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蒼緋伝〜蒼と緋色の忘却  作者: Shing
蒼と緋色の忘却
10/22

Oblivion Episode 10 凱旋

エクノア王立魔導学院選抜とアリエル公国選抜によるバトルグラウンドを翌日に控えた【水妃の節】のある日。

2年ぶりの慣れ親しんだ地に、緋色の少女は感慨深さを隠せずにはいられない。

しかし、早い段階でこの交流戦に蒼の公子が公務のためメンバー入りしていない情報をいち早く掴んでいた彼女は、思いの外すぐに心を落ち着かせることができた。

彼と共にこの街で絆を育んだからこそだからなのかもしれない。

代わりに、彼だけでなく定期的に手紙のやり取りをしていた両親に、本番を前にアイリと共に顔を見せに屋敷を訪れた。


緋色の少女「お父様、お母様、ただ今戻りました。」

ベンヌ「よく戻った。変わりはないか?」

夫人「元気そうね!アイリもお帰り!」


愛娘の一時の帰還に、父のベンヌ卿と母はアイリ共々温かく迎え入れてくれた。

アイリも緋色の少女の両親のことはよく覚えており、尾をパタパタとさせている。

2年という月日は確かに長いが、2人がまだ若いこともあり衰えを感じさせるにはまだ程遠い。

息災とはまさにこのことである。


夫人「ちょうど殿下が領主様と出向していてね、タイミングが何と悪い…」

緋色の少女「いいえ、私は大丈夫です。私達はまだ、何も果たしてはいませんから。」

ベンヌ「そうか…今のお前を、殿下に見せてあげたかったが、立派になったな。」


まもなく3年生になろうとしている娘の成長に、両親も感慨深いものがある。

この交流戦が終わったら、再びエクノアに戻り残り2年課程に身を移すこととなる。

手紙からも察していたが、交友関係はさておき着々と励んでいるようで安心している。

今日は娘の晴れ舞台。

自らも育成に携わった若きアリエル公国軍を相手に、果たしてどれほどの力を見せてくれるのか、非常に楽しみであった。



バトルグラウンドの舞台は、かつて駆け巡ったファルタザードの街。

この試合は、ファルタザードに住まう市民も観客として見守る。

自国の民に恥かかぬよう、アリエル代表も気合いが入る。

だが、エクノア代表にただ一人、ファルタザードの市民もよく知る人物が選抜されていることも彼らの耳に届いている。

その緋色の少女を幼い頃から知る住民は、彼女の姿を捉えるなりどこか感慨深さすらも覚える。


領民A「おお、お嬢様…ご立派になられた…」

領民B「雰囲気変わりましたね。」


まもなく試合は始まる。

あの時の蒼の公子と共に行動していた緋色の少女が自国の選手を相手にどのような立ち回りをするのか、注目の視線を浴びるのだった。



試合は2-1のエクノア代表優勢で折り返し、両チーム共に手勢を減らしてはベンチ入りの選手を投入し、互角の勝負を繰り広げていた。

緋色の少女は元より、レティシアもグラジオもまだフィールドに立っている。

ここで、彼女はアリエル代表のある戦略に気が付きつつあった。


緋色の少女「吼えろ爆…っと。(私を狙う敵、弓の使い手で固められている…?)」


視界に入った敵を火属性の魔法で攻撃しようとしたところを、弓矢の横槍が入り中断を余儀なくされる。

それも1人や2人ではない。

少なくとも街の死角に姿を潜めながら5人は確実にいる。


レティシア「___様、大丈夫ですか!?」

緋色の少女「レティシアさん…?ここは今袋小路ですよ?危ないから下がってください。」


緋色の少女の危機に勘付き駆け付けたレティシアを背後に、周囲に潜むアリエル代表の動向を探る。

エクノア代表は緋色の少女の実力が飛び抜けているだけであり、レティシアやグラジオら上位のメンバーとアリエル代表の上位の選手の力量差はそう変わらない。

劣勢に立たされながらも、アリエル代表の奮闘の甲斐あって脱落者の数は両チーム共に然程変わらない理由になっており、彼女を抑えれば何とか持ち堪えることはできる計算だ。

弓に対する警戒心を張り詰めるその間合いに、気品のある男がオルランド、オリヴェイラを連れ緋色の少女の前に姿を現した。


ユーリ「エクノア王立魔導学院主席、そして我が従兄___の盟友、___様とお見受けします。僕の名はユーリ。恥ずかしながら身分と相まって、このチームの主将を務めています。」

緋色の少女「あの人の従弟…初めまして、私は___。これは、貴方の作戦ですね?」

ユーリ「仰る通り。貴方の噂は予々窺っています。想像以上の強さです。特に強力な魔法を自由に撃たせまいと、こちらで策を講じました。」


一般的に広範囲や複数を攻撃できる魔法の方が弓と比較すると優れると一部の界隈では言われているが、実際には優劣はつけ難い。

魔法には多少なりとも詠唱を要する反面、弓はその隙を狙い熟練者である程即座に撃てる。

加えてアリエル公国は騎馬だけでなく弓の扱いに長けるキルリス族、イリアス族、グリングラス三国と協力体制を近年組んだばかりであり、他の国々と比較しどの兵種もバランス良く編成できる稀有な国となりつつあった。

