その1の4
2人は猫に乗って、2日ほど旅をした。
やがて、広大な壁が見えた。
石造りのようだ。
「でっけー壁」
「王都を守る壁です。あの中に王都が有るんですよ」
「へぇ~」
2人が乗る猫が、壁に近付いていった。
壁には門が有った。
その門をくぐると、武装した衛兵たちの姿が見えた。
門の先は、検問所になっているようだった。
「ゴブリンか」
衛兵の1人が、リーンに声をかけてきた。
「はい」
リーンは正直に答えた。
中途半端に隠そうとすると、逆に不利になることが有る。
そう思っているので、リーンは長い耳を隠さなかった。
衛兵は、うさんくさそうにリーンを見た。
「ゴブリン如きが、人族の王都に何の用だ?」
「私は勇者さまを、保護させていただいている者です。
国王さまのご助力が得られないかと思い、
こうしてやって参りました」
「勇者?」
「そういや、聞いたことが有るな。
お城で勇者召喚ってのをやるって」
「…………。
ゴブリンが、勇者さまを保護しただと?」
「はい。この子が勇者さまです」
リーンの視線が、ユータへと向けられた。
衛兵たちも、ユータを見た。
「……どうも」
視線が集まったのを見たユータは、ぺこりと頭を下げた。
ユータが勇者であるということに対し、衛兵たちは、半信半疑な様子だった。
「ゴブリンがどうやって、
勇者さまを保護してたって言うんだ?」
「私が住んでいる森に、
突然に転移陣が出現したのです。
そこからこの子が現れました。
そして手の甲に、勇者の紋章が有ることに気がつきました」
「紋章……。お前、本物かわかるか?」
衛兵の1人が、他の衛兵に尋ねた。
「わかるわけねーだろ」
「どうする?」
「下手なことして、責任問題になったら嫌だぜ。
部隊長に聞いてみよう」
「わかった。
お前たちはここで、2人を見張っててくれ」
「ああ」
衛兵の1人が、衛兵の詰め所に向かった。
その衛兵は詰め所に入ると、まっすぐに部隊長の部屋に向かった。
「それで、どのように対応すれば……」
「む……」
衛兵は、部隊長に事情を説明し、指示をあおいだ。
(下手なことをして、責任問題になったら困る)
部隊長はそう考えた。
「俺の一存では決められん。
もっと上に話をしてみるから、
その2人を保護しておいてくれ」
「わかりました」
部隊長は、詰め所を出た。
そして、衛兵隊の本部へと向かった。
衛兵長の執務室は、本部の2階に有った。
部隊長はその部屋で、衛兵長のダバンと対面した。
ダバンは逞しく、見事な口ひげをたくわえた男だった。
ダバンは書類仕事を中断し、部隊長の話を聞いた。
「それで、どのように対応すれば……」
「む……」
(下手なことをして、責任問題になったら困る)
衛兵長ダバンは、そう考えた。
「俺の一存では決められん。
もっと上に話をしてみるから、
その2人を保護しておいてくれ」
「かしこまりました」
そういうことになった。
……。
王城。
その玉座の間。
「勇者はまだ見つからんのか……!」
国王のミハエルが、苛立った様子で、宮廷魔導士長のキーツを睨みつけていた。
ミハエルは40過ぎの男で、赤い豪奢な衣服を身にまとっていた。
キーツは60過ぎの老人で、青いローブを着用していた。
「……申し訳ありません」
キーツがミハエルに、頭を下げた。
「なにぶん、古い術式だったもので。
完璧に動作させるのは、難しかったようで……」
「そんな言い訳、聞き飽きたわ!
もし勇者が、他国の手に渡ってみろ!
私の面目は丸つぶれだ!」
「座標のずれは、そう大きくは無いはずです。
きっと勇者さまは国内におられます。
全力をあげて捜索を続けていますので……」
「そんなことは当たり前だ!
