003, 食材確保
「マサ、ムネ……?」
案の定日本での名はこの世界の住人にとって外国人の名前くらい聞き馴染みのないものなのうだろう。
俺もまた彼女の名前に多少違和感を覚えていた。
「そうです」
「マサムネ、マサムネ、マサムネさま……」
この不貞腐れた俺の人生において美少女に名前を連呼される事があっただろうか。
深く、深くこの感動を嚙み締めよう。
「ところでさっきのは一体……?」
あれ程にも悍ましい姿をした生物は見たことはなかった。
一つ世界を跨ぐと生物とはあそこまで獰猛に変化するものなのだろうか。
「ああ、あれは玉砕牙狼と言う魔獣で、魔獣とは魔の力を司る獣です。もしかして魔獣を見るのは初めてですか? まあ町の住人の方なんかは、魔獣を見る機会なんて全くと言っていい程ないものですからね」
魔獣?魔の力?
あの漫画やアニメでしか聞かないあの?
ということは、この世界には魔法を扱える人間もいるのか?
彼女も魔法を使う事が可能なのだろうか。
「シャルロットさんは魔法……なんて使うことができたりするんですか?」
彼女は少し驚いた表情を見せ、コクっと頷き答えた。
「……ええ、と言っても初級のもので、戦闘に不向きなものばかりですけど」
ん?
少し間があったような。
にしてもやっぱり存在するんだ魔法。
ーー剣と魔法の世界
異世界王道キタコレ!
こういうのだよ、こういうの。
心の中でグッとガッツポーズを決めた。
「因みなんですけど、僕にも魔法って使えたりするんですか?」
あの声の主の意図が視えてきた。
俺の潜在的な魔力に惹かれ召喚し、この世界で様々な魔法を習得させてそのセンスと技術で悪の親玉である魔王を討ち取って貰おうという算段ではなかろうか。
全ての糸が繋がるような感覚がした。
俺はこれからおそらく頼もしい仲間を率いて旅をし、苦楽を共に感じ様々な経験を経て心身共に成長を遂げ、魔王討伐を成した後元の世界へ帰還。
母さん俺立派な男になって顔向けできそうです。
コクコクと頷き感傷に浸る俺に対して水を差すように彼女は告げる。
「えっと……申し上げにくいのですが、マサムネ様の現在の魔力量ですと初級の魔法ですら習得することは少し難しいかもしれません」
「……」
本当は薄々勘付いてはいた。
この世界に来て不運なことばかり、異世界へ裸で転生させられ、少年の姿に変えられ、世界を救ってほしいと告げられ、変な宗教団体に絡まれ、寝込みを魔獣に襲われる。
伏線はこの短時間で嫌という程あった。
おそらく俺はこの先も苦労に苦労を重ねていくのだろう。
陰鬱な顔をした俺に彼女は慌てて声をかける。
「で、でも、もしかしたら剣の才はあるかもしれませんし! 魔力量だって、その内きっと増えていきますよ! た、多分……!」
フォローが辛い……!
「ありがとうございます……」
「そ、それに! マサムネ様はなんといっても、アルバーグ様の使い! 必ず何かしら神秘的力で我々を導いて下さるはずです」
期待が重たい。
そもそも結局何者だよアルバーグ。
俺はハンバーグにしか興味はねえんだよ。
"ぐぅぅぅ"
とほほとしていると、腹の虫が鳴る。
彼女の。
赤面し目を泳がせ、あれやこれやと言い訳を並べる彼女を見て俺も空腹を感じ始めていた。
半日以上何も口にしていない状態での全力疾走だったからな、腹も空いて当然か。
「僕もお腹が空いてきましたね、この辺りに町はありますか?」
町があれば食料が手に入る。
今は手持ちはないが明日には何とかなるだろう。
今晩だけの辛抱だ。
「そうですね、ここからだと歩いて一週間といったところでしょうか、大きな町があります」
「一週間っ!?」
この空腹の状態のまま一週間飲まず食わず向かうのは無謀であろう。
到着する前に息絶えてしまう。
森も木々が覆い茂っているだけ、辺りを見渡すが木の実らしき物も見当たらない。
先程の建物に戻れば食料を恵んで頂けるだろうか。
逃げ出した手前、気が引ける。
「近くに私たちの村もあるのですが現在、食糧難でみな飢餓に苦しんでいる状態、あまり期待はしない方がよいかと……私ももう二日水以外口にできていません」
彼女はえへへと引き攣った笑顔を浮かべて見せた。
ということは建物に戻っても何か恵んで頂く事は叶わないか。
再び辺りを見渡し、腹の足しになる物はないかと探る。
そして、異質さを放つそれに目が留まる。
「魔獣か……」
彼女はその言葉に過敏に反応し、服の袖を掴んだ。
「ま、魔獣はやめておいた方がいいです。 おいしくないです、あれ食べるくらいなら木齧ってた方がマシなレベルです。 次の日ぴーぴーですよ、ぴーぴー」
「ゔっ……!」
表現が下品だが飢餓に苦慮する彼女の言葉には納得してしまう。
が、一週間何も胃に詰め込まず道中くたばるくらいなら食ってやる。
後悔はやってからが俺のポリシーだ。
吐いたその時は再接種、永久機関の完成である。
何としてでも生き延びる、そう心に決めた。
立ち上がり、息絶えた魔獣の元へと近付く。
「あ、ちょっと!」
近くで見ると更に禍々しさを感じる。
様々な懸念と生き物は焼けば食えるという母の教えが葛藤する。
長い事一人暮らしをしていた為、多少腕には自信がある。
平日だとカップ麺の日が殆どであったが、休みの日なんかはよく台所に立ったものだ。
「シャルロットさん、その短剣お借りしてもいいですか?」
「えっ?!」
ーー最初は必死にやめておこうと説得する彼女だったが根負けし、魔獣を葬った短剣を貸してくれた。
食材は魔獣の肉、地面に生えた雑草のみ。
シャルロットが魔法で微々たる火なら起こす事が出来るというので乾いた木に火を移し、その火でその辺から拾ってきた大きめの石を熱し、大地の石焼ステーキといこうと思う。
「では、調理を始めます」