今回のアリエル代表もほぼ魔道士で固められたエクノア代表と比較し、歩兵や魔道士、騎馬と多種多様に富んでいる。

中でもエクノア代表と対戦に備えて、弓の使い手の割合を増やしたということだ。


緋色の少女「この場は私が切り抜けるから、貴方は他を当たって。」

レティシア「いえ、私もここで!」

緋色の少女「いいから、早く!」

レティシア「!」


レティシアの実力は十分にエクノア代表でも指折りだ。

しかしこの区画は、魔法よりも早く撃てる弓兵の巣窟と化している。

ここで彼女を失っては、今は優勢を保っている戦況が傾きかねない。

ならば彼らをこの場に引き寄せたまま、彼女を逃した方が良い。

緋色の少女の指揮に、半ば納得がいかないがレティシアはその場を後にしようと走り去る。


レティシア「っ…!負けないでね!!」

ユーリ「逃がしてはいけない、その子も十分脅威…ここで仕留めます!」

緋色の少女「させません!」


撤退するレティシアに放たれた矢を、緋色の少女は卓越した剣捌きで叩き切った。

魔道士ばかりが占めるエクノア代表でも、流石というべきかこのリーヴェの民だけは別格である。

矢を叩き落とす離れ業を目にした今、身をもって知った。

数では優勢なのに、誰しもが戦慄する。


オリヴェイラ「あれ程の矢を…」

オルランド「捌ききるか…!」


ユーリと至近距離でその剣技を目撃したオルランドとオリヴェイラが、思わず戦慄した。

実際に彼女の実力の片鱗を目の当たりにして、奇しくも先日蒼の公子が物語ったことが現実として立ちはだかる。


ユーリ「逃げられた…結局女の子1人に大勢でかかるのは気が引けますが、これは勝負。我が国も負けるわけにはいかない!」

緋色の少女「それでいいんです。」


ユーリの苦笑いに緋色の少女は普段は見せない笑みを浮かべて返す。

彼の中でもわかっているなら、何も迷うことはない。


緋色の少女「戦場では、ルールもしきたりもない。私はそれを知っている。ただ勝てば良い。貴方も、遠慮はいりませんよ!」

ユーリ「はい…いきますよ!!」


あの従兄の幼馴染であり盟友ということで、ユーリは胸を借りるつもりで緋色の少女に勝負を挑む。

いくら彼女が年齢の割に圧倒的であっても、これだけの数が相手ならば倒せるのではないか。

だが緋色の少女は、不適な笑みを浮かべながら炎に燃ゆ剣を片手に迎え撃つ。


オリヴェイラ「これがリーヴェの民の本気…!オルランド、逸る気持ちはわかるが逸るなよ?」

オルランド「わーってるさオリヴェイラ。俺達が囮になり、後方のフォアストル達とで仕留める…!」


ユーリと共に前に出た士官学校の実力者、オルランドとオリヴェイラが交戦を前に作戦を再確認する。

繰り広げられるこの試合最大の山場を迎える。

激しい攻防の末、どちらの奮戦が身を結んだか…
















試合後、緋色の少女はその日のうちに懐かしの城壁に足を運んでいた。

自身は殆ど旗の争奪戦に関与しなかったが、顔見知りも多数いるファルタザードの住民に見守られた親善試合を4-2で勝利を収め、自身も最後まで生き残った。