とっとと成果を出せ!」
「……はい。じきに」
ミハエルの噴火は、小康状態となった。
そこへ、伝令の兵士が駆けてきた。
兵士は玉座の前で跪いた。
「陛下」
「どうした?」
「それが、勇者さまを保護したという者が現れました」
「本当か?」
「詳しい話は、衛兵長どのにお尋ねください」
「呼べ」
「はい!」
……。
ダバンは、玉座の間に招かれた。
そして緊張しながら、事態の説明をした。
「勇者が子供……。それに、ゴブリンだと……?」
ダバンの報告を聞いた国王の表情は、険しかった。
「はい。部下たちの話では、どうやらそのようで……。
いかがしましょうか?」
「殺せ」
「えっ?」
「勇者とは、神聖な存在だ。
本物であれば、
けがれたゴブリンなどの所に、
現れる道理が無いわ。
そのゴブリンは、勇者の保護者をかたる不届き者だ。
即刻首をはねて、処断せよ。
子供の方は、
ゴブリンに騙された哀れな被害者だろう。
丁重に保護しろ」
「……はっ!」
王命を果たすため、衛兵長は、玉座の間から駆け去っていった。
「よろしいのですか?」
宮廷魔導士長が、国王に尋ねた。
「何がだ?」
「……いえ」
……。
衛兵の詰め所に有る部屋で、ユータは暇をもてあましていた。
「遅いなー。いつまで待てば良いんだ?」
「偉い人たちには色々あるんですよ。きっと」
退屈に強いリーンは、のんびりとした様子だった。
うろうろと歩くユータに対し、じっと椅子に座っている。
リーンがそんな様子なので、ユータも仕方なく、我慢をすることにした。
とはいえ、苦痛は苦痛だ。
限界は近いように思えた。
そこへ衛兵長のダバンが入ってきた。
「衛兵長」
組織のトップがやって来たのを見て、衛兵たちは姿勢を正した。
ダバンはリーンに声をかけた。
「……そこのゴブリン」
「はい」
「話が有る。来い」
「わかりました」
リーンは立ち上がり、部屋を出て行こうとした。
「俺も行く」
ついていこうとしたユータを、ダバンが止めた。
「駄目だ。少年はここで待っていろ」
「……わかったよ」
リーンはダバンと共に、廊下に出た。
「入れ」
ダバンに促され、リーンは近くの空き部屋に入った。
ダバンは後から部屋に入り、扉の鍵をしめた。
「お話というのは?」
リーンがダバンの背を見ながら尋ねた。
「ゴブリン……」
ダバンはリーンに向き直った。
そして、剣を抜いた。
「陛下の命により、貴様を処断する」
「処断? 私が何をしたというのですか?」
「年端も行かぬ子供を、偽りの勇者に仕立て上げた」
「あの子は本当に……!」
「聞く耳を持たん! 死ね!」
「っ!」
ダバンはリーンに襲いかかった。
リーンは長剣を、小さなナイフで受けた。
初撃はなんとか防いだが、武器に差が有る。
リーンに不利な状況だと言えた。
それをわかっているダバンが、再度の攻撃をくわえてきた。
「そのチンケなナイフでは!」
「風壁!」
リーンは呪文を唱えた。
暴風が、リーンを守る壁となった。
「ぐおおっ……!?」
ダバンは風に吹き飛ばされた。
その背中が、勢い良く壁にぶつかった。
壁が崩れ、ダバンは廊下へと転がり出た。
「ゴブリンが魔術を……!?」
体勢を立て直しながら、ダバンは驚きの声をはなった。
「ゴブリンを何だと思っているんですか」
「下等で……劣等で……臭い!」
「臭くないです!?」
……。
「何の音だ……?」
リーンたちの争いの音は、ユータの耳にまで届いていた。
ユータは部屋の出入り口に駆けた。
「おい! 待て! ここでじっとしていろ!」
衛兵が、ユータに手を伸ばした。
だが、ユータは捕まらなかった。
ユータは扉をあけ、部屋を飛び出した。
衛兵たちも、騒ぎを聞いて、廊下へと集まってきていた。
「リーン……!」
ユータはリーンを見つけた。
リーンはナイフを構え、剣を持った衛兵長と、向かい合っていた。
「ユータ……!」
リーンがユータに気付いた。
それはダバンも同様だった。
「子供に見られるか……」
ダバンの呻きからは、後悔のようなものが感じられた。
「兵長! これはいったい!?」
集まってきていた衛兵の1人が、ダバンに尋ねた。
「王命だ! このゴブリンを殺せ!」
「っ! はっ!」
衛兵たちからすれば、わからないことだらけだ。
まずは事態がどうなっているのか知りたかった。
だが、命令に背くことはできない。
衛兵たちは、即座に抜刀した。
そして、目標であるリーンに殺到していった。
「数が……多い……!
