Oblivion Episode 1 邂逅
在りし日の遠い昔。
いつの話か、忘却の果て。
蒼く澄んだ空の元、辺り一面の華やかな花畑に一人の少女がいた。
花に屈んで頬を緩ませたかと思えば、時折憂げな表情を浮かべる。
気もそぞろな様子のせいか、背後から来る子供の足音にも気が付かない。
「こんにちは!」
「!」
その足音の主、少年は一人佇んでいた少女に声かけた。
気品のある服装をした少女は、最初こそ警戒すれど少年の屈託無い笑顔に緊張は解れたのか、大人びた仕草で応対する。
歳は同じ、8つ程だろうか。
少女はふわりと微笑むと、丁寧に挨拶をした。
「は、初めまして。貴方は?」
「僕はアリエル公の嫡子、名を___。君は?」
「アリエル公の…私はフィーニクス家の娘、___と申します。ご機嫌よう。」
年頃が近いこともあり2人はすぐに打ち解けた。
一面の花畑が見れる、と使用人が噂するのを聞いた少女は一人屋敷を抜け出してきたのである。
今頃屋敷の者が大慌てで自分を探している頃だろう。
屋敷の者に無断で外出したのは初めてだった。
何かに惹きつけられるように、ここに来たかった。
我ながら不思議であった。
そうして訪れた花畑は、色とりどりの花が咲き誇る楽園。
けれど無断で屋敷を抜け出した負い目もあり、一人で楽しむ方法を知るわけでもなく、単刀直入にいえば物足りない、寂しい想いに負われているところだった。
そんな彼女の元に現れたのが彼である。
「この一帯では有名な花畑なんだ!こっそりお屋敷を抜け出してみたら、思った通り、綺麗に咲いてる!」
「そうですね…!」
少女はまだこの地に来て日が浅く、土地勘もなくこの花畑が誰の所有地かももちろん知らない。
尤もここは入場制限を設けておらず、誰が訪れても良いように開放されていた。
それにしてもまさか自分と同じとは。
そのリアクションに少年はその事実に気付き、共感する。
「あははは!君も同じ?」
「そ、そんなことありません!」
一目でわかる照れ隠しに、少女はそっぽを向いた。
その姿は先程とは違い、年相応であった。
屋敷の者が心配していると後ろめたさがあった自分とは反対に、そんなことは気にも止めず思うがままに行動し目的を果たしたことに達成感を覚える少年の姿。
それが少し羨ましくもあった。
少女は視線を逸らした顔を半分戻し、苦し紛れに返した。
「ですが…貴方がよろしければ、ご一緒しても?」
ただの社交辞令である。
断じて他意はない。
さっきまで物足りないと憂に満ちていた感情をかき消すため少女は自信にそう言い聞かせ、少年を誘ってみる。
すると彼女の想像とは裏腹に、彼の返事は想定外のものだった。
「もちろん!」
少女は目を見開いた。
彼の反応を見る限り間違いなく他意はない。
ただ本心から、喜んでいた。
物事を純粋に楽しむその心が、少女には輝いて見えた。
「じゃあまずは、あそこまで!」
「ええ!」
2人は花畑の中心にあるガゼボへと肩を並べ歩いていく。
きっとそこから眺める景色は違うぞと声が聞こえてくる。
これが蒼の公子と、緋色の少女との初めての出会いだった。