのである。

そして物思いに耽るだけではない。


緋色の少女(ああ、でも…)


むしろ心の準備というものが必要だ。

どんな顔して、どんな言葉をかけて、どうこの感情を表せばいいのか。


緋色の少女(よく考えると私、何も考えていませんでした!!)


顔が火照りアイリを強く抱きしめる程に急に錯乱しかける。

それだけ「彼」との再会と同じく、あの学舎を立派に卒業することを目標に励んできたともいえる。

ファルタザードまでは国を跨ぎ、中継地点となる街を経由し馬車を乗り継いで行っておよそ3日の行程。

果たして3日間だけで頭の中を整理できるか…



緋色の少女(着いてしまいました…)


2年前にも訪れた、アリエル公国ファルタザードの地。

到着までに蒼の公子を前に何を告げようか悩みに悩んだ。

だが無理であった。

考える程に複雑に思考が絡み合い結局は頓挫するのが関の山だった。

そもそも2年前アリエル代表と試合をするために訪れた際にも、彼本人とは出会えてもいない。

4年という年月は、特に幼少時代は成長の速さが大人のそれとはまるで違う。

手紙でしか成長をうかがい知れない中遠い異国の地で過ごしたため、場合によっては見分けがつかない恐れすらも出てきた。


緋色の少女(いいえ…そんなことはありませんね。)


それはないか。

見た目が変わっても、根源である人となりはきっと4年前と変わっていない。

そしてそれがわかっているからこそ、ファルタザードに着いたばかりのその両足はある場所へと歩を進めている。

彼と会った直後の展開は一旦さておき、どこに行けば会えるのか、不思議と迷うことはなかった。


領民A「あ、貴方様は…!」

緋色の少女「?」


ふと、後方で自分を呼んだような声が聞こえてきた。

長い間離れていた弊害もあり、すぐにはその声の主が判別がつかない。


領民A「ああ、やっぱり…!!お帰りになられたのですね!?アイリちゃんも!!」


緋色の少女の帰還に感嘆の声を上げる。

結果顔を見ても流石にわからなかった。

アイリはというとその住民を警戒することなく接している。

ただ一つわかるのは、あの事件が起きるまで、緋色の少女は蒼の公子に連れられてファルタザードを駆け回っては雑用から何まで街の営みを手伝ってきた思い出がある。

もしかしたら声をかけてきたこの女性は、その時に何らかの縁があったのではないだろうか。

あの事件を発端とし緋色の少女がこの街を去ったと住民の間で周知であるならば、この人物の反応も頷ける。

その後も荷物を手に行く先々で、縁あった住民達から声をかけられた。

しかし彼らにも積もる話もあったであろうに、必要以上に緋色の少女を呼び止めることなく彼らの日常へと戻っていった。

何か意図めいたものを感じた。

一方で悪意は微塵にもなかった。

まるで、自分が今向かっている場所をわかっているかのように妨げることなく道をすぐ空けるように程なくして退散していく。

街の活気は落ちていない。

露骨な雰囲気を作ることもなく、その傍ら既に緋色の少女が戻ってきた日常を歓迎しているかのようだ。

そして今、確信に変わった。


緋色の少女(間違いない…)


