006, 予想外の出来事
転生から五日。
「シャルロットさん」
寝息を立てる彼女の身体を軽く揺さぶる。
彼女とは見張りを交代制で行い、各々睡眠をとるようにしていた。
森を抜けてから魔獣の姿は確認できていないが万が一にも備えて、警戒は怠れない。
「起きないと、ご飯抜きですよ」
「っ! ごはん?!」
短い付き合いだが、彼女の扱いにも慣れてきていた。
正直近くで長い間、無防備に肌を晒されると童貞の俺には刺激が強い。
彼女には悪いが規定の睡眠時間を守ってもらうしかない。
トイレ事情にも悩んでいて、襲われるといけないからと必ず声の届く範囲内で待機している。
新手の羞恥プレイならやめてほしい。
出るものも出ない。
そういう訳で自慰に徹する事も叶わないので溜まってしまい、悶々と過ごす日々が続いていた。
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「本当にこの洞窟を抜けないとダメなんですか?」
「はい、この洞窟を抜けるのが一番安全で早く町へ着くんです。もし遠回りするのであれば吹雪いた雪山を越えなければなりません」
二人の格好を見るに、この薄着で雪山を横断するのは無謀過ぎると断念する。
地中へ潜る毎に湿気が増していく。
そういえば転生してから水浴びすらも出来ていない、熱い湯船に浸かりたい。
湯船に浸かる文化は世界的に見ても珍しいものだそうだからこの世界でそれが実現できるかどうか。
「ひゃっ!」
水が滴り、彼女の首へ投下する。
「この洞窟って魔獣とか出るんでしょうか?」
もし遭遇すればこの狭い空間では戦闘は避けられないだろう。
備えあれば憂いなしというやつだ。
「はい、でも下級の魔獣なので簡単に倒せちゃうような雑魚ばっかりですよ」
……今の死亡フラグみたいだな。
「でも僕は魔法も使えないですし、武器も持っていません、いざ戦闘になるとシャルロットさん頼りになってしまいますら。数で押されると流石に此方が劣勢になるのでは?」
疑問に対し、彼女は誇らしく答えた。
「心配無用です! 100匹でも200匹でも蹴散らして見せますよ。とはいえ、マサムネ様が無防備なのは確かに心配ですのでこれを持っていて下さい」
そう言って彼女は手を差し出した。
「これは?」
手を開くと、奥まで透き通った球体があった。
まるでビー玉の様、だがよく見ると中で何か渦巻いている。
「それは守護獣と言って、召喚者に危害を加えようとする者から守ってくれます。一度きりで、役目を果たすと消えてしまうので危険を感じた際にお使い下さい。使い方は簡単で、地面に投げつけるだけです」
こんなビー玉にねえ。
「分かりました、ありがとうございます」
洞窟は半日もすれば抜けれるというので、この洞窟で寝泊まりすることはなさそうだ。
ホッと一息つき、先を急いだ。
道中魔獣と対面する事はあったが、彼女の言う通りあっさり倒れてしまう下級の魔獣ばかり。
本当に100匹蹴散らしそうな勢いである。
苦戦を強いられることもなく、出口まで後少しという所まで登り詰めた。
ーーだが安堵に包まれ気を許した矢先、災厄というものは襲いかかる
"ヴォオォオォ!"
頭上から、崩落と共にそれは姿を現した。
「骸骨騎士亜種?! なんでこんな所に?!」
彼女の慌てようからも察するにこいつはかなりの強敵、これまでの魔獣達と力量の差は一目瞭然。
駆け出し冒険者ですらもこの非常事態は理解できるだろう。
目線の怪物に足が竦む。
シャルロットも青褪めて立ち止まっている。
その矢先、ハッと思い出しポケットにしまっていた物を取り出す。
シャルロットに渡された守護獣が入った玉。
ここで出さなければ死ぬ!
握りしめた球体を骸骨騎士亜種の足元目掛けて投擲した。
パリンという音と共に魔法陣が現れる。
魔法陣の呼び掛けに応える様にして、白い毛皮を纏い鋭い牙を生やした体格の大きな狼が姿を見せた。
既視感、
玉砕牙狼にどこか似ている気もするが、瞳を見れば味方であるという事は感じとれる。
"ゔぁう!"
標的を認識したのか敵に対し威嚇を始めた。
敵もそれを理解したのか右手に収めた剣を強く握りしめる。
一触即発、傍観する事しかできないのは察しがつく。
先手を打ったのはこちらだった、僅かな助走で飛びかかり、喉元目掛けて喰らいつく。
勝敗は長引くことはなく瞬きを終える頃には決まったーー
疾風に駆け上がり、飛びかかる守護獣に対し即座に反応を見せ、握りしめた剣を胴に目掛けて振り翳し、いとも簡単に身体を引き裂いた。
裂かれた身体は暖色の光と共に消失した。
ーー絶望、今この状況を言葉で表現するならそれが一番適しているだろう。
その強さは計れなかったが、守護獣が瞬殺される程の強敵。
今の自分ではどう足掻いたところで死からは逃れられないだろう。
膝から崩れ落ちる俺に鉄の反射音と重い足音を奏でながらゆっくりと歩み寄る。
あぁ、死ぬ。
「"冷徹なる氷結晶"!」
円錐状に創られた氷柱が骸骨騎士亜種目掛けて放射状に飛んでいき、その身体に次々と風穴を開け粉砕した。
氷柱が放たれた元へと視線を辿るとシャルロットの姿があった。
「今のは……?」
彼女は以前、自分は戦闘には不向きの魔法しか使えないと話していた。
だとすると今の技はなんだ。
「申し訳ございませんマサムネ様! 実は少しなら攻撃魔法も使えまして、これもその内の一つでして! 全然大した事ないんですけどね」
あははと笑い彼女はそう弁明するが素人目でも分かる、彼女の放った魔法は初級魔法なんかではない。
洗練された上級魔法に近しいものであるだろう。
彼女はおそらく何か俺に隠している。
「どこか痛みますか?」
だがこうして再び命を救ってくれたのだ。
疑念を抱く前に言うべきことがあるはずだ。
「いえ大丈夫です。助けて頂きありがとうございます」
その言葉に彼女は安堵した表情を浮かべた。