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その1の2



「ゴブリン?」



「はい。そうですが」



「嘘つけ」



「えっ?」



「ゴブリンってのは、


 もっとチビでハゲでブサイクで凶暴なんだ。


 俺は詳しいんだ。


 お前みたいな綺麗なやつが、ゴブリンなわけ無いだろ?」



「綺麗……ですか?」



「何だ? もっと綺麗って言って欲しいのか?」



「っ、いえ」



(綺麗だなんて、初めて言われました)



 リーンは人里近くに住むゴブリンという、稀有な存在だ。



 蔑まれて生きてきた。



 とうぜん人族に、容姿を褒められたことなど無い。



 今回のことはリーンにとって、新鮮な経験となった。



 たとえ相手が5歳くらいの子供でも、体温が上がるのを止められなかった。



 子供に褒められてドキドキするなんて、みっともない。



 そう思ったリーンは、内面の動揺を隠そうとした。



 リーンの耳は赤くなっていたが、ユータはそれに気付かなかった。



「褒められたいなんて、


 子供じゃないんですから」



「そうか?


 母さんは、父さんに綺麗って言われたら、


 いつも嬉しそうだったけどな。


 横から見てると、何だあいつらって感じだったけど。


 こいつら周り見えてんのかよっていう。


 でも女は、そういうのが好きなんだろ?」



 女は……と言われても、リーンには、年頃の女子との付き合いが無い。



 一般的な女性の価値観など、知るよしも無かった。



 とはいえ、ユータに褒められたことは、リーンにとっては不快では無かった。



 だとすれば、他の女子も同じなのかもしれない。

 


 そう思えた。



「まあ、嫌いでは無いかもしれませんけど……。


 それと、私はハーフゴブリンなので、


 正確には、普通のゴブリンでは無いのですよ」



「ハーフ?」



「お父さんが人間で、お母さんがゴブリンなんです」



「なるほどな。おかしいと思ったぜ。


 ただのゴブリンが、こんなに美人なわけ無いもんな」



「……あんまり美人とか、言わないでください」



 リーンは居心地悪そうに言った。



「なんで?」



「私、そんな美人じゃないですし」



「美人だよ。


 ゴブリンは鏡とか見ないのか?


 けど、お前の父さん、ゴブリンと結婚したのか。


 勇者だな。


 母親に似なくて良かったなあ」



 ユータはリーンの母親のことを、酷い容姿だと思っているようだ。



 だが、リーンの記憶にある母は、美しい人だった。



 それで、こう訂正した。



「母さんは美人ですよ?」



「はいはい」



(信じてない……)



 ただの身内びいきだと思われたようだ。



 ユータはリーンの言葉を、まったく真に受けていないようだった。



「それで、どうやったら家に帰れるんだ?」



「それは……私にはわかりません」



「それじゃ、誰ならわかるんだよ?」



「国の偉い方なら、ひょっとしたら……」



「偉い方?」



「国王さまとか」



「王様になんて会えるのか?


 総理大臣みたいなもんだろ?」



「総理?


 国王さまは、大臣より偉いですよ。


 普通は会うのは難しいと思いますけど、


 ユータは勇者さまなので、


 会わせてもらえるかもしれませんよ」



「そうか。王様ってどこに居るんだ?」



「リーケイン王国の王様は、


 王都、タクラマンと呼ばれる所にいらっしゃいますよ」



「それはどこだよ?」



「この町から、猫で何日か南に行ったところですよ」



「ネコ?」



「はい。


 距離が有るので、


 徒歩では少し厳しいかと思います」



「……まあ良いや。


 その王都って所へ、連れてってくれよ」



「えっ? 私がですか?」



「俺1人で行けって?


 できると思うか?


 この世界のこと、何にもわかんねーんだぞ?


 子供を見捨てるのかよ?


 薄情だな。ゴブリンって」



「……わかりました。


 私にお任せください」



(旅費は……少しなら貯金も有りますし、だいじょうぶですよね?)



 旅をしようとすれば、路銀が必要となる。



 それに、薬士の仕事も休まなくてはならない。



 裕福でないリーンには、少し厳しかった。



 だが、不可能というレベルでも無い。



 勇者の一大事に、リーンは身銭を切ることを決めた。



「もうじき日が暮れますから、


 出発するのは明日にしましょう」



「……わかった」



「申し訳ありませんが、


 本日は私の部屋にお泊りください」



「……うん」




 ……。




 リーンは、自宅が有る木の根元に立った。



「ユータ。あそこが私の家ですよ」



 リーンが家を指差すと、ユータは上を向いた。



 そして、楽しそうに言った。



「木の上に家があんのか。すっげー」



「そうですか?


 ゴブリンはみんな、ああいう家に住むんですよ」



「そうなのか。


 ゴブリンって意外とすげーんだな。


 知らなかった」



(ゴブリンを何だと思っているんでしょうか? 勇者さまは)



