第一章 突如としての侵攻
夜明け前の東京は、いつも通りの静けさに包まれていたはずだった。
しかし、その静寂を破る轟音が、突如として街を襲った。
それは、まるで地鳴りのような、あるいは、空が裂けるような、想像を絶する轟音だった。
東京駅上空に現れた霞の如く突如として現れた零式艦上戦闘機の群れは、高層ビル群に7.7mm機関銃と20mm機関砲の猛火を浴びせかけ疲弊したサラリーマンたちが詰めるオフィスを次々と粉砕していった。
丸の内ビルに500kg爆弾を抱えた零戦が突入し、瞬く間に爆炎を吐き出す。砕け散ったガラス片と血の霧が、肉片と共に地上へと降り注ぐ。
無論、地上も悪鬼たちの復讐の標的となった。
かつて日本を守るために製造され、敗戦と共に忘れ去られたレシプロ戦闘機たちの怨念が復活し、その復讐は容赦なかった。
東海道新幹線の車両が20mm機関砲弾の集中攻撃を受け、蜂の巣となりながらも速度を緩めることなく、新橋駅へ突入する。
東京証券取引所は99式艦爆の250kg爆弾に粉砕され、メガバンクの本店もまた、20mm機関砲の猛射によって廃墟と化した。
これは、70年前の地獄の再現だった。
街を歩く通行人たちは銃撃の標的とされ、逃げる暇もなく無惨な肉塊へと変わっていった。
ほんの一握りの市民だけが機転を利かせ、地下鉄へと逃げ込んで難を逃れたが、残る者たちはすべて虐殺された。
41cm主砲弾、20mm機関砲弾、500kg爆弾、噴進砲弾、14cm砲弾、そしてBC兵器が、国会議事堂、お台場、東京タワー、六本木ヒルズ、品川駅、霞ヶ関を次々と粉砕していく。
東京湾と空に舞う怨霊たちの復讐は、執拗で容赦なく徹底していた。過労死や虐待死した者たちの怨霊が羽田空港や沿岸部に上陸し、無辜の市民を次々と虐殺していく。彼らの行動原理は、戦後の繁栄すべてを、自らを苦しめた者たちへの復讐として許さないことにあった。
当然ながら、陸海空自衛隊がこれを看過することはなかった。
全国に網の目のように張り巡らされた自動警戒管制システムの通報により、航空自衛隊は独自の緊急発進を決定。
関東圏の海上自衛隊、陸上自衛隊諸部隊も独自に行動を開始し、戦闘態勢を整えた。
そして東京上空にいち早く到達したのは、航空自衛隊第7航空団であった。だが、彼らが直面したのは、意外な相手だった。
第301飛行隊のF-4EJ改戦闘機が零戦を狙おうとした瞬間、突如AIM-7スパローの攻撃を受け、辛うじて回避した。
だが、その直後、彼らを襲ったのはF-15J、かつての事故で喪失した亡霊機たちだった。
1機のF-4EJが、亡霊たちが放ったAIM-9サイドワインダーをエンジンに受け、パイロットはかろうじて脱出したが無人となった機体は日本橋の市街地に墜落し、巨大な爆発を巻き起こした。
302飛行隊の到着とともに、彼らの放ったスパローがF-15Jを追い詰める。幽霊たちは瞬時に反転し、背面飛行でビルの谷間を低空飛行しながら、誘導ミサイルを躱そうとした。音速に迫るスピードで駆け抜けるF-15Jは、街のガラスを吹き飛ばし、破片を巻き上げながら飛行を続ける。
その中で、F-4EJ改戦闘機は亡霊との追跡戦に移行し、紫電改の銃撃を受けて1機が撃墜される。
そして、数発しか搭載できないミサイルで、無数の大群を抑えきることは不可能だった。
「数が多すぎるぞ」
「空が狭い、深追いするな!」
激しい戦闘が続く中、F-4EJは亡霊に次々と撃ち落とされ、空自機は遠距離からのミサイル攻撃に切り替えざるを得なかった。
やがてミサイルが尽き、空自は戦域から撤退せざるを得なくなった。
残されたのは、無防備な東京と無慈悲な復讐者たちだった。
皇居前広場に避難していた市民は三式爆弾による火炎に飲み込まれ、日比谷公園や芝公園も艦砲射撃によって完全に文字通り「消滅」した。
幽霊たちの猛攻に、警視庁も陸海空自衛隊も応戦する術がなかった。
防衛省市ヶ谷基地の航空自衛隊第1高射群が僅かな反撃を試みたが、パトリオットミサイルでは圧倒的な物量に太刀打ちできなかった。
警察も対空火器を持たず、手を打てぬまま撃たれる一方だった。
この初戦の結果、東京都民の1300万人の5%にあたる75万人が命を落とし、内閣や防衛省などの国の中枢機関は壊滅。総理大臣含む国会議員や各省庁の高官たちは軒並み行方不明となり、一極集中の繁栄は、かつてない代償を支払うこととなった。