あの場所に、彼がいる。

今日帰ってくることは誰にも伝えていない。

街を挙げて盛大に歓迎されても気が引けるからだ。

だが、2人にとってあの場所が一体何なのかを、小さい頃から見てきた街の人達は我が子を見守ってきたかのように知っている。

4年という明確な期間を経て、あの2人は再びこの場所に集う。

せめてその瞬間が訪れるまでは、差し出がましいことはなしだ。


緋色の少女「…」


彼と会った直後のことは何も考えることができなかった。

だが、このままでいいのだろう。

その時、自分が何を思い伝えたいのか、その瞬間でこそきっと頭にすら思い浮かんでこない。

彼に向けたその言葉、その行動こそが、本心に最も近い表現だろうから。

約束された場所へと続く階段が、もうすぐそこにあった。

コツ、コツ、と…。

何の変哲もない螺旋階段が、酷く長く感じた。

例えるなら、この4年間の道のり。

あの事件を機に学院に入学したその日を最初の1段目であるとしたならば、この階段を昇りきったその先は、4年にも及ぶ試練が終わりを告げる時。

一段一段と昇り、そして再び屋外に続く頂へとアイリと共に辿り着いたその時…


??「そっか、今日だったんだね。」


「彼」はいた。

街の外へと続く水平線を見つめ、螺旋階段を昇ってきたその人物の方へと振り向くことはなく後ろ姿のまま、「彼」はそう呟いた。

声変わりこそしているが、その声質はまさしく「彼」のもの。

高所特有の強い風にマントをなびかせながら、彼は感慨深げに天を仰いだ。


蒼の公子「聞いたよ。我が国や各国の代表を次々に圧倒するエクノア代表のエースの話。同じ世代じゃ誰も止められないって。でも驚きはなかった。君は、いつも一歩引いた位置でフォローしてくれていた。けど、その実態はあくまで出すぎることなく、俺が動きやすいように立ち周りしていたからだと後になって気付いた。だから俺は、君のいないこの4年もの間、君に恥じない力をつけてきた。俺は君のいない間も、この国を守れる力がついただろうか。」

緋色の少女(そんな、ことは…)


思いもよらぬ独白が「彼」の口から出た。

違う。

彼女にとって蒼の公子は憧れであった。

異国から来たばかりの自分を連れ出し地上の暮らしを見せてくれた。

その無邪気さにどれ程救われたか。

そんな「彼」の力に少しでもなりたくて行動したに過ぎなかったと伝えたい。

だが、その時まだ言葉にはできなかった。


蒼の公子「あの日別れて4年が経つ今月【水妃の節】に、君は帰郷してきっと真っ先に、ファルタザードの街とどこまでも続く水平線が見える、昔2人でよく来たこの場所にやってくる。でもいざ再会となると、ついぞさっきまでどんな言葉をかけて迎えてあげればいいか考えてたけど、結局思い付かなかった。おかしいな、公務の時はこんなことないのに。」


少し照れ臭げながらに目線を落とし「彼」は笑っているようだった。

そうか、「彼」も一緒だったのか。

確かにいつも手を差し伸べては引っ張ってくれるような人柄の「彼」にしては珍しい気もする。

自分だけではなかったのだと、かえってより親近感すらも覚えた。


蒼の公子「けど、よく考えたらこれ以上の言葉はない気がした。ようやくまた君を迎え入れることができる、生まれ変わりつつあるこの国に…」


意を決し、「彼」が向き直る。

夕陽に照らされながら向けられたその表情は、あの頃の面影を残しながらも立派な好青年へと成長したことを時の流れに代わり教えてくれた。


蒼の公子「お帰り、___。」

緋色の少女「…っ!!」


その言葉を聞いた瞬間、緋色の少女の中で何かが込み上げてきた。

そのたった一言こそ、彼女が待ち焦がれていたもの。

彼女の意思関係なく、その足は「彼」の元へと向かっていた。

積もりに積もった感情が溢れ出し、最初は小走りに、しかし徐々に駆け足気味になり、最後には半ば衝突するように「彼」の懐に飛び込んできた。


蒼の公子(っと…!)


刹那、体制が傾いている感覚に見舞われた。

思った以上に重心が後方に傾き、そのまま地面に彼女ごと背中から倒れてしまった。

何が起こったのかわからなかったが、それだけあろうことか浮き足立っていたということか。

もっと粋に受け止められればよかったのだが、妙に格好がつかない。

しかし、腕の中の緋色の少女は咽び泣いている。

だが悲しみはない。

涙と嬉しさが混在した彼女からは、彼の一言に応えようと健気な返事が返ってきた。


緋色の少女「ただ…いま…!!」


向けられた笑顔は何とも表現し難い破壊力だった。

こんな表情を目の当たりにしたら失態なんて些細なものだ。

日の暮れる黄昏時に遂に果たされた約束された再会。

アイリはそんな2人を感慨深げにじっと見守っている。

緋色の少女に覆い被さられる形となった「彼」、蒼の公子は、嬉しさのあまり倒れてもなおそこから離れなかった彼女を、今だけはとただただ宥めるのだった。

・アリエル公国

緋色の少女…戦乙女 Lv30

蒼の公子…ノーブルロード Lv30


・エクノア王国

レティシア…マージナイト Lv25

グラジオ…槍闘士 Lv26

レグルス…マージナイト Lv25

フロリマール…ロッドナイト Lv21

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