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蒼緋伝〜蒼と緋色の忘却  作者: Shing
蒼と緋色の忘却
13/50

Oblivion Episode 13 門出

卒業を間近に控えたある日のこと。

その後黒ローブを纏った生徒による襲撃はなく、緋色の少女も着々とアリエル公国への帰還に向けて準備を進めていた。

その最中、彼女は学院の理事長との面談に向けてアイリと共に訪れていた。

入学して程なくして主席に登り詰め、主席のみが着用できるマントに代わり彼女の身体の造りに併せ初年度より特注された時より普段から着用していた丈の長いスカーフをこの日も身に纏い、理事長室のドアノブに手をかけた。


緋色の少女「失礼します。」

ストレリチア「よく来てくれました、___。」


学院の創始者であり理事長をも務めるその人物は、ストレリチア・プリマヴェーラ。

王家の親族にあたり、代打エクノアの教育を担当してきた一族の出である。

先代より大陸随一の魔導学院を築く構想があり、彼女の代になって実現に至り晴れて理事長としてまとめあげている。

その記念すべき第一回生であり、一度も地位を脅かされることなく主席のまままもなく卒業を迎える緋色の少女と、この日最後になるであろう対談だ。


ストレリチア「調子の方はいかがでしょう?」

緋色の少女「特に何も。卒業まであと僅かですが、最後まで励む所存です。」

ストレリチア「なるほど、あと少しだというのに、貴方は変わらないですね。」


執事の準備した紅茶を啜りながら、ストレリチアは感慨深く呟いた。

装飾の施された机を正面に、応接用の机を挟んで向かい合うストレリチアと緋色の少女。

奇妙なことに、理事長の手元には何かを記す手帳と筆記具が備えられていた。


ストレリチア「こうしてじっくり2人で話すのは久々ですね。入学当初より貴方のことは気にかけておりました。何せあの地上に降りたリーヴェの民、四大貴族フィーニクス家の出身、その血統に違わぬ圧倒的な実力、ですが何よりも驚いたのは、貴方は1年目にして他の生徒とは精神面でも既に一線を引いていた。」


その経歴は生徒のみならずストレリチアも強い関心を持っていた。

魔導学院を興し、第一回生の主席が彼女であることは、創始者としてこの上なく誇らしい。

一方で、理事長としては彼女の進路についてその想いを知りたくこの部屋に個人的に招待したのである。


ストレリチア「各国から有望な子達を募り生徒同士の交流を得て、力の向上のみならずコネクションも育むグローバルな環境を築き上げることを目的とし設立されたこの学院にとって、貴方は入学の時から殆ど誰とも繋がりを得ようとしなかった異例の存在。それどころかその実力を目の当たりにした各国の王族や各地の有力貴族からの誘いを全て断り、元いた地上に降り立ったアリエル公国に帰郷する。人はそれを無欲、或いは故郷を一途に想う健気な心だと称するでしょう。貴方程の人材が出世には無関心で、そうまでして第二の故郷に戻る貴方の想いを卒業を前に触れたいと思ったのです。」


理事長の目的を知り、緋色の少女は一呼吸置いた。

正直なところ、この学院並び理事長には大変感謝している。

このような環境に身を置かなければ、自身の成長はなかった。

この地を巣立ったらただの縁あった場所に過ぎなくなるが、彼女なりの義理として包み隠さず話した。


緋色の少女「約束したのです、あの時…この学院に行く決心をした自分と。私の身を案じ危険を冒してまで助けに来てくれた人とこの子を、必ず守ってみせると。力だけではない。環境ごと変えて、甘えを取り払い、生まれ変わった自分で旅立ちの間際に託してくれたこの子と一緒にあの人に向かい合う。その日が、もうすぐそこまでやってきている。」

ストレリチア「アリエル公国の嫡子、___様、ですね?」

緋色の少女「?どうしてそれを…」

ストレリチア「アリエル公国では小さくはない事件でしたから。まあ、他国の情勢を知るような人は限られるでしょうけれども。」


アリエル公国で起きたフィーニクス家令嬢誘拐事件と、同家の緋色の少女が魔導学院の門を叩いた日は、不自然にも時期がほぼ一致した。

後に彼女こそがその事件の当事者であると判明した時から、ストレリチアは彼女の成長と見守りつつその曇り無き意志を見守り続けてきた。

痛ましい事件であったが、その出来事こそが緋色の少女のこの学院における志を不変なものにした。

結局それは、今日を迎えても変わらなかった。

ところで、ストレリチアは時折羽ペンを使い、まるで緋色の少女の言葉を素早い手付きで紙に記しているようだった。


緋色の少女「これは…私の伝記か何かを書くものですか?」

ストレリチア「あら、そんなつもりはなくて…気分を害したならごめんなさいね。」

緋色の少女「そんなことはないですが…」


ストレリチアは苦笑いしながらも謝罪するが、その羽ペンを置くことはなかった。

この対談には、もう一つ目的があることを彼女は打ち明ける。


ストレリチア「この場は貴方と私だけが共有する、そういう意味ではプライベートな空間。ここで話した内容は、誰にも話しません。私の築き上げた魔導学院で立派な生徒がいた痕跡を、いつか見返す日が来る時のために、ね。」


