その1の3
リーンたちは自宅へと帰還した。
「寝ましょうか」
「ああ」
ユータはリーンのベッドに寝転んだ。
(落ち着く匂いがする……)
するとリーンも、同じベッドに入って来た。
「えっ?
同じベッドで寝るのか?」
リーンに背を向けた状態で、ユータがたずねた。
「ベッドは1つしか有りませんから。
……それともユータは、
私に床で寝ろとおっしゃるのでしょうか?
勇者さまなのに」
「勇者は関係ねーだろ!?
……もう良いよ。
仕方ないから、一緒に寝てやるよ」
「ばっちくないですからね。私は」
「わかってるよ」
リーンはぴったりと、ユータにくっついた。
リーンの豊かな胸が、ユータの背中に押し当てられた。
乳房がどうのと考えるには、ユータはまだ幼かった。
ただ、母でもない女子とくっつくという行為に、気恥ずかしさを感じたようだ。
「近い」
ユータは不機嫌そうに言った。
「狭いベッドですからね」
リーンは微笑んで言った。
「そこまで狭く無いだろ」
「……寂しくないですか?」
「何が?」
「ここは、あなたが居たのとは別の世界です。
だから……」
「べつに。
王様に会えれば、家に帰れるんだろ?
ちょっと旅行に来た。
そう思えば良いさ」
(絶対に帰れるとは限らないのですが……)
「そうですね。すぐに帰れますよ」
「ああ」
リーンはユータから離れなかった。
リーンの体温が、ユータに伝わっていった。
……。
夜が明けた。
2人とも、夜はぐっすりと眠ることができた。
快調だった。
「それでは町に行きましょう」
「ああ」
2人は家を出て、地上におりた。
そして、町に向かって森を歩いた。
「……おんぶしましょうか?」
「いらねーよ」
「疲れませんか?」
リーンは、町との行き来に慣れている。
だが、小さな子の体力では、少し辛いのではないか。
そう思い、リーンはユータにそう訪ねた。
「そういえば、全然疲れねーな。
これだけ歩いたら、ちょっとは疲れてもいいのに」
「勇者さまだからかもしれませんね」
勇者とは、最強の戦士であるはずだ。
その紋章を持つユータは、この世界にくる前よりも、強くなっているのかもしれない。
リーンはそう推測した。
「便利だな」
……。
2人は町へとたどり着いた。
「うわっ……!」
少し歩いていると、とつぜんユータが、驚きの声を上げた。
「どうしました?」
「でかい猫が歩いてる……!」
そう言ったユータの視線の先には、ダガー猫の姿が有った。
ダガー猫は、この世界でもっともポピュラーな猫だ。
体長は2メートルを越え、体格はずんぐりむっくりしている。
怪我に強く、さまざまな仕事をこなす、頼れる存在だった。
「猫は歩くものだと思いますけど」
「でかい」
「猫ですから」
「俺の世界の猫と違う……」
「そうなんですね。
今日王都に行くのも、猫さんのお世話になるんですよ」
「猫に乗れるのか?」
「いえ。猫車ですね。
猫が客車や荷車をひくんです。
定期便が、町の南から出ています。
行きましょうか」
……。
まちなかを歩き、2人は猫車のりばにたどり着いた。
そのそばに有る店舗の中で、猫チケットを買おうとした。
だが……。
「ゴブリンを乗せる猫車はねえよ」
猫貸し屋の店主が、開口一番そう言った。
店主は40過ぎの、中肉中背の男だった。
彼はリーンを見くだす視線を、隠そうともしなかった。
「えっ……」
リーンは戸惑いの声を漏らした。
「なんでだよ!?」
ユータが怒りを隠さずに言った。
5歳ていどの子供に睨まれても、怖くもなんとも無い。
店主は平然として返した。
「なんでってボウズ。
誰だって、ゴブリンなんかと相乗りしたくはねえ。
当然だろうが」
ねこ定期便の利用者は、大半が平民だ。
猫車を貸切にするほど、懐に余裕は無い。
だから、相乗りになるのが基本だ。
そして、旅は長い。
日をまたぐのが普通だ。
ゴブリンと寝食を共にしたいと考える人族は、この国では稀だ。
だから、ゴブリンを乗せることは無い。
店主はそう言っていた。
「……わかんねえよ」
実体を持たない差別を理解するのは、若いユータには難しかった。
目の前に有るのは、ただの理不尽だ。
そうとしか思えなかった。
「リーンは風呂入ってないけど、
ばっちく無いんだぞ。
綺麗なんだ」
「はあ?
ゴブリン。なんだこのガキは?