風壁……!」
ナイフではどうしようもない。
そう考えたリーンは、呪文を唱えた。
だが……。
「炎壁!」
衛兵の中に、魔術師が混じっていた。
魔術師は、杖をリーンに向け、呪文を唱えた。
炎の壁が、リーンの風とぶつかりあった。
風の魔力は、炎の魔力に弱い。
リーンの風は打ち消された。
対する炎も弱まったが、熱風がリーンを襲った。
「あううっ!?」
熱風によって、リーンは吹き飛ばされた。
リーンの背中が、壁に打ちつけられた。
大きな隙ができてしまった。
「ゴブリン! 覚悟!」
「あっ……」
衛兵の剣が、リーンに迫った。
よけられない。
リーンは死を覚悟した。
「やめろ」
誰かがそう言った。
リーンを切り裂くはずだった剣が、砕けていた。
粉々になった刀身のカケラが、ぽろぽろと地面に落ちた。
「えっ……!?」
リーンにも衛兵にも、何が起きたのかはわからなかった。
ぼんやりと固まり、動けなくなってしまっていた。
静寂の中で1人だけ、リーンに向かって歩く者が居た。
それは5歳ほどの少年だった。
ユータがリーンの前に立った。
そして、衛兵たちを睨みつけた。
その瞳は、手の紋章と共に、ぎらぎらと赤く光っていた。
「どうしてこんなことをする?
リーンがお前らに、何したって言うんだよ?」
「少年……」
ダバンがユータに声をかけた。
「少年は、このゴブリンに、騙されているんだ」
ダバンには、嘘をついているつもりは無かった。
本心からそう思い、ユータに語りかけていた。
「騙す? リーンが俺を」
「そうだ。少年のことを勇者だなどと、嘘を言って……」
「俺が勇者じゃない? だったら……」
ユータの目の光が強まった。
「あがっ……!」
ダバンの首に、圧迫感が生じた。
誰も首に触れてはいない。
だというのに、締め付けられるような苦しみが有った。
「俺がこの世界を救わなくても、文句はねえな?」
圧迫感は、じょじょに強くなっていった。
「ひぐ……があ……!」
ダバンは悶え苦しみ、目の端からは涙を、口の端からは唾液を垂れ流した。
「ユータ! やめなさい!」
リーンはきつく、ユータを叱った。
「どうして?」
「このままでは、その人は死んでしまいます」
「それの何が悪いんだ?」
「何って……。
わからないのですか?
人を殺すというのは、とても恐ろしいことなのですよ?」
「その恐ろしいことを、最初にやってきたのはコイツらだろ?
ゴミだよコイツら。
生きてる価値無いよ。
悪者だ。
悪者は、やっつけないとダメだろ?」
「そんな残酷なこと、言わないでください。
優しいユータに戻って……」
「会ったばっかりのリーンが、
俺の何を知ってんのさ?
……まあ良い」
ユータの眼光が弱まった。
ダバンの首から、圧力が消えた。
「全員ブチ殺してやりたいところだけど、
リーンが言うんだったら、
特別に生かしておいてやるよ。
感謝するんだな」
「う……ごほっ……ごほっ……」
「行こうリーン。家に帰ろう」
「ですが、国王さまには……」
「リーンを殺せって命令した奴だろ?
会わない方が良いさ。
会っちゃったら、きっと殺したくなる」
「元の世界に帰る方法が、わかるかもしれないのですよ?」
「自力で見つけるさ。
今日、俺には力が有るってわかった。
国王なんてやつ、必要ねーよ」
「ですが……」
「さ、帰ろう。リーン」
ユータは微笑み、リーンに手を差し伸べた。
小さな手だった。
「……はい」
リーンはその手を掴んだ。
2人は歩き出した。
「おい、誰か止めろよ」
衛兵の1人が言った。
その本人は、自分から動こうとはしない様子だった。
「どうやってだよ? 兵長がやられたんだぞ?」
「けど、ガキだぜ」
「ガキだけど、見て無かったのよ? 今の。
睨んだだけで兵長を……」
「ただのガキに、あんな力が有るわけが無い。まさか……」
「本物の勇者さま?」
「まさか。勇者さまってのは、人間を守ってくれるんだろ?
ゴブリンを守る勇者が居るかよ」
「だったら何なんだよ? あいつは」
「まさか……」
「魔王?」
ユータは何者にも阻まれることなく、その場をあとにした。
……。
詰め所の外に出ると、ユータは口を開いた。
「そうだ。猫も連れてってやらないとな」
「…………」
リーンは何も言わなかった。
ただ、暗い顔で俯いてた。
「リーン?」
心配に思い、ユータはリーンの名を呼んだ。
(私が……私のせいで……。
勇者さまと最初に出会ったのが、ハーフゴブリンの私だったせいで……。
勇者さまの輝かしい運命を……捻じ曲げてしまったのでしょうか……?
私は……。
勇者さまの隣に居るべきでは……無いのかもしれません……)
リーンの心中では、苦悶が渦巻いていた。