009, 酒と肴
「そっちに行きました!」
「任せて下さい! "冷徹なる氷結晶"!」
腹を満たした俺達は宿代を稼ぐべく、魔獣討伐の依頼を受けていた。
俺達の適正ランクではBランクまでの依頼なら共に受けることが可能であるが、戦力外のお荷物を抱えてシャルロットに戦わせるのは罪悪感が伴う為、まずはDランクの依頼から受ける事にした。
依頼内容は、毎晩家畜を捕食しに現れる魔獣の群れを討伐して欲しいといった内容だ。
魔獣は鉄鎧竜という蜥蜴の様な姿をした夜行性の魔獣で名前の通り体の表面が鉄の鎧の様に硬くなっている。
図体がでかい為、動き自体は単調で鈍いのだがシャルロットの短剣では傷一つ負わす事ができなかった。
しかし彼女の放った魔法はまるで徹甲弾の様に、その硬い体を貫いた。
大した事ないなんて嘘じゃないか。
依頼を受け、現場に向かう途中小耳に挟んだのだが、鉄鎧竜の肉は魔獣であるのにも関わらず美味だそうだ。
数も減少し司令塔らしき個体を討つと群れは各々退散していった。
魔獣の中にも格差社会が存在するのか。
「やりましたねマサムネ様! 初依頼達成です」
「僕は注意を引くことしか出来なかったので、殆どシャルロットさんのお手柄です」
えへへと口角を上げて笑って見せた。
「ですが、毎度シャルロットさんに戦闘を任せっきりなのは悪いですし、町に戻ったら武器屋にでも訪れてみます」
「私は平気ですが、マサムネ様が仰るのであれば」
彼女の土俵に並ぶ事は難しいだろうが、このまま報酬のおこぼれを頂戴し続けるのは罪悪感で圧死してしまいそうになる。
せめて単騎で魔獣一体でも狩れるようにならなければ本当に唯の足手纏いである。
まぁ後の事は後でちゃんと考えるとして、今は目先の"本題"に取り掛かるとしようではないか。
「ーーところでシャルロットさん、小腹空いてませんか?」
「ーーおっとマサムネ様、この数日の間で私の扱いに慣れてきましたね? そろそろ入信されます?」
「いいえ」
二人揃って悪人面を浮かべた。
嘗ては俺も酒を愛した男。
ビールとこういった爬虫類の相性はこれがまた意外にもマッチして、目先のこの蜥蜴もまた例外ではないと俺は踏んでいる。
決してゲテモノ好きという訳ではなかったのだが酒のあて、肴に対する味の探求心が人一倍強かったのである。
「ここになんと偶然、鍋が一つあります」
「……ほほう」
顎に手を当てこれから何が始まるんだと言わんばかりの表情でこちらを凝視する。
「そしてここになんと、先程事前に生成しておいた食用油がございます」
これから俺が行う調理に察しが付いたのか、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「……ほう」
そう、これから俺が行う調理とは至ってシンプル、素揚げである。
俺の経験上、蜥蜴や蛇などは焼く、煮る等ではなく素材そのものの味を楽しむ事ができる素揚げに限ると考えている。
再び彼女に魔法で点火してもらい、油を流した鍋を火にかける。
一口サイズにカットした肉の塊を、熱々に熱した油の中へ次々と沈めこむ。
赤みを帯びた肉は、秒針を刻む毎にその身を褐色の肌へと色を染め上げていく。
判定はシビア、水分を飛ばし切った肉が水蒸気と共に浮かび上がるタイミングを見計らい掬い上げる。
ジュワジュワと音を奏でる塊に、鎮めていた欲望が剝き出しになる。
身に被せた油分を落とし、仕上げの味付け等加える事なくそのまま喰らいつきにいく。
「……」
ーーやばい、ビールが欲しい。
外はサクサクで旨みを一点に閉じ込めるその役割は宛ら城壁の如し、中は肉の弾力を残しつつ噛む毎に閉じ込められた旨みを口の中いっぱいに拡大させてゆく散弾銃の様。
「とてもおいしいです!」
幸福に浸る俺を涎を溢しながら眺める彼女も、己の本能に抗う事など出来るはずもなく揚げたての身に手を伸ばした。
サクッという音と共に瞳に輝きが映し出される。
「うまぁあぁ」
頬を赤く染め、膝からゆっくり崩れ落ちていく。
居酒屋の品書きに鉄鎧竜の素揚げと書かれていたのであれば迷う事なくビールと一緒に注文するレベルである。
これには某賭博黙示録様も悪魔的だと吠えたくなるだろう。
〈素材:鉄鎧竜の肉片を解放しました〉
「ん?」
ーー成程、魔獣の素材はこうやって口にする事によって解放されていくのか。
道中洞窟でしか魔獣に会う事がなかった為、解放条件については判明できていなかった。
洞窟での調理は難しく、流石にあの骨野郎も食べようという思考には至らなかった。
という事は、これからは鉄鎧竜の素揚げが出し放題ということではないだろうか。
帰ったら早速晩酌といこうではないか。
至福の永久機関ここに爆誕である。
冒険者ギルドにて、依頼達成の報告と報酬を受け取り、宿へ向かった。
報酬は70ダリスと二人分の一日の宿泊費は稼ぐ事ができたが、装備を調えるにはもう少し彼女の力を頼り切りになりそうである。
彼女は律儀で宿泊費を除く報酬は毎度食事を頂いているので受け取れないと言うのだ。
そういう訳にもいかないのでせめてと半分は受け取って欲しいと押し切った。
俺的にはこちらが半分も受け取るのは烏滸がましいくらいであるのだが。
宿までの道のり、晩酌をしようと酒屋を訪れたのだが、ガキは帰って寝てろと追い返されてしまった。
この国では18歳からが成人であり、シャルロットもまた俺に対して諦めるよう促してきた。
ーー日も落ち、辺りが寝静まる頃。
ここで諦める俺ではない。
そう、俺には俺にしか使えない最高のチートスキルがあるのである。
横で寝息を立てているシャルロットには悪いが、今晩は一人で楽しませてもらうとしよう。
初めからこうしておけば良かったのだ。
「酒を生成!」
〈未成年は寝て下さい〉
「……」
寝るか。
◇
布団へ潜り寝静まる頃、不穏な陰が男に迫り寄る。
「やっと見つけたわ……マサムネ……」