お前が産んだガキか?」
「ユータは人間です。
耳が尖っていないのは、見ればわかると思いますけど」
「世の中には、ハーフゴブリンってのも居るらしいからな。
けがらわしい」
(私がそのハーフなんですけど……)
リーンはそう思いつつ、それを口には出さなかった。
人とゴブリンが結ばれるということ自体、良く思わない者は多い。
禁忌として、固く禁じられている国も有る。
自分がハーフだなどと主張しても、面倒くさくなるだけだ。
リーンは今までの経験から、そう理解していた。
「こいつ……!」
リーンがハーフだと知っているユータは、怒りをあらわにした。
リーンはユータを抑え、彼の頭を撫でた。
短いがさらさらの髪は、リーンの心を落ち着かせた。
ユータも少し、落ち着いたようだった。
王都には、行かねばならない。
こんな所で争っている場合では無かった。
「あの、なんとかなりませんか?
私たち、どうしても、
王都に行かなくてはならないんです。
徒歩で王都までというのはちょっと……」
「……はぁ。
だったらレンタルねこだな。
猫が嫌がらないんだったら、
1頭貸してやっても良い。
とうぜん猫車よりは高くつくがな」
「どれくらい高くなるのでしょうか?」
「1日に銀貨3枚ってとこだが。
お前は信用できないゴブリンだからな。
倍は払ってもらわねえとな」
「横暴だぞ!」
店主の酷い態度に、ユータはまたしても怒った。
「うるせえ。ガキは黙ってろ。
……で、どうすんだ?」
(貯金を使えばなんとか……。
私のせいで勇者さまを困らせてしまうというのは、
避けなくてはなりません)
「お願いします」
「それじゃ、猫を選んでくれ。
ゴブリンなんかを乗せたがる猫が、居ればの話だがな」
……。
3人は、猫小屋に入った。
日当たりの良い小屋の中で、大勢の猫たちがくつろいでいた。
猫の1頭が、すんすんと鼻を鳴らした。
そして、リーンの方を見た。
少し遅れて、他の猫たちもリーンを見た。
「みゃーみゃー」
猫の群れが、リーンの所に集まってきた。
「わっ! わっ!」
大量の猫を相手に、リーンは慌てた様子を見せた。
「モテモテだな。リーン。
動物は鼻が良いから、
リーンが臭くないって分かるんだな」
「臭さ関係あります!?」
「はははっ。
……なーにが猫はゴブリンを乗せたがらないだよ。
オッサン」
ユータはバカにするような笑みを、店主へと向けた。
「ぐ……。
猫は優しい動物だからな。
ゴブリンごときにも優しいってワケだ。
猫に感謝するんだな」
店主は負け惜しみを言ったが、リーンは意に介さなかった。
「ありがとうございます。猫さんたち」
「みゃーみゃー」
「真に受けてんなよ。バカにされてんだぞ?」
「ですが、これで王都に行けます」
「どの猫にするんだ。
とっとと選んでくれ」
ゴブリンに、長く居座られたくは無い。
そう考えている店主は、リーンたちを急かした。
猫を選ぶなど、なかなかあることでは無い。
リーンは迷い、ユータに意見を求めた。
「えっと……。
ユータはどの猫さんが良いですか?」
「俺が選んで良いのか?」
「はい」
「それじゃ……そこの黒いやつが良い」
ユータはそう言って、黒くすらりとした猫を指さした。
「みゃー?」
「黒いサーベル猫ですか。珍しいですね」
「そうなのか? シュッとしてて、コイツが一番カッコイイ」
「あっ、いけませんよ。そのようなことを言っては」
「えっ?」
「みゃぁ……」
「ほら、他の猫たちが落ち込んでしまいました」
「ごめんな。みんなカッコイイから」
「みゃー」
「それでは、この子でお願いします。
この子のお名前は?」
リーンは店主にそう尋ねた。
「……名前なんかねえよ」
店主は不機嫌そうに言った。
……。
店主は、黒い猫に鞍を取りつけた。
そして、猫小屋の外に出した。
「期日までに帰って来なかったら、
衛兵に言って、指名手配してやるからな」
「ご心配なく」
リーンは猫にまたがった。
「ユータ。私の前に乗ってください」
「ああ」
ユータも猫に乗った。
(猫さん。お願いします)
リーンが念じると、黒猫が走り出した。
「わっ! 速いな!」
猫が本気で走れば、その速度は、公道の自動車を超える。
思った以上の速さに、ユータは驚いた。
「猫ですからね」
「すげー! 猫すげー!」
黒い猫は、2人を乗せたまま、町から遠ざかっていった。
「……ゴブリンにしっぽを振りやがって。
恩知らずの猫が」
猫貸し屋の店主が、ぽつりとそう呟いた。