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004, 料理人


 預かった短剣で首元から尾にかけゆっくりと刃を入れていく。


 露わになった臓器は前代未聞の悪臭を放つ。

 老廃物が食道を這い上がってくるような感覚がする。


 動物の解体は初めてであったが、シャルロットの知識もあり可食部とそうでない部分の分別は順調に進んでいった。


 初めから彼女に任せたらいいって?

 俺も初めはそういう考えに至ったが、彼女に向けた"お願い"の眼差しは容易く()なされた。


 体の構造について博識だったのは過去に幾度となく食材にしようと試みたからだそうだ。


「よし、おわりました……」


 解体を始め4,50分程で分別が済んだ。


「では、"フレイム"」


 集めた枯葉に火を起こして貰った。


「おぉ」


 これが魔法か……

 詠唱とかは特に必要ないのだろうか、枯葉に向けて右手を突き出した後彼女の言葉に応えるようにして火種が生まれた。


 空気の通り道を確保し、枯葉を取り囲むように並べた石の上に平らな石を重ねた。


 ある程度上の石が温まり、全ての枯葉に火が移ったタイミングで隙間から薪を足した。


 準備は整った。


 熱を通した石の表面に分厚い肉の塊を晒した。

 膏がいい感じに染み出し、肉と石を接着しないよう働きかけている。


 香りはというと、正直生臭さしかなかった。

 例えるならヘドロで水浴びするゴリラの臭いである。


 調味料も何もない為この場で匂いをごまかすのは至難の業である。

 シャルロットも匂いに()てられ吐き気を催していた。


 嗅覚が無駄に冴えたおかげか、足元から伝って登ってきた新しい香りを鼻が嗅ぎ分けた。


「ん? この匂いは……」


 手に取ったのは一見ただの雑草。

 だが俺の嗅覚は一筋の光を見つけ出したのだ。


「シャルロットさん、この草は食べられますか?」


 鼻を摘み首を傾げた彼女は鼻声で答えた。


「ただの雑草ですよ? この辺の植物に毒はない筈ですが……」


 それが聞けて満足だ。


 窪んだ石に纏めた雑草を磨り潰した。

 歯と舌に違和感を覚えさせない程度にまで細かく、液体に近くなるまで。


「よしっ」


 指で一掬い、試食。


 間違いない。

 この香りといいこの味、バジルだ。


 舌触りは酷いが味は確かだ。

 そうでなくともハーブ系の植物に近いものだろう。


 これなら、あの肉の生臭さを多少妨害する事はできるのではないだろうか。

 簡易バジルソースを早急に仕立てた。


「ーーさあ、いざ実食です」


 肝心の肉は焼き上がった後も異臭を放つ事を忘れない。

 繊維まで臭いを凝縮しているのが見て取れる。


 肉の上からソースを回すようにして全体的に流した。


 臭いは三割程抑制してくれている。


 シャルロットから短剣を再び借り、肉を一口サイズまで切り分けた。


 断面が見えると再び鼻を刺激する。


 枝を箸として用い、肉を口まで運ぶ。


「ゔっ……」


 旨い! とは言えない。

 が、間違いなくソースが肉に対してスーパーファインプレーを働きかけている。

 胃に入れれない事はない不味さだ。


「シャルロットさんもどうぞ……」


「ゔっ……!」


 不敵な笑みでそう差し出したが罪悪感が押し寄せてきた。


 無理はしないよう伝えたが、マサムネ様のご厚意ですのでと否定はせず、拭き上げた短剣で口へと運んだ。


 額に汗を浮かばせ唇の前で躊躇いを見せたが、俺の目を見て覚悟を決めた素振りで口へ含んだ。


 咀嚼する度彼女の曇った表情が晴れてゆく。


「っ! これ美味しいですよ!」


 表情をパアと明るくし、肉を次から次へと口へ運んだ。

 どうやら彼女の舌は美味だと感じたらしい。

 太陽の様な笑顔を浮かべているのがその証拠だろう。




〈スキル:料理人を習得しました〉


「っ?!」


 二口目が噛みきれず悶絶していると視界に文字が浮かび上がってきた。


 彼女へ視線を向け彼女もまた視線に気付くが、首を傾げる。

 どうやら文字は見えていないようだ。


 スキル……

 料理人?


 どうやら何かスキルを覚えたらしい。


 取り敢えず彼女には今は黙っておこう。

 空腹に耐えた後の肉を頬張る彼女に声をかけるのは良心が痛みそうだからだ。


 ーー日の光が黎明を告げる。


 彼女が身を安全を保証するので休んで欲しいと言うので、厚意に甘えすっかり寝てしまっていた。


 二口しか食べなかった肉は彼女が完食しきっていた。


「おはようございます、マサムネ様」


「……おはようございます」


 こんな美少女と朝を迎える日が来るとは…….


「あの、マサムネ様はこれからどちらに?」


 そうだ、昨日は頭がこんがらがって何も考えていなかった。


 世界を救えと言われても、前提この世界で何が起きているのか必要な情報が皆無である。

 まずは情報収集か。


「昨日話していた町にでも赴いてみます」


「でしたら私もお供致します」


「構いませんが、村の方やその……宗教団体の方達はいいんですか?」 


 大所帯で町へ向かうのは勘弁だ。

 食料も無限に手に入る訳でもないだろう。


「アルバーグ教の信者達には必ずマサムネ様を連れ戻すとお伝えしてあるのであの場所で私達の帰りを待ってくれる事でしょう。村の方達も私が居なくなっても誰一人気付きませんよ……」


 再び彼女は引き攣った笑顔を浮かんで見せた。

 苦労が絶えない環境なのだろう。

 根掘り葉掘り詮索するつもりもない。


「分かりました、では向かいましょうか」


「はいっ!」


 森を抜け、町を目指した。


 一応、彼女にも世間話程度に世界で何かが起こっているのか訊いてみたが有益な情報は得られなかった。


「ところで、マサムネ様」


「はい?」


「マサムネ様は、アルバーグ様の使いの方なのですよね?」


 不安そうにこちらを見つめる。

 ストレスで胃痛を引き起こすのでハンバーグ様の会話はなるべく避けたい所ではあるが……

 助けた相手が全くの無関係者だったら報われない話だよな。


「シャルロットさんの崇拝する方の使いかどうかは僕自身も把握できていません。ですが無関係、といえば嘘になると思います」


 彼女はそれを聞いてホッとした表情を浮かべた。


「因みに、僕はそのアルバーグという方について何も知りません。突然この世界に連れて来られたので」


 次はきょとんとした表情を浮かべる。

 そしてハッと何か名案が舞い降りたのか、こちらに体を回し両肩を鷲掴みした。


「でしたら、マサムネ様! これも何かの縁、アルバーグ教へのにゅうしーー」


「お断りします」

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