別にどうすまいが例え理事長でなくとも糾弾する気はない。

そんな立派な人ではないのに、と緋色の少女は少し照れくさくなる。


ストレリチア「それに、私の口から語られずとも、例えば、貴方といつも一緒にいるオルセーヌ家の子が武勇伝として触れ回ったりして。」

緋色の少女「あ…」


盲点であった。

流石に緋色の少女の誘いを受け一緒にアリエルのために尽力するであろう者が、そんな恥ずかしいことをしでかすのは勘弁願いたい。

念のため後でお灸を据えねばなるまい。


ストレリチア「ただ、私が思うには…例えレティシアさんがそんなことをしなくても、貴方がここで過ごした日々は後輩達にとって勇姿として、数十年数百年先も語り継がれることでしょう。切磋琢磨が日常のこの学院において、貴方の生き様、そして主席の座を最後まで譲ることのなかった逸話はやがて伝説となる。伝承とは、そうやって生まれるものですよ。貴方が4年間身に纏った守り通した、主席のみが着用を許されるマント代わりの貴方特注のスカーフ、それこそが証。」


その地位を守り抜いてきたつもりはない。

何事も力を尽くし、結果がついてきて、追随するクラスメート達を導き、時には各地でしのぎを削り合った。

その頑張りを見てくれていたのは、レティシアだけではなかった。

後輩達が、教師の方々が、そして理事長が、ちゃんと見ていてくれた。


ストレリチア「きっと私の創り上げたこの学舎を初めて巣立つ、中でも主席の子は誰であっても素晴らしい生徒であったでしょう。ですが貴方は私の想像の遥か上を行く、リーヴェの民関係なく、頑張り屋さんで、祖国を大切に想う、強き心を持った私の自慢の生徒。貴方という生徒が在籍したこと、そしてこの学院を羽ばたいてくれること、誇りに思います。王国の旗上げに、貴方の勇名も世界に轟く日が訪れることを、祈っています。」


ストレリチアは最後に激励の言葉と共に対談を締め括った。

その時緋色の少女はどんな表情をしていたか自分でも覚えていない。

ただ、こうして面と向かってこれまでの歩みを称賛されたことが今までにあったかどうか。

おそらくはあった。

身近な存在としてはクラスメートや担任の先生からだろうか。

だが今になってその言葉が身に染みるのは、誰にも恥じることのない成績を修め、晴れて卒業を迎える時期が間もないからだろうか。

だからなのか、率直に初めて、嬉しいと感じたのだ。

自室に戻っていくその足取りは、これまでで一番軽かった気がした。


ストレリチア「記念すべき第1回卒業生、その中で、一番の子、かぁ…」


緋色の少女が部屋を立ち去った後で、ストレリチアは彼女と対談する中でメモに残した一枚の紙を見返す。

自分の築いた学院を巣立つ、その中で圧倒的な実力で最後まで主席の座に立ち、驕ることなく鍛錬しては皆の模倣となり、いつしか慕われ、他国から引き手数多ながらも第二の故郷を一日たりとも忘れることなく帰還するある一人の生徒の物語。


ストレリチア「後世に何らかの形として残してもいいかしら、ね…」


ただ、緋色の少女の手前で己の記憶に留める一方で伝記としては残さないと先程断ったばかり。

この学院を統率する身ながら年長らしからぬ完全な屁理屈であるが、ある案が脳内に浮かんだ。


ストレリチア「そうですね、銅像なんてどうかしら…!」


流石に緋色の少女の無許可にそんな物は建てられない。

後日彼女に打診し許可を貰えればだが、この先何百年続くであろう学院の歴史の第一ページに、かの生徒が存在した事実を残しておきたい。

ある意味見方を変えれば伝記よりハードルが高そうだが、その希望が成就するかどうか関係なく、ストレリチアは誇らしげだ。


ストレリチア「頑張ってくださいね、___。貴方の活躍を、この先も、期待しています。」


既にドアの向こうに姿を消した緋色の少女を想い、ストレリチアは一人呟く。

彼女の門出を祝い、その活躍を期待し送り出すのであった。

【登場人物】


・ストレリチア・プリマヴェーラ

エクノア王立魔導学院の創設者であり初代理事長。【魔導の国 エクノア】の名に恥じない王国の政策の一環として、魔導学院の創設に最も大きな貢献を果たした人物。

王族の血統であるカレンデュラ家とは親戚関係にあり、代々プリマヴェーラ家はエクノア王国の軍事に携わってきた経歴がある。かねてより教育機関の設立を画策しており、晴れて魔導学院創設に至る。 異彩を放つ緋色の少女のことは常々気にかけており、将来を期待しその成長を見守っていた。

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