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序章-平凡

転生前の話です

そこそこの家庭に生まれ、中高ではある程度友人に恵まれ、そこそこの偏差値の大学を目指して、受かって、一般中小企業に就職して.....そこまでは良かった、、俺の何の変哲もない至って普通で見どころなんて何もない、そう思ってた人生の歯車が狂いだしたのはいつからだっただろう。




俺の名前は高坂碧(こうさかあおい)、今から遂に社会人デビューをするどこにでもいる青二才だ。


「今日からみなさんと仕事をさせてもらいます、新入社員の高坂碧です。皆さんと働ける日を心待ちにしてました、よろしくお願いします。」


配属部署の方たちからの温かな拍手で迎えられる。


「高坂くん、そんなに緊張しなくてもいいよ、今日から君の上司兼、教育係の井上(いのうえ)だ、よろしくな」

「はい!よろしくおねがいします」

(よかった~すごいいい人そうだ)

「今日は初日だからパソコンの使い方とかから教えようか!」

「あ、それなら問題ありません。これでも機械いじりが趣味なので大体分かります!」

「....へぇ〜そりゃーすげぇな!期待の新星だな!それなら俺がいろんな部署を紹介してやるよ」


少し体育会系な印象だが、そのがっちりとした体格とは裏腹にこの人の教え方はとても丁寧だった。



だんだんと仕事に慣れてきた頃だった。その日は大事な取引先との会議が午後からあるらしかった、新入社員である俺にはまだ縁がないものだろうと考えながら、自分のデスクに向かっていた矢先、後ろから肩を叩かれた。


「おはよう、高坂!今日も頑張ろうな!」

「おはようございます井上さん!今日は確か午後から井上さんは会議が入ってましたよね?」

「あぁーその件についてなんだが、今回一緒に行くはずの清水(しみず)が風邪で休みなんだよ。それで代理を考えてみたんだが、高坂。一緒に来ないか?」

突然の提案に多少は驚いたが、間髪入れず俺は首を縦に振って承諾した。


昼休憩を済ました後、すぐに取引先に向かった。

取引先まではそこまで遠くなく、電車一本で行ける距離だった。




会議室に向かうエレベーターの中で上司が口を開いた。


「今回の会議は俺が主にプレゼンをするから俺の背中を見とくだけでいいぞ」


緊張してた俺は苦笑いで返した。


きっとこの会議が全ての惨劇の始まりだったのだろう....



名刺交換と軽い挨拶をすませて、いざ会議が本格的に始まった。



「今回のプレゼンはこの高坂が資料から担当したので、高坂が今回のプロジェクトについて説明させて頂きます。」

「御社は新人にも実践の機会を設けられているのですね。」

「はい!高坂は普段から真面目で教えたことはすぐ吸収するもんですから、上司である私はいつ高坂に抜かれてしまうのかと、不安で最近白髪が増えてきた気がしますよ。」


上司が軽口を取引先と優雅に交わしてる中、俺だけが状況を全く呑み込めていなかった。


(俺がプレゼン?今回のプレゼンの資料の担当?初耳だぞ??しかもなんで井上さんはこんなに平然としてるんだ?)


上司が俺に早く資料を出すよう急かし始めてきた。


「高坂、早く資料を出せ、まさか忘れてきたとか言うまいな?」

「まぁまぁ、井上さん、きっと彼も緊張しているんでしょう。」


(やばいやばいやばいやばい、資料なんて聞いてないぞ、なんだよそれ、どうすれば...)


「高坂、まさか資料を忘れたのか!?」


上司の問いに肩がびくりと跳び上がる。


「その、なんといいますか....忘れたといいますか、そもそも作ってないといいますか....」

「資料を作ってないだと!?どういうことだ、十分に時間はあっただろう?!」


昔から人との間で波風を起こすことが嫌いだった俺は反射的に、一心不乱に頭を下げた。


「すみません、すみません、すみません・・・」


「はぁ~」


上司の怒気が入り混じった溜息と長い沈黙がその場を包み込む。


「井上くん、それとなんだったか.....あ〜高坂くんだったかな?御社には失望したよ、今回のプロジェクトに関しては日を改めて書面を送ることにするよ。」


そう言い終えた彼らは会議室からでていった。



取引先を後にしたのを見計らって俺は口を開いた。


「井上さん、あれはどういうことですか?僕は資料なんて事前に聞いてませんよ!主に自分が今回のプレゼンを担当するからお前は見てるだけでいいって言っていたじゃないですか!」


胸ポケットから出した煙草に火をつけ、煙を吐きながら、うすら笑いとともに口を開いた。


「は?お前っていう新人を教育してやるのに時間がかかりすぎたせいで資料が作れなかったんだよ、だから実質お前のせいってわけだ。こんなに優しい上司がお前なんかのために時間を割いてくれてたっていうのに、お前は俺の仕事を手伝う素振りなんて一向に見せなかっただろ」



(こいつは、何を言ってるんだ?俺のせいで時間がなかった、だからお前が責任とれだと?ふざけるな)