魔導学院への帰還を明日に控える中、どうしても立ち寄りたかった場所だ。

昔は蒼の公子が隣にいてくれた。

黄昏に沈む水平線へと続く草原は、まもなく2年となる昔と変わらぬまま。

再び見納めとなる前に、アイリと共に目に焼き付けておく。


緋色の少女「行きましょうか、アイリ。」


アイリに目配せをし、その場を後にしようとする緋色の少女。

すると、アイリが何かに気付き彼女の気を引こうと擦り寄ってくる。


緋色の少女「アイリ、どうしたの?」


問いかけるや否やそして突然走り出したため、何事かと緋色の少女も追いかける。

アイリが止まった場所、城壁のとある壁には、見覚えのあるシルエットが目に止まった。

それは、蒼の公子と緋色の少女なら何を表しているのが一目でわかった。

紛れもなくアイリの全身絵。

そしてその全身絵に並ぶように、ある一言が記されていたのだった。


緋色の少女「おか…えり…?」


何度も手紙のやり取りをしてきた。

だからこそ、その筆跡が誰のものかはすぐにわかった。

蒼の公子はわかっていた。

ファルタザードに帰ってきた緋色の少女は必ずどこに立ち寄るか。

何度も2人で水平線を眺めた城壁のあの場所にアイリが一緒に来れば、主人である彼の痕跡に気付きこの壁絵を見つけるはずだ。

蒼の公子はグリングラスへ公務に出発する前、自身が出迎えられない代わりに、城壁の誰もあまり立ち寄らないこの場所にメッセージを残していたのが真相であった。


緋色の少女「ただいま、です…!」


そのメッセージを愛おしそうに手を触れ、アイリと共に目に焼き付ける緋色の少女。

2年ぶりとなった今回の里帰りでは、蒼の公子に会うことはできなかった。

学院生活は、まもなく折り返しを迎える。

あと2年。

ささやかながらも十分心に響く蒼の公子からの贈り物を思い出に刻み、緋色の少女はアリエル公国を後にするのだった。

・エクノア代表

緋色の少女…ヴァーミリオン Lv20

レティシア…マージナイト Lv15

グラジオ…槍闘士 Lv16


・アリエル代表

ユーリ…傭兵 Lv12

オルランド…剣士 Lv16

オリヴェイラ…アクスナイト Lv15

フォアストル…アーチャー Lv14



【登場人物】


・アイリ

領都ファルタザードの外れで瀕死だったところを、緋色の少女と蒼の公子に拾われたメスの子狐。緋色の少女によって「アイリ」と名付けられ、以降彼らに懐くようになる。

非常に賢く、人の言葉も理解しているような素振りも見せる。緋色の少女と蒼の公子が人々のために活動している際には、2人の邪魔にならないよう行儀良く待機する一面も見せる。緋色の少女のお供をするようになってからは、周囲からはペット、または使い魔と噂されるようになる。

一方で元は一介の野生動物の言葉で片付けるには不明な点が多く、謎に包まれている。

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