「早く行こうぜ」



「待ってください。その前に……」



 リーンは狩った鹿を、地面に下ろした。



「この鹿を、さばいてしまわないといけません」



「えっ? リーンがやるのか?」



「そうですけど」



「すげー。リーンすげー」



「すげーくは無いと思いますけど……」



「見てて良いか?」



「構いませんが、小さい子が見るには、


 少しグロテスクかもしれませんよ」



「だいじょうぶだよ。俺、男だからな」



「性別とか関係あります?」



「そりゃ有るだろ?」



「そうですか。まあ、ご自由にどうぞ」




 ……。




 リーンは鹿の解体を終えた。



 綺麗に分けられた鹿肉が、木の葉の上に転がっていた。



 その近くには、不可食部分の残骸も見えた。



 日本の若者からすれば、ややショッキングな絵面だ。



 これが地上波放送であれば、モザイクでもかけられたかもしれない。



「以上となります。


 いかがでしたか?」



「グロかった……」



 そう言ったユータの顔色は、少し悪くなっていた。



「そうですね。


 ですがこうしないと、


 ごはんが食べられませんから」



「ごはん……。


 それ、今日食べるのか?」



「はい。


 明日からは旅に出るので、


 食べ切れなかった分は、漬けてしまおうかと思っていますが」



「おいしい?」



「まずくは無いと思いますけど」



「家の中見せて」



「はい」



 リーンはユータに、先にハシゴを登らせた。



 もし落ちそうになったら、フォローするつもりだった。



 だが杞憂だったようで、ユータは無事にハシゴを登り終えた。



 そして、リーンの家へと入っていった。



 その家は、最低限の家具だけが有る、簡素な内装をしていた。



「ゴブリンの家って、ちょっと狭いな」



「1人用のおうちですからね。


 夫婦で住むときは、もう少し大きくしますよ」



「ふーん? ゲームとか無い?」



「ゲーム?」



「おもちゃ。遊ぶやつ」



「すいません。家にはありませんね」



 リーンには、遊ぶという習慣が無かった。



 ゴブリンという種族は、長寿だ。



 純血のゴブリンほどではないが、ハーフであるリーンも、その特徴を受け継いでいる。



 長寿であるがゆえに、人よりも退屈への耐性が強い。



 派手な遊びなど無くとも、穏やかに暮らすことが可能だった。



「そっか。電気が無いもんな。ここ」



「電気……?


 床ではつらいでしょう。


 そこのベッドに座ってください」



「えっ? 女のベッドに? やだよ」



「どうしてですか?」



「カッコ悪い」



(なぜに?)



 いったい何が格好悪いというのか。



 リーンには、ユータの美学は理解できなかった。



 何にせよ、勇者に粗末な扱いをするわけにはいかない。



 なので、このように言った。



「どうせ夜は、そのベッドで寝ることになるのですよ?


 しっかりと体を休めないと、旅に支障が出ますからね」



「……分かったよ」



 ユータはしぶしぶと、美学を捨てることを決めたようだった。




 ……。




 日が暮れた。



 リーンは地上で夕食を作った。



 鍋でぐつぐつと、木の実と鹿を煮込んだ。



 調味料は、町で仕入れたものだ。



 良く火を通し、器によそって食べた。



「……硬い。なんか臭い」



 鹿肉を食べたヨータが、辛口の感想をよこした。



「そうですか? 普通の鹿だと思いますけど」



「牛とか豚の肉は、もっと柔らかかったぞ」



「そんなことは無いと思いますけど……」



 野生の牛も豚も、味はこんなもののはずだ。



 リーンは自身の経験から、そう考えていた。



「ひょっとして、ユータの家は、すごいお金持ちなのでしょうか?」



 ユータは高級品のお肉でも食べたのだろうか。



 リーンはそう推測した。



「べつに、普通だけど」



「そうなのですか?


 ……べつに、普通の肉だと思うんですけどねえ」



 そう言って、リーンは鹿肉を食べた。



 特にまずいとは思わない。



 いつもの味だとしか思えなかった。




 ……。




 やがて2人は食事を終えた。



「それでさあ」



「はい」



「お風呂はどこにあんの?」



 風呂というものは、異国の地にも当然に存在する。



 存在していなくてはならない。



 そんな前提で、ユータは質問をした。



「え? お風呂なんて贅沢なもの、有るわけが無いでしょう?」



 風呂というのは、人族の道楽だ。



 リーンの認識では、そういう風になっていた。



「お前、風呂、入って無いの?」



「はい」



「ばっちい!」



 ユータは飛び上がり、リーンから離れた。



 そして、森の奥へと駆けだした。



「ばっちく無いです!?


 というか待ってください!


 夜の森は危険ですよ!?」



「うるせえ! 近寄るな! このバイキン女!」



「バイキンって何!?」



 2人は森を駆けた。



 年齢のわりに、ユータの脚は速かった。



 リーンがユータに追いついたときには、彼女の息は荒くなっていた。



「はぁ……やっと追いつきました」



「足はええ……。ヨゴレ女に負けた……」



「ヨゴレじゃないです。


 足が速いのは、年上なんだから当たり前です」



「風呂入ってないくせに……」



「それはそうですけど。


 ちゃんと綺麗にしてるんですよ?」



「どうやってだよ」



「こうやってです。


 ……浄風」



 リーンは、杖も無しに呪文を唱えた。


 薄緑色の風が、リーンの体を包み込んだ。



「えっ!? 魔法!?」



 初めて見る奇跡のような力を前に、ユータは目を見開いた。



「魔術です。


 これで身の回りを浄化しているんですよ」



「ゴブリンなのに、魔法が使えるのかよ。


 さてはお前、グレーターゴブリンか?」



「何ですかそれは……。


 ゴブリンはみんな、風の魔力を操るのが得意ですよ」



「えぇ? 


 ゴブリンって、棍棒でしか戦えないザコだろ?」



「そんなことはありません。


 ゴブリンは、弓やナイフを扱うのも得意ですよ。


 特に弓の腕前は、人族よりも上だと思いますけど」



「俺が知ってるロープレと違うなあ」



「ロープレというのは分かりませんけど」



「すげーんだな。ゴブリンって」



「普通だと思いますけど。


 ……さあ、おうちに帰りましょう」



「うん。ばっちくないなら帰る」



(ばっちかったらどうしたんでしょうか……?)



 一抹の疑問を残したまま、リーンたちは家へと歩いていった。




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