「そんなの立場上仕方がない事じゃ・・・」

「ど・う・せ、責任は上司である俺に追及されるんだから、その場しのぎで叱責される役を部下にやってもらうぐらいいいだろ。ま、これからも精々俺の忠実な犬として頑張ってくれよ。いくら部下のミスの尻拭いが上司の責務だとしても、今回みたいな会社に多大な損害をもたらすようなミスをしすぎるとクビになるのはお前だからな。」


発言を通して反省の意を示すわけでも謝罪するわけでもなく、上司は俺のことをひたすら嘲笑った。




この会社に入社して3年が経った頃、俺の肉体と精神はもはや再起不能のとこまで落ちていた。

早く退職届を上司の机に叩きつけていればと、この二年でどれほど後悔したことか....後悔先に立たずとはよく言ったものだ、今になっては何かを考える気力すらないただの抜け殻だ。


始発で出社、上司からの日常的なパワハラ、サービス残業のオンパレード、そして終電で帰宅。毎日がこの繰り返しだった。



そんな社畜人生の真っ只中、黒いコートを着た一人の瘦せこけた男性が会社に入ってきた。



「井上正俊(まさとし)を出せ!」


その言葉を聞いた一同は一斉に井上のデスクに目をやる。普段はパワハラ三昧の井上の表情が、男性がフードを脱ぎ、顔が見えたと同時に真っ青になった。



「三年ぶりですかね、井上先輩。」


「山田...なんでここに」


「そんなに動揺してどうしたんですか?、僕があなたの部下として働いてた時みたいに接しては来ないんですか?」


その言動から察するに、井上のパワハラの被害者だろう。


「あなたのせいで妻とは離婚、精神病を患ったせいで再就職に失敗、親戚の集まりでは実親に来るなと言われる始末....もう、疲れたので僕と死んでください。」


目を見れば分かる。社会にも親にも見放され、肩身が狭い思いをする毎日に、希望的観測の一つも持てない。救いを求め続ける目だ....


刹那、男が刃物を片手に上司へと憎悪に満ちた叫声と共に一直線に走り出す。


「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる、殺してやる!」


井上は逃げ惑う社員を突き飛ばしながら必死に逃げる、だが地面に落ちていたペンケースに足を滑らせ転倒した。井上は腰が抜けたのか必死に四つん這いで裏口を目指す。

その姿にいつもの高慢さはまったく感じられない。


だがもう遅い、目の前で男が荒い息を立てながら井上を見下ろしている。


「も、もとはと言えばお前が無能で根性なしだったのが悪いんだろう!お前が言うパワハラはた、ただの教育の一環だったんだよ!」


「っつ!ふざけるな!僕がどんな思いで・・・」


井上が最後の悪あがきでペンケースを男の顔めがけて投げつける。その隙に井上は打開策を見つけようと周囲に目をやる。


井上から離れたこのデスクで今日中に終わらせなければいけない書類を必死に処理してた俺は最悪なことにこいつとこの瞬間、零コンマ一秒、目が合ってしまった。


(やばい、嫌な予感がする、早く俺も逃げないと)


その場から一刻も早く逃げようとする俺の体は、椅子から立ち上がろうと足腰に力を入れると同時に地面に倒れた。

おそらく過労死寸前まで働いてたのが原因だろう。


(クソ、動けよ、動けよ....まだ23年間しか生きてないんだよ、ここで上司が死ねばこの地獄の日々から解放されるかもしれないんだ)


必死に体を起こそうと奮闘してる俺の目は、四つん這いで向かってくる井上と、それを追いかける男の二人を捉えた。


井上が俺の隣のデスクに背中を預けると、男が井上に追いつき心臓めがけて刃物を振り下ろした。


グサッ


想像を絶する痛みとともに俺は倒れた。


男が刃物を振り下ろすのよりも僅かに早く、井上は地面に倒れていた俺の頭を掴み、男と自分の間に投げ、身代わりにしたのだ。




同僚たちの悲鳴とクソ上司がその場から走り去る音が聞こえる。




血が止まらねぇ。


背中が焼けるように熱い。


助けを呼ぼうとしても、声がでねぇ。


指先がピクリとも動かない。


視界も段々ぼやけてきた....




この23歳、童貞、彼女いない歴=年齢な俺の人生は本にしたら絶対に売れないと自負している。小さい頃から俺はリーダー気質でもカリスマ性溢れる人物だったわけではない、かと言って逆にその者たちをうまく引き立てて輪に入れるほどの器であったわけでもない。波風を立てることも立たされることもなく、人生の分岐点ではある程度努力するだけが俺の人生の理想像だった。だがこれは悪い意味で平凡すぎたのだ。察しのいい相手には距離を置いていることを勘づかれ独りに、、自分とは正反対の陽気な者たちはそんなこと気にしないからと積極的に関わってきてはくれたものの、何かをきっかけに関係性が拗れるのが不安だったから俺自ら縁を切り、また独りに...俺の人生はこれの繰り返しだった。


社会は、秀でていても、劣っていたとしても、自分たちにいずれ害をもたらすんじゃないかという焦燥感に駆られ、自分たちの手中に収めようとする。



あー、もう意識が薄れてきてる。


死ぬのか俺?


あー、もう死ぬんだろうな、、、






こうして2022年3月5日、俺の人生の幕は閉じられた...はずだった


投稿頻度が不定期ですがどうか楽しんでいただけたらと思います

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